これが黒永悠。⑨
7月11日午後20時14分更新。
〜午後16時 金翼の若獅子 三階 水槽の廻廊〜
昇格依頼達成から一時間後。
必要手続きと昇格に伴う処遇について三階の部屋で説明を受け済ませた。
…大量の書類に名前を記入して疲れたぜ。
ギルド職員の説明によるとSランクの冒険者にはギルドの行事や運営に携わる仕事が増え依頼は減るそうだ。
基本、Sランクとランカーはセットでランカー依頼の受注はあるが俺は無所属なので受注がない。依頼する依頼金も高額になり依頼自体が少ないので受注も限られてる。
結局、雑務が増えたって感じ。
…フリーにも関わらず仕事量が増えたのは疑問だがこの際、愚痴っても仕方ない。やるだけやるさ。
その過程で昇格依頼に参加した実技試験官達の派閥の主である上位陣を紹介されたが……ありゃ確かに癖が強過ぎるな。前にラウラとエリザベートが言ってた意味が分かった。
特に冥王のヨハネ・ランディバル。
ネーサンさんが所属する派閥らしいが超好戦的な人だ。……あいつには気を付けよう。
「どうしたんだい?」
「あ、いや…考え事さ」
今はラウラと廊下を歩いている。
驚くことに南側の廊下の壁一面にはエントランスと同じく水槽が設置されている。
優雅に泳ぐカラフルな魚の群れ。
…豪華だがメンテナンスと維持費が凄そうだ。
「そうか。…さっきも言ったが相談もせず君が契約者と暴露して済まなかった。ミコーが面接をした時点で絶対に契約者と看破されるって分かってたからね。……必要措置とは言え内緒にしてごめん。混乱させると思ったんだ」
「俺の為にしてくれたんだろ?感謝してるよ」
「ありがとう。…ふふ!これでSランクのメンバーになったしもっと一緒に仕事ができる。僕も嬉しいよ」
「役に立てるか分からんがな」
先程から上機嫌のラウラ。
仕事量が減って負担が減るのが嬉しいのかな。
…とりあえず皆と合流しなきゃ。
一階で俺を待ってるらしいし。最後に大仕事が残って……ってあれ。トモエと親衛隊がエントランスに居る。
整列して敬礼してるが…?
「来たわねぇ。Sランクへの昇格おめでとう」
『おめでとうございます!!』
整列してた親衛隊がトモエに続く。…びっくりした。
「あ、ありがとう」
「うふふふ!私も応援してたのよぉ。悠が契約者だったなんて…あの強さには惚れ惚れしたわぁ。ねぇルツギ?」
「……はっ。先日の無礼をお詫び致します。貴方の実力を見抜けず部下を嗾けた私の見識の浅さ…。疑う余地もなく御友人に相応しい方でした。…謝罪する」
深々と頭を下げた。
「え!?気にしてないので頭を上げてください。…それより二人は大丈夫でした?」
「……御心配無く。ヒーリングポットと一流の『治癒術師』をラウラ殿が手配して頂いたお陰で体の傷は既に癒えてます」
「トモエ姫。ルツギ指揮官。…参加してくれた両名には『金獅子』に代わり『灰獅子』が感謝してたと伝えて下さい」
淵嚼蛇と羅刹刃・莫月のコンボを喰らわせて心配したが無事で良かった。
「配慮に感謝するわ。…悠も今日は疲れたでしょうからゆっくり休んでねぇ。それを言いに来たの」
律儀だなぁ。
「わざわざありがとう」
「……」
去り際にトモエが耳元で囁く。
「…今度、私と二人っきりでゆっくり話ましょうねぇ…ラウラには秘密よ。…ずぅーっと待ってるから」
ぞくりとする声色。
「うふふふふ。では失礼するわ」
妖しく微笑み親衛隊を引き連れ去っていく。
ラウラには秘密の話って…。
「……何を言われたんだい?」
「あ、いや…またお話しましょうってさ」
「…そうか。やっぱり気に入られたみたいだね」
ラウラは怪訝そうな顔をしている。
「悠」
呼ばれて掛け振り返るとシー…なんだこの爺さんは。
規格外の馬鹿高い身長に…蓄えた立派な髭と鎧越しにも分かる歳には似合わぬ筋骨隆々の体。
…かなり強いな。
サーチしなくても…魔力探知が出来なくても…纏う空気がそう思わせた。
「ジークバルト団長。父に代わり礼を申し上げます。今日は招待に応じて頂き有難うございました」
「ふぉふぉふぉ…礼を言うのはこっちじゃ。お陰で面白いものが観れたからな。近頃は出掛けるのも億劫で……やれやれ。歳は取りたくないのう」
「…シー。あの人は?」
「第三騎士団『竜』の全部隊を束ね『龍殺し』の異名を持つジークバルト・ゴーン団長よ。……それより今日は驚かされました。悠が契約者だったとは…。ノーマ村でレムレースの影響を受けない理由もそれだったんですね」
「…黙っててすみません」
「表立って言う内容では無いから仕方有りません。…しかし、私も未だ未だね。自分で見抜けなかったのが残念だわ」
ちょっと悔しそうに呟く。
「…それで何か御用でもありましたか?」
「本部に戻る前に悠と『灰獅子』に挨拶をしようと伺ったの。ギルド職員へ聞いたら三階に居ると仰ってたので」
「おっと…挨拶が未だじゃったな。ヒュームの契約者よ。儂の名はジークバルト。騎士団で団長をしてる爺じゃ。宜しくのう」
「よろしくお願いします」
対峙すると巨大さがはっきり分かるな。
「…お主は知らなんだが二年前、アイヴィー・デュクセンヘイグを『金獅子』に託したのは儂なんじゃ」
「えっ」
「前に一度、ノーマ村で話したでしょう。身柄を預けた時に私も一緒だったと」
…すっかり忘れてたぜ。
俺を真っ直ぐに見据える。
「…『金獅子』の選択は間違ってなかったのう。彼の娘を暗い闇から救い出してくれたお主には感謝しておる。…改めて儂からも礼を言わせてくれ」
ジークバルトさんは髭を撫でながら言った。
「礼を言うのはこっちです。…貴方のお陰でアイヴィーと出会えたんだ。一緒に暮らせる俺は幸せ者ですよ。…あの子が大人になるまで責任を持って俺が育てる。血が繋がらなくても……俺の娘だ」
「ふぉふぉふぉふぉ!…気難しいシーがユウを気にいった理由が分かったわい。清々しい奴じゃ」
俺は気にいられてたのか。
シーの方を見るとそっぽを背かれた。
「ふむ。…報告書は見たが…竜操術を知らずともワイバーンを自在に操る技量…演習場で見せた桁外れの戦闘能力…評判通りの好漢…どうじゃろう。今からでも騎士団に編入せんか?」
「え」
「儂も歳じゃ。引退して隠居したいが後釜が見つからず困っとる。…お主ならシーと一緒に第三騎士団を切り盛り出来そうじゃし……そうじゃ!アイヴィーは竜を連れておったな。竜騎士に相応しいではないか」
「ちょっ」
「聞けば独り身なんじゃろ。男一人で子を育てるのは大変だ。シーも独り身で結婚適齢期だぞい。…良い縁談と思わんか?」
意外とフランクな人だなー…。
好々爺ってやつか?
「こほん」
ラウラがわざとらしく咳払いをした。
「…ジークバルト団長。無所属でも彼は冒険者ギルドに必要不可欠な人材です。…僕の目が黒い内は勧誘は許しませんよ」
ぴしゃりと言い放つ。笑顔だが目が笑ってねぇ…。
「なんじゃ。ケチじゃのう」
「……」
シーは少し頰を赤くして黙っている。
「幾つなんだっけ?」
「…今年26歳になりました」
26歳か。確かに適齢期かもな。
「まぁ気が向いたらアイヴィーと一緒に来とくれ。菓子を用意して待っとるからな」
「悠…?」
やめて。俺を見ないで。笑顔の圧力が怖い。
「ふぉふぉふぉふぉ!……こうして見るとお主はリョウマの馬鹿とよく似とる。懐かしいわい」
「では行くか。またのう」
「はい。…悠、あの子に飛竜に乗って市内を移動する時は飛空高度制限を守る様、伝えて下さい」
「了解。またな」
去っていく二人を見送る。
「…いろいろと凄い人だな。ジーグバルトさん」
「うん。父も小さい頃からずっと世話になった人だから。…今じゃ騎士団と冒険者ギルドは仲が悪いけど昔は仲が良かった時期も合ったらしい」
「へぇ」
「ジークバルト団長と『鬼夜叉』…リョウマさんが全盛期時代の話だけど領土拡大を目論んだ帝国ガルバディアの『機神師団』がミトゥルー連邦に侵略を仕掛けたんだ。でも、二人で壊滅させたんだって」
「や、やべぇ」
師団を相手に二人で壊滅って…。
「老齢で衰えた今も上位級と比較して遜色ない実力の持ち主さ」
スーパーおじいちゃん。
「…にしても『鬼夜叉』…リョウマ・ナナキさんか。俺と似てるのか?」
「言われてみると…うん。性格や雰囲気は似てるかもね」
一度、会ってみたい。
「…まさかとは思うけど騎士団に入らないよね?」
「しないよ」
「……シー・パルジャミンと…つ、付き合ったりもしないよね?」
「俺とシーじゃ釣り合わないだろ。あっちは美人だし」
「そ、そっか。良かった」
何で安心す…あ!分かった。
「もしかしてラウラはシーが好きなのか?」
「いや別に。仕事で連絡を取り合うだけだよ」
否定が早い。…即答かよ!
「あぁ〜…みぃーつけったぁー」
「『灰獅子』も居るじゃねぇか」
今度は以前、名刺を渡されたソーフィさんとガンジさんが現れた。
何時になったら一階に行けるんだ…。




