姉と弟。①
8月9日午後12時33分更新
8月9日午後21時21分更新
〜扉木の月12日〜
翌日、俺はソーフィさんの個人指定依頼の報告でラウラの元を訪ねた。八つの大罪…メノウ・スペルビア…違法薬内容を細かく説明する。
〜金翼の若獅子 八階 GM執務室〜
ティーカップを片手にラウラが言う。
「ソーフィからも報告があったけど……『八つの大罪』の『奇術師』か。…要注意人物だね。既に指名手配の手筈は済んでる。明日中にミトゥルー連邦の騎士団・各冒険者ギルドに手配書が配布されるよ」
「…まんまと逃げられた屈辱は忘れない。次、俺と会った時が奴の最後だ」
意外と根に持つタイプだからな!
「ふふ。頼もしいよ。悠の活躍で違法薬も押収できたし歓楽街の治安も少しは良くなると思う。ソーフィが感謝してたよ…ギルドの危機を救い『リリムキッス』のメンバーの命を助けてくれたって」
「普通だろ。仕事をしただけさ」
ラウラが笑みを浮かべた。
「悠の普通は普通じゃない。十で満点なのに百を叩き出すから。君をパルキゲニアへ召還した狭間の女神には感謝しないと」
狭間の女神ねぇ…もう一度、会ってみたくはある。
「これはソーフィから預かった報酬金だよ」
ラウラから15万Gを受け取る。
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所持金:1億4265万G
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冒険者ギルド
ランク:S
ギルド:なし
ランカー:なし
GP:11500
クエスト達成数:53
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「ありがとう」
「ううん。…実はね、悠に急遽頼みたいことがあって…この後って予定はある?」
「ないよ」
「良かった!明日の『白蘭竜の息吹』の決闘でオルティナとヨシュアが来てるんだけど…」
「だけど?」
「…十三等位の間でオルティナ派とヨシュア派で揉めてるんだ。決闘は決定事項で覆せないし僕もオルティナ側なんだけど……副GMの立場上、今回は中立を貫かないといけない」
「ふむふむ」
「本人たちの決闘前日に上位陣が一触即発って雰囲気でね。…上位ランカー同士の争いは派閥間の抗争に発展し兼ねない。仲裁役の『金翼の若獅子』がこれじゃ恥だ。…無所属の第三勢力として注目されてる悠なら場を治めるに適役だと思うんだ」
「…だ、第三勢力って」
ただの冒険者ですけどぉ!
「前に言った抑止力ってやつだよ。…依頼でもないのに申し訳ないけど力を貸してくれないかな?」
関わりたい訳じゃないが…。
「ラウラの頼みを断るわけないだろ」
…まぁ、こーなるよな。
「ありがとう」
ぱぁっと花が咲くような笑顔を見せるラウラ。
かわいい……っていかんいかん。
成人した男に抱く感情じゃないぞ!
「でも何をすればいいんだ?」
「それは行きながら話すよ」
一緒に三階へと向かった。
〜金翼の若獅子 三階フロア〜
ラウラに道すがら事情を聞いた。
発端はヨシュアとユーリニスが決闘の敗者に追加でギルドの追放処分を求めたことらしい。
要求の理由は…敗者がギルドに在籍したままだとギルド内に不用意な混乱を招き秩序の維持が困難となるため…との事だ。
最初に決闘を嗾けギルドを混乱させたのはヨシュアの方だろうに。
勿論、却下された。俺も当然だと思う。
……そもそも最後まで決闘を反対していたエリザベートとオルティナが折れたのは理由があるのだ。
先代の『蒼火の息吹』こと『ベヒト・ホワイトラン』は人望と強さの両方を兼ね備えた傑物でエリザベートの恩人でもある。
因みに今は第一線を退き隠居中。
オルティナもヨシュアも先代の才を其々、受け継いでいる。
懇篤があり人望があるオルティナ。
熾烈な強さを誇るヨシュア。
先代がオルティナをGMに襲名したのは単純な強さより他者の信奉こそ得難いものと考えたからだろう…ってラウラは言っていた。
仮にオルティナが負けても二人が協力すれば先代の意思は継ぐ形になる。…だからこそ、納得がいかずとも承諾したのに約束を反故する要求をした二人にエリザベートは烈火の如く激怒した。
…昨日から二人を食い殺さんとする程の剣幕らしい。
他の上位陣もどちらかに賛同し始め収拾がつかなくなった…って感じだ。
中立を貫くラウラの気持ちはオルティナ派だ。
しかし、自分が仲裁しようとしても見透かされ場は荒れる。
そこで上位級の実力者且つ無所属で第三者の…俺の客観的な意見を皆に聞かせて欲しいと言われた。
想像以上の大任で上手く治めれるか不安だが引き受けちゃったし…この際、仕方がない。
仲裁役を頑張って務めよう。
〜午前11時20分 金翼の若獅子 三階 会議室前〜
ホールから進んだ先に会議室と彫られた鋼ね扉がある。
両隣に俺には価値が分かりそうにない変な三角形の……い、や芸術的な抽象彫刻が飾られていた。
『貴公はーーっ!?…ーーらずめっ!!』
『ーーつな。…ド。その口の利きーー』
「今朝よりヒートアップしてる…」
ラウラが呟く。扉から聴こえる喧騒と怒声……多勢の人が部屋の中に居るのが容易に想像できる。
「…エリザベートがキれてるぞ」
「ルウラが宥めるぐらいだからね。…あんな彼女を見たのは僕も久しぶりだよ」
「それだけ許せなかったんだなぁ」
「うん。…ああ見えてエリザベートは恩義や仁義を大切にする性格だ。先代の『蒼火の息吹』には幼い頃から世話になってるって言ってたしオルティナとヨシュアとも仲が良かったらしいよ。……多分、決闘を止められなかった苛立ちや焦燥感が要求の件を引き金に爆発したんじゃないかな」
「…そっか」
「中に入ろうか。準備はいいかい?」
「おう」
「入っても話を振るまでは黙っててね。嘘偽りのない悠の正直な意見を皆に言ってくれればいいんだ。君の言葉には説得力がある…ふふ。僕が保証するよ」
ラウラが片目を閉じて微笑む。ここまでウィンクが様になる奴は中々、いないだろう。
俺がしても…。
『目が痛いの?』
…って聞かれるだけだ。
「わかった」
扉を開け中に入る。
〜三階 会議室〜
テーブルを挟んで上位陣と件の二人が別れて座っていた。
壁際には各派閥のメンバーもいる。…あれは『鋸蜘蛛』のリシュリーと『橙の魔砲使い』のツヴァイ……それにネイサンさんじゃないか。激しい舌戦の最中で誰も俺とラウラの入室に気付いていない。
綺麗に男女で別れてるが…げっ!『冥王』…ヨハネ・ランディバルトもいるじゃん。
逆立った茶褐色の髪と捻れた角。
大きく引き裂かれた口の傷が目立つスカーフェイス。
引き締まった褐色の肉体を曝け出す半裸の衣服。
ファーストコンタクトが忘れられない。
初見で喧嘩を売られた。
歳も近いし苦手なんだよな…。
オルティナとヨシュア…エリザベートと同じ竜人族。翼と尾に左右の瞳の色が違うオッドアイは種族の特性だろうか?
オルティナは緑色の髪をサイドアップにして前に垂らし目が細くおっとりした雰囲気の美人なお姉さん。困り顔で心配そうに手を組んで……って超巨乳!?…場違いってわかってるけど思わず拝みたくなる。
ヨシュアは緑色の短髪が似合う青年だ。凛々しい顔を歪め対極に座るエリザベート達を睨んでいる。…実の姉に対して殺気が剥き出しだぞ。家族に向けるもんじゃねぇだろ。
「ーーどれ程、先代を侮辱すれば気が済むっ!?親心が何故、理解出来んっ!?…隣の男が貴公に齎すのは堕落と破滅だぞ」
「酷い言い草ではないかね。ヨシュアの苦悩を理解し道を示したのは私だぞ。…彼の望みを叶えるべく最大限の要求をしたのがそんなに気に喰わないか?」
ユーリニスの一言に身を震わす。
「ヨシュアッ!!…オルティナを見るその眼はなんだ?…血を分けた肉親だぞ。答えろ!!」
エリザベートの怒声にヨシュアは答える。
「……そいつがGMになり『白蘭竜の息吹』は牙を失い腑抜けた。…強さを失くしふざけた理想を掲げる始末。俺がかつての竜を蘇らす。ユーリニスは理解者だ…貴女も姉も親父も…過去の思い出に縛られた遺物さ」
「……」
オルティナは悲しそうに目を伏せた。
「遺物、だと…?」
突如、エリザベートから発せられた魔圧は皮膚に突き刺さる刃物のように刺々しい。
「…愚か者に従い…竜人族の誓いを忘れ…思い上がったひよっ子がよくぞ宣ったものだ…」
この魔圧に晒され平然としてるのは俺を含め極僅か。
「決闘をするまでも無い…吾が相手をしてやるっ!」
「うぇいと。…落ち着いて」
「ええ。冷静さを失えば思う壺ですよ」
ルウラとベアトリクスさんが宥める。
「ぎゃははは!止めんじゃねぇぞ。良いじゃねぇか…面白ぇ!!相手になるヨ」
「…っつーか誓いとか誇りとかダルいっスよ。強けりゃ良いっしょ?なぁ〜に熱くなってんだか」
ヨハネとフィンが挑発した。
「しゃっとふぁっくあっぷ。部外者はすっこんでろ」
「あれ〜。部外者はそっちもっスよね〜?…十三等位の問題児ちゃんがいつのまにいい子になったんスかぁ〜?」
「他の奴等ぁは失せちまっタ。…オレの燃え上がル…熱い血が騒ぐんだヨォ。剣聖…てめぇでもいいゼ?相手してくれ」
「相変わらず見境の無い人ですね。…まるで獣よ」
喧々轟々の会議室。収拾がつかないのも納得だな。
「それまでだ!」
見兼ねたラウラが叫ぶ。
全員の注目がこちらに集まり騒ぎが鎮まった。
「…げっ!?」
「て、テメーは…」
「あら」
俺を見て顔を引攣らせるリシュリーとツヴァイ。
ネイサンさんは顔色一つ変えてない。
「はっはっーー!!『辺境の英雄』じゃねぇか。『灰獅子』ぃ…素敵なゲストを連れて来たナァ」
新しい獲物を発見した肉食動物ばりにテンションを上げるのやめて欲しいわぁ…。
「…悠?」
エリザベートの険しい表情が少し和らぎ魔圧を止める。
「いぇーい!慣れないふぉろーに疲労困憊。遅れて参上したひーろーに期待。はろー。ゆう〜」
「貴女に同意するのは癪ですが…あとは『灰獅子』と彼に任せましょう」
「有名人を連れて来たっスね〜。なぁユーリニス」
「ふん」
フィンはユーリニスを一瞥した。
「…この男が昇格依頼で九人抜きを果たした噂の契約者、か」
ヨシュアが値踏みするような目付きで見る。
「他の面子が居ないな。カネミツやミコーはどうしたんだい?」
「…『これ以上は付き合えない』…と二人とも出て行きましたよ」
ベアトリクスさんが答える。
入れ違いだったか。
「残っているのはこれで全員だね。僕が彼を連れて来理由は……大体、察しているな?」
「第三者による仲裁に場を委ねるって趣であろう」
「その通りだユーリニス。十三等位で意見が分かれ収拾が付かなくなった場合、中立の等位ランカーが間に入り仲裁するのが揉めた時のやり方だが僕が仲裁人になっても君は納得しない。…なので彼を連れて来た。悠は上位級の実力者で無所属……これまでの実績も申し分ない。仲裁人には適役だからね」
「どちらかと言えば彼方側の人物に思えるが……まぁいい。彼の采配に私も興味がある。決闘自体が無効になる訳でもない」
「…エリザベート。君はどうかな」
エリザベートは目を閉じ深く息を吐いた。
「分かった。オルティナも構わんな?」
「ええ〜」
「ヨシュアよ。いいな?」
「ああ」
「ーーよし。当事者の二人も合意した。…悠の下す裁断には全員が従うこと…不平不満・私闘は認めない。…他の四人も聞いたな?」
「ええ」
「おっけー」
「うぃーっス」
「…しょーがねぇ。つまんなかったら承知しねぇゾ!穴埋めにテメーと楽しい喧嘩をさせて貰うかんナァ」
ふざけろ。絶対にしねぇっつーの。
「…悠、それじゃ後は任せるよ」
「ああ」
ラウラが一歩下がり俺は暫し沈黙した後に答えた。
「決闘の敗者に追放処分を追加で求めたのが発端だよな?」
「ああ。竜人族の男子が家族の絆を蔑ろにし追放を望むなど…一族の誇りを忘れた愚か者め」
「…ふむ。本人からも直接、聞きたいな。答えてくれ」
「ふん。決闘が決まって過ごした八日間で分かったのさ。…俺が勝っても姉が居れば皆が腑抜けたままだってな。『白蘭竜の息吹』に弱者は要らん。樽の中の腐ったリンゴと一緒だよ。姉は皆を腐らせる毒だ」
「毒だと?…オルティナの器も計れん鼻垂れ小僧が。もう鉄拳制裁だけでは済まぬぞ」
「…エリちゃん。ヨッくんを怒らないであげて〜」
初めてオルティナが喋った。
おっとりした口調でエリザベートを窘める。
「ふむふむ」
…姉が居ると腑抜けたまま、か。
「お前は弱いな」
その一言に目を爛々とさせヨシュアが睨む。
「親父が退いた今じゃ『白蘭竜の息吹』で一番強いのは俺だぞ。……何故、貴様に弱いと言われなければならん」
「子供だからだ」
「なんだと…?」
「オルティナが居ると皆が腑抜けたままだ……って言ってたが自分が決闘で勝っても誰もGMと認めてくれないのが分かってるんじゃないか。…だから追放なんて要求をしたんじゃないのか?」
「…っ」
表情が変わる。分かり易い子だ。
……俺もこんな感じなのかなぁ。
「逆にオルティナがそんな要求をしないのはお前が居ても構わないって自信があるからさ。…組織ってのは色んな奴が居て成り立つんだよ。その全員の人生を背負う覚悟がないってお前は暗に言ってるんだぞ」
「…れ」
「最初から分かってた筈だ。先代が自分を選ばなかった理由を…それを納得出来ない…いや、理解したくないお前は決闘を望んだ」
「…まれ」
「どんな経緯でユーリニスが絡んだか知らないが……話が具体的になるにつれ現実を知り怖くなった。…今なら傍に庇ってくれるユーリニスも居る」
「…黙れよ」
「だから弱いって言ったんだよ」
「黙れって言ってんだろ!?」
机を叩き立ち上がる。
「…そうやって素直に意見も聞けないお前はやっぱり子供だな。…よって他の十三等位が我儘に付き合って振り回される必要もない。…騒ぎは終わりにしよう。それが答えだ」
ヨシュアは怒りで息を荒げる。




