俺も人なり姫も人なり。⑤
〜金翼の若獅子 四階 来賓エリア〜
ずらりと並ぶ高そうな彫刻と絵画。
塵一つ落ちてない絨毯に鏡の如く磨かれた窓。
気品ある美術館のようだ。
「初めまして」
淡い水色のシャギーのショートヘアの女性が俺たちを待っていた。頭を下げ耳と細い尻尾が揺れる。
美人だがどこか他者を寄せ付けない雰囲気を醸し出していた。
「私は『金翼の若獅子』四階の受付を担当している受付嬢兼『金翼の若獅子』所属のSランクメンバー。…ランカー序列第29位のネーサン・キルシュテンよ。御二人の話は伺ってるわ。トモエ姫が居る来賓室まで案内するから付いて来て」
…ギルドガールって顔面偏差値の基準でもあるのかって疑問な位、綺麗どころを揃えてんな。
廊下を進む。
等間隔に配置された親衛隊の面々が警護していた。
俺が出会った連中とは面構えと佇まいが違う。姿勢も微動だにしない。
俺が抱いていた軍人のイメージそのもの。
暫く進むとネーサンさんが口を開いた。
「来賓室にはトモエ姫の他、親衛隊指揮官と副指揮菅…カネミツ様と複数名の部下。それにラウラ様とエリザベート様にルウラ様もいらっしゃる。呉々も粗相が無いようお願いするわ」
勢揃いじゃん。
「思い出したぜ。ネーサンって名前…どっかで聞いた名だと思ったら…『エバーグリーンの百人梟首』の『切り裂き魔』だろ」
「……」
「エバーグリーンの百人梟首?」
梟首って晒し首のことだよな…。
「昔、『エバーグリーン』の街が当時、指名手配されてた『サリババ盗賊団』に襲撃されてよ。住民が人質に取られ殺される大事件が起きたんだ。街に居合わせた女傭兵が事件を解決したって話なんだが……」
「だが?」
「…騎士団が駆けつけると街門の前に百人の盗賊の生首が晒されてたそうだ。…まさか『金翼の若獅子』のギルドメンバーになってるとは知らなかったぜ。ギルドガールの定例会にも顔を出さねーし」
…く、首筋が寒くなる話だ。
悪人とはいえ切断した首を門に並べるって猟奇的過ぎる…。美人な分、余計にこの人の怖さが際立つな。
「私が顔を出すと皆、怖がるでしょう。貴女の噂も聞いてるわよ『紅兜』。…とても腕の立つオーガの女鍛治師だけど羆のように気性が荒いそうね」
「ケッ」
「それに貴方も有名人ね。良くも悪くも騒ぎの中心人物だから」
「…お騒がせしてます」
「一度、手合わせしたいと思ってたの。…その機会は近いうちに訪れそうよ。楽しみね」
好戦的な眼差しだ。機会とは恐らくSランク昇格依頼の件を指してる…。
勘弁してくだちい。
〜第一来賓室前〜
「ここよ」
紋章が飾られた大きな鋼鉄製の扉の前に辿り着く。両隣と近辺に隊員が陣形を組み厳重に警備をしている。
…流石、お姫さまの居る居室を警護する連中だな。
何奴も隙がなく洗練された印象を与える。着用した防具も豪華で手練れの実力者って感じ。
親衛隊でもより強い隊員が姫の近くに配置されてるのだろう。
「連れて来たわ」
「感謝するネーサン殿。後は引き受けよう」
「宜しく。二人とも私はこれで」
ネーサンさんが俺達を残して引き返す。
「…さて、君達の話は聞いている。私は『月霜の狼』所属親衛隊大隊長のドグウ・フジバハマだ。トモエ姫と謁見する前に身体検査をさせて貰う」
ゴツい。トロールかと思ったわ。
身長も高く着衣の上からでも厚みのある筋肉の隆起が分かる。…獣耳と尻尾が似合わなすぎるぞ。
「私がしますのでご安心を」
女性の隊員がモミジの体を触り金属探知機に似た道具で念入りに検査する。
「……問題ないわ。貴女の入室を許可します」
あっちは仕事といえ女性に隅々まで体を触られるのは…恥ずかしくもあり…嬉しくもあり…期待しちゃうのは逃れられぬ男の性。
「貴様は私だ」
俺の期待を返せこんちくしょう。
太い手でまさぐられる。…嬉しくない。
「…良い体じゃないか。大胸筋と上腕二頭筋…大腿四頭筋も理想の筋肉の付き方だ」
やめろぉ!耳元で呟くんじゃねぇ!
探知機を翳されると低い点滅音が鳴った。
「依頼品はこれか。他に所持してる武器は一旦、預からせて貰う。渡して頂こう」
「預けるのは良いけど大丈夫ですか?重いですよ」
「…クロナガユウ。貴様の報告は部下から受けている。尋常ならざる怪力の持ち主とな。…だが、私と他のワーウルフを一緒くたにするな。この筋肉は伊達ではない。要らぬ心配だ」
めっちゃ自信満々やん。
「…そう仰るならわかりました」
忠告はしたし俺は知らねーぞっと。
右手に装備した燼鎚・鎌鼬鼠を渡す。
「…ぐ、ぐぉぉっ!!?」
両手で抱え踏ん張るドグウ大隊長。足が生まれたての子鹿みたく震えてた。
「…な、な、なっるほ…ど…!…な、中々のっ!…お、重さじゃないっ…かっ!!」
「あと二ついけます?」
「ふ、ふ、ふ、二つぅ!?」
「はい」
「…じょっ…上等だ!!…こ、来いっ…」
ペナルティを燼鎚・鎌鼬鼠の上に重ねた。
「ぁふんっ!!?」
腰が砕け両腕が地面につきそう。重量上げでバーベルを上げる姿勢に似てる。
…必死の形相だが今にも倒れそうだ。
「ぷっ」
モミジが耐え切れず吹き出した。
「だ、大隊長!」
隊員たちは心配し声を掛けるが……。
「ほふぅー…ほふぅー…っ!!…あひゅ…あひゅひゅー…!」
もう無理だな。
ドグウ大隊長から武器を取り上げる。
両膝から崩れ落ちた。
「ぜぇー…ぜぇー…!!…し、信じられん!何故、片手で持てるのだ…」
「だから言ったのに」
「き、貴様は本当にヒュームか…?」
「はい」
「……」
立ち上がり息を整えている。
「…此処でしばし待て」
部屋の中に入っていった。
「ユウ」
モミジが囁く。
「あのオッさんさ…クソでも漏らしそうな顔だったぜ。笑っちまったよ」
「そ、そっかな?俺は別に…」
「…『だが私を他のワーウルフと一緒くたにするな。この筋肉は伊達ではないぞ。要らぬ心配だ』…このセリフの後にあの必死さは笑えるよな」
「ぶふぉ!?」
吹いちまった…。警護中の隊員たちの視線が痛い。
〜数分後〜
ドグウ大隊長が戻って来た。
「…トモエ様と指揮官から了解を得た。武器の携帯を許可する」
そうなるわな。
「行こうぜ」
「ああ」
来賓室に足を踏み入れる。
〜数分後 第一来賓室前〜
「…大隊長。腕は大丈夫ですか?」
モミジの身体検査を行った女性隊員がドグウに声を掛ける。
「うむ…。もう少し遅ければ重量に耐え切れず無様な姿を晒す羽目になっただろう」
「……」
既に無様な姿を晒してしまってたとは言わない。
黙って口を噤む部下の鏡。
「しかし、武器を携帯したまま謁見など…よくルツギ指揮官が許可しましたね」
「反対はされてたが『金翼の若獅子』の御三方から口添えがあってな。…余程、あの男は信頼されてるらしい。結果的にトモエ様が二つ返事で了承した。指揮官は最後まで憤慨してたよ」
「彼奴は一体、何者なんでしょう。…偵察班のマイトや下層警護班のツツミから報告は受けてますが謎は深まるばかり。只者ではないとは思いますが…」
「デミより力が強いヒュームなんているのか?…まして相手はワーウルフの中でも剛力で知られる大隊長だぞ」
「実際に見たし否定しようがないわ」
口々に喋る男女の面々。
「…何にせよ今日のトモエ様は上機嫌だ。あの二人が中途半端な刀を見せたらどうなるか考えたくもないがな」
扉を見据えるドグウ大隊長の視線は険しかった。




