僕と私の英雄。⑭
8月7日午後12時30分更新
8月7日午後19時28分更新
8月7日午後22時31分更新
注)サブタイトルを変更しました。
〜リリムキッス〜
あれからソーフィさんや他のメンバーは第二騎士団の事情聴取や店の事後処理に追われた。
元々、リリムキッスと第二騎士団は協定を結び事情を把握してた間柄だ。俺も自分が知り得た情報を説明し早々にお役御免となる。
ソーフィさんから二階の来客室で待つように言われ戦装束に着替えて現在は待機中。
やっぱり慣れ親しんだ服は落ち着くわ。
…そして待つ間、思考を巡らせある結論に行き着く。
俺は敵に対し一切の躊躇が無くなってる、と。当然のことだと思われるだろうが…ちょっと違うのだ。
奴等は許せなかったし制裁を受けて然るべきだろう。
しかし、だ。
…目を潰し腕を切断し四肢を砕き指を折り歯を引っこ抜く。この残虐な行為を…相手が悪党とは言え微塵も罪悪感を抱かないのは異常だ。
暴力で他者を傷付けるのは自分が思う以上にストレスが生じていると…昔、TVの番組で見たことがある。
夜刀神の加護の効果とも考えたが違う。Sランク昇格依頼の実技試験の時にも違和感は感じていた。
……祟り神の影響を顕著に受け易いとは負の感情に反応している事だと思う。
特に怒りと憎しみ……この二つに。血が滾る感覚に高揚感を覚え戸惑いが無くなる。
…ミコトが悪いんじゃない。契約の代償なのだ。
これが敵にだけ向けられるならいい。
もし、もしも…自分を見失い敵と味方の区別も付かなくなり…あの血で染まった手が自分の仲間の血だったら…?…そう考えるとゾッとした。
…強大な力だからこそ適切に扱わなければいけない。
使い方を誤らないように。
初心忘れるべからず。…胸にしっかり刻んでおこう。
〜夜22時40分 リリムキッス 来客室〜
物思いに耽っているとソーフィさんが来た。
「おまたせぇ〜。待たせちゃってごめんねぇー…『豹王』ってば頭が固くて困っちゃうわぁ〜。…報告書を提出しろとかぁー…イヤになっちゃう」
豹王とは第二騎士団を束ねる団長の事で名前はグレン・J・オランタ。俺もさっき会ったがカッコいいし正義感に溢れる高潔な男性だった。
「大丈夫ですよ。そんなに待ってませんし」
「うふふぅ。隣に座るわねぇー」
何故、わざわざ隣に…。
「…悠ちゃんのお陰でぇ万事解決ねぇ。第二騎士団が本拠地で違法薬を見つけたそうだしぃー…これでR・Sの被害も沈静化するでしょ〜」
「それは良かった」
「私の力も戻ったわぁー。…あのランプは一定のLvを持つ者の力を封じる違法魔道具だったみたい」
「違法魔道具ですか」
「ええ」
こちらを覗き込む。
「依頼を達成してぇ大活躍なのにぃー…浮かない顔ねぇ。お姉さんに話してみたらぁ?」
見透かされてる。
…そんな分かりやすい表情をしてるのかな。
「…あいつを逃してしまいました。『八つの大罪』のメノウ…何がなんでも倒すべき相手だったのに」
「欲張りさんなのねぇ。犯罪組織を壊滅させたんだからぁ〜…すごいお手柄よぅ?」
「……」
返事が出来ない。側から見れば十分な成果かも知れないが納得いかないのだ。
「うふふぅ。悠ちゃんは真面目さんなのねぇ〜。…物事はいつだって複雑よ。思うような結末だけが全てじゃないわぁ。…だからこそ、最善を尽くした現状を受け入れるべきじゃないかしらぁ」
「あ…」
優しく諭すソーフィさん。
その言葉には説得力があった。
「貴方のお陰で一人の…いえ、大勢の女の子が救われたわぁ。その事実だけで今は十分じゃない?」
「そう、ですね。…ふぅ…肩の力が抜けました。ありがとうございます」
「ふふぅ〜。伊達に歳は食ってないわよぅ」
「…ソーフィさんって一体、何歳なんですか?」
「悠ちゃん。女性に軽々しく歳を聞いちゃあ〜…嫌われるわよぅ。覚えててねぇー」
ウィンクして笑う。
…この人には色んな意味で敵う気がしないな。
「…でもぉ『八つの大罪』ねぇ。まるでぇ『七つの大罪』の後釜じゃない」
頬杖をついて呟く。
「『七つの大罪』?」
「…当時、最大規模を誇ってた闇ギルドよぅ。獅子抗争で敗北し壊滅したけどぉ〜。他にも『夜』に『五芒星』…。その辺りの勢力が半端なかったわねぇ」
「ソーフィさんも抗争に参加したんですか?」
「えぇ。みんなと一緒に戦ったわぁ」
遠い目をして沈黙する。
昔を思い出しているのだろうか。
「とにかくぅ〜…ラウラちゃんにも今回の一件は報告するし大丈夫よ。対抗策を練ってくれるでしょうからぁ」
「もし、戦いになれば俺が先陣を切りますよ」
きっぱりと断言する。戦闘は好きじゃないが危険な犯罪集団を野放しには出来ない。
「…ほんっと悠ちゃんてば『鬼夜叉』…リョウマさんと似てるわねぇ。その物言い…態度…性格…契約者ってとこまで…瓜二つ。懐かしくなっちゃう」
またか。
「ガンジさんにも言われましたよ」
「ふふ。私とガンジはねぇー…リョウマさんの一番弟子と二番弟子だったの」
「え、弟子?」
「…って言っても〜…勝手に弟子を名乗って後ろをくっついてただけ。しつこく付き纏ったもんだからぁー…最後は根負けして認めてくれたけどぉ」
「へぇ」
「私の初恋の人だしぃ」
「…初恋の人!?」
「うふふぅ。ちょっと喋り過ぎたわぁ〜」
そこから話題は報酬金の話に変わった。…淡い初恋の思い出って他人には話したくないもんだよな。
〜10分後〜
「むぅ〜。ほんとにぃ…報酬金はこれだけでいいの?」
「はい」
納得がいかない様子のソーフィさん。
「…15万Gってぇー…低すぎじゃないかしらぁ」
「そんなことないですって」
最初はとんでもない額の報酬金を提示されたので謹んで遠慮させて貰った。
…っつーか15万Gでも高いだろ。高卒新入社員の月給だぞ。それを一回の依頼の報酬金でくれるんだ。
労働に見合った対価ってのは大事。
「Sランクの冒険者にぃ…払う金額じゃないわよぅ」
「個人指定依頼は依頼主と直接、報酬金のやり取りが出来ますよね。それ以外の金額は受け取りませんから」
頑なに固辞する俺を見てため息を吐いた。
「…頑固ねぇ。わかったわ。その額で『金翼の若獅子』には支払っておく」
「ありがとうございます」
「ただぁ〜」
ソーフィさんがずいっと詰め寄る。
「ギルドの危機を救ってくれた恩人にぃー…これだけじゃぁ〜…私のプライドが許さないわぁ」
「プ、プライド?」
両腕で挟まれた胸がぷるん、と揺れ動く。
圧巻の迫力。…胸が大きいってのは凶器だな。
男の本能を簡単に揺さぶってくる。
「…フェアリー・キッスを貸し切ってぇ〜…スペシャルな宴をしましょう。…その日はぁー…みぃ〜んな…悠ちゃんだけのぉ…キャストになってあげるぅ」
「だ、大丈夫です。お気持ちだけで…」
「嫌っては言わせないわよぅ。…それともぉー…今すぐお礼をしたほうがいいかしらぁ?」
甘く囁き俺の太ももを怪しく指でなぞる。
背筋がゾクゾクとした。
…そ、それより上はあ、あかーん!!
「ちょっ…やめ…あーー!…わ、わかりました。…ぜ、ぜ、ぜひお願いします!」
慌てて言い繕う。
「よかったぁ。一週間後…扉木の月18日の夜19時ぃ〜…楽しみに待ってるわぁ」
そっと太ももから指が離れる。
「…でもぉー…ちょっと残念。このままお礼をされたいって言ってくれてもぉ〜…よかったのにぃ」
「か、からかわないでください」
赤い口紅を塗った唇を舐める悩ましい仕草をしつつソーフィさんは微笑む。
幾人の男がこの人に手玉に取られ貢いだのだろう。
魅惑の唇って呼び名は伊達じゃない。
しかし!俺ぐらいの紳士になるとそう簡単に惑わされたりは……。
「えぇ〜…だってほらぁー…悠ちゃんの分身はぁ…ヤる気満々みたいよぉ?」
おうふ。
俺を見るソーフィさんの優しい眼差しが痛い。
は、恥ずかしくて死んじゃう……だって男だもん!反応したって仕方ねぇーじゃん!!
心の中で虚しく叫んだ。
〜夜23時10分 リリムキッス エントランスホール〜
「…見送りなんて気を遣わなくていいですよ」
リリムキッスのギルドメンバー・職員・キャストがエントランスホールに勢揃い。
「恩人を黙って帰すなんて有り得ないわよぅ。…ゆっくりしてったらいいのにぃ〜」
「もうこんな時間ですから」
「むー。つれないわぁ〜…さっきは私であんなに漲って元気」
「か、帰るのが名残惜しいなぁ。いやぁ残念だ!」
「うふふぅ」
エリザベートに続きこれだよちくしょう。
…ほぼ女の子しか居ないのに勃起したなんて暴露されたらマジ泣きするぞ。
葛藤しているとネムから声を掛けられた。
「…ありがとね。言葉じゃ伝えきれないぐらい…本当に…本当に感謝してる…」
「その気持ちだけで十分だ。俺の方こそごめんな。ネムと約束してたのに…『奇術師』を逃しちまった」
右手を優しくネムが両手で包む。
「ううん。ユウは約束を守ったよ。会ったばかりの私のために本気で怒って…一生懸命になって…笑顔をくれた。……私の英雄だよ」
「…おう」
気恥ずかしくなる。
「ふふふ!18日は私も楽しみにしてる。がんばって接待するから絶対、来てね」
「だな。わたしもおっさん…ううん。ユウを見直したわ。…あんたみたいな男とは初めて出逢ったし。…ま、なんだ…その…カッコよかったよ…」
「…聞き間違いじゃないよな?今、悠って」
「う、うぜぇな!べ、べつにいいじゃん」
そっぽを向くエイル。顔が赤くなっていた。
「あ、あたしも…お、おじさんってもう呼ばないッスから!最初はユーが怖かったけど…あんな風に仲間のために怒鳴ってくれて…すごい嬉しかったッス!」
力強くシャーリィが頷く。
「シャーリィまで…」
「あたいもあたいも!…っつーかユウって無所属っしょ?ママも誘ってたしうちに入りなよ。…あたいが本当の恋人になってあげてもいいしさ。きゃはは!」
ニカッと笑うスウェー。
「うっわ。スウェーってば抜け駆けじゃん」
「抜け目ねー。…ちょっち歳は離れてっけど…うちもぶっちゃけ狙ってっし」
「ウケる〜!みんな考えてっこと一緒じゃん。勝負は18日ね〜」
『あははははは!』
…化粧やドレスで着飾って客に笑うよりも年相応に笑う彼女達の姿の方が可愛いと心の底から思う。
「まぁ、なんだ。所属は抜きにして困った事があれば相談してくれ。依頼じゃなくたって力になるよ。…またな」
それだけ言ってギルドを出た。
こんな時間にも関わらず外は賑やかで騒がしい。
…そーいえば夕飯を食べてなかったっけ。
意識し出すと途端に腹が減る。準備するのも億劫だし帰る前にどこかで飯でも食ってこっと。
〜数分後 リリムキッス エントランスホール〜
エントランスホールに残った四人。
「……へっ。依頼じゃなくても力になるってさ。聞き慣れた口説き文句だわ」
「で、でも…普段、あたしたちが接待してる客が言うのと違うってゆーか…下心がないってゆーか…あぅ」
「言いたいことはわかるよ。シャーリィ」
「ぷはぁ〜。わたしだってわーってるっつーの」
エイルかタバコの煙を吐き出す。
「んー…あいつらの自業自得って分かってっけど…手足を躊躇なく折ったときは……怖かったかなぁ」
スウェーが思い出して呟く。
「ビ、ビバルディへの制裁もヤバかったッス。…雰囲気が変わってたっスもん」
「……」
エイルは悠の戦闘を思い出していた。
人智を超えた動きと速度。同じSランクでも埋めようの無い歴然とした力の差を痛感させられる。
「それを差し引いても優良物件だけどさ〜。…Sランクの冒険者で鍛治職人…錬金術もできて…第6区画の大きい一軒家に住んでる。『金翼の若獅子』の上位陣とも仲が良いみたいだし…歳は上だけど顔も悪くない。…ヴァナヘイムの姫さまの『艶狼』にも顔が利くって話じゃん」
「す、スウェーってば詳しいッスね」
「へっへーん。リサーチ済みってわけよ!」
「玉の輿でも狙ってんのかお前。…っつーか広まってる噂の内容ばっかだし」
「自分だってカッコいいとか媚びってたくせに」
「あ、あれは言葉の綾だっつーの!」
「…これって一目惚れかな?……私は好きだよ」
ネムがぼそっと呟く。
「え」
「ま、マジッスか」
驚くエイルとシャーリィ。
「あはは。驚きすぎ」
「…はいはぁーい。ガールズトークはそこまでよぅ。お風呂に入ってさっさと寝なさぁ〜い。明日からまた忙しくなるんだからぁ」
「「「「はーい」」」」
二階へ行く四人。
「…悠ちゃんにあの子のお父さんの話もすべきだったかしらねぇ〜。タイミングを逃しちゃったわぁ…悔やんでも仕方ないしぃー。次の機会ってことねぇ」
ソーフィは呟く。それは誰を指した言葉なのか…。
悠が驚愕の内容を知るのは少し先の話。




