僕と私の英雄。⑫
8月2日午前8時28分更新
注)サブタイトルを変更しました。
〜20分後 医務室〜
「…すぅ…すぅ…」
暫く泣き続けたが今は穏やかな寝顔で眠っている。
…溜まってた鬱憤を吐き出し疲れたのだろう。
「ゆっくり休んでくれ」
……よし。そろそろ行くとするか。
医務室を出ると笑顔のソーフィさんが立っていた。
「うふふ。悠ちゃんってばカッコいいじゃない〜。私もぉー…あんな風にぃ言われたいわぁ」
「…盗み聴きするなんて趣味が悪いですね」
「たまたまよぉ〜」
首を傾げ誤魔化す。
「さいですか」
「でもぉー…言いつけを無視してる悪い子ちゃんたちがぁ〜…あそこにもぉ居るみたいだけどねぇ〜」
少し離れた物陰で音がした。
慌てて遠去かる複数の足音が廊下に響く。
「気付いて黙ってたんですか?」
「まぁねー。ネムを心配する気持ちも痛いほどぉ…わかるしぃ」
毛先を弄りつつ呟いた。
「……」
…口には出さないがずっと心配してたんだなぁ。
アイヴィーの保護者…いや、義父の俺には様子を見て察する事が出来た。
ネムが言ってたっけ。血の繋がらない女の子を助け幾人も育てあげたって。
とても尊敬できる女性だよ。…何歳なんだろ。
「唐突ですがソーフィさんってお幾つですか?」
「ふふふぅ〜。女性に歳を聞くなんてぇー…悠ちゃんってばぁ……野暮よぅ」
人差し指でつんっと俺のおでこを触る。
悪戯っぽく微笑む。
その笑顔はとても綺麗で思わず顔が赤くなった。
「そ、そうですね」
「うふふぅ」
二人で廊下を歩く。
…ここまで色々あったが後は俺がきっちり仕事をするだけだ。犯罪組織の連中に生き地獄を味わせてやる。
今日の俺は半端じゃないぞ。
〜夜20時15分 フェアリー・キッス 淫魔の寝床〜
時間が経過し作戦決行まで僅かとなった。
店内の特別待遇ブースでは大勢のキャストが30名の男達を接待している。
「……ちゃんと飲んでんのかよ女ぁ!?今日は俺ら『ビバルディ・グループ』の記念すべき創設パーティなんだからよぉ」
ソファーに踏ん反り横にエイルとシャーリィを侍らす男の名はビバルディ。
違法薬であるR・Sを歓楽街へ流行らせた張本人だ。
背後には屈強な傭兵をボディガードに従えている。
他者が見た第一印象は高級スーツに身を包んだ成金の若人。横柄な態度や発言は若さ故の特徴ではない。
他者を軽視し弱者から搾取し続け調子に乗った性格がそうさせているのだろう。
傭兵は背後に立ち周囲を警戒していた。
「すいませーん。…ビバルディさんみたいなぁ一流の実業家の前で緊張しちゃってるんですよぉ」
「そーっス。あたしたちみたいな女じゃ釣り合わないっスからね〜」
「はははは!可愛いこと言いやがって…今夜は二人ともベッドで足腰が立たなくなるまで相手してやっからよう。R・Sを飲んでヤるとぶっ飛ぶぜぇ〜。この間も…あのネムって女を皆で何時間も可愛がってやったしよぉ!!」
「ぎゃははは!思い出すとまた勃っちゃいますって!…有名ギルドの『リリムキッス』が俺たちの奴隷なんてマジ最高っすよ。ビバルディさん」
「バーカ。社長って呼べよ社長って」
エイルとシャーリィだけじゃない。
リリムキッスのギルドメンバーも…職員も…全員が腑が煮え繰り返る思いだった。
本来なら冒険者と兼務する彼女達の実力の足元にも及ばない半端な輩の集団。ソーフィの力を違法魔導具で封じ第二騎士団との協定の秘密を知っている優位性が彼等を増長させているのだ。
…彼女達は接客のプロ。表情一つ変えず感情を抑え嘘の笑みを浮かべる。
酒を飲み浮かれた愚かな男共は一切、気付かない。
「…くっくく!使えねー傭兵はクビにして正解だったぜ。強い護衛も新たにも雇ってし…『奇術師』さんもいる。何も怖いもんはねぇーわ。最強だな俺らってよぉ!」
少し離れた席でソーフィがトップハットを目深に被り臙脂色のコートを着た人物を相手にしていた。ネムを一瞬で倒しソーフィの力を封じた張本人である。
「……うっさいわボケ。少し黙らんかい」
「す、すいません」
ビバルディが萎縮した。
はっきりと力の上下関係が浮き彫りになる。
ギルドメンバーが内心、警戒を強めた。
「あらあらぁ〜。ご機嫌斜めねぇ」
「わては子守りに飽き飽きしてんのや。…状況がわかってへんのに浮かれやがって」
「……」
「『教授』に用意させたあんたの力を封じるアビスアイテムも無駄になるわ」
「うふふぅ。どーゆー意味かしらぁ」
「普通に考えたら分かるやん。仲間ぁやられて黙っとれへん。…全員一箇所に集めて一網打尽にする算段なんやろ」
「……」
「あいつらボンクラやさかい。これが罠やとか全然考えてへんで」
「…ふふぅ。…それを承知で貴方は来たの?」
「上の命令やしな。それに『魅惑の唇』がどんな手ぇ用意したか気になるやん…楽しませて貰うわい」
ソーフィは確信する。
一度、会った時から予感はしていた。
この組織は末端で奇術師と呼ばれる無法者は恐らく中枢組織の幹部級。
目的は違法薬で資金集めか…はたまた別の意図があるのか…。
考えを巡らしていたその時、凄まじい怒声が響く。
『…あぁっ?……スウェーを連れて来いって言ってんだろうが…しばくぞコラァッ!?』
普段の悠を知る者ならば考えられないだろう。
声しか聴こえないが演技とは思えない迫力の恫喝。
一瞬、リリムキッスのメンバーまでも驚き硬直してしまった。
「すいませーん!ちょっとぉ…あたいの身内が来たみたいでぇ…行ってきますね」
スウェーが席を立ち店の入り口の方へ向かう。
遂に作戦が始動する。
「…なんやあれ」
「うふふぅ〜…せいぜい楽しんでねぇ。…きっと素敵なことがぁー…起きるわよぅ」
ソーフィが答えた。
〜夜20時30分 フェアリー・キッス〜
予定した時刻となり静かに店の両扉を開ける。
品のない耳障りな笑い声が聴こえた。
店内は既に騒々しい。
施錠のため待機するミネレさんを見て頷く。
作戦開始だ。
深く息を吸い込み……。
「…あぁっ?……スウェーを連れて来いって言ってんだろうが…しばくぞコラァッ!?」
あらん限りの大声で怒鳴る。
笑い声が止み静寂が訪れた。
…おいおいミネレさん。演技だからそんな顔で俺を見ないでくれ。
そのまま扉を閉め鍵を掛ける音がした。
…よし。
「…スウェーっ!!どこいんだぉお!?」
再び声を張り上げ呼ぶ。
少し間を置いてスウェーがスカートを揺らし小走りで俺の元へ来た。その顔は驚きに充ちている。
「演技上手じゃん!あたいもビックリしちゃったし。それともそっちが本性なのかな〜?」
「昔の名残りだ。…それより状況は?」
「えっとね…」
「…おいおい!なんだぁテメェ!?今日はうちが貸し切ってんだ。さっさと帰らねぇと後悔させんぞ」
一人の男が威嚇するように歩いてきた。
様子を見て来いと命令でもされたか?
間が悪い馬鹿め。
「…仕事場に来ないでよぉ!お酒を買うお金は今朝、あげたじゃない!!」
俺のシャツを掴み迫真の演技をするスウェー。
…淫魔の寝床は店内の最奥に設置されたブースだ。
結界魔法陣と転移魔法をソーフィさんが発動するまで演技をやめる訳にはいかない。
スウェーが合図の叫び声をあげた瞬間、突っ込んで片を付けないと。
「…あぁっ?…あんな端金で足りっかボケぇ!」
「きゃあっ!?」
怒鳴って体を引き寄せる。これなら小声で話せば気付かれないだろう。
「(うひー!おじさんってばごーいん〜)」
「(…いいから話せ))
「…(はいはーい。…エイルとシャーリィが両隣で接待してる奴が頭のビバルディだよ!…そいつを筆頭に24人の構成員が順並びで…んー。ただのチンピラって感じぃ?…背後に居る護衛の傭兵は5人で…そいつらはけっこー強そうかな。要注意人物のハット帽は…『奇術師』って呼ばれてた。離れた席でママが相手をしてる)」
「…(わかった。こいつをブッ飛ばしたら合図を出してくれ)」
耳元で囁き合う。
「テメェ聞いてんのか!!」
スウェーから離れ男との距離を詰めた。
「あぶっ!?」
左手で首を握り締める。
「…かっ…ひゅ…!!」
呼吸が出来ず次第に顔が真っ青になっていく。
…脆い。脆すぎる。
男が口から泡を吹き痙攣をし始めた。このまま殺してやりたいが……殺したら一瞬で苦しみが終わる。
罪を償わせなきゃ意味がない。
首から手を離し今度は口を押さえ左足で男の左膝を蹴り抜いた。
「んん……!…んーっ!!!」
白目を剥き失神寸前の男が痛みで意識を取り戻す。
「…ひっ…!」
横で見ていたスウェーが自分の口を手で押さえた。
男の左膝は靭帯が断裂し骨折した膝骨が肉と服を突き破っている。
涙目で必死に叫ぶ男。
俺は無慈悲に右膝も蹴り抜く。
「んーーっ…!!?」
両足が逆方向にひしゃげた男は痛みのせいか失禁していた。
「報いを受けろ」
そう言って口を押さえていた左手に力を込め男の顎を粉砕した。下顎骨が砕ける音が静かに聴こえる。
折れた歯が歯茎をぐちゃぐちゃにして血の泡を吹く。
だらしなく口が開き大量の血が混じった涎を垂れた。
「うもぉッ……!!!…うご…が…!」
激痛で声は出せないだろう。
手を離すとその場に崩れ落ちて動かない。
仮に骨折は治癒しても無くなった歯までは治せまい。
罪悪感は湧かない。…ネムを輪姦してこの程度で済ませたのは甘いくらいだ。
「スウェー。合図を頼む」
「……」
「…スウェー?」
「あ…う、うん。いくよ…」
俺は黙って頷く。
「…すぅー…きゃあああああああああっ!!!」
スウェーの悲鳴と同時にフロア内を妖しく光る壁が覆う。ソーフィさんが魔法陣を発動させたのだ。
猶予は一分。
一目散に最奥にある淫魔の寝床まで駆けた。
〜フェアリー・キッス 淫魔の寝床〜
「……なにしてやがる」
様子を見に行かせた部下が戻らずパーティが中断され苛立つビバルディ。
部下は既に悠の容赦ない制裁で瀕死の重体である。
『きゃあああああああああっ!!!』
そしてスウェーの悲鳴が店内に響き渡った。
リリムキッスのメンバー全員の顔色が変わる。
「あぁ?」
身構える傭兵衆。
「……」
奇術師は成り行きを静観するつもりか動かない。
「じゃあねぇ〜。…アンチリアー…クラベンタ」
ソーフィが魔法陣発動の詠唱をするとソーフィを含めキャストのギルドメンバーが瞬く間に転移していく。
「転移魔法陣と結界魔法陣の二重詠唱かい。力が抑えられとんのに…流石は『魅惑の唇』やな」
感心する奇術師。
残ったメンバーは作戦通り戦闘に優れた複数名のメンバーのみ。
「…旦那。こりゃ罠だ」
「ああ。間違いねぇ」
「はぁっ!?…おい!テメェら…どーゆー魂胆だ!?」
傭兵の言葉を受け隣にいるエイルに詰め寄る。
しれっとした顔でエイルは告げた。
「えぇ〜。なに言ってるかわかんないですよぅ」
そして、全ては刹那の出来事だった。
「がっ…!?」
「ぐぇ」
先ずは用心棒である五人の傭兵が悲鳴を挙げる間もなく倒れた。
股間を潰された激痛で痙攣し気絶したのだ。血と尿臭が混ざった生臭さが辺りに漂う。
「「!」」
悠の全力の戦闘速度を辛うじて視認したのはエイルと奇術師のみ。
次は構成員達が標的となった。
歯が砕け飛び血反吐が宙に撒き散らされシャンデリアの光の下で鮮血の花が咲く。
治癒魔法や薬では治らない肉体の欠損を伴う攻撃を悠は容赦なく男達に加える。
爆音と斬撃の垣間に揺らめく炎。
「いぎぃぃぃぃぃっ!!!!」
両眼を潰され叫ぶ者。
「う、腕…お、お、おれの腕ぇぇぇぇ!!?」
左腕を切断され血を流す者。
「あっ…ぎ…あっ…」
酷い火傷で呼吸困難に陥る者。
「痛ぇええ!!…痛ぇえええぇよぉおおおぉっ!?」
銃弾で足が弾け飛んだ者。
全員が死ぬ寸前の重傷を負った。
淫魔の寝床は阿鼻叫喚の地獄絵図と化す。
反対にここまで苛烈な攻撃の最中でもリリムキッスのメンバー達には一切の被害も及ばない。
…膨大な筋力・敏捷・技術の戦闘数値を持つ者が成し得る芸当。
こうなっては拘束など必要ないだろう。
愕然とするビバルディ。
僅か一分でビバルディグループは壊滅したのだ。
自身の記念すべき日となる筈だったのに一瞬で幸福は絶望へと変わり脳が理解を拒む。
身動ぐ事も出来ない。
光が消え店内に展開された魔法陣が消えていく。
「……」
気付けば武器を構えた悠が奇術師の前に立っていた。
「あかん。あかんわ……『魅惑の唇』はこんな切り札を用意しとったんかい。そりゃ余裕なわけや」
呆れたように呟く。
「…兄さんの名前は黒永悠やろ?」
「ああ」
「やっぱしなぁ。わても自己紹介しとこか。裏じゃ『奇術師』って名で通してんねんけど…本名はメノウっつーんや。よろしくな兄さん」
メノウは焦ることもなく親しげに答える。
「よろしくな。そして、さよならだ」
悠は燼鎚・鎌鼬鼠を振り下ろし応えた。




