僕と私の英雄。④
7月20日午前12時26分更新
注)サブタイトルを変更しました。
〜午後14時 勇猛会 門付近〜
「お昼もご馳走になって見送りまで…すいません」
「細けぇことは気にすんなや。……あんな風に笑って喜ぶ倅は久しぶりに見たぜ。礼を言うよ」
「いえいえ」
「それで報酬金だが」
「ガンジさん。依頼は達成してませんので報酬金は受け取れませんよ。また来ます」
「お前ぇ…」
ガンジさんが笑った。
今回の個人指定依頼の達成条件は曖昧なものだ。
話し相手になるだけで良いってつもりだったんだろうが達成条件は俺の中でもう勝手に決めてる。
「へっ!粋だねぇ。うちの者が慕うのも無理ねぇなぁ。どうだい?…その力ぁ『勇猛会』で奮ってみちゃあよう」
「いえ。それは大丈夫です」
「即答かい!?わははははっ!清々しくていっそ気持ちいいぜ。ガラシャ!外までお連れしな」
「はい親父様」
「悪りぃが俺はここまでだ。またなユウ」
踵を返し中に戻る。
「……ユー」
「はい」
ガラシャさんが眉を吊り上げ厳しい眼差しを俺に向けた。
「ぬしは善意で坊に治すって言ったんやもしんせんが簡単に言いなんすな」
「…聴いてたんですか?」
「GMの息子と初対面で得体の知れん契約者を二人っきりには出来んせん。稽古場で皆、正座でずっと待機させとったんよ」
したたかな女だな…って長時間正座で待機って鬼かよ。
「坊は優しゅうて素直やし…憧れのぬしの言うことを簡単に信じる。……不治の病を治すなんて耳触りの良い言葉で希望だけ持たせ…落胆させるんは許せん」
「俺は本気ですよ」
「はん!何度、その言葉を聞かされたか…高い金を払わせる藪術師…病気が治ると似非魔導具を買わせようとする商人。世の中ぁ…藁にも縋る思いの身内を騙そうとする悪漢ばかりでありんす」
「そんな奴らもいるが俺は違う」
「……あの子はわっちの姉の子。本当の弟みたく大事に想ってやす」
ガラシャさんはガンジさんの義理の妹だったのか。
「歳の離れた親父様は本当の父みたく想っとる。わっちだけやなし。このギルドの者は皆、親父様を慕っとりやす」
一呼吸置いて冷たく言い放つ。
「…親父様や坊…若衆たちははぬしを気に入っとるがわっちは騙されん。ユーの妄言で…皆がどれだけ落胆するか…想像しただけで血が煮え滾る」
「……」
「なんでお願いしやす。二度と敷居を跨がんでおくんなんし」
俺は丁寧に頭を下げた。
「お断りします」
「……なに?」
「俺は必ず治すと約束した。男に二言はない」
「……」
「次、此処に来る時は治す時だ」
「…大言壮語を言うだけあるわ。根性は座っとる。いいでしょ。わっちもぬしを一度だけ信じます。でも…」
しゅるりと棘の尾がガラシャさんの背後から現れた。
先端の棘が俺の眼前で左右に動く。
「嘘やったらその両目を抉ってしなんす。…『蠍人族』の女ぁ…恐ろしいでやんすよ」
…綺麗な薔薇には棘がある。正にこの人のことだ。
「ええ。構いません」
「…ふん。精々、尻尾巻いて逃げんでおくんなし」
逃げる?冗談じゃない。
さらに気合いが入るっつーもんだ。俺は門を抜け急いで帰路へ着いた。
先ずは書斎で魔漏病について調べよう。
〜午後17時20分 マイハウス 書斎〜
「ーーくそっ!」
思わず悪態を吐く。
帰宅後、書斎に直行し片っ端から漁った疾病や異常状態に関する学術書を見た。
「…ふぅ…落ち着け。こんな簡単に解決方法が見つかったら苦労しない」
…しかし、魔漏病について調べれば調べるほど甘くない現実を突き付けられるばかり。
ーーーーーーーー『魔漏病』ーーーーーーーーー
『概要』
魔漏病とは文字通り魔力が体外へ漏れる奇病。通常、魔力は体内を循環し有害な魔素を分解し排出する働きを持つ。しかし魔漏病を患うと生命維持に必要な魔力も体外へ排出してしまうのだ。
その結果、以下の症状を引き起こす。
①免疫力の著しい低下による合併症状の発症。
②身体機能・心配機能の著しい低下によるパラメーターの大幅な減少。
③異常状態の著しい悪化。
また個人差はあるものの二十歳を超えて存命する事例は極稀で成人となる前に死亡するケースが多い。
魔漏病による感染事例は皆無であり遺伝性の疾患である可能性が高い。
治療法は確率されていない。治癒魔法・薬物投与で幾許かの遅延は可能だが完治は不可能。原因解明と特効薬の開発が望まれる病気の一つ。
『分類』
異常状態:ー(該当項目無)
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どの本も同じ内容だ。
ここにある本は最近の本じゃない。本屋に行けば最新の……いや、駄目だ。
ガンジさんから聞いた話と比べても変わりない。
「…アルマに聞いてみるか」
困った時の頼れるにゃんこの出番。
確か朝に…。
『今日はアイヴィーに錬金術を教えるから地下一階の工房を借りるわよ』
…って言ってたっけ。
書斎を出て工房に向かった。
〜マイハウス 地下一階 工房〜
「できた!」
「うんうん。いいんじゃない」
工房に行くと作業台には理科の実験のように用途不明の機材が並べられていた。
液体が入ったフラスコを両手で掲げるアイヴィーとそれを横で眺めるアルマ。
「よう」
「あら。帰ってたのね」
「悠!見て見て!アイヴィーが作ったポーション」
「おぉ。凄いじゃないか」
フラスコの液体は少し粘り気があり神秘的な光を発している。
「この子が錬成術を覚えたいって言うからランダに聞いた調合と合成の手順を教えたらこのとーりよ」
「…よく聞いただけで手順を指導できるな。調合や合成は難しいって言われたのに」
「この程度の技術なら教えるのなんて簡単じゃない。わたしを人の尺度で計るんじゃないわよ」
前足で顔を撫でながら言う。
天才かよ。…一を教えれば百になるってか?武器呪文に然り驚かされるぜ。
「次はこれを…こーして…」
アイヴィーはすっかり錬金術に夢中だ。
「…あの子も凄いわよ。この歳で簡単に覚えちゃうんだもん。このまま鍛えれば将来は歴史に名を残す傑物になるかもね」
「誇らしい限りだ」
今度、商人ギルドに連れていこうかな。
…おっと。今はこっちの目的を優先しなきゃ。
「実はアルマに相談したい事があるんだが…」
「言ってみなさい」
〜5分後〜
事情を聞いたアルマが一言呟いた。
「治すのは無理よ」
「……無理、か」
「正確に言えば病気じゃない。…そもそも魔漏病は人が病気だって認識してるだけで『渇流放魔体質』って特異体質のことよ」
「病気、じゃない?」
「ええ。人以外のモンスターでも稀にこの体質を持って生まれる生物はいるわ」
「……ま、マジか」
衝撃の新事実が発覚。
「治療魔法や薬が効かないのは当然ね。病気でも異常状態でもないもの。魔力が体に循環せず体外へ排出する生まれついての体質なの。……ある意味では神が気紛れで授けた特別な才能だけど」
「才能?」
「体質のお陰で魔法を完全に無効化するの。避雷針みたくエネルギーを周囲に散らしてね。…昔、この体質で『吸収』のスキルを持った厄介なモンスターと闘ったわ。あのモンスターも相手の魔力を喰らってしか生きる術が無かったんでしょうね…」
「……なんだか悲しいな」
「そーゆことだから諦めなさい」
きっぱりと断言する。
これでは逆誄歌を使っても意味がない。
体質だけ変わって生き返るって都合の良い解釈は通じないだろう。
「……」
アジ・ダハーカの言葉を不意に思い出す。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『されど救えぬ者も居る。その現実に絶望し悲観する時もあるやもしれん』
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これがそうなのか?
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『あなたは…僕の英雄です』
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……違う!!
諦めて悲観するのはいつだってできる。
みっともなく泥臭く足掻いてやろうじゃないか。
俺は約束したんだ。無理だった…なんて情け無い面で会いに行けないだろうが!
必ず何とかしてやる。
生憎と物分かりが良い大人じゃないんでね。
「…理屈はわかったが諦めない。別の方法を考えてみるよ」
やれやれと言わんばかりにアルマが溜め息を吐く。
「そー言うと思った。無理だって百も承知だけど……乗りかかった舟ってやつよ。一緒に方法を考えてあげるわ」
「アルマ…」
「か、勘違いすんじゃないわよ。…べ、べつにあんたが悲しい顔してるからとか関係ないからね!」
ツンデレめ。…でも、本当に嬉しい。
「ありがとう。心強いよ」
「ふん」
そっぽを向くが尻尾は正直だ。
「悠、今は忙しい?調合したポーションを鑑定して欲しいから」
アイヴィーが作ったポーションを抱えて近寄る。
「大丈夫だよ。どれどれ…」
鑑定してみた。
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Vの秘薬×4
・アイヴィー・デュクセンヘイグが調合したオリジナルのポーション。HPとMPを全回復させ飲んだ者の体質を短時間だけ吸血鬼に変質させる特殊効果がある。
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ふぁっ!?
「…このポーションを飲むとHPとMPも全回復して短時間だが吸血鬼に変質させる特殊効果があるぞ」
初めて錬金術を覚えて作ったとは思えない出来映え。
…歴史に名を残すってアルマが言ったのも納得だわ。
「アイヴィーはすごい?」
「凄いぞ。…本当に凄いと思う。頑張ったな」
「えへへ」
素材を入れ錬成炉で錬成する方法より手間だが手順を覚えれば安定して作れるの強みだな。
未だに材料が無駄になってしまう事もあるし。
頭を撫でると嬉しそうに目を細めた。
「狙って調合したのか?」
「ううん」
一枚の紙を差し出す。
「調合のやり方を教わって素材を使っただけ。レアな素材を使うと効果も格別に良くなるってアルマ師匠が言ってたよ。調合レシピは紙に書いた」
紙を受け取り確認した。
「…ふむふむ。不思議の菌床箱に入れてある竜草に…ドラコ茸…水…砕いた翠鉱石…神樹の紅い花……紅い花って神樹の周りに咲いてる花だよな?」
「うん。綺麗だったから一つだけ持ってきた」
「!」
「どうかしたか?」
「…高い薬効…神樹の周りに咲いてる紅い花…変質効果…もしかしたら…ぶつぶつ…」
アルマの独り言。
「ちょっと紅い花を摘みにいくわよ」
顔を上げそう言うや否や階段を登って走り去った。
…もしや何か思い付いたのかも知れない。
俺とアイヴィーも庭へ移動した。
〜マイハウス 神樹の池〜
「ふぅーん」
アルマは神樹の周囲の紅い花群を眺め思索していた。以前に比べ神樹も枝に葉が付き成長し煌びやかな光を発している。
こうして見ると鮮やかで綺麗な花だ。
「わたしの予想が当たってれば……アイヴィー。この花を素材に使ったのよね?」
「うん」
「悠。花を鑑定してみて」
「あ、ああ」
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禮花オオカミヅム
・神樹の恩寵を受け育った美しい花。真紅の花弁には特殊な魔素が宿っている。オオカミヅムを材料に作られた品は生命・物質の特性に影響を及ぼす不思議な効力が宿る。
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「…この花の正式名称は禮花オオカミヅムと言って…ふむ。花弁に特別な魔素が宿り生命・物質の特性に影響を与えるそうだ」
「やっぱり!」
アルマが花弁に近付き鼻を鳴らす。
「…五大元素とは異なる魔素を感じるわ。恩寵を真近に受け育ったから特殊な効果が付与されたのね」
「ふむふむ」
「そーなると神々の遺産に属する素材アイテムだしとんでもない希少価値があるわ。…にゃっふっふっふ!」
アルマが二本の尻尾を立てる。
確信を得たと自信に満ち溢れた顔だ。
「喜びなさい下僕一号。魔王アルマの灰色の脳細胞が解決策を導きだしたわよ」
「お、おぉ!マジか!?」
「…話がさっぱり分からないから」
事情を知らないアイヴィーが首を傾げる。
「わたしは渇流放魔体質は病気じゃないから治せないって言ったわ。…だから禮花を材料に体質を変異させるアイテムを作るのよ」
「体質を変異させる…」
「ええ。理論上は可能なはずよ」
「……なるほど」
治せないなら変えれば良い。
治療するって発想に囚われ過ぎて気付かなかったが妙案じゃないか!
「…けど、この神樹の花があって初めて可能になった頭の中だけの話。これは未知の錬金術よ。仮に錬金術に成功しても更に体質を悪化させる変化を招く可能性だってあるわ」
「……」
「一か八かの賭けよ。それでもやる?」
愚問だ。賭けは張らなきゃ始まらない。
「やるさ。奇跡は起きるんじゃない。起こすもんだ」
「…いい返事ね!アイヴィーも手伝いなさい。ご飯を食べたらさっそく取りかかるわよ」
「おー!」
「お、おー?」
右手を挙げる俺に習ってアイヴィーも続く。
…諦めなきゃこーゆー事もあるってことだ。
よし!活力が漲ってきた。絶対に成功させてやる。
まずは腹ごしらえ。
とびっきりの夕飯を作らなきゃな。




