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姉と弟。④

8月18日午前11時33分更新



〜同時刻 リング中央〜



「メンバーも集結し予定時刻を迎えました。…始めて良いですね?」


「おう」


「では……両名一歩、前へ」


ゼノビアの指示に従いオルティナとヨシュアが足を踏み出す。


「始める前に口上を。…此度の決闘は『白蘭竜の息吹』のGMを新たに再訂するものです。ヨシュア・ホワイトランが勝利した場合、九代目の新たなGMとなる」


「……」


「……」


視線が交錯する。


其々には対極とも言える感情が宿っていた。


「決闘に一切の制限は有りません。死力を尽くし闘いなさい。勝敗はどちらかの降伏宣言ギブアップか戦闘不能…もしくは審判の私が終了と判断するまでとします」


ここで付添人のエリザベートとユーリニスを見る。


「付添人の決闘への介入・補助は認めない。…あくまで我等は見届ける立場であることを忘れないこと。介入した時点で敗北とするわ」


「無論、承知だ」


「……分かっているさ」


「『金翼の若獅子』の『十三翼』と記録員が決闘の証人となります。由緒正しき『白蘭竜の息吹』のGMに相応しい資質を私達に証明して頂戴。…最後にマスターから一言」


「まぁ、なんだ。べヒトが選んだことに茶々を入れんのは気が乗らねぇが……ヨシュ坊。こーなった以上、生半可じゃ許さねーぞ。その覚悟はあんだな?」


「貴方に言われる迄もない」


ゴウラを一瞥するヨシュア。


「ふん。生意気な目ぇしやがって。…オルティナは納得いかねぇだろーが仕方ねぇ。受け入れろ」


「分かってます〜。GMとして…姉として…恥じない闘いをさせて貰いますよ〜」


「おう。じゃあ始めっか」


「はい」


それだけ言うとゴウラは早々とリングから下りた。


「付添人は下がりなさい」


「オルティナよ。無茶だけはするな」


「はいな〜。エリちゃんもここまでありがとね〜」


「…くくく。終わったら皆で飲みに行こう。…ヨシュアも誘ってな。酒の席で説教してやるのも年長者の務めよ」


「ふふふ〜!」


顔を見て互いに微笑む二人であった。


反対にユーリニスに冷酷に問う。


「分かっているな?」


「……」


「今日、お前は子供時代に別れを告げ大人になる。憂は容赦なく断ち切れ。…なぁに、心配は要らん。()()()()()()を適切に使えば万事、上手くいく」


「……ああ」


「家族の絆では安らぎは得られぬぞ。己の獣を曝け出すがいい」


「……」


思い詰めた表情で頷く。


二人がリングから降りると同時に半透明の美しい白銀の結界が展開されていく。


ゼノビアの結界魔法だ。


…ここで改めて追記しておこう。


結界魔法とは術者の技量に左右される範囲防御魔法を指す。使用するには相応の魔力・精神・MPが必要で外部との干渉を一定ダメージ量分だが遮断するドーム型の魔法壁を展開するのだ。


上記の戦闘数値以外にも魔法学の知識と繊細な技術を要求される為、習得は容易ではない。


ゼノビアが言った『十三翼』とは金翼の若獅子の上位陣を示す俗称だが並居る強者の中で結界魔法を扱える者は…ラウラ・ゼノビア・ミコー・ユーリニス…の四名だけ。パルキゲニアでは戦闘による被害を極力、抑えられる手段として結界魔法・魔導具の需要は高い。


「……」


「……」


二人が武器を構え開始の合図を待つ。


「これより『白蘭竜の息吹』のGMの座を賭け決闘を開始します。……始めっ!」


号令と同時に衝突する姉と弟。


闘いの火蓋が切って落とされた。



〜観客席〜



『これより『白蘭竜の息吹』のGMの座を賭け決闘を開始します。……始めっ!』


ゼノビアさんが開始を宣言し遂に決闘が始まる。


二人がリングの中央で激しく衝突したのも束の間。


オルティナが大きく後退し両手に握った長い錫杖を振り下ろし魔法を放った。


三つの水球の塊がヨシュアを襲うが右手に握られた片手剣で振り払い再び距離を詰める。


一進一退の攻防。


ヨシュアの追撃をオルティナは魔法で応戦し距離を取る……その繰り返しだ。



〜5分後〜



「…オルティナは苦しい闘いを強いられてるな」


ラウラが厳しい表情で呟く。


「上手く避けて応戦してるじゃないか」


「ちっちっちっ。答えはのー。詠唱破棄の魔法じゃあいつは止まらない。MPを消費し続けてるしぃー…詠唱する暇もないしぃー。しっとな展開ぃー」


「うん。…そもそも、オルティナは支援や魔法攻撃を得意とする『後衛職バックアタッカー』だ。単独ソロでの戦闘では真価を発揮し難い」


「バックアタッカー…」


「火力のある遠距離攻撃を得意とする者は戦況を一変させる事ができる……言ってみれば大砲だね。しかし、大砲を放つには準備が必要だ。ヨシュアは詠唱という準備時間をオルティナに与えない」


「そーそー。例を挙げると…ゆーは超物理特化だし『前衛職フロントアタッカー』。ルウラやラウラは臨機応変に対応する『万能職オールラウンダー』かな。どれが強いか弱いかじゃないけど…そろのでゅえるにばっくあたっかーは向いてない」


チェスや将棋の駒みたい。


リング上ではヨシュアが追撃を止め後退した。その隙にオルティナは魔法の詠唱を開始する。


「…あれは」


「!」


ヨシュアの左肩から手先を覆う巨大な籠手。拳の部分から煙を噴き出し異音を発していた。


「まさか、仕掛け武器(ギミックウェポン)か?」


「ご名答。機械甲手マーショナリー・ハンドと呼ばれる仕掛け武器さ。特殊な機能が内蔵されてる分、重量があって扱うのはかなり難しい。…機械甲手を活用した戦闘技の威力は凄まじいってエリザベートから話は聞いてる…。僕も見るのは初めてだ」


詠唱を終えたオルティナの周囲に物理法則を無視した水流が渦巻く。


…ナーダ洞窟で戦ったジュエを思い出すな。


水流がヨシュアを襲う。


頑張って躱してはいるが全ては避け切れない。


「当たるぞ!」


よもや直撃かと思った次の瞬間、機械甲手から水流を蒸発させる熱線が四方に放たれた。


蒸発した水が霧雨となり辺りを濡らす。


…な、なんだあれ。


「んー。『爆炎の息吹』は遠距離の攻撃も得意なんだね。あの威力は中々のもの」


「恐らく魔力を適正属性に変換し光線レーザービームを排出する装置が内蔵されてる。……連続使用しないのは溜め時間と冷却時間が必要だからかな」


二人は冷静に戦闘を分析している。


好機到来と判断したヨシュアは攻めた。


一気に劣勢となったオルティナ。


「まずい…。今ので出足を挫かれた」


「状況を打破する一手がにーど」


「……っ…」


苦しい表情で弟の攻撃を受けている。


血を流し痣が増えていく。


「…オルティナ!がんばれーーーっ!!!」


闘技場に響く俺の声。


「ゆ、悠…?」


「み、耳がきーんってした」


他の者達も何事かと此方を見ていた。


「…ラウラやルウラは立場があるし…せめて俺が精一杯、応援してやらなきゃ」


苦しい時の声援は励みになる。


代理決闘の時に経験済みだ。


「負けるなーー!!」


声援に応えるようにオルティナが反撃した。



〜同時刻 リング〜



「…ぐっ…!?」


オルティナが呻く。


熾烈な攻撃はオルティナのHPを確実に削っていた。


斬る、殴る、蹴る。


ヨシュアの攻撃に躊躇いはない。


…これは決闘なのだ。当然だろう。


二人の間には攻撃精度と体捌きに明確な差がある。


オルティナの脳裏を過ぎる弟との思い出の日々。


それは呪縛のように動きを鈍らせるのだ。…元来、オルティナは争いを嫌う穏やかで優しい性格の持ち主。


弟を愛する情と性格が仇となっていた。


「(…も、う…無理かな…)」


自分ではヨシュアには勝てない。


『…オルティナ!がんばれーーーっ!!!』


…諦めかけた瞬間、声援が聴こえた。


「…っ…!?」


悠だ。


『負けるなーー!!』


立ち上がり声を張り上げ応援している。


「…このまま終わって良いのか?」


「!」


今度はエリザベートだった。


腕を組み真っ直ぐに自分を見詰める視線は厳しい。


「道も示さず己を計り諦める。…背中の紀章エンブレムが泣いているぞ」


…そうだ。


「(…バカだ…私って…!)」


このまま簡単に倒される訳にはいかない。


自分を信じる友と…理想に共感してくれた仲間の為にも…諦めてはならないのだ。


「(…姉である前に…私は…)」


足を踏ん張り歯を喰いしばる。


「(…白蘭竜の息吹…八代目…ギルドマスター…!)」


強く拳を握り締めた。


「(…オルティナ・ホワイトラン…!!)」


オルティナの右腕に装着される機械甲手。


音を鳴らし既に準備は整っている。


「なっ!?」


ヨシュアが慌てて距離を取ろうとするがもう遅い。



「…水潤の烈晄(ロ・ランピリズマ)!」



青いレーザーがヨシュアに直撃した。


「…はぁ…はぁ……リカルガ」


反動で痛む右肩を押さえ回復魔法を施し息を整える。


端まで吹き飛んだヨシュアが立ち上がった。


リングには綺麗に亀裂が四方に走っている。


無駄な破壊を生み出さない高密度の魔力の光線。


血塗れのヨシュアを見ればその凄まじい威力が窺えるだろう。…形成は一気に逆転した。


「…ま、さか…あんたが…この技を…覚えてた…なんてなっ…!」


しかし、戦意は少しも萎えてはいない。


膝をつき体を起こす。


「…いっぱい練習したから〜」


「油断したよっ…だが、無駄な努力だ。…最後に勝つのは…強者の俺だ…からな!」


「負けないよ」


「なんだ…と…?」


「…私は分かったの〜。ギルドマスターはね…一人でなれるものじゃない。支えてくれる仲間…信じてくれる友達…愛してくれる家族…。皆の想いを背負い…守る者にこそ資格がある。…ヨっくんは間違ってるよ」


「…くだらない。馴れ合いなんて反吐がでる」


「違う。()()()()()()〜」


沈黙する二人。


「…ふふ」


不意にヨシュアが笑った。


突如、大量の火の粉が舞い熱波が襲う。


「意見が食い違うのは昔からだよな」


空気が変わる。


「どっちが正しいか…そんな禅問答に興味はない」


翼が赤く染まり巨大化し尻尾は太く逞しく変わる。


「結局は勝者が正義で敗者は悪だ」


水閠の烈洸で受けた傷が塞がり流血が止まった。


「…物事はそんな簡単じゃない。勝ち負けより…大事なものがあるよ〜」


火の粉に対抗するように水飛沫が降り注ぐ。


「それがわからなくちゃ〜…()()()()()()()()()()〜」


細く透明な翼を羽ばたかせ細長い尻尾が伸びていく。


「力でねじ伏せても争いの火種を残すだけだもん〜」


赤と青。対比する二人の変化。


最早、この先から言葉は不要。


「……」


「……」


互いを見据え同時に叫ぶ。



「「覚醒バーストっ!!」」



勝負は早くも佳境を迎えようとしていた。



〜観客席〜



「本領発揮。はっきり言って荒れる展開」


「覚醒を使ったってことは短期決着を狙ってるね」


二人の覚醒した姿に見覚えがある。


全身を覆う鱗と伸びた角…あの翼や尻尾はアジ・ダハーカの龍人変異ドラゴ・モーゼにそっくりだ。


熾烈な戦闘の真っ最中。


宙を飛び地を駆け火と水がぶつかり合う。


「…ヨシュアの方が上か」


ラウラが唇を噛み締め呟く。互角に見えた攻防だが徐々にオルティナが押し負ける。


加速し更なる追撃を加えていく。


殴り蹴り投げ飛ばす。手数で圧倒され始めた。


負けじと魔法で反撃するが当たらない。


……オルティナは決して弱くない。


少なくとも俺が実技試験で戦ったSランクのメンバー達より強いだろう。


単純にヨシュアは強いのだ。


「ゆーならどー対抗する?」


「俺か?……そうだな。出来る攻撃手段は限られてるが…的先ずあの翼を銃で撃ち抜く。そこから一気に戦闘技で畳み掛ける…って方法しか思い浮かばない」


「ふーん。ゆーはひゅーむだから覚醒できないけど…あの呪術もあるしね。たしか…()()()()って言ってたっけ」


「ルウラを場外へ吹っ飛ばしたやつだよね」


「いえす」


あれは本当の奥の手だ。無闇に多用は出来ない。


…強化された分、()()()


「オルティナは奥の手も使い切ったと思う。…機械甲手の一撃…ばーすと…純粋なぱわーばとるでは勝てるとは思えない」


「うん。せめて共闘戦タッグマッチなら本領も発揮出来たはずだけど…」


「負けてもオルティナの方がGMに相応しいって俺は思う」


「…ばすとが大きいから?」


ルウラが俺を睨む。この流れでその発想はひどい。


「違うわい。…闘う姿を見て思ったんだよ。オルティナは弟より弱いって自覚もあって…敵わないと知ってても決闘に望んだ。それは自分の為じゃない。きっと仲間や友達…何よりヨシュアの為だろう」


「……」


「心の強さって言えば良いのか……その、なんだ。頑張る姿を見て単純に支えたいなって思ったんだ。ヨシュアって神輿は担ぎたくないがオルティナの神輿なら担ぎたい…ってな」


「悠らしい考えだ。君は強いけどそのタイプだし」


「…そうか?」


ラウラが微笑み頷く。


「二人ともげっとあるっく。…多分、次で決まる」


リングに再び注目する。



〜リング〜



息も絶え絶えに宙に飛ぶヨシュアを見上げる。


「ふぅ…ふぅ…!」


「もう限界か?」


その通りだった。覚醒バーストには制限時間があり連続使用は出来ない。


限界を超えた力の代償に必ず心身へ負荷が生じる。


…以前、覚醒したアイヴィーが睡眠状態に陥ったのもその反動による影響である。覚醒の持続時間はスキル保有者のLvと練度に左右される。


哀しいかな。戦闘力の差は判然たるもの。


「…降伏し冒険者も辞めろ。お前はこの世界に向いてないんだ」


「……」


「普通の女として生きてくれ。…夫を設け子を産み…幸せを掴め」


「……」


「…姉さんがこれ以上、背負う必要はないんだよ」


「ヨシュア…」


姉さんと呼ばれたのはいつ以来だろう。


「…甘く見ないで」


「!」


「眼前の敵の闘志も見抜けないの〜?…私は…まだ、……闘えるっ!」


オルティナが口を大きく開いた。


「オオオオオオオォ…ッ!!!」


咆哮と共に眼前に集結する濃縮された魔力とアクア元素エレメントの塊。


高密度のエネルギーが次第に圧縮されていく。


オルティナの最後の戦闘技だった。高Lvレベル竜人族ドラグニートだけが習得する()()


「ちっ!?…アアアアアァァ…ッ!!!」


遅れてヨシュアも咆哮する。


ファイア元素エレメントと魔力の塊は厳烈な熱量を発し大気を歪めた。


豆粒程の大きさまで凝縮された二つの魔玉。


一瞬の静寂の後、同時に放たれた。



「水雲の息吹アクアクラウド!!」


「爆炎の息吹エクスプロード!!」



奥義の衝突による風圧と衝撃波で粉塵がリングを覆う。


結界は耐え得るダメージ量を超過し静かに瓦解した。




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