僕と私の英雄。①
7月15日午後15時59分更新
注)サブタイトルを変更しました。
〜扉木の月4日〜
地球で言えば六月。
梅雨空の合間に強い陽射しが射す今日此の頃。
パルキゲニアでも夏が近付く匂いを感じさせる。
昇格依頼の達成から少し計り時間が経過した。
アイヴィーはアルマとの猛稽古に日々、精を出している。何度か稽古に付き合ったが根を上げず努力する姿勢が素晴らしい。…俺も見習わないと。
キューは稽古に付き合ったり…キルカの卵を抱卵したり…俺と一緒に冒険者ギルドに行ったり…お菓子を貰って食べまくったり…毎日、楽しそうな様子だ。
卵には順調に魔力が蓄積されてるがまだ孵らない。
生まれる日が待ち遠しいぜ。
皆も元気だ。
俺はSランクに昇格して以降、ラウラに任された書類業務をこなしつつ…Gランク依頼のモンスター討伐・鍛治仕事・錬成品の作製・プレゼントの製作等に取り組み忙しいが充実した毎日を送っている。
…ただ、気懸りなのは白蘭竜の息吹の件。
先日、エリザベートの願いも虚しくGMの座を賭けての決闘が正式に決定した。
扉木の月13日。場所は闘技場。
…姉と弟の骨肉争い、か。
個人的にはエリザベートが支持する姉を応援してるけどね。横槍を入れたのは弟らしいし…。
あ、手が止まってたな。
さっさと書類を片付けないと。
〜金翼の若獅子 三階 バー『LUXES』〜
「よくやるにゃ〜」
頰杖をついて俺を眺めるミミちゃん。
「任された仕事だからな」
机の上にある書類の山に数字を記入していく。
「他のメンバーはしにゃいよ。書類業務や雑務は任意で断れるからにゃ」
「断ったら誰かの負担になるだろ。…依頼に比べたら楽なもんだ」
こーゆ仕事は慣れてる。
…残業してた頃が懐かしい。それに比べれば楽勝だ。
「真面目にゃ〜」
「ミミちゃんは受付に居なくていいのか?」
「暇だからいいのにゃ。…他のSランクのメンバーは派閥の運営とランカー依頼で忙しいから滅多に来にゃいし…ミミはいつも一人にゃ」
「そうなのか。兼務も大変なんだな」
「ひとえに優秀すぎるせーにゃ。分からない事はにゃんでも聞くといいにゃ」
「ミミちゃんは偉いなぁ〜。うりうり」
「にゃにゃにゃにゃ……はっ!?き、気安く頭を撫でるにゃ!…変態め」
やれやれ。素直じゃないんだから。
「コーヒーのお代わりはいかがです?」
「あ、貰います」
「カロ。ミミはミルクシェイク追加にゃ」
「はい。ただ今」
彼はカロさん。物腰が柔らかく男前で顎髭が素敵なエルフの男性。
昔はBランクの冒険者だったらしい。
怪我が原因で引退し今はこのお洒落なバー…ルグゼスの店主さんだ。
「…しかしなぁ。Sランクになると冒険者ギルド内の施設利用費が無料になるってのは驚いたぜ」
「説明は聞いたと思うけど…モンスターの解体費はもちろん関連の宿泊施設の利用料金にその他もろもろ…ここの飲食代もぜーんぶギルドが負担してくれるにゃ。それだけS級は特別なのにゃ」
高待遇だなー。
「ふーん」
「…ユーはSランクの強さを超越してるにゃ。ミコー様が言ってたけど上位級でも勝てないかも…って言ってたにゃ」
ミミちゃんはミコーさんの派閥に属している。
「買い被り過ぎだよ」
「変態度も極めてるにゃ」
「極めてねーよ」
「お待たせしました。コーヒーのお代わりとミルクシェイクです」
「どうも」
もう一息だ。頑張るとしよう。ミミちゃんと雑談を楽しみつつ紙にペンを走らせた。
〜30分後〜
「終わったぞ!」
「ふぁ〜。おつかれにゃ」
書類を整え背伸びする。
これをラウラに届ければ業務終了だ。
今日は家に帰って残ってるプレゼント品の製作とエリザベートの創作依頼を進めるか。
残ってるコーヒーを飲み干す。
「ご馳走様。じゃあ俺はいくよ」
「うにゃん。…ユーがいないとまた暇になるにゃ〜」
「ご機嫌よう。二人とも」
…この声はベアトリクスさんだ。
振り返ると鉄騎隊を従え颯爽と立っている。
「どうも。俺はこれで…」
「お待ちになって下さい」
横を通り過ぎようとしたら肩を掴まれた。
「演習場での約束を忘れてませんよね?」
忘れてないから顔を合わせないようにしてました!
…って言ったら怒るよなぁ。
「も、もちろん!」
「良かった。なら今日、約束を果たして貰いましょう。…カロ。人払いをさせますが宜しいですか?」
「どうぞ。他にお客様は居ませんので」
「…あ、あ〜。ミミちゃんってば依頼用紙の補充を忘れてたにゃ。急いでカウンターに戻らにゃいと!」
「さっき暇って」
「ミミは忙しいにゃ。ユーと一緒にしにゃいで欲しいにゃ。…じゃそーゆーことで」
自分だけさっさと逃げやがった…!
「席に座って下さい」
「…あい」
「ベアトリクス様。お飲み物は?」
「私にはミスティ・グリーンを一つ」
「…俺はブラックコーヒー」
飲み過ぎてお腹ぱんぱんになりそう。
〜数分後〜
「どうしました?居心地が悪そうですが」
「あー…その…囲まれてるのがちょっと…」
俺とベアトリクスさんを囲む鉄騎隊の面々。騎士の彫像に囲まれた気分……これで居心地が良い訳がない。
「配慮が足りず申し訳ないわ。折角の茶会が無粋でしたね。店外で待機させましょう」
そう言うと全員が一糸乱れぬ動きで移動を開始した。
「…皆、忠実なんですね。格好も冒険者ってより騎士団っぽいってゆーか」
「そうでしょうね。私も『鉄騎隊』も元々、騎士団出身ですから」
「そうなんですか?」
「ええ。『鉄騎隊』の隊員の殆どは騎士団在籍時からの私の部下……全員が私と共に『金翼の若獅子』へ移籍しました。今でも変わらぬ忠義を献げてくれる誇り高き自慢の部下達です」
「へぇ」
「…ふふ。ジムは貴方に敗れ心象に変化が表れたようですが」
あー。骨を叩き折った…確か…鉄剣だっけ。
「悪いが謝るつもりはないですよ。警告を無視したのは彼だ」
「謝罪は要りません。この世は勝者こそ総て。…敗者に掛ける言葉は無い。自身の意を押し通すなら強くあるべし」
「そ、そうですか」
厳しいなぁ。
「お待たせしました。ミスティ・グリーンとブラックコーヒーです」
湯気が立ち鼻腔を擽る芳しいアロマ。一口啜る。
うーん…マンダムってね!
ベアトリクスさんが注文したミスティ・グリーンは薄緑の液体が仄かに発光する不思議な飲み物だった。
…つーか兜を装着したまま飲むのかな。
徐ろに兜を外すベアトリクスさん。
あ、やっぱりそうだよね。
素顔が露わになる。…案の定、美人だった。
綺麗な蒼い瞳は意思の強さを感じさせ白金の毛髪に枝毛は一つもなく流麗に舞う。
薄いピンクの唇が艶めかしい。
しかし、一際目立つ疵痕が生々しく…端正な顔立ちゆえ余計に際だっていた。
右頰が酷く引き攣ってるな。火傷だろうが?
「……」
「……」
互いに沈黙する。
沈黙を破ったのはベアトリクスさんの方だった。
「焼け爛れた右頰が気になりますか?」
「いえ。特には」
「…ふふ。大抵の人は気にするのに」
「気にされたいですか?」
「そんな風に聞いたのは悠が初めてですね」
上品にティーカップを口元に運ぶ。
「…これは深き業が齎した怨嗟の炎の疵痕。どんな回復魔法や霊薬を用いても決して癒える事はない。…忘れ難き忌々しい…悪夢の残滓です。だからこそ…今の私がある」
……過去に色々とあったっぽい。
「疵は顔だけではなく全身の至る箇所に有ります。…此処で裸になりお見せする訳にはいきませんが」
「……」
「身をもって経験した私は学びました。善良な者にも残虐な魔は巣食う、と」
暫し目を閉じた後、見開いた蒼き双眸が俺を射抜く。
「ーーさて。単刀直入に言いましょう。貴方の力を我が大義の為に奮って欲しい」
「大義?」
「ええ。私の目標は…力の正義による人民の庇護。身分・種族・老若男女問わず誰もが平等に生きて…悪が問答無用で裁かれる社会の実現よ」
「…力の正義?…悪が裁かれる社会?」
「ええ。ミトゥルー憲法は完璧な法ではない。金銭を積めば容易く判決が覆る裁判…その擁護を生業とする者に捻じ曲げられる真実…法などあって無きもの」
弁護士や賄賂ってことかな。
「理想の実現は騎士団では叶わぬ夢でした。…だから活動の場を冒険者ギルドに移したのです。ミトゥルー連邦に於ける『金翼の若獅子』の影響力は絶大。その頂点に登れば理想は現実へと変わる。…私はいずれ騎士団を超える武力による法の執行機関へと『金翼の若獅子』を変えるつもりです」
壮大な夢だ。
「悠が私の傘下に加われば上位の派閥勢力図が一変するでしょう。夢の達成へ大きく近付きます。…是非、私と一緒に理想的社会の実現を目指してみませんか?」
…勧誘かぁ。
「相応の報酬を用意し鉄騎隊での最上位の地位も約束します」
「すみませんがお断りします」
ベアトリクスさんのティーカップを置く音がやけに大きく聞こえた。
「即答ですね。…『灰獅子』の為ですか?」
「いえ」
俺もベアトリクスさんを真っ直ぐに見詰め答えた。
「自分の生き方は自分で決める。俺の助けが必要なら言ってくれればいい。それだけです」
自分で決めなきゃ後悔するってだけだ。それに武力による解決ってのはどうなんだろうな。
…立派だとは思うが丸っ切り賛同はし兼ねる。
「迷いもなく答えるのですね」
「はい」
「分かりました。諦めた訳ではありませんが……助けが必要な際は悠に相談しましょう。友好な関係を築いた後に再度、御誘しますわ」
頼むから諦めてくれ。答えは変わらないから。
……置かれた兜を見て不意に思った。
「不躾な質問ですが兜や鎧は疵痕を隠す為ですか?」
「ええ。見苦しい疵ですから」
「折角の美人が勿体ない」
「お世辞でも嬉しいわ」
「いやいや。お世辞とかじゃなくて本心ですけど」
「……醜く攣った火傷と変色した皮膚の疵持ちの女を美人って…揶揄ってるのですか?」
少し怒った口調だ。
「ベアトリクスさんは美人ですよ。疵があっても貴女は綺麗だ。俺はそう思う」
はっきりと断言する。
疵跡が目立っちゃいるがそれが霞む程の美貌だろ。
「………」
驚いた顔をしている。
「どうかしました?」
「男性に素顔を見せて…面と向かってはっきり…そう言われたのは…初めてですわ…」
「見る目が無い男共ですね」
「…もう一度、聞いても良いかしら」
「ええ」
「…私が綺麗だと…本当に思いますか?」
「俺は嘘が下手です。貴女は綺麗ですよ」
その言葉を噛み締めるようにそっと目を閉じた。
「有難う」
…ただ一言そう言った。
暫し世間話を楽しみ茶会は終了。
成り行きで今度、一緒に剣の稽古をする約束もした。
ちょっと興味もあるしね…ってもうこんな時間か。
遅くなったけどラウラへ書類を届けに行こう。
〜30分後 金翼の若獅子 三階 鉄騎隊専用室〜
「………」
ベアトリクスは椅子に座り黙っていた。部屋に鉄騎隊の面々は居ない。其々、依頼や業務で出払っている。
思い出すのは先程の言葉。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『ベアトリクスさんは美人ですよ。疵があっても貴女は綺麗だ。俺はそう思う』
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
自分が諦め捨てた女の部分を刺激された。鏡の前で兜を外し指で右頰をなぞる。
…醜い疵だ。幾度、見てもそう思う。どうして彼はこれを見て淀み無く綺麗だと言えるのだろう。
他者のお世辞や気遣いには慣れている。
だからこそ分かってしまう。彼が本心でそう言っていると。
勧誘のつもりが逆に不甲斐なく動揺している自分に戸惑う。
「…『舞獅子』も『串刺し卿』も…彼を慕うわけね」
表も裏も無く素直で誰にも物怖じしない。
どこか人を惹きつける不思議な魅力がある。
…だとしても親しい仲でもない男に…言われたぐらいで…何故?
「顔が熱い」
朱に染まる頰がベアトリクスを悩ませるのであった。
黒永悠は他者の好意に非常に鈍感だ。
特に異性に対して異常な迄に察しが悪い。
彼の歩んだ人生経験がそうさせるのか…?
……この性格がある大騒動を巻き起こすのだがそれはまだ先のお話。




