これが黒永悠。③
〜午後13時00分 金翼の若獅子 演習場〜
「ーー注意事項の説明は以上。一時間後に実技試験開始だ。これから演習場を開放する。皆は開始時刻15分前まで再び此処に集まってくれ。それまで好きに過ごして構わないが……受注者の黒永悠とは接触しないようにね」
ラウラの声が演習場に響く。
今は事前の打ち合わせの真っ最中。
「質問は有りますか?」
ベアトリクスが整列した九人に問う。
「やっぱベアトリクス様よぉ。実技担当試験官が七人ってだけで異例の事態なのに余計な部外者を二人も追加されちゃあ……受注する奴がちぃっと可哀想だぜ。そこの二人は今から除外してもらえねぇーんですか」
「…愚鈍な犀人族が大きな口を叩くな。その角を切り落としてやろうか?」
「止めろサラ。揉め事は御法度と姫様の勅命だぞ。……『ケイドムの堅者』。ラウラ殿に我が部隊の指揮官が話は通している。今更、退くわけにはいかん」
「ちっ!犬っころが人様の庭で好き勝手にハネやがって…その四肢を引き裂いてやンか。ああンッ!?」
「お〜怖っ!さっすが『貪慾王』の部下だわ〜。自分は関係ねーのに直ぐキレる。『鋸蜘蛛』ちゃ〜ん。少し落ち着いたらぁ〜?」
「んだっとテメッ…ユーリニス様をバカにしたな?おまえからブッ殺してヤんよツヴァイ!!」
「騒がしいな。ゲンノスケよ」
「同意なり。『鉄剣』…お主が治めては如何か?」
「…ふん。マスターの前で出しゃ張る真似はしたくない」
「めんどうだにゃ〜。ネーサンはどー思うにゃ?『月霜の狼』の第三親衛隊の大隊長と副隊長の参加について」
「私は闘えればそれで良いわ」
九人の兵が騒ぐ。
其々が各十三等位の派閥に所属しており息が合う訳もないが…。
「静かになさい」
…凛と制止を告げるベアトリクスの一言でぴたりと全員が黙る。
「…(こ、これが第6位『荊の剣聖』…。ば、化け物か…ッ!?)」
ドグウは戦慄した。
猛々しくも洗練されたベアトリクスから放たれる魔圧で体が動かない。
絶対的強者の威圧を前にして身が竦むのだ。
…それは他の八人も一緒だろう。
「『月霜の狼』のSランクメンバー二名の参加は既に決定事項。覆ることは有りません。…ダン。貴方は先程、可哀想と言いましたが黒永悠の強さを侮らない方が良いわ。彼は本気では無かったと言え『舞獅子』に勝利した男よ」
「…俺も噂で聞きやしたが…」
「でも、ダンの言いたい事もわかるにゃ。…幾らなんでもS級九人相手じゃあの変態面……じゃなかった。クロナガユーも勝てる見込みは零にゃ。実技試験が一瞬で終わっちゃうかもしれにゃいですよ」
「『鉄剣』も『風切鋏』も『切り裂き魔』も〜…気合い入ってるみてぇ〜だしぃ死んぢゃいますよそいつ」
「ふふふ」
ラウラが不意に笑った。
「ラウラさまぁ。今、俺ぇ〜…なにか可笑しい事を言いました?」
「随分と悠の…いや、受注者の身を心配をしてるが彼は何も気にしてないよ」
「どーゆー意味ですにゃ」
「言葉通りの意味さ。悠とは色々、話はしたが相手が君達だと知っても気にも留めてなかったよ。…『金翼の若獅子』も『月霜の狼』のSランクメンバーもその程度の威厳しかないと思うと笑えちゃってね」
「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」
その一言は七人全員の神経を逆撫でする。
…実際、悠は増えた人数を気にしてはいたが肩書きに畏怖したり明確な拒否の意思も示していないので嘘では無い。冒険者ギルドに所属した者がSランクに到達する苦労・価値・尊さが如何程のものか……地球からの来訪者故に知らないのだ。
ラウラははっきりと悠の強さを九人へ明言しない。
魔力探知でしか知らない実力の一端は自身も不明瞭な部分が多いからである。
…それでも尚、確信している。負ける筈がないと。
「…ラウラ様よぉ。ありがとう。これで俺ぁ気兼ねなく全力で試験官を務めれそうでさぁ」
「左様。憂なくこの刀も振るえよう」
「はっははァッ!!…アンタのお気に入りをグッチャにしちまうかもしんねぇが試験なら仕方ねぇよなぁ…?」
「あの変態面にお灸を据えてやるにゃん。ミミの実力を思い知るがいいにゃ」
「フィン様に言われて嫌々、参加したけど〜…楽しみができたっかな〜」
「我が剣はマスターの物。元より全力で試験官を務めるのみ」
「…の割には気合い十分じゃない。計らず私もだけど」
「大隊長…。『金翼の若獅子』の連中が本気になってます。これじゃルツギ指揮官の指令が………」
「…ふむ」
サラが他の者に悟られないようドグウに耳打ちする。
「そうか。納得して貰えて良かった。…では他に質問もなければ僕とベアトリクスは行くよ」
踵を返し演習場から移動するラウラとベアトリクス。
「…焚き付け過ぎでは?」
「そうかな」
後ろを歩くベアトリクスの問いに悪戯を成功させた子供みたく笑う。
実技試験開始まで一時間を切っていた。




