これが黒永悠。⑦
〜演習場〜
全力の魔圧による威嚇。
暫くして背後に立つミコトの幻影は消えた。
訪れたのは静寂。歓声も悲鳴も聴こえない。
俺は燼槌・鎌鼬鼠を握り締めた。
身動ぎしない九人のうち三人へ向かって告げる。
「……ミミちゃんとネーサンさん。…あとダンさんだっけな。あんた達の相手は後でするよ。離れててくれ」
「え、あ、にゃ…?」
「な、なにを言って」
「……なるほどね。分かったわ。二人も言う通りにした方が良いわよ」
ネーサンさんは意味が分かったのか武器を仕舞い離れる。
遅れて真似るミミちゃんとダンさん。
…これで良し、と。向き直り残る六人へ告げた。
「覚悟しろ。地獄を見せてやる」
「……じょっ…上等だコラァアアアア!!…腹わたをぶち撒けてやんよぉ!…覚すあぐっ!!?」
即座に発動した淵嚼蛇の黒蛇がリシュリーの体を締め上げ不快な骨の軋む音と感触が伝わってくる。
そのまま持ち上げ振り下ろし地面に衝突させた。衝撃と轟音で隆起した土。
演習場全体が皹割れ地形が変わる。
「…かっへ………ブッ…ブッ殺じで…」
…さすがSランク。一撃では沈まないか。
次は強めにいこう。
再度、黒蛇で掴んだまま振り上げ叩きつけた。
「………」
動かないな。
死んではいないだろうが再起不能だろう。両足だけ地面から突き出して痙攣している。
ある映画のワンシーンにそっくりだ。
〜『鋸蜘蛛』を撃破〜
…ふーん。クエストだから表示があるのか。
「ば、覚醒!」
ツヴァイが覚醒の固有スキルを発動させた。
粒子が集まり顔に刺青に似た模様が覆う。
どんな亜人か知らんが……。
「魔力充填全開!全拘束術式解除!…極砲発射ぁ!」
一直線に放たれる橙色の太い光線。
「……」
燼槌・鎌鼬鼠が呼び出すウェールズの灼熱の炎。
相殺し光線を消し去る。
「は、ははは……嘘だろ?…覚醒状態の…俺の全力だっつーのに…」
瞬時に眼前まで移動する。
「は、速っ!」
…お前の覚醒はアイヴィーの足下にも及ばねぇ。
「修行し直せ」
「ぐべかばふぇッ!!?」
左手で腹を殴った。血反吐をぶち撒けてツヴァイがのたうち回る。
「うげえええぇえええふああああ…っ!?…いひゃいいひゃいぃぃぃいいいぃっ…!…いぃいいぃっ…」
痛みで気を失い動かなくなった。
〜『橙の魔砲使い』を撃破〜
「次はお前らがこうなる。全員で掛かって来い」
残る四人へ向け告げる。
「…舐めるなよ。鉄騎隊は悪を滅する正義の象徴なり。マスターに捧げし我が剣は魔を打ち砕く鉄剣。…貴様如き私一人で十分だ…バースト!」
どうやらSランクの大半は覚醒の固有スキルを習得しているようだ。
…悪を滅する、か。
燼槌を仕舞い妖刀・金剛鞘の大太刀に持ち替える。
「フェイデッド・サークル!!」
「百折剣」
大剣状態で放った連続剣技。
「ば、馬鹿な…!?」
自慢の鉄剣がへし折れる。
「…っ…い…えあ…がっ…!」
勢いそのまま剣の腹で全身を叩く。悲鳴を挙げる間すら与えず薔薇の鎧は無残に砕け散った。
加減はしたが全身の骨を骨折してるだろう。
ジムは崩れ落ちた。
「お前の方が自覚の無い悪だよ」
〜『鉄剣』を撃破〜
「この身が喜びで震えるぞ。其方に…巡り合わせた運命に感謝する。我が剣道は先へ歩まん。…覚醒…」
角が尖りゲンノスケの顔が獣に近づく。居合抜きの姿勢で刀を構えた。
さっきの連中よりは強そうだ。
「…なぁ聞いていいか?親の罪を子供が背負うって誰が決めたんだよ」
「其れが世の条理ならば不幸も止む無し。語る言葉も無し」
「……」
同じく大太刀を抜刀し構える。
間合いは詰めない。決着は一瞬だろう。
「斎蹉跎流…無明の構え」
静止した状態から同時に刀を振るう。
「一ノ字」
「羅刹刃・朔月」
互いの白刃が交差しゲンノスケが刀を鞘に納める。
「お見事。…見事なり…ユウ殿」
羅刹・朔月の袈裟斬りがゲンノスケを斬り伏せた。
俯せに倒れ動かない。
殺してはないが当分は動けないだろう。
「…親の犯した罪は子供には関係ない。それを背負わせる不条理なんて認めてたまるか」
〜『風切鋏』を撃破〜
残すは…。
「……」
ドグウ大隊長とサラだ。
「隙を突いて攻撃しようとは思わなかったのか?」
「…隙があればしていた」
「そうか」
「だ、大隊長。作戦継続は不可能です。情報に齟齬があったか……私は踏んではいけない尾を踏んだのでしょう。…対峙してはっきり分かった…彼は人じゃない。敵う気が全くしません」
「それでも、だ。私は忠義に尽くす」
「……」
事情があるみたいだが…。
「覚醒」
更に体の筋肉が肥大したドグウ大隊長。
…まるでゴリラと狼のハイブリッドだな。
「…お供します。覚醒!」
見た目がより狼に近付くサラ。正に獣人。
人の面影が薄くなる。
「家族を馬鹿にした事は謝罪する。虫が良い話だが一介の武人として…親衛隊大隊長として…挑ませてくれ」
「…済みませんでした。弁明はしません。いざ」
今更、謝るなよ。お前らが嫌な奴等ってだけだったら…もっと単純だったのに。
「御津蜂流奥義…浮世離!」
「…巫術・千噛牙狼陣」
迫り来る刃と狼の群れ。
…その心意気には応えてやるよ。
「淵嚼蛇」
金剛鞘の大太刀に纏う黒蛇。甲高い音が鳴り瘴気が洩れる。
「羅刹刃・莫月」
淵嚼蛇で強化された技が剣圧で全てを霧散と化す。衝撃波で結界魔法陣に大きな亀裂が走った。
粉塵が立ち込め眼前に立つ者は居ない。端の壁まで衝突し動かない二人。
直撃はしていない。気を失ってるだけだろう。
〜『重狼』及び『群狼』を撃破〜
…いやいや!全員、殺してないよな…?
一応、サーチしとこ。…うん。他の四人も含め大丈夫だ。…辛うじてだが。
お、避難させてた三人は無傷か。
「……」
…不思議だ。
さっきまで俺は怒っていたが…自分よりも弱い相手にここまで容赦がなかったか?
アイヴィーを馬鹿にされ沸騰した怒りと憎悪。
もしかして…これが……俺の感情に呼応する。祟り神の影響を受けるとは…そういう事なのか?
……。
今は考えても仕方ない。
「ん」
結界が割れた。宙に破片が散ると同時に会場を揺るがす大歓声が起きる。
…うっ、うるさっ!?
「…ただの変態じゃなかったにゃん」
「はぁー!ぶったまげたぜ…」
「ラウラ様の結界魔法陣すら破壊する戦闘技。…圧巻ね」
三人が近付いてきた。
「待たせたな。じゃあ」
「ちょっと待ってくれや。…俺は降参するよ。あんな力を見せ付けられた後じゃ戦意が萎えちまった。敵う気がしねぇ」
「ミミもギブアップするにゃ。大怪我したくにゃいし。変態でアホみたく強いとか極まってるにゃん」
変態って言い過ぎぃ!…しかも、極まってるってどーゆー意味だ。
「そうか。分かった」
〜『ケイドムの堅者』及び『エルセロの闘猫』が降参〜
「…一つ聞かせてくれ。何故、俺たちを遠ざけた?一緒に叩きのめせただろ」
「アイヴィーを侮辱しなかったからな」
それ以上の理由はない。
「…あの嬢ちゃんがよっぽど大事なんだな。ネーサンはそれに気付いてたって訳か」
「ええ」
ダンが頭を掻きながら笑う。
「や、やっぱりにゃ!小さい子が好きなんだにゃ。ミミの貞操も危うかったかもしれにゃい。…合法ロリを理由にきっと陵辱されて…震えるにゃ。見上げ果てた変態にゃ」
「そーゆー意味じゃないっつーの」
「にゃふぃすふぅにゃ〜!?」
ぷにぷにした頰を引っ張る。
…餅みたいで気持ちいい。
「うわっははは!さっきまでの男と同一人物とは思えねぇな。…お前はどーすんだ?」
「そうね。和やかな空気を壊して申し訳ないけど」
ネーサンさんが両手に湾曲した片手剣を携える。
「上位級と闘える折角の機会よ。試験続行と洒落込みましょう」
ミミちゃんから手を離す。
「…分かった」
燼槌・鎌鼬鼠とペナルティを構える。
「ま、まじかにゃ〜」
ネーサンさんから発せられる魔圧。
…少しも俺にびびってない。闘志は十分みたいだ。
膠着状態から互いに距離を詰め真っ正面から……。
「うぉっと!?」
「そこまで」
「…!…ベアトリクス様」
……衝突とはならなかった。
ベアトリクスさんが間に入り制止する。
どっから現れたんだよ…。
「実技試験官複数名の負傷と演習場の損壊で試験続行を不可能と判断しました。…よって黒永悠のSランク昇格依頼はこれにて終了ですわ」
「御言葉ですが私は無傷。闘えます」
「終了は総合審査官三人の総意よ。他六名の安否を優先すべきでしょう。…幸いにも命に別状は無い様子ですが重傷に変わりはない。治療が必要です」
「分かりました…」
渋々といった感じで引き退る。…確かにやり過ぎた感はあるけど俺は警告したもん!
「またの機会にしましょう。次はとことんね」
もーいいです。
待機していた職員が負傷者を搬送していく。
「これより総評に移るわ。試験の合否を発表するのであなたはこの場に残ってください」
「はい」
三人が演習場から出て行く。
ベアトリクスさんが俺の方に振り返った。
「…契約者とミコーから面接結果を聞いた時点で分かってましたが想像を遥かに超える存在と契約をしてるのね。一度、断られましたが今度は私とゆっくり茶会を楽しみましょう。……二度も断りはしませんよね?」
「…もし、断っ」
「………」
無言の圧力。兜で顔が見えない分、迫力が半端ない。
「……参加させて頂きます」
「楽しみですわ」
…パルキゲニアの女性は押しが強いなぁ。
肉食系ってやつ?ジェンダーフリー万歳。
〜同時刻 演習場 審査席〜
「知っていたな」
総評の準備を終え移動しようとするラウラに向けユーリニスは唐突に問う。
先に職員と演習場へ向かったベアトリクスは居ない。
「…推薦した時点で全て把握してただろう。あの男が契約者で必ず勝つと確信を得てた。故に他の上位陣の推薦を軒並み許可したのだな」
「……」
ラウラは答えなかった。
「…ふははは。私は恐ろしいよ。どんな方法を用いて十三等位級の強さを手に入れたか知らんが闘技場で観戦した時とは雲泥の差だ」
「ミコーから面接結果を聞いた時点で契約者と判明した。それに以前から僕が知ってたって証拠でもあるのかい?…君の憶測だろ」
顔色一つ変えずに返答する。
「ククク…証拠、か。前から怪しいとは思ってたが言う通り確たる証拠など一つも無い」
「だろうね。悠は契約者だったが決して危険人物じゃない。前も言ったが僕が保証する。仮に君がSランク昇格を反対しても観客は納得しないよ。…皆が見たからね。彼の勇姿を」
「…過剰なまでの関係者の招待に異例の九人の実技試験官の配備で話題性も十分。用意周到だな『灰獅子』」
「考え過ぎさ『貪慾王』」
沈黙が流れた。
無表情のラウラに対しユーリニスが笑う。
「誤解するな。私は黒永悠の昇格に反対などしてないよ。寧ろ大賛成だ。上位級の実力者がフリーなんだ。是非、配下に欲しい。皆、同じ考えだろうが」
「絶対に有り得ない」
「そうかな?…あの男は私に似ている。親近感が互いに湧くはずだ」
ラウラが眉を顰め語気を強める。
「ふざけるなよ。お前と似ている?…悠に対する酷い侮辱だ。二度と僕の前でそんな戯言を言うな」
それだけ言うとラウラは演習場に向かった。
「…そっくりさ。なにせ私も契約者だからな」
残ったユーリニスが演習場に居る悠を見て呟く。
そして自分も審査席から演習場へと向かった。




