責任と追及。②
8月29日 午後12時58分更新
〜15分後〜
「ーーっと、そろそろか」
雑談の最中、壁時計を見てゴウラさんが呟く。
「気にすんな。…こっからはちぃっと真面目な話をしようか」
「真面目な話?」
「ああ。…お前は知ってっか?アレスタじゃ契約者は『超越者』っても呼ばれてんだぜ。神に人の枠を踏み超えることを許された者って意味だ」
超越者…。
「強そうな響きですね」
「実際、契約者は強い。何度か闘ったが弱い奴は一人もいなかったぜ。それでも負けたことはねーけどな…控え目に言っても俺は最強だ。がはははは!」
「あ、あはは」
虚勢やはったりじゃない。きっと本心だろう。
「…だがよ、そんな最強の俺でもお前の従魔を見た時は正直、体の芯から震えた。…他の連中は狂気の数値が低過ぎて正確に認識できてねーが俺は違う」
「!」
鋭い眼光が俺を射抜く。
「どうやってあれと契約した?」
「それ、は」
言葉が詰まる。
「…はっ。複雑な事情があるって顔だな」
黙って頷く。
「んー…言いたくねぇなら仕方ねぇ。しつこいのは趣味じゃねーし」
「…すみません」
「ただ、人生の先輩として忠告しとくぞ」
「はい」
「自分の力を自覚しろ」
「自覚…?」
「そもそもよぉー……いつ何処で何が起きて誰が死ぬか……そんなの誰にも分かりっこねぇよな?」
「ええ、もちろんです」
「幼い子供が餓死したり…逆に極悪人が私腹を肥やし長生きする。……死ってのは不公平だが平等でもあるんだ。誰にでも分かる自然の摂理だわな」
「……」
「俺の推測だがあの蘇生術の代償はてめぇの命だろ。使ったのも初めてじゃねぇな?」
「…はい。以前、一度だけ使いました。推測通り逆誄歌は自分の命を削って他者に命を与える奇跡です」
正直に答える。
嘘や誤魔化しは通用しないと思ったからだ。
「やっぱりか。…従魔はよ、親密度が高けりゃ高いほど契約者の思考・性格・魂に影響を及ぼすらしいぜ。…お前は影響を受け過ぎて人としての倫理感が曖昧になっちまってんじゃねぇのか?」
「…っ」
悩みの種をピンポイントに突かれた。
「自分の周りで家族や親しい奴が死ぬ度に逆誄歌を使うつもりか?…死んだ奴の遺志を背負って生きるのも残された者の役目だと思うがな」
返す言葉がない。
「てめぇの価値観と都合だけで使うには手に余る力を持ってるってことを忘れんな。…さもねぇと大事なもんを全部、失っちまうぞ」
「……」
「……まあよ。最終的にどーすっか決めるのは自分だし後悔のねぇように生きるんだな」
「…はい。親切な忠告をありがとうございます」
「礼は要らねぇぞ。そーゆーの慣れてねぇんだ」
照れ隠しじゃなく本気で嫌そうな顔だ。
「…んで、こっからが本題だ」
「本題?」
「おう。あーだこーだ説教しちまったが悠には世話になってるからよぅ。…お前の今後について対応策を助言してやる」
…これ以上、何があるのだろうか。
〜午後16時45分 闘技場 医務室〜
勢い良く医務室の扉が開く。
「ゆー!!」
「騒がしくすると悠に迷惑だよ」
現れたのはルウラとラウラ。そのままベッドの上で座る俺の胸にルウラが飛び込んできた。
「…おっと」
「いっぱい心配した。…ぎゅーってして」
柔らかい感触と仄かな花香。
甘えてくる姿がアイヴィーと被った。
「はは。ごめんな」
出会った頃に比べ幼児退行してる気がする。
……今はこの純真さに救われるな。
ゴウラさんがにやりと笑った。
「あっちも片付いみてーだな。こっちも良いタイミングだったってわけだ」
「…ええ。そうですね」
「じゃあ俺は行くぜ」
席を立ち上がったゴウラさんが耳元で囁く。
「…ラウラに聞いてみろ。十中八九、俺の読みは当たってる。……よーく考えて答えを出すんだな。そん時は力になってやっからよ」
「……」
返事はしなかった。訝しんだラウラが詰め寄る。
「んだよ。険しい顔して」
「…悠に何を言ったんだ?」
「別に大した話はしてねぇさ」
「普段と様子が違う。そんな嘘が僕に通用するとでも?」
実の父親に対し耳と尻尾を逆立て殺気立つ。
「…違うんだ。寧ろ励まして貰ったんだよ」
アザーの告言に悩む俺を見兼ねたゴウラさんなりの叱咤激励だったと思う。
…それにあの話が本当なら俺にとって大きな転換期がこの先、待ち受けている。
その助言をしてくれたのは大きい。
ぶっきら棒で性格は正反対だが面倒見の良さはラウラとそっくりだ。
「だってよ」
「…外で話そう。報告したい事がある」
「あー…予想通りの展開っぽいな。ゼノビアから聞いとくわ。お前たちは悠の側に居てやれよ。…友達なんだろ?」
「でも」
「またな」
ラウラの肩を叩き医務室を出て行った。
「…いつもこうだ。本当に身勝手なんだから」
腹ただしそうに呟いた後、笑顔を繕って俺を見る。
「容体はどう?」
「ああ。元気だよ」
「…良かった。心配で気が気じゃなかったんだ」
「自滅して迷惑を掛けちまった。情けないよな…」
「ううん。そんな事は思ってないよ。…ただ、オルティナを蘇生させた術について詳しく聞きたい」
「いえす。わたしたちはゆーの味方。おねすとに言って。今さら隠し事はのー」
…口が重い。言うのが謀れる。
沈黙が続いたが耐え切れず簡単に説明をした。
「……あれは逆誄歌って奇跡で…俺の命を削って他者を復活させる蘇生術だ」
「「!」」
「実は以前にも一度、使ったことがあってな。…不老耐性もあるし大丈夫だって思ってけど考えが甘かったよ」
「……」
「…じゃあ、ゆーは…」
「ああ。俺は一度、死んだんだ」
突如、じんわりとした痛みと熱が頰に広がる。
ラウラが俺の頰を引っ叩いたのだ。
「…ラウラ?」
「ふざけるな!」
哀情と憂懼が入り混じった複雑な表情で両肩を震わせる。
「…何で…そんな……そんな簡単に言えるんだ!?」
「……」
「…悠が死んで残された人が…どれだけ辛い思いをするか考えなかったのか!?…あの時、僕とルウラが…エリザベートが…!どんな気持ちだったか…君はっ…!!」
「…ごめん」
謝ることしか出来ない。
「謝って済む問題じゃないっ!!」
「…すとっぷ。ゆーの顔をるっく…もう、怒らないで」
「…っ!」
ラウラが俯いた。
…俺はどんな顔をしたのだろう。
慚愧の念に駆られ落ち込んだ顔をしているだろうか?
自分の信念に基づいた結果と行為に後悔はしてない。
……だが周りを顧みていないのも紛れも無い真実。
根拠の無い自信から逆誄歌を使い…死んで…アザーに運良く助けられただけ。
残された人……。思い浮かんだのは皆の顔だった。
「…俺って馬鹿だな」
自分を犠牲にして他者を救うことに躍起になった結果、大切な人たちを傷つけていた。
アジ・ダハーカはこれを危惧していたんだ。
……反省しなきゃいけない。
「楽観視してたよ。俺はただ……いや、何を言っても言い訳にしかならない。……すまなかった」
ラウラは泣いていた。
「…君が誰より優しいことはわかってる。…でも、お願いだ。…自分をもっと大事にして欲しい…」
「ああ」
「…君の代わりは居ないんだ。…死んじゃったらお終いじゃないか…」
「…ルウラも…ひくっ…ゆーがいなくなったら嫌…」
「…ごめんな…」
心の底から後悔した。
二人が泣き止むまで謝罪を繰り返す。
中途半端な秘密主義って最低だよな…。




