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これが黒永悠。⑧


〜同時刻 演習場 観客席〜


演習場中央に集まる総合審査官の三人と悠を複雑な表情でフィオーネが見ていた。


「…どうしたのだフィオーネ嬢よ」


エリザベートが問う。


「…起きた事が信じられません。Sランクのメンバーは冒険者ギルドの最高戦力の一端を担う者達…。その戦力を相手に悠さんは赤子の手を捻るように圧倒しました」


「言ったろう。遥か高みにいると」


「そう、ですね。…けど…まるで…」


「…まるで?」


「いえ。…うふふ。何でもありません。凄い人だなって思いました」


「……」


エリザベートは黙る。フィオーネが抱く懸念に気付いていたが自分がその疑問に解答は出来ないからだ。


「しゃああああああああああ!!見たかよ!?…さっすがだぜ。『巌窟亭』の誇りだよユウは!」


「み、見た!わ、儂も見たわい!!じゃ、じゃからその馬鹿力で首根っこ掴まんでくれぇぇ。い、息が…でき…ん!?」


「目ん玉が飛び出るかと思ったのぉ」


「やっぱ間違いねぇ。ユウは『ヘパイカトスの化身』じゃあ。…俺ぁ…感動で言葉もねぇよ…」


モミジは悠の活躍に興奮しっ放しだ。


「…バカだから上手く言えねーけど…なぁ?」


「うん。…わたしも同じ気持ちだよ」


「俺もだ」


感極まった表情で演習場を見詰める三人。

その胸中に抱くは尊敬と畏怖が入り混じった感動。


二ヶ月前は悠は冒険者ですら無かった。


…あの姿を誰が想像できただろう。そう思うと言葉が出なかった。


「いしししし!やっぱスゲーわあいつ」


「…ええ。私も驚いてます。悠さんが『オーランド総合商社』の所属登録者ギルドメンバーである事を光栄に思いますよ」


「ん〜。なんか堅いなぁレイミっちは。一緒にユーを応援した仲なんだしもっとフランクにいこーよ」


「…レイミっち?」


正反対の性格だが意外と馬が合いそうな二人だった。


「いぇーい!ゆーのゔぃくとり〜」


「うん」


「…ほわい?がーるが泣いてる」


「……泣いてない。アイヴィーは嬉しくて…泣いてなんてない…から」


嗚咽混じりに目元を拭うアイヴィー。その涙の理由は明白だ。


ここまで自分の為に戦って一生懸命になってくれる。


…悠の自分に対する愛情と優しさが痛いほど伝わったからである。


「よしよし」


「こ、子供扱いしないで」


「まだちるどれん。我慢はだめ。泣きたい時は泣けばいい」


「……」


ルウラに頭を撫でられ優しさに触れる。


「…それに将来はがーるの義理のままになる予定だし予行練習。心象を良くするのも悪くない」


涙が引っ込み眉間に皺を寄せた。…一瞬、ルウラを見直しかけた自分を殴りたくなったのだ。


「お願いだから寝言は寝てから言って」


「とぅるーだから寝てちゃ言えない」


ーーきゅきゅきゅう〜。


キューが機嫌良く鳴く。



『皆さん。…これから黒永悠のSランク昇格依頼の総評と合否について発表する。ご静聴をお願いします』



ラウラの言葉に会場の喧騒が徐々に鎮まった。



『早速、総評を発表しよう。黒永悠の実力は近年…いや、過去最高と言える程の圧倒的なものだった。その過程で多数の実技試験官が負傷したが…幸いにも命に別状は無い。協力してくれた面々にこの場を借りて感謝の意を伝える』


会場から拍手が起きる。


「……ケッ。アイヴィーを貶したんだ。誰が拍手なんざするかよ」


「あははは。まぁまぁモミジさん」


メアリーがモミジを窘める。


『…だが、試験最中に黒永悠が見せた不可思議な力に疑問を抱く者も会場には居るだろう。……その点について僕から皆さんに伝えたい事がある』


会場を見据えてラウラは言った。



()()()()()()()だ。面接試験官を担当したミコー・フェム・ダルタニアスの見立てに間違いはない』



「…契約者…?」


フィオーネが呟く。他の観客も騒めき始めた。


「…ユーさんもビックリしてんじゃん」


そう。誰よりも驚いたのは近くで聞いていた悠だ。


暴露されるとは思ってなかったのだ。


『フェミアムを亡国と化した大事件…あれは契約者の暴走が原因だった。皆さんの記憶にも新しいでしょう。…契約者が危険極まり無い存在という認識は事実だ』


『故に拘束を必要と判断された契約者はデザートヘル収容所に収容され管理下に置かれる。…鎖で繋がれ一生を暗い独房で過ごす…。これはミトゥルー憲法にも明記された法律でもある』


「…不安を煽る言い方ね。良くないわ」


「おい。『灰獅子』の奴はなに考えてんだ。ユウを陥れるってつもりなら……許さねーぞ」


危惧するモミジとレイミーにエリザベートが答える。


「案ずるな。見てれば分かる」


再び間を置いてラウラは続ける。


『…しかし契約者だからと言って全員が悪では無い。文献に残る竜騎士の祖…紅き飛龍を従えたカイム・オズボーンは契約者だったと古文書に記されている。後世に名を残す伝説の英雄だ。…数年前、金獅子の若獅子に所属していた鬼夜叉の二つ名で知られるリョウマ・ナナキも同じく契約者だった。今は引退し隠居してるが武勲は遠く離れた異国の地にも伝わる程、有名で彼もまた英雄と呼ばれた』


喧騒が止み会場の空気が変わる。


皆がラウラの次の発言に注目しているのだ。


『…ならば黒永悠はどうだろうか?…冒険者ギルドに登録して以来、彼は誰も見向きもしなかった無報酬で難解なGランク依頼を率先して受け見事に達成した。Fランクで騎士団と協力し指定危殆種すら退けた。……今でもモンスターの脅威に晒された村々の為にGランク依頼を受け続けている。…誰かに強いられた訳じゃない。自分の意志で、だ』


『…自信の身を顧みず他者の為に力を奮う彼は怪物か?…種族を差別せず助けようとする彼は悪人か?』


『いや、違う!!』


『金翼の若獅子の副GM(ギルドマスター)の僕が自信を持って断言しよう。今、黒永悠は先人の英雄達が歩んだ道を同じく歩んでいると!…どの冒険者よりも…英雄に至る道を突き進んでいるんだ!!』


熱弁し演説するラウラに観客が魅入られていく。


確固たる口調で強く言い切る姿は威厳に溢れていた。


『……よって全てを考慮した上で総合審査官三人全員が満場一致で黒永悠はSランクに相応しい冒険者だという結論に至った。この結論に異を唱える者は立ち上がれ』


誰も立とうとしない。


立ち見の観客は逆に腰をその場に下ろす。


『異論はないね。ならば冒険者ギルド総本部…金翼の若獅子のGM(ギルドマスター)…金獅子に代わりここに宣言しよう。本日を持って黒永悠をSランクの冒険者に認定する!』


観客席に居る全員が立ち上がり惜しみ無い祝福を演習場中央に立つ悠へ贈った。


割れんばかりの大歓声と拍手を。


「…成る程。最初の発言は契約者に対する認識を変える為に…敢えてのヘイトスピーチだった訳ですか」


「その通り。契約者への世間の認識は辛辣だ。事実を隠してもいずれ発覚するだろう。そうなったら事態は余計、悪化する。…ラウラはそれを分かって居たからな。…大勢の関係者の招待も…大々的な告知も全てこの為だ。無論、悠のこれまでの活躍が無ければ土台無理な話ではあるが」


エリザベートがレイミーに説明する。


『これでSランク昇格依頼の全日程は終了だがその前に黒永悠に一言、貰おう。…悠』


ラウラが拡声魔導具を渡そうとする。


『いいって!…緊張するし無理。本当に無理だって…』


『昇格依頼達成者は皆してるんだ。…逃がさないよ』


『聞いてないんですけどぉ!?』


声がだだ漏れだった。


「…ふふふ…あははは!悠さんらしいです」


「意外と恥ずかしがり屋だから」


「おらー!!しっかりしろー!」


観客が笑う。場の空気もあり押し切られた悠は拡声魔導具を手に持った。



〜同時刻 演習場中央〜



俺が契約者だって突如、暴露した時はゲロを吐きそうになるほど吃驚したが……いやぁ大したもんだ。


前にジ・ドレで酒を呑み自信がないと言ってたが杞憂だったと分かる。惚れ惚れするカリスマ性だな。


遅かれ早かれ契約者だと暴露る可能性を考えれば良い機会だったと今は思う。


…デザートヘル収容所って監獄の話を聞いた後じゃ尚更だ。絶対にお世話になりたくない。


「これでSランク昇格依頼の全日程は終了だがその前に黒永悠に一言貰おう。…悠」


ふぁっ!?


ラウラが拡声魔導具を持って近付いてきた。


「いいって!…緊張するし無理。本当に無理だって…」


首を横に振り拒否する。


「昇格依頼達成者は皆してるんだ。…逃がさないよ」


ラウラの有無を言わせぬ笑顔。


「聞いてないんですけどぉ!?」


拡声魔導具から会場に俺の声が響き観客席で笑いが起きる。


「………」


早く済ませろと言わんばかりのユーリニス。


…渋々、拡声魔導具を受け取った。何を言えばいいんだよ畜生。


「あー…どうも」


観客の注目が集まる。い、胃が痛いよぉ…!



「…ラウラが言ってた通り俺は契約者だ」



取り敢えずばーっと言っちまおう。



「契約者って言っても冒険者ギルド…『巌窟亭』…『オーランド総合商社』で仕事をしてお金を稼いで…休日は家族と過ごす。…普通に暮らしてるだけだ」


「困ってる人達が傷つく姿は耐えられない。家族や友達が危険な目に遭ってたら黙って見てられない。…契約者云々は関係ない。力が無く…弱かったとしても…きっと俺は今と同じことをする」



「それが俺だから」



会場が静かだ。


途中、自分でも何を言いたいか分からなくなってる。


この沈黙は辛いなぁ…もう十分だろ。



「あ、あー…最後に会場の準備をしてくれた職員や関係者の方々…応援に来てくれた皆には感謝してる。ありがとう。以上だ」



〜クエストを達成しました〜



そそくさと拡声魔導具をラウラに返すと満面の笑みを浮かべていた。


遅れて拍手の音が会場に徐々に…徐々に…広がる。


…まぁ、悪い気はしないかな。


兎も角、これで昇格依頼も終わった。


はぁー。疲れたぜ。



〜演習場中央〜



『それが俺だから』


ラウラは溢れ出す笑みを止められずにいた。


目の前に居る悠が誇らしかった。


英雄と言われても浮かれて誇示したりしない。


どんな時でも変わらない。


これが黒永悠。


自分が悠を英雄と言ったのは本心からだ。


…悠は強い。


もっと自分勝手に振舞う事が出来るだろう。


自分を律する心。他者を敬う精神。


力だけじゃない。それが本当の悠の強さ。


自分が英雄と呼ぶに相応しい所以。


「…な、なんだよ」


怪訝そうな顔の悠にラウラはただ、満面の笑みで応えるのであった。



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