姉と弟。②
8月13日午後12時18分更新
「…おいおい。簡単に結論づけるじゃねーか。…強者が上に立つって『爆炎の息吹』の考えは至極、真っ当な理屈だと思うゼ」
「別に俺が言ったことが正しいとは言わない。…現に『金翼の若獅子』はGMが不在でもラウラや他の面子が運営して成り立ってるし。…ただ、それが全部の冒険者ギルドに当て嵌まるわけじゃないだろ」
「…ケッ。いい子ちゃんの考えだナ」
ヨハネが呟く。
「何とでも言え。…俺の裁断には不平不満を洩らさず従うんだよな?」
ちらっと一瞥する。
「あーあ。…あわよくば『串刺し卿』と『舞獅子』…『荊の剣聖』ともバトルができると思ってたのにヨォ!……白けたワ。帰るぞネイサン」
「はい」
すれ違いざまにヨハネが囁く。
「『辺境の英雄』。お前もいつだって大歓迎するゼ。……契約者ってのは楽しめそうだ。カカカッ!」
不穏な捨て台詞を残し会議室を出て行った。
「……ふふっ。子供の我儘か。どの道、明日の決闘で全て決まる。……獅子は我が子を谷に突き落として成長させるそうだな。『灰獅子』と『舞獅子』が良い例だろう。…ヨシュアも逆境と苦難を糧に大きくなるさ。今は私の助けが必要なだけ…そうだろう?」
「……俺はっ…!」
「そうだろう?」
ユーリニスの問い掛ける表情は厳しい。
有無を言わせぬ口調だ。
「…ああ…」
大人しく座る。
「ただ、私の思慮が足りず『串刺し卿』を怒らせたのも事実。それが騒ぎになってしまったのは謝ろう。追放の要求は忘れてくれ。…では、私達も行くよ」
予想外にすんなりだ。
もっと反論してくると思ったけど。
「…明日で全部、はっきりさせてやる。俺がGMだ」
ユーリニスとヨシュアも出て行く。
リシュリーが後に続いた。
「……え、これで終わりか?一触即発って聞いてたから最悪、戦闘になる覚悟もしてたんだが」
「十分だよ。実際、悠が言ってた事は的を得ていた。…彼はまだ子供なんだ。それに振り回されてるって自覚はユーリニスもヨハネもあったんだと思う」
ラウラが俺の肩に手を置く。
「無論、それを承知で付き合ったんだろうけど…ヨハネは他の上位級との戦闘…ユーリニスはエリザベートの激昂につけ込んだ失脚を狙ってた。…エリザベート。あのままいけば本気で決闘前にヨシュアを叩きのめすつもりだったんだろ?」
「……ああ。諭しても分からぬ子供には鞭が必要だからな。悠とラウラが来なかったら何れ静止を振り切って殴っていたであろう。…その結果、第11位の座を剥奪され糾弾されようともな」
親指の爪を噛むエリザベート。
「…仲裁役の『金翼の若獅子』がそれでは非難されますわね。『白蘭竜の息吹』は連盟から離脱し『串刺し卿』は失脚…事態は最悪の結末を迎えてたでしょう」
ベアトリクスさんが淡々と告げた。
うーむ…影響力がある人ってのは大変だなぁ。
それを踏まえた特権階級なんだろーけど。
「そーっスね〜。でも、オッさんじゃなきゃ…あの二人も止まらなかったでしょうよ。うひひひ!十三等位でもない…まして噂のフリーメンバーに言われたらねぇ…」
おっさんって言うなし。
「『瑠璃孔雀』。そっち側のくせにまだいたの?…さっさとげっとあうと」
「うっせーバカ。偶々、今回はこっち側ってだけだっつーの。だって、ギルドマスターなんて強くなきゃ務まんないっしょ?…まぁ後は当事者同士の決闘で決着なんだからさぁ〜。ふぁ〜あ…ボクも帰るっスわ」
欠伸をしながらフィンは会議室を出た。ツヴァイが慌てて追い掛ける。
…こいつも一癖ありそうなんだよなぁ。
「…礼を言うぞ悠。吾は冷静さを欠いていたよ。オルティナもヨシュアも実の妹弟のように想ってる。先代も恩人故に……必要以上に感情移入をしてしまってな」
「気持ちは分かるよ」
アイヴィーの事となれば俺も同じだし。
「ふふふ…けど惜しいわ。貴方は人の上に立つ器がある。無所属はやめて是非、私と一緒にその力を正義の為に奮って欲しいと改めて思いました」
「勘弁して下さい」
器なんて無い。俺は今の立ち位置が気に入ってる。
中間管理職はもうごめんだ。
…ファンタジーな異世界でもあの苦労を再び味わうのはこりごり。
「…いつの間にふれんどりーになったの?油断も隙もないおばさんめ。ゆーは年下のやんぐが好き。年増はお呼びじゃない」
「…あらあら。乳臭い子供が大人同士の会話に口を挟むものではないですよ」
「俺を挟んで喧嘩はやめて」
年下が好きって明言した記憶がない。
「あはは〜。面白い方ですね〜」
「…む、そうだ。紹介が未だだったな」
「はい。ユウさんの噂はエリちゃんからよぉ〜く聞いてますよ〜。私は「白蘭竜の息吹』の現GMでオルティナ・ホワイトランと申します〜。お見知り置きを〜」
ぺこりとオルティナさんが頭を下げると重力に従って胸が揺れた。
こうして立ち上がってみるとお尻も……はっ!?
「…見過ぎじゃないかな」
「いえす。だらしなく鼻の下を伸ばしてる。ばっと」
「ふふふふ」
「ご、誤解だよ」
「あらぁ〜」
三人の視線が痛い。…そんな目で見るんじゃねぇー!
「くくく。オルティナはおっとりした外見に似合わず『水雲の息吹』の二つ名で有名な実力者よ。…吾に負けず劣らず美人だしな。興奮するのも無理はない」
「自意識過剰などらぐにーと。その名はエリザベート。男は引いちゃうよその自画自賛。謙虚なはーとで日々研鑽してるルウラにゃ及ばん。いぇー」
「…おっと。どちらが背中だったかな?凹凸がなくてよく分からん」
「きるゆー」
「…仲がよろしいですね」
兎に角、エリザベートも落ち着いたみたいだ。
良かったかった良かった。
〜15分後 三階 バー『LUXES』〜
ラウラからオルティナを交え皆で一緒にお昼を食べようと提案があり会議室からバーに移動した。
「ご注文は?」
「俺はコーヒーをお願いします」
「僕はカフェオレで」
「吾にはスレッジ・ハンマーを」
「ミスティ・グリーンを一つ」
「ルウラはベルカサイダー」
「えっと〜…私は〜……うふふ。種類が多くて悩んじゃいますね〜」
「構わん。ゆっくり選ぶといいさ」
「あとは適当に人数分の食事を頼むよ。メニューはカロに任せるから」
「畏まりました。先にドリンクをお持ちしますので少々、お待ち下さい」
恭しく一礼する。
カロさんはアバウトな注文もお手の物らしい。
「ベアトリクスも付き合ってくれてありがとう」
「いえ、御誘い頂いて嬉しいわ『灰獅子』。何時も衝突しがちな上位級同士……こうやって食事を共にするのも偶には悪くありません」
「…くく。ルウラとベアトリクスは一度、私闘を繰り広げた仲だしな」
「私闘?」
「あぁ〜。有名よね〜」
「あの頃はルウラもちょっとやんちゃだった」
「…『鉄騎隊』の隊員を理由なく病院送りにして私に喧嘩を売ったのがちょっと…ですか?」
「ルウラ…お前…」
「ひゅーひゅー」
吹けてねーし顔を逸らすな。
「……庇う訳じゃないがあの時は父と兄が色々あってね。荒れてたんだよ」
「……」
「……」
父と兄…。黙り込むエリザベートとベアトリクスは事情を知ってるみたいだ。
「ないすふぉろー。ルウラは成長した」
「本当に成長したよ。ちょっと前までは…無銭飲食の常習犯で…ギルドの設備を破壊し修繕費は億を超えた。…指名手配犯の討伐では第12区画を半壊させ…極め付けは商人ギルドでの民間人への無差別攻撃……誰彼構わず噛み付く狂犬だったのに……今では立派な十三等位だ」
「……それはのっとすぴーく」
えぇ…?
「うむ。あの頃は吾とラウラで何度、頭を下げて回った事か……懐かしい」
「ふふふ。それを聞けて私も嬉しいわ。あの死闘も無駄ではなかったのですね」
三人が感慨深く話す。
「ゆー。みんながいじめるー…」
ルウラが腕にしがみ付く。
…前よりスキンシップが激しくなった気がする。
「自業自得だろ。…ほら愚図らない」
優しく頭を撫でた。
「また子供扱い。…でも、嫌いじゃない」
目を細め気持ち良さそうにする。
「やれやれ」
俺とルウラのやり取りを見てラウラが微笑む。
「悠と出逢ったお陰かな。変わったのはルウラだけじゃない。僕もエリザベートも同じさ」
「くくく。…認めよう」
「その気持ちは私にも分かります。…彼には不思議な魅力があるわ。真摯な瞳に有無を言わせぬ態度…その言葉を無条件で信じたくなる」
「…『荊の剣聖』よ。貴公はもしや…」
「………」
エリザベートの問いにベアトリクスさんは答えない。
「…ふむ。また強敵の出現とはな」
「ライバル?」
「あー…うん。悠は余り気にしないで」
ラウラが溜め息を吐き少し不機嫌になる。
「くくく。既に倍率は高いぞ。出遅れた貴公が追い付けるかな?」
「それこそ正々堂々と挑み甲斐がありますね」
「僕も……もう少しで…ぶつぶつ…あの作…」
火花を散らすエリザベートとベアトリクスさん。
独り言を呟くラウラ。
…一体、何の話をしてるんだろう。
「決まりましたわ〜」
オルティナがメニュー表を綴じ店員を呼ぶ。
「ウェイトレスさ〜ん。私は〜…この黄金焼酎・一徹をボトルで下さいな〜」
ドリンクを決めてたのか。
…っつーか普通に酒を頼んだぞ。
「焼酎のボトル…。そんなに飲んで大丈夫なのか?」
「はい〜。食前酒にはちょうど良いかと。ユウさんも飲みましょ〜」
…焼酎が食前酒って。
暫くして全員分のドリンクと料理が運ばれ楽しい会食が始まった。
〜40分後〜
「まぁ〜美味しい〜」
「…はー…」
積み上げた皿の山。空の酒瓶。
感心する程、見事な食べっぷりだ。オルティナは次々と皿に盛られた料理を平らげていく。
…フードファイターかよ。
ジョッキに注いだ焼酎を一気に呷る。
もう焼酎の飲み方じゃないやーん。
「オルティナよ。その辺にしとけ。明日に響くぞ」
「大丈夫〜。まだ腹四分目だから〜」
ふぁっ!?
「…おぅ。底無し沼だ。見てるだけでお腹いっぱい」
「ははは。僕も」
ラウラとルウラって少食なんだよな。
「腹が減っては戦が出来ぬと申します」
早々と食べ終わり兜を被ったベアトリクスさん。
…顔の傷痕は余り見られたくないのだろう。
「……なぁ」
「ふぁんでひょ〜?」
「明日の決闘はどちらに分があるんだ?」
口いっぱいに頬張るオルティナに聞く。
「……ごくん。うーん…そうですね〜」
「7:3でヨシュアだ」
エリザベートが代わりに答える。
「やっぱりエリちゃんもそ〜思う?」
「認めるのは癪だがヨシュアは強い。このまま研鑽し経験を積めばいずれ吾よりも強くなる逸材だ」
エリザベートよりも…。
「マジか」
「『爆炎の息吹』…。幼くともその名は広く知れ渡ってます」
「うん。見た感じすとろんぐだね」
この二人も認めるって事は本物だな。
「…私は〜正直、負けてもいいと思ってます」
「どうして?」
「…ヨッくんは小さい時から父に厳しく躾けられました〜。愛情の裏返しって言うんでしょうか〜?…父も期待してたんですよ〜。…でも、その過程で強さにのみ執着し仲間との絆や信頼を蔑ろにするよーになった。これはヨッくんが悪いんじゃありません。父の責任です〜」
「……」
「父もゆくゆくは私じゃなくヨッくんをギルドマスターにしたかったと思います。…今はユウさんが仰ったとーりまだ子供。経験を積み勉強をして欲しかっただけなんですよ〜」
親の心子知らず。子の心親知らず、ってか。
「…でも、ヨッくんは許せなかった。父の教え通り生きてきたのに〜…自分を指名しなかった父と指名された私が。……そこで『貪慾王』と知り合い意気投合しました」
「最悪の出逢いだ。あれはどこから情報を知り得たか…油断ならぬ男よ」
「もう父と私…エリちゃんの言葉すら耳に届きません。…だから、いいの。私が負けてもヨッくんを支える。…きっとギルドマスターになれば以前の優しいヨッくんに戻ってくれますから〜。誰よりも立派なギルドマスターになってくれるって信じてます」
「…そんな事情だったんだな」
「ふふ〜。身内の恥を晒すみたいで恥ずかしいですが〜。皆さんにもご迷惑を掛けちゃいましたし〜」
「オルティナは悪くない。ヨシュアには吾もラウラも散々、説明した。…苦難の壁は誰にもある。それを乗り越え強くなれ、と。それを分からぬ…いや、分かろうとしなかった彼奴にも落ち度があるのだ」
「そうだね。自己の強さとギルドの運営は全くの別物で直結しない。彼は子供だし社会経験もないから学ぶ時間が必要だったと思う」
「GMなんて面倒なだけ」
「私は強さも大事だと思いますよ。しかし、道を誤れば待つのは修羅道。…危ういですね」
複雑だなぁ。今更、俺にはどうしようもないが。
「…まあ、エリザベートの友達なら俺も友達だ。困った事があれば相談してくれ。及ばずながら力を貸すよ」
「まぁ嬉しいわ〜。男の友達っていないから〜」
「悠は頼りになるぞ。吾が保証する」
「エリちゃんが言ってたとーりの方ね〜」
「へぇ。なんて言ったんだ?」
「ユウさんは正直者で優しく頼りになる男性だと。…えーっと〜…あとは胸が大きい女性が好きだとか〜。無自覚の女ったらしで鈍感な人っても聞いてますよ〜」
…あるぇ〜?
後半、ディスってるよね。
「何だその目は。事実ではないか。吾を押し倒」
「あ、あーー!ああー!!聞こえない聞こえない!」
「無自覚の女ったらしで鈍感。…的は得てるかな」
「いぐざくとりー。胸が大きい女が好きって点は同意しかねるけど」
「そんな気配はしてました」
浮いた噂が一つもないのに酷い。
「くくくっ……そうだ。今、思い付いたが明日は悠も闘技場に来てはどうかな」
「俺も?」
「ここまで関わったのだ。最後まで見届けても良かろう」
「そうだね。僕が手配しておくよ。明日の予定はある?」
「ない。…そうだな。折角の機会だし観に行くよ」
「やふー。一緒にるっきんぐ!」
「GMの地位を賭けた厳粛な決闘ですからね。一般客や一介の所属登録者は入場出来ず見届け役の十三等位の他、記録員しか会場には居ません」
「へぇ」
「明日は15時まで闘技場に来てくれる?僕達と一緒に中に入ろう」
「わかった」
「ルウラも待ってる」
「ふふふ〜。がんばりますね〜」
……思えばここが分岐点だったのだろう。
この決闘が自分の今後を左右する重大な結末を迎えることを俺は想像もしてなかった。




