僕と私の英雄。⑥
7月24日午前7時35分更新
注)サブタイトルを変更しました。
「…俺ぁ夢でも見てんのか…?」
「ぬ、ぬし!いっ、一体、坊に何を飲ませたでありんすか!?」
「坊ちゃんが…お、女になっちまった…」
「…これからはお嬢って呼ばなあかんのけ?」
「違和感はねぇーけどよぉ」
混乱してるのは俺も一緒だ。
「…ちょっと静かにしてくれ」
俺の一言に全員が黙る。
「エンジ君。体の調子はどうだ?」
「え、ええ。すこぶる調子は良くて……力が漲るってゆーか…元気いっぱいです!」
ふむ。体質は変質した様子だが…。
サーチしてみよう。
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名前:エンジ・フォン・ロードゴリ
性別:女
種族:蠍人族
称号:黒永悠の弟子
職業:冒険者見習い Lv1
戦闘パラメータ
HP2500 MP600
筋力45 魔力150
体力40 敏捷40
技術50 精神60
固有スキル:魔素吸収 魔素解放←
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固有スキル
『魔素吸収』
①渇流放魔体質が変質し習得した森羅系統の希少スキル。周囲の魔素を吸収し治癒力・身体能力を強化する。吸収量の上限はスキル所持者のLvに左右される。
『魔素解放』
①渇流放魔体質が変質し習得した森羅系統の希少スキル。魔法が使用不可になるが魔素吸収により吸収した魔素が一定量を超えると無属性の魔法攻撃を発動する事が可能。一定量の上限はスキル所持者のLvに左右される。
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渇流放魔体質は森羅系のスキルへ変わっている。
称号が…黒永悠の弟子で職業が冒険者見習いか。
問題は性別だ。
はっきり女と明記されてる。
…十五年間、男として生きて急に女として生きろって言われたら納得できるだろうか?
しかし、変えようのない事実だ。
「あの…悠様…?難しい顔をされてますが…」
俺はサーチした結果を全員に説明した。
〜数分後〜
「そうか」
「…ええ」
ガンジさんが呟く。渇流放魔体質で死ぬ心配が消えたが息子が娘に急に変わったんだ。
父親なら色々とショックだよなぁ…。隣に座るガラシャさんも複雑な表情で押し黙っている。
ーーきゅう〜。
庭で遊ぶのに飽きたキューが客間に入ってきた。
「こ、こらキュー。…今はちょっと待っ」
焦る俺を尻目にエンジ君が立ち上がりキューの鼻先を撫でる。
ーーきゅきゅう。
「…温かい」
ーーきゅむ。
「あはは!くすぐったいよ」
キューが顔を舐める。
「悠様」
俺を向いて涙目混じりにエンジ君は言った。
「……急に女の子になって…正直、びっくりしてるし頭の整理も追いつかないけど…本当に感謝してます」
「……」
「皆には…ずっと言えなかったけど……誰かに触っても温もりを感じなくて…呼吸することも苦しいし…目は霞んで色も分からない。歩くと骨が軋んで痛くて…生きるのが…辛くて…悔しかった」
「…エンジ」
その頰に一筋の涙が伝う。
「…でも…もうちがう!触れた温もりが…目に見える…感じる全てが!…世界が輝いて見えるんだ!…性別なんてどーだっていい…命懸けで産んでくれた母さんに伝えたい…僕は今、幸せだって!!」
力強く叫ぶ姿に以前の病弱な面影はない。
「…泣かせるこたぁ…言いやがって……」
「坊……」
「…ぐすっ…悠様は…約束を゛…果たしで…くれた!…やっ…ぱり…僕の憧れで…英雄だった…。本当に…ありがっ…ありがとうござい…ひっぐ…ます!!」
嗚咽混じりの感謝の言葉。
周囲にいる若衆達も啜り泣いている。
俺は答える。
「…言ったろ?信じてくれるなら必ず応えるって。…性別まで変わったのは予想外だったが……もう泣くな。…俺は…泣き虫は好きじゃない」
「…は、はいっ!」
そう言うのが精一杯だった。声が震えるのを我慢して強がる。…耐えろ。耐えるんだ俺!
こっちに来てから涙脆くなった気がするぜ。
ーーきゅうきゅう。
キューが涙を拭うように顔をまた舐める。
「…ふ、ふふ!あはは!…ぐすっ…くすぐったいってば」
アルマ。アイヴィー。…そしてミコト。
俺は誇らしい。
家族と相棒の協力で尊い命が救われたんだ。
〜クエストを達成しました〜
依頼達成のメッセージが表示される。
「…ふふ」
清々しい充実感に包まれ俺は笑った。
〜午前11時50分 勇猛会〜
あれから詳しく状態の確認を行い、異常が本当にないか念入りに調べた。結果、特に問題もなく性別が変わった事以外は至って元気だ。
今もキューと遊んでるしこれなら心配ない。…さて。身内で積もる話もあるだろうしお暇しよう。
「ガンジさん。依頼は達成したし帰ります」
「おう。…なぁ悠よ…エンジが娘になっちまっても俺の大切な子供に変わりはねぇ。…家族の命を救ってくれたお前にはでっけぇ借りが出来ちまったな。……困ったことがありゃ何時でも相談に来い。力ぁ貸すからよう」
頭を深々と下げる。
「気にしないで下さい。俺が勝手にした事ですから」
続いてガラシャさんが三つ指をつき頭を下げる。
「…先日の数々の御無礼…申し訳ありんせん。…ぬしを誤解してやした。…恩人に対しぶっちらかした暴言とあの態度…。その責任は取りやす。わっちを好きにしておくんなし」
「い、いえいえ!本当に気にしないで」
「わっちの気が済みやせん」
頑固だなぁ。
「…わかりました。笑顔でありがとうって言って貰えますか?それだけで十分です」
「……」
顔を上げたガラシャさんの頰が薄く朱色に染まる。
「ありがとうごさりんした」
うんうん。綺麗な女性には笑顔がよく似合う。
「粋だねぇ…益々、気に入ったぜ。報酬金は『金翼の若獅子』に支払っておくからよう。受け取ってくれや」
「はい」
明日は金翼の若獅子に顔を出すか。
その足でリリムキッスに行こう。
「キュー。帰るぞ」
ーーきゅきゅ〜。
「えぇ!?…もう帰られるのですか…?」
庭先でキューと遊んでたエンジ君…いや、エンジちゃん?…あー…エンジでいいや。
エンジが残念そうな顔をした。
「ああ」
「……わかりました…あ!僕の弟子入りの件ですが」
「…本気で俺に弟子入りするつもりか?」
「はい。この気持ちに微塵も変わりはありません!!…寧ろ前より強くなってます!」
きらきらした眼差しで俺を見上げる。
……今更、断れないよね。
「わかった。約束だしな」
「で、では!!」
「但し条件がある。俺のことは呼び捨てか……そうだな。悠さんって呼んでくれ。様はいらない。俺もエンジって呼ぶからさ」
「……」
おい、不服そうにすんな。
「…嫌なら弟子の件は無」
「わ、わかりました!悠様……じゃなかった。悠さん」
「それで良い。当面の目標は…先ずは生活に慣れろ、だ。女の子になって覚えなきゃならん事も増えただろうし。…いいか?これは師匠命令だぞ」
「はい!」
「いい返事だ。今度、来た時は練習用の武器を持ってくる。楽しみにしててくれ」
「や、…やったぁー!」
はしゃぐ姿が可愛らしい。
こうなりゃ責任持って最後まで面倒を見るさ。上手く教えられるか不安だが……何とかなるだろ。
「ユーの兄貴ぃ。いつでもギルドに来てくだせぇ!」
兄貴…?
「お、俺っちにも御指導御鞭撻を…おなしゃっす」
強面の若衆達が集まり頭を下げ始めた。
……こ、怖ぇーよ!?
「親父の恩人は俺らの恩人でさぁ」
「もし兄貴にイチャモンを言う奴ぁいたら教えてくださいや。…俺らがぁナシつけたりますよぉ」
「あ、ありがとう。気持ちだけで十分だから…」
「わはははは!人気者じゃねぇーか。…良い歳なんだろ。エンジも娘になったんだ。ガラシャも今となっちゃ満更じゃねぇーみてぇだしよう。……どっちか嫁に貰ってうちに所属したらどうだ?」
とんでもねーこと言い出したぞこの親父。…ジークバルトさんも似た事を言ってたな。
「と、父さん!…な、なに言ってんだょ…」
「……」
変な空気になる。
「…あ、あー!も、もう帰りますね。お邪魔しました!キュー。行くぞ」
ーーきゅきゅ〜。
振り返らずそのまま帰った。
…ったく。困ったもんだぜ。
〜数分後 勇猛会〜
「…もう。父さんが変なこと言うから悠さんが帰っちゃったじゃないか」
「わははははは!妙案だと思ったんだけどなぁ」
「……素敵な男性でありんした。噂通り…いや、噂以上のお方でありやす。…困ってる人を決して見捨てぬ…正に『辺境の英雄』の勇名に相応しい。並の漢じゃありんせん」
「…おぉ〜。おめぇがそこまで褒めるたぁ…本気で惚れちまったか?」
「……」
ガラシャは否定も肯定もせず黙る。
「僕の師匠だからね」
胸を張って自慢気にエンジが答えた。
「エンジと繋がりができたんだ。これから何遍でも会う機会はあんだろ。…しかし、あの気性に性格…。本当に『鬼夜叉』の旦那ぁそっくりだぜ。……親子揃って契約者に世話になっちまったなぁ」
しみじみと呟くガンジは昔を懐かしむようだ。
「…ふぅ…して坊…いや、お嬢。女になったからにはわっちがしっかり撫子として教育するでやし」
「うん!胸って意外と重いし邪魔なんだね」
大きくなった乳房を触る。
男達は思わず目を逸らした。
エンジは全く気にしてないが男の劣情を煽る扇情的な肢体へと変わっているのである。
「先ずは下着を買いやしょう。わっちと服屋へ行きやすか」
「…し、下着かぁ…。変な感じがするよ」
「なら坊…いや、お嬢の護衛に俺らも」
「阿保。ぬしらみてぇなヌケサクがぞろぞろ付き添ったら店に大迷惑じゃろが。…とっとと仕事に行きなんし!」
「へ、へい」
「わははははは!」
空には雲一つない晴天が広がる。
まるで皆の心情を表すような天気だ。




