俺も人なり姫も人なり。⑥
〜金翼の若獅子 四階 第一来賓室〜
部屋に入るとラウラ・エリザベート・ルウラの三人が俺を見て声には出さないが驚いていた。
フィオーネやモミジと同じ反応。
金翼の若獅子の儀礼服を着てるから仕方ない。
他に居るのは陣羽織を羽織った武士みたいな男性を筆頭に付き従う四人と給仕のメイドさん。
中央には椅子に座る女の子。両隣に男女二人を従えている。
モミジが女の子に向け一礼した。
「…僭越ながら先に自己紹介を。わたしは職人ギルド『巌窟亭』でギルドガールをしているモミジ・アザクラです。此度は『巌窟亭』に依頼を発注して頂き有難うございます」
礼儀正しい口調だが感情が込められてない。形式に則った口上って感じだ。本音と建前は違う。…本当なら文句の一つも言いたいだろうに。
「性急な依頼に拘らず対応して頂いた事を感謝する。私はヴァナヘイム国護衛部隊が一つ…王族第三親衛隊総指揮官を務める『月霜の狼』所属のランカー序列第7位『牙狼』ことルツギ・キサラギだ」
「第三親衛隊副指揮官『月霜の狼』所属のランカー序列第8位『水狼』のタチツギ・キサラギ」
指揮官のルツギは頰から鼻にかけ大きな疵痕が目立つ女性。研ぎ澄まされた空気を発してる。
綺麗だけどレイミーさんや案内してくれたネーサンさんより冷たい印象だ。冗談を言っても絶対に笑わないタイプって感じ。俺と同い年くらいだ。
副指揮官のタチツギとは名前からして姉弟だろう。
こっちは切れ長の目に高い鼻のイケメンボーイ。…顔面偏差値の基準が高すぎるわ。
こんな顔だったら俺もモテるだろうな〜。
「…おい」
モミジがこそっと肘で突っつく。
…あ、自己紹介しろってことか。
真似て頭を下げる。
「黒永悠です。冒険者ギルドの無所属登録者兼『巌窟亭』の職人をしてます」
「うふふふふ…貴方のお噂とお話はルツギとラウラからよぉーく聞いてるわぁ。私も今日はお会いするのを楽しみにしてたの」
白魚のような指を口元に運び上品な仕草で和服の女の子が微笑う。
艶やかな黒髪を結い上げ簪で留め銀色の瞳が俺を捉える。溜め息がでる程、美しい顔立ちは欠点が見当たらない。
麗しき撫子。…どこか妖しい危うさを感じさせた。
獣耳と尻尾がゆらりと動く。
この子が…。
「ヴァナヘイム国を統治するミカヅキ家が次女…第2王位継承権保持者で『月霜の狼』所属…ランカー序列第3位の『艶狼』…トモエ・ミカヅキよ。お見知り置きを。…随分と待たせたわね。鍛治仕事とはそんなに大変なのかしらぁ?」
待たせたって…約束の時間から十分しか過ぎてない。概ね時間通りだろ。期日を破った訳でもないし。
「…申し訳ありません」
「まぁいいわぁ。本来ならファーマン…『巌窟の炉人』に依頼する予定だった仕事だし仕方ないわよねぇ。…それで依頼文に叶う業物はできたのかしら?」
「隣に居るクロナガユウは『巌窟亭』の中でも腕利きの職人です。トモエ姫のお眼鏡に適う逸品を鍛えたとわたしも自信を持って断言します」
「…ふぅ〜ん。父様の綠王玲華・紬丸にも負けぬ刀だと…言える?」
「勝るとも劣らぬ業物です」
モミジは間髪入れずに答えた。照れるなぁ。
「あらぁそうなの。けどぉ〜…大言壮語は嫌いなのよね私」
意地悪く唇の端を上げるトモエ姫。
「不出来な品だったらどう責任を取るつもりかしら?」
「……責任ですか?」
「そうよ。GMでもない貴女にこんな事を言いたくはないけどぉ……そうね。こうしましょう」
悪意のある微笑みだった。
「その時は貴女の左腕を貰うわ」
「………」
「はっ…?」
思わず声が出た。
「GMが鍛えた刀なら未だしも一介の職人風情が鍛えた品を王族に寄越すのだしぃ〜……その程度の覚悟があって当然よねぇ」
なにを無茶苦茶言ってんだこいつ。
「……」
「でもぉ私も鬼じゃないわ。嫌なら頭を地面に擦り付け謝罪しなさい。…うふふふ!鬼人族は頑固で他者に媚びぬ一族よね?それが見られるなら許して上げても良いわよ」
「…トモエ姫。彼女は職人ギルドの一員で冒険者ギルドのメンバーでは有りません。そんな約束事の無理強いは見過ごせない。此処はヴァナヘイム国ではないですよ」
見兼ねてラウラが口を挟む。
「ラウラは口を挟まないでくれる?…これは依頼者と職人ギルドの問題よ。それこそ冒険者ギルド総本部は関係ない話よね」
反吐が出ると言わんばかりの表情のエリザベートとルウラ。
「トモエお嬢。拙者も感心せぬな。『銀狼』殿が知られたら悲しむぞ」
「黙りなさいカネミツ」
お目付役の言う事も無視か。
「……」
「…部下から聞いてるのよ。王族でも『巌窟亭』のルールに従えと言ったそうね。私を軽んじた代償は高くつくと思わなかった?素直に言う事を聞けばこうはならなかったのに…喧嘩を売る相手を間違えたわねぇ」
…とんでもなく我儘で理不尽なお姫さまだ。この状況を楽しみ悦に浸っている。
ルツギとタチヅキは喋らない。
これが平常運転と言わんばかりの態度。モミジは唇を噛み悔しさを募らせている。
「おい」
…いい加減、我慢の限界だ。
「聞き間違いかしらぁ。…今、貴方は私に向かって…おいって呼んだんじゃないわよねぇ」
「呼んだよ。さっきから無茶苦茶な要求ばかりしてるが鍛えたのは俺だ。…文句なら俺が聞いてやる。責任を取れって言うなら俺が取るぞ」
「………」
こんなぞんざいな口の利き方をされたのは初めてだろう。かなり驚いた表情だ。
モミジもラウラも首を横に振ってる。エリザベートは目を瞑って天井を仰いでいた。
ルウラだけは愉快そう。
王族なんて知った事か。俺の好きにやらせて貰う。
「仮に納得出来ないなら腹を切って詫びてやる。先ずは黙って俺が鍛えた刀を見ろ」
「……貴様、誰に向かって口を利いてるか分かっているのか?この御方はヴァナヘイム国の」
「お姫さま、な。知ってるし聞き飽きたぜ。…さっきも言ったが俺は無所属登録者だ。誰に媚びるつもりもない」
ルツギの言葉を遮る。
「……」
「……」
無言で武器を抜く指揮官と副指揮官。
「ルツギ。タチヅキ。止めなさい」
トモエ姫が制止した。
「悠、だったわね。腹を切ると言ったけど二言はないかしら。私は嘘が大っ嫌いよ…?」
「ない。約束する」
「うふ、うふふふふふふ!!…面白いじゃない。なら見せて頂戴な。…その鍛えた自慢の刀を」
爛々と銀色の瞳を輝かせトモエ姫が笑った。
「ああ」
刀に巻いた布を解いた。…望み通り見せてやるぜ。
目の前に刀を翳す。
「刀長68センチ。内反り0.3センチ。刃紋は直刃。無駄な装飾は一切してない。…この刀の名は雹刀・雪結花」
「……へぇ〜」
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雹刀・雪結花
・黒永悠が鍛えたウェポンバフが付与された武器。雹晶石・重魔鉱石・龍鉱石・玉鋼・純銀鉱石・鉄鉱石で造られた薄い刀身は鏡の如く曇りが無い直刀。抜刀時に装備者のMPを継続消費し周囲二メートル以内の魔素を吸収及び凍結させる特殊な力場を展開する。また納刀により奪った魔素は治癒魔法陣を発動させる事が可能。魔法陣は自分以外の他者の傷を癒す。
・この刀が後々、名刀と呼ばれるか或いは魔刀と呼ばれるのか…全ては扱う者次第。如何に優れた力も振るう者に応じて変わる。製作者の意図に問わずとも。
必要戦闘パラメータ
技術1000 魔力600 MP1500
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「ウェポンバフの効果で抜刀すると周囲を凍結させるから迂闊に抜けないが……ちょっと見てろ」
俺は二メートル以上離れ鞘から雪月花を抜いた。
「ほぉ」
「…これは…」
「ふぅー!びゅーてぃほー」
「成る程…雪結花、か。くくく!確かに名の通りだ」
紀章文字が光を放ち雪結花を中心に周囲が凍る。
凍結した絨毯から雪の花が咲いた。
これが刀の名前の所以。
最初、工房で見た時は俺も驚いた。
「………」
其々が驚嘆の声を挙げる中、トモエ姫だけは黙って真っ直ぐに刀を見詰めていた。
…ふふふ!こっから先はモミジも知らないぞ。
「…っとこんな感じで周囲の魔素を奪い凍結させるんだが驚くのはこっからだぞ」
抜いた刀を鞘に納刀する。
すると咲いた雪の花が散り氷弁が宙に舞う。
魔法陣が展開された。
「きれい…」
モミジが呟く。
「…なんと雅な」
カネミツも目を丸くした。
「納刀すると展開した力場が奪った魔素を治癒魔法陣に変え痛ってぇぇ!!!」
「ゆ、悠?」
…忘れてたぜちくしょう!
治癒魔法陣は俺にとっちゃ脅威だった。慌てて魔法陣から離れる俺を部屋にいる全員が呆然と眺めていた。
「…こ、こほん!ま、まぁ…ざっとこんなもんだ」
「……」
変わらず黙っているトモエ姫。
いまいち感情が読み取れない子だな…。
「…姫。恐れながら申し上げます。あの刀は文句の付けようがない。僕はそう思いますが」
タチヅキが刀を眺めながら言う。
中々、分かってんじゃんか。
「いえす。文句があるならルウラがもらう。マジで欲しい。…ゆー。ルウラにも作って」
「今度な」
「じゃあ明日」
どんだけ欲しいんだよ。無理に決まってんだろ。
「…はは。ルウラが欲しがるのも無理はない……これは凄い武器だよ。武器呪文を刻み成功した武器は通常の武器と一線を画す。付与成功率は一流の錬金術士でも三割以下と聞くし」
「ああ。しかも美しい。…三日でよく作ったと感心せざる得ない。 吾も依頼したいぐらいだ…」
「…トモエお嬢。剣の道を歩む者ならば理解されよう。あの刀は贋作ではなく本物。…武器呪文の効果もさることながら刃に濁りが無い。並大抵の鍛え方では無いぞ」
「貸して下さるかしら」
椅子から立ち上が俺に近付く。
「どうぞ。実際、触れなきゃ分かんないだろーし」
雪結花を渡す。
「ふぅーん…」
鞘から刀を抜き眺める。
……最初は漠然としたイメージで鍛えた刀だったが刀を握る姿が絵になる。
気高き血統と名に劣らぬ刀。奇しくもぴったりだ。
「斬れ味を試したいわぁ」
そう呟くや否や切先が眼前に迫る。
…恐ろしく速い抜刀。俺でなきゃ見逃しちゃうね…なーんってな。昔の俺ならいざ知らずこの速度なら見極めて直前で避けるのも可能だ。
それに……。
「ひぃ!」
「ゆ、ユウ!!」
モミジとメイドが叫ぶ。
「あら。微動だにしませんのね」
「斬るつもりなら避けてたよ」
殺気が無かった。数多の戦闘経験から学んだ事だが殺すつもりなら気配がもっと刺々しい筈。
その証拠に戦闘ができる者は誰も驚いていない。
「…うふ、うふふふふふふ!!あははははは!!」
刀を鞘に仕舞い大声でトモエ姫が笑った。
左手に握った雪結花が消える。…装備したのか。
「御免なさいね。はしたなく笑ったりして……うふふ。でも、貴方は嘘吐きじゃないわ。冒険者ギルドのメンバーとしても…ラウラの言う通り高い力量を持った武士ね…」
更に迫り俺を瞬きせず直視する。
…綺麗な子なんだが少し不気味だな。
「……」
「?」
踵を返し椅子に座り直す。
「……モミジさんだったわねぇ。最初の無礼な態度を詫びるわ。貴女の言う通り彼ってば腕利きの職人ねぇ。この刀は依頼通りの品よ」
「おぉ!やったぜモミジ!」
「おう!……っと、失礼しました。気に入って頂きありがとうございます」
ハイタッチして喜んだモミジが気を取直し一礼する。
「依頼金は…そうね。2億Gもあれば足りるかしら?」
「え、に、2億…ですか…?」
言葉を詰まらせる。そりゃそうだ。
俺もびっくりだよ。
「足りない?」
「い、いいえ。…その……本当にいいのですか?適性な価格計算をしても億には到底なりませんが…」
「適正よ。この刀は依頼通りの品だもの。…何より私が気に入った。それだけの価値があるわ」
金払いが良いってレベルじゃねぇな…。
「ルツギ。依頼金を準備して『巌窟亭』に届けさせなさい」
「畏まりました」
しかも即金っ!?
「……それで貴方ね。私も悠って呼ばせて貰うわ。報酬金は幾ら欲しいの?約束通り望むままに支払うわよ」
望むままにって言われてもなぁ。…別に金の為に受けた依頼じゃないし…あ、そうだ!
「報酬金は要らない。…代わりにお願いしたい事があります」
「言ってみなさい」
「あんたの部下が皆に迷惑を掛けてる。それを辞めさせて欲しい」
沈黙と静寂。
ラウラもエリザベートもルウラもモミジも形容し難い顔で俺を見ている。
「………」
「ここ最近、親衛隊と俺が揉めてるのは知ってるよな」
「……ええ」
「なら話が早い。君がどんな目的で…何の為に…『金翼の若獅子』に来たかは知らない。…ただ、親衛隊が迷惑を掛けてるのは見過ごせないな。お姫さまは偉いんだろ?責任を持って部下に釘を刺してくれよ」
「強者が自由に振る舞って何が悪いのかしら」
理解が出来ないって顔だ。
「それは違う。あれは自由じゃない。…横暴って言うんだ。皆は必死に毎日、働いてる。…それは生活の為、家族を養う為、自分の夢の為……色んな目的があってな。それを踏み躙っていい理由は誰にもない」
「……」
「彼は人なり、我らも人なりって諺がある。…混血だろーが…純潔だろーが…身分の差はあっても平等じゃない命は一つもないんだ」
「………」
「俺と姫さまの違いだって耳が生えて尻尾があるか…その程度の些細な容姿の違いじゃないか」
俺も人なり姫も人なり。ってね。
「些細な違いだ、と…?」
「うん。取るに足らないことだって思ってるよ」
ルツギ指揮官の顔がどんどん険しくなっていく。
「…綺麗事を言うのねぇ」
「綺麗事の何が悪い?俺から言わせりゃ達観した顔で理想も口にできない大人の方が異常だ」
トモエ姫に向かって……いや、全員に向け言った。
「身分や立場に囚われず間違ってることは間違ってるってはっきり言わなくちゃ相手に伝わらないだろ」
昔、仕事の上司に俺はそう教えられた。
「…いい加減口を慎めよ下郎。誰と相対してるつもりだ。我慢の限界にも程がある。首から下が要らぬみたいだな…」
……本気の殺気だ。思わず身構える。
「ルツギ」
「……はっ」
渋々、殺気を鎮める。
反対にトモエ姫は柔和な笑みを浮かべていた。
「分かりましたわぁ。その要求を快諾しましょう」
「姫…?」
「ルツギ。タチヅキ。親衛隊全員に伝えなさい。…節度をわきまえ模範となる行動をしなさい…とね。破れば厳重に処罰するとも」
「ですが」
「ルツギ」
「はっ」
「…どうかしらぁ。これで満足して頂ける?」
「ありがとうございます」
いやに物分りが良いな。…なんか裏があるんじゃ…?
「依頼はこれで終わりだけどぉ…ふふふ。少し悠とお話がしたいわぁ。全員、部屋から退席して下さる?ルツギもタチヅキもカネミツもラウラもエリザベートもルウラも給仕も…兎に角、私と悠以外の全員よ」
ほらきたよ…。
「…姫。あの者は武器を携帯しており賛成致しかねます。せめて私を同席させて下さらないと」
「私が良いと言ってるの。二度は言わせないで頂戴」
「姉上」
タチヅキが小さく首を横に振る。
「……分かりました。扉前で待機します。しかし、場合によって強行突入しますのでご容赦を」
え、食い下がるの早くない?二人っきりとか困るんだけど……。
「トモエ姫。彼は世俗に疎い。僕が居た方が良いと思いますよ」
ナイスラウラァ!
俺の困り顔を見て助け船を出してくれた。
「世間話をしたいだけよ。不要な配慮ね」
エリザベートがラウラの腕を掴む。言っても聞かないから諦めろって顔だ。
「…分かりました」
ラウラが足早に扉に向かう。
「後で話そう」
すれ違い様にそう言って部屋から出た。
「…吾等も部屋前に居る。心配するな」
「しーゆー」
ああ…皆がどんどん出て行くぅ…。
「…外で待ってからな」
モミジも行っちゃった…。
残ったのは俺とトモエ姫だけ。
「うふふふ。立ち話も何だし此方の椅子に座って下さいな」
「…はい」
促され椅子に腰を下ろした。




