これが黒永悠。①
7月4日午後18時40分更新
〜百合木の月24日 早朝 地下二階 アルマの稽古場〜
「ーーシッ!!」
音を立て崩れ落ちる数体の魔導人形。
大太刀を仕舞う。
「ふぁ〜あ…にゃむ…にゃむ…」
「ふぅ。朝から付き合わせて悪いな」
「…ったく。人を叩き起こして急に…『マギ・ドールと戦わせろ』…って言い出してからに……褒美に豪勢な朝食を用意しなさいよ」
「はいはい。…しかしアルマの魔導人形は強いな。毎日、相手をしてるアイヴィーも大したもんだ」
「あんたが相手をしたマギ・ドールより精度・出力・火力は抑えてるけどね。…でも驚いたわ。九体同時に戦って無傷なんて」
試験の予行演習も兼ねて戦闘訓練をした。体も怠ってたし良い準備運動になったぜ。
「危ない場面も多かったがな」
「アジ・ダハーカも脳筋だったし物理主体の悠には師匠として適切だったわけか。…私は観にいけないけど負けて恥を晒したら承知しないわよ」
「善処します」
「…って言ってもあんたに勝てるやつなんて早々、居ないか。…お腹空いたわ。ご飯の準備をしなさい」
「ああ」
訓練を終了しキッチンへ移動した。
〜午前9時 マイハウス 玄関〜
朝食を食べ終え準備を済ませる。
「師匠。行ってくるね」
ーーきゅう。
「私の代わりにしっかり見届けるのよ。情け無い姿を見せたら思いっきり野次ってやりなさい」
「わかった」
「頑張るよ。結果はどうあれ帰ったら今日は皆で美味しい物を食べよう」
「にゃふ!いってらっしゃい〜」
玄関先でアルマに見送られ金翼の若獅子に向かった。
〜第6区画 商店街〜
「おう!アイヴィーとキューじゃねぇか」
「おはよ」
ーーきゅ〜。
「あらあら。アイヴィーちゃんにキューちゃんも。お菓子食べる?」
「ありがとう。マチルダおばさん」
ーーきゅう!
「この間は力仕事を手伝ってくれてありがとな」
「ねぇパパ。僕もキューにのりたーい」
「気にしないで。今日は忙しいからまた今度ね」
ーーきゅ〜。
キューに乗ったアイヴィーを見て商店街の人々が挨拶する。誘拐騒動の一件以来、アイヴィーとキューのコンビを第6区画で知らぬ人はいない。
可愛い少女を乗せた愛嬌がある黒い飛竜と俺の知らない所で人気者になっていた。
「ふふふ。有名人だな」
「悠ほどじゃない」
「嫌がらせされたりしてないか?」
「ううん。みんな良くしてくれるよ。この間は騎士団の人に『騎士団に入らないか』ってスカウトされた」
「マジか」
「マジ。断ったけど」
「…何かあったら直ぐ俺に言うんだぞ」
「わかった」
ーーきゅう。
幾ら強くなってもまだ10歳の子供だ。キューも居るから大丈夫とは思うが安心はできん。
…ロリコンの変態が居るかも知れないし。
「ユー!今日の昇格依頼がんばれよ〜」
「応援してるからね!」
「うちの店の宣伝も頼むぜ」
「Sランクの冒険者が住んでる区画なんて箔がつくからなぁ…よっ!『姫と狩人』」
「ご健闘を」
「…頑張ってくれ」
…皆から声援を受けた。すれ違う巡回中の騎士団の団員からも。恥ずかしいが嬉しくもある。
「アイヴィーは悠が慕われてて気分が良いから。…ね、キュー」
ーーきゅきゅきゅう!
やれやれ。否が応でも気合いが入っちまうぜ。
〜午前9時30分 金翼の若獅子 広場〜
「あ!きたよ」
広場に到着すると見知った顔が勢揃いだ。
フィオーネ、モミジ、キャロル、ボッツ、ラッシュ、メアリー…皆、どうしたんだろう。
「おはよう」
「おはよ」
ーーきゅう。
「…アイヴィーが乗ってんのはキューか?」
「うん。キューは成長した」
「見ねぇうちに大きくなっちまって……でも、可愛いなぁ。あはは!くすぐってーぞ」
ーーきゅきゅ。
モミジの顔をキューが舐める。
「…まるで東方に伝わる『竜乗り』だ」
「ま、マジでやべぇって!ちょーかっこいいじゃん!!俺にも乗らせて!」
ーーきゅむぅ〜。
「あはは!おっきくなってもキューちゃんだね。目がつぶらで甘えん坊なとこは変わってないもん」
「…チョコミント菓子は箱買いしなきゃ足んねーかも」
「ふふふ。そうですね」
「…ってか皆、揃ってどうしたんだ?」
「悠さんの激励に集まったんですよ」
フィオーネが答える。
「一度、施設に入れば係員が誘導しSランク昇格依頼の全日程が終わるまで外部との接触は禁止されます」
「理由はいろいろあんだけどな〜。…んなもんで試験前が声を掛ける最後のチャンスなんよ」
「そうなのか」
ボッツが俺の肩に手を置く。
「ユウさん。…頑張ってください。あなたならきっと大丈夫だ」
「へへへ。Sランクの冒険者と友達なんて自慢だぜ」
「わたしも精一杯、応援するからね!」
「…ボッツ、ラッシュ、メアリー」
「いししし!うちも張り切って応援すっからな」
「ローマンたちも後から来っけどオレは休みをとって先に来た。…心配いらねぇってわかってけど無理はすんなよ」
「うふふ。きっとSランクって肩書きに悠さんは興味ないでしょうが……貴方の勇姿を見続けた者として本当に誇らしい気持ちでいっぱいです。…頑張ってください」
「キャロル、モミジ、フィオーネ…」
Sランクになるってのは世間的に凄い事らしい。
…それよりも俺は皆の激励が嬉しかった。応援してくれる人の存在ってのは有り難いもんだな…。
「ありがとう」
…この瞬間、俺は自分の真実を皆に知って貰いたいと心の底から思った。仮にそれで不都合が生じても後悔はない。隠し続ける事の方が不義理だろう。
信頼できる代え難い友人達なのだから。
「泣いてる?」
ーーきゅう〜。
「め、目にゴミが入っただけさ」
「…悠は素直じゃないから」
それアイヴィーが言っちゃうかぁ。
ーーきゅきゅきゅう。
「…どれどれ。こっち向けよ。ユウの泣き顔なんざ滅多に拝めねぇだろうしよ」
「うちもみたーい」
「…茶化しちゃ駄目ですよ二人とも」
「あ!フィオーネさんも横目で見てるぅ〜」
「な、なんのことでしょう。私にはさっぱり…」
「賑やかすぎじゃね」
「ははは!良いじゃないか」
30歳にもなって涙脆いってのも困ったもんだぜ。…っともうこんな時間だ。
「そろそろいくよ」
「はい。一階で案内係員の職員が待機してますので声を掛けられる筈です」
「アイヴィーもキューも…気持ちはみんなと一緒だから。悠は期待に応えてくれるって信じてる」
ーーきゅきゅっ!
「…ああ。任せろ」
皆に見送られ広場を抜けた。
〜数分後〜
「あ、あの!」
扉を開け建物に入る直前に声を掛けられる。柱の影から現れたのはローグとマーロだった。
「おー。二人とも元気だったか?」
「はい!…あれから自分たちの態度を改めいろんな人に謝りました。許してくれる人もいれば…怒る人もいたけど自業自得だから…でも最後に一人…その…謝ってない子が居て…」
「アイヴィーだな」
「……はい。散々、酷いことしたしどんな顔で…会ったらいいか…」
「…オレも…」
「…その顔で良いんじゃないか」
「「え…」」
「取り繕っても無駄だ。ありのままの素顔で会うしかないだろ。…アイヴィーは優しい子だし本当に二人が反省してるなら話は聞くだろう。許してくれるかは俺も分からん」
「……ローグ」
「ああ。オレたちアイヴィーに会いに行きます」
「ならギルド広場に皆と居るぞ。…俺個人としては二人の判断は偉いと思う。また悩みがあったらいつでも相談に来い」
「…あざっす!昇格依頼がんばってください」
「大事な昇格依頼前に呼び止めてごめんなさい!わ、私たちも…応援してます!」
頭を下げ広場に走っていく二人。
俺が口を挟んであーだこーだ言うのは容易い。
…だが、時には自ら考え行動し実行する大切さも学ぶべきだろう。
ふふ。俺の予想ならきっと…。
走り去る二人の背中を見送り中に入った。




