姉と弟。③
8月16日午前9時24分更新
〜扉木の月13日〜
翌日、日用雑貨品や食材の買い出しを済ませながら第8区画の闘技場へ向かう。
我が家は食費が一番嵩むので大量の食材を数日置きに買わないといけない。
野菜は畑から採れるが肉を食べさせないとアルマは拗ねるし…その点、子供なのに余り好き嫌いしないアイヴィーは偉いんだよなぁ。
偶にピーマンを残すけど。
相変わらず稽古漬けの毎日だが…今度、遊びに連れてくか。きっとアイヴィーも喜ぶだろう。
〜午後14時30分 第8区画 闘技場前 喫煙所〜
ちょっと早かったが闘技場へ到着。
待ち合わせ時間まであと三十分、か。
二人はまだ来てない。
喫煙所に移動し時間潰しにタバコを吸う。
「よぅ兄ちゃん」
振り返ると筋骨逞しい中年の亜人の男性が腕を組み立っている。
飛び跳ねた金髪に揉み上げと繋がった顎髭。精悍で逞しいって言葉がこれ程、似合う男はそうはいない。
軽鎧とハイネックシャツの服装を見るに冒険者か…または傭兵か…どちらにせよ只者では無さそう。
雰囲気と佇まいから大物臭が漂っている。
「なにか?」
「悪りぃが煙草を一本くんねぇか」
「ああ、いいですよ。どうぞ」
コートのポケットからタバコを差し出す。
「ありがとな」
「火です」
「…ん」
煙を吸い込み吐き出す。
「うめぇな」
「ですね」
互いにそれ以上、喋らず宙に煙が散っていく。
先に口を開いたのは男の方だった。
「…兄ちゃんのこと知ってるぜ。最近、有名な契約者で…たしか名前は黒永悠だよな」
「ええ」
「やっぱか。…今日、闘技場は『金翼の若獅子』が貸し切ってる筈だが何しに来たんだ?」
「観戦ですよ。待ち合わせしてるんです」
「ほほぉー。観戦、ねぇ」
「あなたは?」
「娘にどやされて仕事でちょっとな。各地で気儘な旅をしてたんだが……久々に帰って来たら速攻で呼び出しを食らってよぅ。仕事しろって説教をされちまった。…ったく。年々、母ちゃんに似てきやがって」
「そうだったんですか」
「ああ」
…ん。あれはラウラとルウラだな。
どうやら話してる間に到着してたみたいだ。
「友人が来たんで俺は行きますね」
「おう。またな兄ちゃん」
「またどこかで」
ラウラ達の元へ向かった。
〜闘技場前 喫煙所〜
「…聞いてた話よりずっと強そうじゃねぇか」
悠の後ろ姿を見ながら男が呟く。
「…リョウマのジジイと似てやがる。あれは人に飼い慣らされるタイプじゃねぇな〜」
設置された灰皿にタバコを捨て笑う。
「マスター。会場の準備が整いました」
一人の女性が現れた。
「ゼノビアよぉ〜。黒永悠って知ってるよな?」
「噂の契約者でしょう。当然、知ってますよ」
「煙草を貰って一緒に吸ってたんだが〜…ふはは!おめーと張れるぐれぇ強そうだったぜ」
ゼノビアと呼ばれた女性が目を細める。
青白磁の髪を左側頭部のみサイドアップにしたロングヘアー。眼鏡をかけクールビューティという言葉がぴったりな女性。
額に生えた小さな白い角が印象的でヘクサの戦衣装に類似した服を着ていた。
「貴方がそう仰るなら間違いないかと。…ちょっと興味が湧きますね」
「だろ。戻って来て早々、退屈で辟易してたがよぉ。…あんな野郎が居るなら次の旅に出発するまで楽しめそうじゃねーか。何か起こしてくれそうだ」
「仕事をして下さい。御息女からも言われたでしょうに」
「わーってるよ」
「……やれやれだわ。幾つになっても『金翼の若獅子』のGMの自覚が無いのだから」
「はっ。俺はいつだって自由を愛する男なんだよ」
ゼノビアの小言を意に介さず『金獅子』が笑った。
〜15分後 闘技場 観客席〜
がらんどうの闘技場。
観客席に居るのは俺と両隣に座るラウラとルウラ。
あとは記録員が数名だけ。
「静か過ぎて変な感じがする」
「そー?わたしはゆーとのあげんとでゅえるが懐かしい。…ろまんてぃっくな出逢いだった」
目を閉じ恍惚と呟く。
「バイオレンスの間違いだろ。…しかし、闘技場を貸し切るって凄いな」
「でも、安いもんさ。『職業決闘士』の聖地…『ブルゥート』の闘技場になると貸切は難しいけど」
「へぇ」
「ん。『霄太刀』と『冥王』が来た」
「そうだね。…あっちは『魔人』と『瑠璃孔雀』…それにミコーかな」
続々と集う上位陣。
「悠は『金翼の若獅子』の十三等位全員とは会ってないよね?」
「ああ」
「この先、顔を付き合わせる機会があると思うし僕が説明するよ。今日は全員が集結するから」
「ほぉー」
「ふぁざーも来る。昨日、ラウラから怒られてた」
「…当然だろ。いつも自分勝手過ぎるんだよ。家族の僕が振り回される皆の気持ちを代弁しなくちゃ」
むすっとした顔のラウラ。
噂は散々、聞いてたが漸く登場か。
…はて。なんか引っ掛かる気がするが…ま、いっか。
「話を戻すね。現在の十三等位の序列は……。
金翼の若獅子 上位ランカー序列第1位
『金獅子』
ゴウラ・レオンハート。
金翼の若獅子 上位ランカー序列第2位
『氷の女帝』
ゼノビア・オプス。
金翼の若獅子 上位ランカー序列第3位
『魔人』
デルポ・ポポロ。
金翼の若獅子 上位ランカー序列第4位
『天秤』
ミコー・フェム・ダルタニアス。
金翼の若獅子 上位ランカー序列第5位
『霄太刀』
カネミツ・トキサダ。
金翼の若獅子 上位ランカー序列第6位
『荊の剣聖』
ベアトリクス・メリドー。
金翼の若獅子 上位ランカー序列第7位
『灰獅子』
ラウラ・レオンハート。
金翼の若獅子 上位ランカー序列第8位
『冥王』
ヨハネ・ランディバル。
金翼の若獅子 上位ランカー序列第9位
『貪慾王』
ユーリニス・ド・イスカリオテ。
金翼の若獅子 上位ランカー序列第10位
『戦慄を奏でる旋律』
ムクロ・キューベイ。
金翼の若獅子 上位ランカー序列第11位
『串刺し卿』
エリザベート・K・ツェルペリ。
金翼の若獅子 上位ランカー序列第12位
『瑠璃九雀』
フィン・マックール。
金翼の若獅子 上位ランカー序列第13位
『舞獅子』
ルウラ・レオンハート。
……こうなってる。戦闘面においては歴代最強って言っても過言じゃない。反面、仲間意識は希薄で不祥事の多さも歴代随一だけど」
個性が強すぎるってのも考えもんだ。
「メンバーはちぇんじしてる。ここ数年でわたしと『瑠璃孔雀』に…『魔人』もだよね?」
「うん。それとメンバーは入れ替え制で方法は…。
①前任者が後任を襲名。
②前任者に所属登録者が決闘を挑み勝利。
③空位の際は十三等位が所属登録者から適任者を推薦。
…の三つだ。ガンジやソーフィは『鬼夜叉』の引退をきっかけに現役のまま独立。その空位にルウラとフィンが推薦され後釜となった。僕は前任者に襲名されたんだよ」
「この序列って強さ順なのか?」
「違う。単純な戦闘力で云えばルウラの方がミコーより強い。仮に僕がベアトリクスに勝負を挑み勝っても序列が繰り上がる事はない…空いてる席に座るって感じかな。椅子取りゲームみたいなものさ」
「いえす。ふぁざーと『氷の女帝』は別だけど」
「1位と2位は別?」
「まあね。今の説明が当て嵌まるのは3位〜13位までなんだ。1位と2位は完全な実力主義。1位はミトゥルー連邦にある冒険者ギルド・冒険者の頂点…『金翼の若獅子』のGMの地位を。2位には1位へ挑む挑戦権が与えられる」
「ぎるどますたーへの道は険しいろーど。まず2位になる必要がある。それがとぅるー」
「ふむふむ」
「…父の強さは別格だよ。上位陣全員が束になって挑んでも勝てないと思う」
「ま、マジかよ」
「ここ最近でふぁざーに挑戦したのは前序列第2位の『黒獅子』だけ。それも一蹴された」
黒獅子って…。
「もしかしてお兄さんか?」
「……うん。父に負けてギルドを辞め独立したんだ。今は『魔獣都市スルト』で自分のギルドを設立しGMをしてる」
「……」
ルウラの眠たげな瞳が哀しげに揺らぐ。
「…そっか」
これ以上、聞くのはやめておこう。
「ゼノビアもかなり強い。…でも僕の見立てじゃ悠なら勝てるかも」
「そんな機会はないさ」
「所属してくれれば直ぐに僕が手筈を整え…そんな嫌そうな顔しないでよ。冗談だってば」
今のは絶対、本気で考えてた顔だ。
「全員集合。そろそろ始まる」
ルウラがリングの中央を指差す。
対峙するオルティナとヨシュア。横には付添人のエリザベートとユーリニスが控えていた。
「審判は誰がするんだ?」
「ゼノビアと父だよ。ほら」
遅れて登場した男女の二人組。
…ん!?あれって喫煙所でタバコをあげた亜人の…。
「あれが僕とルウラの父親で『金翼の若獅子』のGM…ランカー序列第1位の『金獅子』ゴウラ・レオンハートだよ」
「ええーーっ!?」
「ゆーってば驚きすぎ」
驚くわい。…まさかあの人だったとは…!
違和感の正体がこれだったのか。…なるほど。確かにあの獣耳と尻尾はラウラとルウラと同じだ…。
凝視する俺を二人は怪訝そうに見ていた。




