責任と追及。③
9月2日午後12時26分更新
〜10分後〜
「……もう…こんなに泣いたのは久々だよ」
目元を拭いラウラが恥ずかしそうに呟く。
「ルウラも〜。ゆーってば女泣かせ」
「うっ」
揶揄うように肘で俺を小突く。…自分が悪いから何も言い返せない。
「さっきよりはぐっとふぇいす。元気でた?」
「ああ。お陰さまでな」
「…でも、悠のお陰でオルティナは救われた。勿論、エリザベートもね。お礼も言ってない内に叩いちゃってちゃごめん…」
「いいんだ。あれで目が覚めたよ。スナップが利いた強烈な一発だったぜ」
「ふふ。…なら良かった」
悩みが解決した訳じゃないし過去も変わらない。
大事なのは失敗から学ぶこと。
「…それと二人には話しておく。俺が生き返ったのは森羅万象を管理する女神……アザーのお陰なんだ。ミコトの契約者である俺に死なれると都合が悪いらしい。…次はないぞって釘は刺されたが」
「ゆーをこっちの世界に転移させた張本人だっけ?」
「ああ」
「…まるで『旧神』みたい」
「旧神?」
「うん。『神海の供物』って伝記本に出てくる世界を創造し滅ぼそうとした古の神々の通称さ。二百年前に十冊だけ出版され著者は不明……。狂人の誇大妄想だと禁書扱いされてる。グリンベイ国立図書館に一冊だけ保管されてて読んだことがあるんだ」
「ラウラは昔から古書や禁書漁りが趣味。ルウラには理解できない趣向。……司書と揉めて国立図書館から出禁食らってるのは内緒。いぇーい」
「え」
「あ、あれは彼が悪いんだよ。…学が無い冒険者風情って僕を馬鹿にしたから……ぶつぶつ…」
意外な一面を見た気がする。
…神海の供物か。
アルマが伝承で知ってるって言ってたし狂人の誇大妄想ってだけじゃ無さそうだが。
それよりも今の問題は…。
「話は変わるが……俺の今後に関して何か伝えなきゃいけない事があるんじゃないか?」
「…察しが良いね。もしかして父から言われたかな。悠にはかなり不本意な内容になるが…」
「ルウラは納得してない。小姑みたくうるさいゼノビアのせい。…まじふぁっく」
やっぱりか。
「教えてくれ」
「実はーーーー」
ラウラが静かに語り出した。
〜10分後〜
「……」
語られた顛末は芳しく無いものだった。
俺の中で驚きは意外に少ない。
ゴウラさんに忠告された通りの展開だからである。
…順を追って整理していこう。
想定外の事態を招いた決闘であったが勝者はヨシュアで決着が着いた。白蘭竜の息吹の九代目GMに正式に襲名される。
…そしてオルティナも自らギルドを去ることをその場で宣誓。エリザベートは憤慨したがオルティナの決意は固く覆る事は無かった。
『断腸の思いで下した苦艱の決断だったと思う』
…とラウラが言っていたな。
現在、二人はGMの権限譲渡の件で別室で手続き中。
…そして俺は危険で特別な契約者だと一部の上位陣に強く認識される。理解の範疇を超えた力に謎の多い経歴が猜疑心を煽り拍車をかけたのだ。
もう誤魔化しや嘘は通じないだろう。
緊急査問会を開催し改めて処遇を決める方向で話が決定した。
…ミトゥルー憲法には契約者の保護・暴走防止のために抑制手段を明記した第69条というものがある。
『…大規模な混乱及び被害を勃発させる恐れがある契約者は第1条において記された尊厳及び自由に関する権利を第三者もしくは公的機関が保護・管理・抑制を目的とし本人の同意なく自由市民権を剥奪する事を許可する。第三者及び公的機関とはーー』
……ってな感じ。
この公的機関には金翼の若獅子も該当している。
ラウラ曰く他の十三等位は俺を自由に生死を操れる特異な能力を持った契約者と誤解してるそうだ。
もちろん自由に操れる訳じゃない。
リスクは抱えてるし生き返ったのは作為的な偶然だ。
…だが、これを説明しても納得はしないだろう。
逆にこのタイミングで暴露したら狂人扱いされて立場が悪くなる可能性も高い。
死者を蘇生させる術があるのも事実だしな。
……窮地に立たされたという他ない。
それに保護・管理・抑制は単なる建前で本心は違うとラウラは吐き捨てた。
其々の思惑が見え隠れしているそうだ。
……一人なら国外へ逃亡しても良い。でも、俺には家族がいる。…いや、家族だけじゃないな。
大切な友人と仲間達も、だ。
軽率な行動は他の皆も危険に晒すことになる。
アジ・ダハーカやゴウラさんの考えは正しかった。
「緊急査問会は明日からだ。多分、数日中には本人への聴聞と処遇言い渡しで呼び出しを受けるだろう。時間を掛ければ君が国外へ逃亡する準備時間を与える恐れがある……そう判断された」
「…まぁ妥当だよな」
「加えて今日から聴聞までの間は外出を禁止。周辺の監視が行われ監視対象にはアイヴィーも含まれるよ。…各上位陣の部下が対応するけど有事の際の捕縛目的で十三等位の一人が現場総監督を務めるんだけど……残念だが僕とルウラとエリザベートは除外されてね」
友人として監視には不適切と判断されたかな。
「…ただ、幸いにもベアトリクスが担当なんだ。どういう魂胆か知らないが僕達側だ」
ベアトリクスさんが……?
「ルウラは許さない。仕切ってんのはゼノビアのクソババア。いつかぶっ飛ばすぜのっくあうと。視界をほわいとあうと」
ルウラは憤慨し頰を膨らませる。
「…悠と話せる機会は今しかない。全てが終わるまで接触は僕らも禁止される。……これだけは伝えておくよ。僕は何があっても君の味方だ。必ず何とかしてみせる。…だから信じて待っていて欲しい」
「いぐざくとりー。戦う覚悟もできてる。ルウラに教えてくれた言葉をりめんばー。…誰かの為に力を奮うなら…わたしはゆーの為に奮う」
二人が優しく笑った。
この心遣いと心配を掛けまいと安堵させる為の笑顔が…罵られるよりも……今は辛い。
「ありがとな…」
掠れるような声で礼を言う。
「気にしないで。…そろそろ行くよ。ベアトリクスが君を迎えに来る筈だ」
「がーるだってちゃんと事情を言えば分かってくれる。怒るとは思うけど」
……アルマとアイヴィーは大激怒だろうな。
「…今日はゆっくり休んでくれ。思い詰めて先走っちゃ絶対に駄目だよ」
「ゆーは大船なごーおんしたつもりで待ってて」
ラウラとルウラが部屋を退室する。
〜5分後〜
二人と入れ違いでベアトリクスさんと在宅医が医務室へ来た。
簡単な問診と診察を受け一枚の紙を渡される。
「もし具合が悪くなったり違和感を感じたら病院へ行きなさい。…紹介状を渡しておくから」
「はい。ありがとうございました」
「……では行きましょうか」
エリザベートさんに促され医務室を出た。
〜闘技場 廊下〜
「話は『灰獅子』から聞いていますか?」
「ええ。ご迷惑をお掛けしますが…」
「気にしないで下さい。経緯がどうあれ貴方は命を救ったのです。称賛はされど追求されるのは間違ってると思います」
「そう言って貰えると救われるな…」
「…ただ、『灰獅子』と『舞獅子』…『串刺し卿』に私が擁護しても他八名の反対意見を『金獅子』も無視は出来ないでしょう」
「……」
それを見通した対応策、か。
しかし、その決断は俺一人では出来ない。
「…不安ですよね。微力ながら相談に乗りますよ。先ずは帰りましょうか。今日から世話になる御自宅へ。…ふふ。不謹慎ですが少し楽しみだわ」
……ん?
「えっと、泊ま」
「ええ。泊まりますよ。…まさか外で寝ろと?」
食い気味な返事ぃ!
「…ち、違います。そもそも仕事とはいえ女性が男の家に泊まるって……」
「くすっ。気にしないで結構ですから」
「えぇー…?」
「…あぁそうだわ。悠は料理が上手だとか?…『串刺し卿』が言ってましたよ。彼女が褒めるとなると相当な腕前でしょう。楽しみです」
…なんだか気が抜ける。
彼女なりの慰め…気遣いだろうか?
どっちにせよ迷惑を掛けてるし精一杯のもてなしはさせて貰うさ。…こうなった以上は俺の事情も説明する必要があるし。
〜闘技場 東口 出入り口前〜
「ーー悠!」
柱の影からエリザベートに呼び止められる。
隣にはオルティナも居た。
二人が悲痛な面持ちで傍に駆け寄ってきた。
「…吾は…なんと感謝し詫びれば良いのだ。…オルティナを救った悠がこんな扱いを受けるなぞ……我慢ならんっ!発端は全て吾にあるのに…」
「私のせいで〜…恩人になんてことを〜……本当に…本当に…ごめんなさい…」
「二人が謝る事じゃない。…遅かれ早かれいつかこうなってたよ」
本当にそう思う。
地球とは違う異世界なら大丈夫と高を括っていた。
…それが大きな間違いだったのだ。
自分の常識が他人の非常識であるように。
「『串刺し卿』。分かってると思いますが彼への接触は私が同行してる時点で」
「ベアトリクスよ頼む。少しだけ悠と話す時間をくれ。…五分…いや、一分でも構わん。お願いだ」
「…一分だけですよ」
懇願するエリザベートを無下に出来なかったのかベアトリクスさんが少し離れ様子を見守る。
伝えておくか。
「エリザベート。詳しい話はラウラとルウラから聞いてくれ。話す時間がない」
「…ああ。しかし…」
「今回の件で気に病む事はないぞ。…反省しなくちゃいけないが……それでも選択したのは俺だ」
「…ユウさん」
「…オルティナにも俺の素性を話してくれないか?知らないままじゃ気懸りだろ」
「良いのか?」
「ああ。ベアトリクスさんにも家に滞在する以上、説明しようと思ってる。…面倒ばかりで済まないが……本当にごめん」
謝ると同時に両肩を掴まれた。
「謝るな。貴公は友を命懸けで救ってくれた恩人だぞ。…吾はこの恩に必ず報いる。悠の為ならば地位も名誉も…全てを捨て『金翼の若獅子』を離反しても構わん!…種族は違えど家族同然だ。…この窮地を切り拓くと約束しよう」
「その気持ちだけで報われるな」
力強く俺を見据えるオッドアイの瞳。
綺麗な顔だ。
美人にこうまで想われるって悪い気がしない。
…男って単純だよなぁ。
「…オルティナはギルドを辞めるらしいな」
「……はい。自分なりに思うことがあって〜。エリちゃんや皆には申し訳ないけど…でも…私なんかより…ユウさんのほうが〜」
「時間よ」
オルティナの言葉を遮るベアトリクスさん。
「…もう少し良いではないか」
「約束は一分。先延ばしは認めません。彼の立場が悪くなるだけです」
名残惜しそうに肩から手を離す。
「…こんな場で伝えたくは無かったが…吾は悠が」
「『荊の剣聖』以外の接触は違反行為ではないかね?」
「……」
エリザベートの言葉を遮りユーリニスが登場。
背後にはヨシュアもいる。
「…よくもその薄汚い面を出せたな」
「酷い言い草だ。彼が余りにも遅いから様子を見に来てみれば…ふむ。密会の邪魔をしてしまったかな?」
「貴公の魂胆は分かってる。失せろ。殺されたいのか?」
臨戦態勢は準備万端と言わんばかりに身構える。
「……」
「……」
オルティナとヨシュアは当然だが気不味い空気だ。
「『貪慾王』も『串刺し卿』も退きなさい。邪魔です」
「おっと、邪険にしないで貰いたい。…『串刺し卿』には猶予を与えて私が駄目な理由は無いだろう?…一言、礼と挨拶を言わせてくれ。彼のお陰で彼女は救われたのだ。私とて感謝しているのだぞ」
それはどういう意味だろうか。
「ちゃんと挨拶をするのは初だな。私は」
ユーリニスの前にエリザベートが立ち塞がる。
「悠に近付くな下衆。殺すぞ」
「…婢女のように喚くのだね。貴様に私が殺せるとでも?」
対峙した二人を中心に魔圧で空気が歪む。
その時だった。
「いい加減にしなさい」
ゼノビアさんの登場だ。
「余りに遅いと見に来ればこの有様……。それ以上の準戦闘行為は許しません」
「…命拾いしたな『貪慾王』」
「ふっ。それはこっちの台詞だ」
「既に待機は済んでいる。…直ちに闘技場前に移動しなさい。人払いをするにも限度があるわ」
儼たる凛とした口調と態度。
「…お前も覚えておくがいい。その男に与するならば吾との縁は切れたも同然。…一切の容赦はせんぞ。九代目」
「…俺は…」
ヨシュアへ向けた離別の言葉。
空気が重い。
「…ふん、行くぞ。『串刺し卿』はご機嫌斜めのご様子だ」
一足先に退散していく二人。
「貴女も行きなさい。彼との接触・会話は既に禁則事項に該当する」
忌々しそうにエリザベートがゼノビアさんを睨む。
「…悠よ。必ず助けるからな。決して不遇な目には合わせん」
「エリザベート」
「ちっ、分かっている!…オルティナ」
オルティナは頭を深々と下げた後、エリザベートの後を追う。
「…全く。責務も忘れるほど『辺境の英雄』にご執心とは…」
「う、うな?…すいません。今なんて」
「ベアトリクス。連れて行きなさい」
無視って辛たん。
「ええ。行きましょう」
「あい…」
…この女、苦手。




