これが黒永悠。⑥
7月8日午後20時50分更新。
〜同時刻 演習場 観客席〜
演習場で繰り広げられる九人の猛攻を避ける悠。
観戦するフィオーネが不安そうに呟く。
「ゆ、悠さんは大丈夫なのでしょうか?」
「…防戦一方じゃねぇかよ!」
「あ、あっぶねぇ!おいユウ!!避けやがれ!」
「手ぇださねぇぞ…」
「み、見ておれんのぉ」
「結界魔法が無ければ観戦もままなりませんね。こんな攻撃の嵐の前では悠さんでも危ないのでは…?」
「…オレもそー思って見てたけどさ」
「うん。…でもユウさん」
「…ああ。余裕そうだな」
ボッツ、ラッシュ、メアリーが神妙な面持ちで答える。
「くくくく。貴公らの言う通りだ。彼奴等の攻撃は擦りもしてない」
「いえす。ぱーふぇくとに見切ってる」
「で、でもエリザベートさん。現に悠さんは一切、手を出していませんよ」
「反撃しようと思えばいつでも出来るだろう。敢えて回避に専念してるな。悠の真の実力に気付いてる者は会場には数名しか居ない。…だが、あの動きを見れば境地に至る実力者ならば察しただろう」
「真の、実力…」
「攻撃を回避するにも全て紙一重。最小限で最低限の体捌き。まるで観てる者に熱戦を演じるように…当事者達が錯覚するように、な。遥か高みに居なければ出来ん芸当よ」
「ルウラとあげんとでゅえるした時とは別人。…本気でばとるしても勝てるか微妙かも」
「…そこまで…」
フィオーネの瞳が困惑で揺れる。
ルウラの返答はそれ程、予想外のものだった。
「お、おい!囲まれたぞ」
モミジの声で慌てて演習場に視線を戻すフィオーネが見たのは中央に立ち包囲された悠の姿。
「む。様子が変だな」
何やら会話しているが内容は歓声と結界に阻まれ阻まれ観客席には届かない。
「何か話してるわ。…内容が気になりますね」
レイミーの一言にルウラが親指を立てる。
「いぇーい。ルウラにお任せ。気になる内容を盗聴するいやー。嫌々しても無視して傍聴」
「この環境で聴こえるのですか?」
「くくく。ルウラは元素を体に集中させる技術がずば抜けて高い。大気中に漂う元素を耳に集め音を拾うつもりなのさ」
「…さすが闘技場の控室で盗み聞きしてただけある。やっぱり犯罪者。騎士団に通報しなきゃ」
「しゃっとふぁっくあっぷ」
そう言って目を瞑ったルウラ。
「……うー。どうやら悠にがーるの悪口を言ってる」
「私の?」
「…穢らわしい吸血鬼…業が深き者よ…『金翼の若獅子』の汚点だ…嫌われる化け物と偽りの家族に興じる貴方も…おぅ」
「……」
ーーきゅう…。
端々だけ言ったのはルウラなりの気遣い。
「ひどい…」
「チッ!!胸糞悪くなんぜ。…アイヴィーよぉ。気にすんじゃねぇぞ!」
「……うん」
そうは言っても浮かない顔をするアイヴィー。
一緒に観戦している全員が悲しくなった。
「おっ。ゆーが…忠告しとく…俺は…家族や友人への悪口で火がつく性質だ……後悔する羽目になるぞ…って言ってる。そーくーる!」
「……」
アイヴィーは演習場に立つ悠を見る。
「あー…これは…」
「…ルウラ?」
「な、なんじゃありゃああああ!!?」
唐突なローマンの絶叫。…いや、ローマンだけじゃない。観客席の至る所から悲鳴が起きた。
「…な、んだよあれ…」
モミジが呆然と呟く。
「あれって闘技場でも見た…よね…」
「け、けどよぉ!!あん時とは比べもんになんねーだろこれ!?」
「…体の震えが…止まらないぞ」
「これは凄まじい。くっくく…あーははは!まるで鬼神の降臨だ」
「言葉が、出ません…」
「…悠さん…貴方は一体…?」
顕現するは夜刀神。悠と契約せし従魔。
…名を奪われた祟り神のミコト。
悠の感情に呼応し深淵の瘴気を撒き散らして背後に降り立つ。
そしてその形相は…。
「…ゆーはすごい怒ってた。がーるの悪口がよっぽど許せなかったんだね」
「……悠……」
ーー…きゅうううううう!!きゅきゅう!
憤怒すら生温い赫怒で歪んでいた。
〜同時刻 演習場 関係者席〜
「…なにかある子ってはぁー思ってたけどぉ。やっぱりぃ契約者だったとはねぇ。ソーフィびっくりぃ」
「はっはははぁ!!まるで『鬼夜叉』の旦那じゃねぇか。無所属にしとくにゃあ勿体ねぇ玉だ」
「うふふぅ。ガンジとはぁながぁーい付き合いだけどぉ…譲らないわよぉ?」
「はん。年増がなぁに盛ってやがんだ」
「うふふふふぅー。…女の魅力はぁ…歳を取るほどぉ増すんでぇーす」
互いに幹部を引き連れ観客席の最前線を陣取るソーフィとガンジ。
境地に至る実力者の二人が成り行きを見守っていた。
〜同時刻 演習場 招待者席〜
「シー。お前はあの男と任務をこなしたそうじゃの」
「…はい」
「あの力について報告書に記載がなかったのう」
「…共同捜索依頼の時点では私には看破不可能でした。まさか悠…失礼、致しました。…彼がこれ程の力を有していたとは」
「…ふむ。事と次第によっては儂が対応せぬばならんが面白い。実に面白いのぉ」
「(…やはり見間違いでは無かった…。私があの日、見た幻影はこれだったのね…)」
それ以上は口を噤み黙って演習場を見詰める。
中央に居る男の身を案じる様に。
隣に居る老齢の大男の亜人は蓄えた髭を弄り隣に座るシーを愉快そうな横目で眺めた。
〜同時刻 演習場 特別観客席〜
「(誤算だわ…!)」
ルツギは冷や汗を流し焦っていた。
わざわざ推薦し参加させた二名への指令が原因だ。
「(…昇格依頼に託けクロナガユウの排除。…あわよくば殺害せよと言ったが到底、叶わぬ。私でも無理だろう…。禍々しく挑もうとする者の意志をへし折る凶威…これ程の契約者だったとは。収集した情報に誤りがあったか?)」
黒永悠の弱点は溺愛する血の繋がらない義理の娘。
少女に対しての誹謗中傷に我を忘れる傾向が強い。…この情報に誤りは無かったが認識が甘かった。
「ルツギィ。あなた達もぉ…よぉーく見なさい」
爛々と輝く瞳。紅潮した頰。耳を立て膨らんだ尻尾。
「うふ、うふふふふふ!…貴方は私をどれだけ喜ばせるつもりなのかしらぁ…?」
「……」
ルツギは言えなかった。
こうなったトモエの歯止めが効かぬ事は幼き頃から知っているから。…その前に止めたかったのだ。
美しき凶姫の狂気を。
「…絶っ対に私だけの物にするわ。悠…嗚呼…悠ぅ…。もっと魅せて?…貴方の力の全てを…滾りを…ぜぇーんぶ!!…私に魅せてぇ?…あは、あはははははははははははははははははははははははははは!!!」
親衛隊の隊員が震える。
…何に震えたのだろう。顕現したミコトの幻影か?
…それとも…。
タチヅキは中央を凝視していた。
渦中に居る二人の身を案じ…ただ…一人だけ。




