僕と私の英雄。⑬
8月5日午後20時10分更新
注)サブタイトルを変更しました。
「待ちーや。話ぐらい聞いてくれてもええやろ」
「……」
振り下ろした燼鎚は椅子を粉々に破壊していた。
いつの間にか壁際までメノウは移動している。
…これがネムが言ってた忽然と姿を消す魔法か。
予備動作もなく一瞬で消えやがった。
「…話だと?」
「そうや。出血大サービスの大盤振る舞いやで。…そもそもわては何もせえへんつもりで来とったし」
「サ、サーカスさん!?…な、なに言ってんすか!はやくこいつらブッ殺してくださいよぉ!」
「黙っとれ。次、許可なく喋ったら殺すで」
喚くビバルディに冷徹に言い放つ。
「……なにもしねーってどーゆーつもりよ?」
「ひぃ!」
エイルがビバルディの喉元にダガーを突き付けメノウに問う。
他のメンバーも手に武器を持ち警戒を強めた。
「そんな怒らんといてな。…まぁ、簡単に話すとやな。そいつらは捨て駒やし死んでもええねん。失敗策のR・Sの効果も実施試験で十分、わかったし用済みや」
「…失敗作?」
違法薬で金を稼ぐことが目的ではないらしい。
「そうやで。もともとR・Sはある実験の過程で生まれた副産物で…中毒性が高いだけのゴミポーションやねん。廃棄すんのも勿体ないし…違法薬物売買は組織の小金稼ぎにちょーどええから小悪党のアホに卸して売らせてたんや」
組織と実験…。
「予定外やったんは『リリムキッス』が関わった事や…あの子はネムって言うとったな?単身で突っ込んできたさかい自白剤を飲ませ喋らせたら…第二騎士団と協定を結んどる秘密を知れた。この情報はめっちゃ利用価値が高い。『魅惑の唇』を押さえとくにゃあ打ってつけや。ラッキーやと思っとったけど…」
ビバルディを一瞥する。
「こんアホが浮かれ過ぎて全部台無しや。…仲間ぁやられて黙っとる訳ないのに全員で敵地でパーティ?…呆れて物も言えんわい」
「……」
「近々、上から処分しろって命令されとったしわてが『魅惑の唇』と再交渉するつもりやってん。どーするか楽しみにしとったけど…予想外の兄さんが登場や。こないなバケモンに勝てる気もせぇへんし逃げるわ」
「そ、そんな…」
頼みの綱が切れてビバルディが青褪める。
「餞別にこれもやるし」
そう言ってメノウは懐から汚れたランプを取り出す。
「それは…!」
「ネェちゃんは知っとるよな?『魅惑の唇』の力を封じた魔導具や。ほれ」
「う、うわ!…きゅ、急に投げるなっス!」
シャーリィがキャッチする。
「壊せば封印は解けるで」
「……そ、そう言って…壊すと呪いを振り撒くし、仕掛けでもあるんじゃ…」
「ちゃうって!…それとR・Sを隠しとるこいつらの本当のアジトは歓楽街にある『マスタード』ってバーの地下や。カウンターの奥の部屋にあるマンホールを開けて中に入りぃ。…あの子が突っ込んで来た廃墟は偽物やからな。第二騎士団との協定も言い触らしたりしないさかい」
「はん!…話が旨すぎじゃねーか。どうせ裏があんだろ?」
「疑ぐり深いなぁ……嘘ついてもしゃーないやん。そんだけそこで睨んどる兄さんが怖いねん」
メノウは肩を竦める。
「捕まりとうないし戦うんは面倒やろ。お互いギブアンドテイクでいこーや。…兄さんもそれでええやろ?」
俺は左手を翳す。
「禁法・縛烬葬」
「!」
一瞬、動きを止めた後に業火がメノウを襲った。
逃がすつもりもない。
…俺の直感だがこいつは危険だ。
ここで決着をつけないと後々、面倒な事になる。
溜め時間も短く威力は低いが直撃した筈。
「問答無用かい」
「…っ」
振り返りざまに攻撃したが躱された。
「ぐっ…!」
体が痺れる。…まさか触れられたのか。
徐々に痺れは収まったが俺に異常状態は効かないのに
一体、どんな攻撃だ?
やっぱり油断できない相手だぜ。
「…わての神経遮断を耐えるとかやっぱバケモンやわ。愛しい右手とお別れさせられたし」
右肘から下が縛葬陣で焼失したにも関わらず平然としている。痛覚が無いのか…それとも禁術や裏魔法…はたまたスキルか…。
「…本気で来い。次は全身を消すぞ」
「かかっ!またの機会にしとこか兄さん」
突如、何もない空間が縦に裂けた。
「今日は十分、楽しんだわい。…兄さんとはまた逢えると思うしの。そん時は全力で相手したる。…『八つの大罪』の『奇術師』…メノウ・スペルビアがのう」
トップハットの帽子を左手で触りながら笑う。
「待っ」
メノウが空間に飛び込むと裂け目が閉じ姿形もなく消える。マップを開くが赤いマークは何処にもない。
まんまと逃げられてしまった。
油断してた訳じゃない。…恐らく奴は逃げる算段を考え本気で戦うつもりが最初から無かった。
「…『八つの大罪』のメノウ…」
忘れぬよう呟く。…次は絶対に逃がさない。
〜クエストを達成しました〜
依頼達成のメッセージ。
…しかし、不本意な結果となってしまった。
「おっさん」
エイルが俺の肩を叩く。
「……済まない。肝心な奴を逃しちまった」
「あに言ってんだっつーの。おっさんのお陰で大金星じゃねぇーか。…正直、ここまで強いとは思ってなかったわぁ。マジですげーな」
「……」
辺りを見渡すと呻く構成員で溢れかえってる。
死んではいないが虫の息だ。
…いや、最も報いを受けるべき男が一人残っていたな。
「とりま待機してる第二騎士団の連中とママを呼んで来なきゃ…っておっさん?」
俺はシャーリィに見張られたビバルディの前に立つ。
「シャーリィ。離れてろ」
「な、なにする気っスか…?」
「離れてろ」
有無を言わさぬ口調に押されシャーリィが退いた。
「…ひ、ひぃっ!」
「……」
俺を見て情けなく怯える。
「…な、なぁ…か、勘弁してくれよぉ。あのサーカスさ…い、いや!サーカスが言ってたよーに…俺は小悪党で…わ、悪いのはぁ…R・Sをくれた…あいつなんだ!…反省するし罪は償うから!…俺も被害者なんだよぉ…」
「右手を出せ」
「へ…?」
「右手を黙って出せ。首をへし折るぞ」
「…は、はいっ…」
慌てて右手を突き出す。
左手で手首を握り右手で小指を掴みへし折った。
「……い、いぎぃぃああああああぁっ!!!」
次は薬指を、その次は中指を、人差し指を、最後に親指を折る。聴くに堪えない悲鳴が響く。
「次は左手だ」
「うああぁ…ああぁ…!?ひ、い、嫌…っ!!」
涎と涙で顔をグシャグシャにしたビバルディが身を捩り逃げようとする。
……仕方ない。
無理やり左手首を掴み指を順番にまたへし折った。
「あぎゃあああああああーーーっ!!!」
そのまま痛みに絶叫するビバルディの下顎を掴み口を開かせ歯をひっこ抜く。
「ごぼっおぇぇお…!!」
麻酔も無しに抜歯される痛みは想像を絶するだろう。
「きゃあぁっ…!?」
キャストの一人が惨状を見て悲鳴を挙げる。
「お、おっさん!何やってんだよ!?」
次の歯を抜こうとする俺を見兼ねたエイルが呼び止める。
「ネムが受けた苦痛はこんなもんじゃない」
「ご、ごべんひゃはい…!ご、ご…べんひゃはい…!!」
情けなく許しを請うこいつが堪らなく憎い。
「…ごめんなさい…だと…?」
前歯を抜いた。血で手が赤く染まる。
「いひゃあああああいああああい…っ!!」
「…無理矢理…薬を飲ませ大勢で犯したくせにっ…自分は痛いって…泣き叫んで…許して貰おうとでも思ってんのか…っ!?」
怒りに呼応し右腕を黒蛇が蠢く。
「…お、おっさん…もう…!」
「…謝っても許されない事をてめぇらはしたんだよっ!!…自分より弱い相手を虐げ…搾取して…平気で嗤う…!…そんな屑が一生懸命に過去を乗り越え頑張ってる娘を苦しめてんじゃねぇっ!!」
殴ろうと拳を振り上げたその時、服を引っ張られる。
シャツを掴んだのは泣いているシャーリィだった。
「…ひっぐ!…も、もう…わ、わかったっ…ス…から!…お、おじさんの…気持ち…十分、わかっ…う、うわぁあああん…!」
辺りを見渡せば他のメンバーも啜り泣いていた。
エイルも目尻に涙を滲ませている。
それだけじゃない。
ソーフィさんも…ネムとスウェーも…転移した子達とミネレさん含めたギルド職員も…第二騎士団の騎士達も居た。
頭に血が上り周りが見えてなかったのか…。
「…ユウ…ぐすっ…もういい…ひっ…よ…あり…ぐっ…ありがと…ねっ…」
ネムの一言で冷静さを取り戻した俺は掴んでいた胸倉を離した。
「…ごべぇんあさい……ごべぇんあさあいいぃっ…!」
激痛に喘ぎながら謝罪を繰り返すビバルディ。
……もう、十分か。
俺が落ち着いたのを見計らって騎士団が構成員を担架に乗せ外へ連れて行く。
店内が一気に慌ただしくなった。
ソファーに腰掛けタバコを取り出し火を点け煙を吐き出す。…血でフィルターが汚れる。
その汚れがやけに鮮明に俺の目に映っていた。




