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僕と私の英雄。⑪

8月1日午前8時54分更新

注)サブタイトルを変更しました。



〜午後18時 二階 リリムキッス 医務室〜


「ネム。入るわよ〜」


医務室の中に入る。


「……」


「どうも」


ネムがベッドから体を起こす。傷は超特製エックスポーションで癒えたが元気はない。


…当然だよな。


「用は済んだしぃ…私はぁ下で準備があるからぁ〜…もう行くわねぇ」


「え」


「お二人で時間までぇー…ごゆっくりぃ〜」


「ママ、ありがと」


ソーフィさんは部屋から出て行ってしまった。


ふ、二人っきりとは予想外だ。


「イスに座って」


「…ああ」


ベッド横の椅子に座り横顔を見る。


こうして近くで見るとぺたんっとした獣耳と八重歯が特徴の綺麗で可愛い子だ。


歳はトモエやルウラと同じくらいの年齢だと思う。


…こんな女の子に奴等は酷いことをしやがったのか。


「…あらためて自己紹介するね。私はネム。お礼を直接、言いたかったからママに会わせて欲しいってお願いしたの。…命を救ってくれてありがとう」


「気にするな。俺の名前は知ってるよな」


「もちろん。Sランク昇格依頼もママとみんなで観に行ったし……ふふ!ユウは契約者だし怖い人かと思ってたけど違うんだね」


「そうか」


目を伏せぽつりと粒いた。


「…あのね。私たちの代わりに…その、戦うって聞いたけど本当…?」


「本当だ」


「…なら気をつけて。雇われの傭兵はせいぜいCランクの冒険者程度の実力だったけど……トップハットの帽子を被った奴は別格…。急に現れたり…忽然と姿を消す魔法を使って一瞬、左手で肩を触られたの。そうしたら体が痺れて動けなくなって……」


震える体を自らの両腕で抱き締める。


「消える魔法に謎の痺れ、か」


「…うん」


小さく頷くネム。


裏魔法と禁術で間違いなさそうだ。


…原理は不明だが相手の能力の情報を事前に知れたのは大きい。


狂奪の極みがあるとはいえ油断ならぬ相手だ。


「有益な情報をありがとな。助かるよ」


「ううん。私のせいで…ママにも…ギルドのみんなにも迷惑を掛けちゃったから」


「君のせいじゃないだろ」


「……」


ベッドの上に体育座りで縮こまる姿を見るのが辛い。


〜10分後〜


沈黙が続く。


ネムがベッドサイドに移動し腰掛け自分の着ている服を突如、脱ぎ始めた。


「!?」


慌てて椅子ごと後ろを向く。


衣擦れの音がやけにはっきり聞こえてきた。


「お、おい。急にどうしたんだよ」


「あのね、ユウにお願いがあるの」


「……お願い?」


背中に伝わる柔らかな感触と体温。


耳元で聴こえる微かな息遣い。


女性特有の甘い匂い。


…い、一体、何が起きてるんだってばよ!?



「私を抱いて」


「ふぇ?」



ネムの衝撃発言にすっ頓狂な声が洩れた。


……なにこの急展開。


もしかしたら抱っこって意味じゃ……。


「時間はまだあるから大丈夫でしょ?…此処には誰も来ないからさ…。私をめちゃくちゃにして」


あー。そっちの意味かぁ。


…若くて綺麗な女の子が裸で迫ってくるのは未知の体験だ。日頃から風呂場でアイヴィーの裸しか見慣れてない俺には刺激が強過ぎるぜ。


「……」


「……」


悲壮感漂う雰囲気で分かる。


…相当な理由がある筈だ。


「…可愛い女の子が初対面の男にそんな事を言っちゃ駄目だぞ。悩みがあるなら聞いてやるから」


「ふふ。ユウは優しいね。…初対面だから遠慮してるの?…私なんてとっくの昔に…汚くて…穢れてる。…大事にする価値なんてないもん」


「…価値がないなんて言うなよ」


そう言うと背中のシャツが強く握り締められた。


()()()は9歳の時だった」


「……」


「子供の頃に住んでた村はね…小さな漁村で…凄く貧しかった。…お父さんはよく言ってたよ。子供は無駄飯を食らうモンスターより劣る厄介な生き物だって」


「……」


「…お母さんは6歳の時に家を出ていっちゃって…お父さんと二人暮し。…地獄だったよ。…毎日、蹴られて殴られ…ご飯は夕食に貰えるカビの生えたパンだけでさ。機嫌が悪いと水も飲ませてくれなかった」


「……」


「…あれは嵐の夜だったなぁ。部屋で寝てたら隣に住んでるおじさんが急に入ってきて強姦されたの。…痛くて…怖くて…お父さんに助けてって叫んだけど…助けてくれなかった。…だって酒代の代わりに売られたんだから」


「……」


「…『ようやく使い道ができた』って言ったあの顔は…絶対に忘れない。…次の日、家から逃げて村を出た」


「……」


「行くあてもなく街から街を彷徨って…お金もないし体を売って生活した。今、考えるとよく生き延びれたなぁって思う。……買う客が居ない時は残飯を漁って飢えを凌いでたし」


「……」


「…一年後の10歳だった。人攫いに襲われたの。奴隷商人に引き渡されルルイエ皇国の娼館へ売られそうになった私を助けてくれたのがママよ」


「……」


「薄汚い私を抱き締めて…ご飯をお腹いっぱい食べさせてくれた。…あの感動は一生、忘れない。…ママは似た境遇の女の子たちを集めててね。それが今の『リリムキッス』のメンバーの子たちなの」


「……」


「…結局、私は役立たずで負けて…迷惑を掛けちゃった。あいつらに薬を飲まされて…何回も輪姦まわされた。そんなのもう慣れっこだし気にしてないよ。…けど、ママとギルドのみんなに迷惑を掛けちゃったことが…一番、辛い」


「……」


「…だからね……ユウにお礼がしたいの。私の命の恩人で…ヘマの尻拭いまでさせるんだから。…売女が相手じゃ嫌かも知れないけど…戦闘以外で私の取り柄なんて()()しかないし」


「……」


想像を絶する過去と真意。


体が震え目頭が熱くなる。


行き場のない怒りと悲しみが体中で鬩ぎ合う。


世の中は平等じゃない。

地球でも異世界でもそれは同じだ。


…でも、あんまり過ぎるじゃないか。


体を売るしか生きる術がなかったのは父親のせいだ。


今回の件だって悪いのは違法薬を売り捌く連中だ。


…ネムが自分を貶める理由は一つもない。


心に燃料が注がれた気分だ。


「辛い話をしてくれてありがとな」


「…ううん」


「その上ではっきり言うぞ。ネムを汚いなんて思わないよ」


「……気を遣わなくていいってば」


「本心さ。…男に酷いことをされて辛いよな。…悔しいに決まってるし…怖かっただろう」


「……っ…」


「…俺が君の辛さや苦しみを全て理解するのは不可能だ。理解できるわけがない。…でも助けたいって心から思ってる」


「……ユ、ウ…」


「一人の女の子が辛い思いをして…悪人がのうのうと蔓延る世の中なんて間違ってるだろ」


「…うっ…うぅ…」


「君は穢れてなんてない。…一生懸命で可愛い普通の女の子だよ」


背中が涙で濡れるのが分かった。


「ネムは安心して俺に頼ればいい。お礼なんて要らない。…明日からはまた皆と笑えるように…悪夢は全部俺が取っ払ってやる」



「…ひっぐ…!…うっ…ひん…」


「…だから我慢しないで好きなだけ泣いてくれ」


「うっう…うわああああああ…っ!!ああぁ…うぁっ…!…わああぁあんっ!!!」



ネムが大声で泣く。俺は前だけを見ていた。


ふつふつと込み上げる義憤。凄惨な過去は変えられないがネムを陵辱した奴等は違う。


元々、最初はなから許すつもりはない。


……アルマは殺しなさいって言ってたっけ。死んで終わりじゃ連中には()()()


死ぬより辛い目に合わせてやるよ。



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