これが黒永悠。④
〜午後13時45分 金翼の若獅子 演習場 観客席〜
「人がいっぱい」
「ええ。それだけ注目されてるのでしょう。…私も入場規制が設けられるのは初めて見ました」
「いしし!立ち見客もいてこれだもんな〜」
ーーきゅう〜。
演習場に建設された客席に座るアイヴィー達。
「でもアイヴィーよぉ〜。さっきのローグとマーロの件は許して良かったのか?…うちはさ〜…」
「いい。もう過去のことだから」
「……そっか。偉いじゃん!」
「ふふふ。悠さんもきっと喜びますよ」
普段の演習場には用意されていない闘技場のアリーナに類似した座席。ラウラが用意した身内用の観戦席は最適な位置に面している。
「…急造とは思えねぇ出来だ。良い腕してやがる」
僅かな期間で観客席を建てた大工職人の仕事にモミジが舌を巻く。
「あらためて見るとすごいな」
「ひゃ〜!特等席じゃん!!最高だぜ!」
「そうだねー。…あ、キューちゃん。売店で買ってきたジュース飲む?」
ーーきゅるぅ!
演習場が闘技場に早変わりしたのだ。ボッツ達が驚くのも無理はない。
「ガハハ!!活気があって良いじゃねぇか。おい!酒は売ってねぇーのか?」
「そうじゃのぉ。冷えたエールが呑みたくなるわい」
「ユウはまだ現れんのか?心待ちにしてんだが」
「…お前ら黙って座ってろ。あんま騒ぐと殴んぞ」
「成る程。『灰獅子』は良い席を用意してくれたわ。此処ならよく見える」
「…ケッ。まさかレイミーも観に来るとはな。こーゆーの興味ねぇだろ」
「今回は『灰獅子』に連絡して席を用意して貰ったのよ。悠さんが所属する商人ギルドの代表としてSランクになる瞬間を見届けなくては。…それに彼は期待の新人ですからね。卸す品は飛ぶように売れるのよ」
「……へぇー。でも登録したのは『巌窟亭』が先だしオレの方が付き合いは長いけどな」
「……うふふふ。それを言うなら冒険者ギルドの私が一番付き合いが長いですけどね」
「付き会いならもが」
「そうだよ!わたひも!?」
「黙ってろ。…余計な口出しはするな」
ボッツが二人を羽交い締めにしてる横でアイヴィーがぺこりと頭を下げる。
「…いつも悠がお世話になってます。家族のアイヴィーです」
ーーきゅきゅ〜。
「おめぇらがアイヴィーとキューか!ユウとモミジ嬢から話は聞いてっけど礼儀正しくて可愛い嬢ちゃんだぜ。…ガハハ!竜を飼ってるって話は本当だったんだな。ワシの名前はローマンじゃ。よろしくのう」
「儂はダデじゃ」
「こんな娘っこがおったんか。今度、『巌窟亭』に遊びに来い。俺ぁマキビシっつーんだ」
「成る程。貴女がアイヴィーね。初めまして。『オーランド総合商社』GMのレイミーよ。…不死族の吸血鬼の噂は聞いてるわ。…うちに登録してみない? そのルックスを活かして広告のモデルはどうかしら」
「…モデル?」
「…ふざけんな。アイヴィーはオレが細工技術を教えて将来は『巌窟亭』に職人として登録させるんだよ」
「職人…?」
モミジの中ではアイヴィーを職人にする計画が密かに立てられていた。
「アイヴィーってば超人気者じゃん!おねぇちゃんは嬉しいぞ〜!」
「やめてキャロル。…恥ずかしい」
抱き着く手を叩く。
「…悠さんが居なければギルドの垣根を超えてこうして皆で此処にいるなんて想像も付かなかった。…ふふふ…私は嬉しいです」
目の前に広がる光景にフィオーネが微笑む。
「皆、お揃いだな」
「はろー」
エリザベートとルウラだ。
「この席は御二人の席だったのですね」
「吾も悠の身内だからな。ラウラは総合審査官ゆえ叶わぬが…ん?……おお!!キューよ。見ぬ間に立派に成長したではないか」
ーーきゅきゅう〜。
「いぇーい。ルウラはゆーのふぁみり〜同然。へいがーる。へいきゅー」
「家族を名乗る不審者がいる。…騎士団はどこ?通報しなきゃ」
「くーるなれすぽんす。負けねぇぜ。ひーとそうる」
「…『串刺し卿』に『舞獅子』…。第11位と第13位と一緒に観戦できるとは思わなかったわ」
レイミーが呟く。
「ユウはあー見えて顔が広いからな」
「ええ。…関係者席も有名な方々ばかりです」
「ん〜。ありゃ第三騎士団の団長と『霹靂』じゃん」
「注目度の高さが伺えますね。…中でも『魅惑の唇』と『牛鬼』は『金翼の若獅子』で元十三等位の方々でしたよね?」
「はい。『月霜の狼』のトモエ姫も彼方に居ますよ」
「チッ…」
モミジが舌打ちする。一際上にある真っ正面の観客席に親衛隊を従え座っていた。
「成る程。あれが…。実物を見るのは初めてです。…『金翼の若獅子』の上位陣も多数居ますが参加されるのは意外ですね」
「レイミー嬢よ。自分が推薦した者が試験官として出る故に派閥の長として見届ける義務があるのだ。…お察しの通り上の仲が悪ければ下の者も然りだがな」
「今いるのはラウラとエリザベートにわたしを抜かして…『瑠璃孔雀』…『霄太刀』…『荊の剣聖』…『貪慾王』…『天秤』…おー『魔人』に『冥王』までいるね。ここまで揃うってみらくる……ん?あれは」
「どうした?」
ルウラは遠く離れた観客席のフードを被った客を凝視する。
「…なんでもない。きっと見間違い」
そうこうしてる内に実技試験官の九人が演習場に現れ歓声が起きる。
「そろそろ始まるぜ〜!」
キャロルが歓声に負けじと叫ぶ。
開始時刻目前を告げる花火が打ち上がった。




