俺も人なり姫も人なり。⑦
〜5分後〜
「………」
「………」
何も言わず俺を見詰めるトモエ姫。
非常に気不味い。
「…あの、すいません。話って何ですか?」
沈黙に耐え切れず話し掛ける。
「急に敬語になったわねぇ。さっきまでの砕けた口調で構わないわよ」
「いや、まぁ……はい」
「ふふ。…初対面であんな口の利き方をされたのは…そう『金獅子』殿以来かしら」
金獅子ってラウラとルウラの親父さんか。
「聞いても良いかな」
「どうぞ」
「何で『金翼の若獅子』に?」
「……」
一瞬、真顔になったが上品な仕草で小首を傾げた。
「…ふふふ。父様の言い付けなの。世間知らずだから民草の暮らしを経験し王族として統治に必要な裁量を学べと。…それで『金獅子』殿に父様が相談して来る事に決まったの。私が此処に居る理由なんてその程度よ」
「ふぅーん」
どっか引っ掛かるが…。
「…それより私は悠のことが知りたい。誰かに聞いた話ではなく貴方自身の口から、ね」
それから出身地や年齢…戦闘スタイル…冒険者ギルド・職人ギルド・商人ギルドの話…果ては趣味や女性遍歴まで…根掘り葉掘りと聞かれる。
まるで尋問だ。
…でも、俺の話に一喜一憂し面白そうに笑ったり驚く姿は年頃の普通の女の子にしか見えなかった。
〜20分後〜
「龍峰にある鉱石…雹晶石なんて初めて聞いたわぁ。特級危険区域に単独で行ったのも驚きだけど」
「まぁ、注意されたけどな。…皆には悠だから仕方ないって何故か納得されたけど」
最初は腕を貰うとか言ってたからヤバい子だなって印象だったけど……向き合ってみると教養もあるし世間知らずなだけで悪い子じゃない気がしてきた。
「うふふ!…けど本当に物怖じしないのねぇ」
「しないよ。田舎者なんで神経が図太いんだ」
唐突に遠い目をした。
「…貴方って皆に好かれるでしょ?」
「嫌われてはないと思う」
「友達が多そうだもの。私には居ないわ」
…反応し難い返答だ。
「物心ついた時から周りは傅く大人だらけ。同年代の子達とは話す機会さえなかった。それが当然なの」
「……」
「王とは孤独な生き物…父様がよく言ってたわ。朧狼は一族を束ねヴァナヘイム国を治める絶対的な存在で在るべきだから私の隣には誰も立ちはしない」
その口調に羨みはない。淡々と自分の立場を話す。
恵まれた環境で育ち何不自由ない生活を送ったのだろう。全ては王族に相応しくある為に。
…トモエ姫の浮世離れした雰囲気や佇まいはそのせいだろうか。王には王の矜持がある、か。
軽々しく俺が踏み込める話題じゃないが…ふむ。
折角、出会えたんだ。こんな提案も悪くない。
「なら俺が初めての友達になるよ」
「……」
雷に打たれたような顔。
「変なこと言ったか?」
「…友達になるって…」
「ああ」
「…私は姫よ。第二王位継承者でミカヅキ家の次女が友達なんて…」
「俺はトモエって女の子と友達になるだけでミカヅキ家は関係ない」
「…女の子…」
「隣に立たなくても後ろで支える友達だって世の中にはいっぱいいる」
「……」
「まぁ…歳が離れてるが気にすんな。折角、『金翼の若獅子』に来たんだ。友達の一人や二人ぐらいできたって誰も文句は言わないさ」
「………」
「俺はラウラが言ってた通り世俗に疎い。…地位を気にしたりしないからな。他の人から無礼だって逆に怒られるかも知れないが…」
ルツギ指揮官とかな。ぶち切れられそう。
「嫌なら無理強いはしないよ。でも、偶に会ってこんな風に気兼ねなく話せる相手が一人は居てもいいんじゃないか?」
目を伏せ小声で何か呟いた後、顔を上げる。
「…本当に…友達になって下さる?」
「わざわざ嘘をつく理由がない」
それを聞き今度は微笑んだ。
「……私のことはトモエと呼んで」
「!」
「友達に敬称は不用…そうでしょ?」
「ああ!よろしくなトモエ」
俺も笑って答えた。その後、部屋を出る。
紆余曲折あったが大団円。
終わり良ければ全てよしってな。
〜数分後 第一来賓室〜
トモエは悠が座って居た椅子をぼんやり眺めていた。
「…友達。私と悠は友達…」
反復し呟く。
「…『真に王に足り得る資格を持つ者ならば地位に惑わされず魅かれない友を得る。…その出逢いが支えとなるのだ。国を離れ己を知り成長せよ』…」
父の言葉を復唱し嗤う。
「あは、あははははははは!」
ヴァナヘイム国の姫。銀狼の次女。第2王位継承者。ミカヅキ家…他者の目に映るは肩書きばかり。
…そう在るべき地位に生まれたのだから仕方ないが。
聞き飽きた周囲の世辞と遜った態度。
誰も本音は言わない。誰も近寄ろうとはしない。
でも、初対面にも拘らず悠は違った。
自分が知る他の者達と違う。
『ああ!よろしくなトモエ』
馴れ馴れしく…不遜な…でも、不思議と嫌な気分にはならない。…きっと打算も下心もないからだ。
「欲しいわぁ。…彼の…全部が欲しい…私だけを見て欲しい…」
両腕で自分を抱く。
「失礼致します」
ルツギは部屋に入り次第、トモエの興奮し火照った顔を見て思わず目を逸らす。妖しい色香を醸し出す彼女に戸惑いを感じてしまったのだ。
「あらぁ。ルツギじゃない」
「…あの者が退室したので戻って来た次第ですがどうかされましたか?」
気を鎮め冷静を装う。
「随分な言い方ね。…私のトモダチに向かって」
「友達…ですか…?」
「ええ。…それと悠を調べて頂戴。生活歴に素性…兎に角、集められる情報は全部よ。金は幾らかかってもいい」
「先程から何を仰」
「黙って言う通りにしなさい」
ルツギの喉元に雪結花とは違う長太刀が突き付けられる。
「…と、トモエ様…?」
「…仕方ないじゃない。悠はトモダチだもの……トモダチの全部を知りたいって…普通のことでしょ?」
「ひっ」
「私だけのトモダチ…私の…私だけのモノにしなきゃ…うふ、うふふふふふふふ!あははははははははは!!」
此の場に自分以外の誰も居ない事にルツギは安堵した。
嗤うトモエの姿はまるで……。
彼女は父の言葉の真意も友達の意味も履き違えてる。
生い立ちと心の影がそうさせるのか。…悠は自分の善意をトモエがどう汲み取り解釈したのか知らない。




