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鍛えし鋼に応えるは心。



〜20分後 第2区画 巌窟亭前〜


「…騒がしいな」


巌窟亭から聴こえる怒鳴り声。…何やら穏やかな雰囲気じゃない。


〜巌窟亭〜


中に入ると職人の面々に狼の刺繍が施された軍服の三人組が相対していた。


激怒し凄まじい形相でモミジが三人を睨んでいる。


怒髪天を衝く…って言葉がぴったりだな。


「ふっざけたっこと言ってンじゃねぇぞコラァッ!!」


「…トモエ姫の依頼を拒否するつもりか?」


「拒否してンじゃねぇッ!依頼は順番だっつってんだ!…他の依頼より優先しろっつーのがおかしいって言ってンだろうが」


「ヴァナヘイム国の王位継承権第二位のトモエ姫直々の名誉ある依頼だ。一介の依頼と一緒くたにされては困る。放棄して最優先で取り掛かって貰いたい。金に糸目はつけんぞ」


「…ここはヴァナヘイムじゃなく…ベルカだ。『巌窟亭』の信念に賭け一度受けた依頼を蔑ろにする真似なんざできねーんだよ!…例え大金を積まれようが…王族だろうが…『巌窟亭』に依頼を発注するつもりならうちのルールに従えや!」


モミジは怯まない。


「分を弁えろよオーガの小娘。誇り高き『狼人族ワーウルフ』の純血種たる『朧狼ヴォルフ』のトモエ姫を下等種族と同等に扱うとは…。無礼討ちに処しても良いのだぞ」


「野蛮なオーガと粗忽なドワーフ風情が生意気に盾突くわね。痛い目に合わないと分からないかしら」


「国権を行使してギルドを摘発し全員拘留すれば気が変わるか?」


「……て、テメェら…!!」


「わ、儂らをバカにしおって!」


差別的で不遜な物言いにモミジとドワーフ達は怒りに震えている。


…これ以上、黙って見てる訳にはいかない。


「何の騒ぎだよ」


声を掛けると一斉に全員が振り向く。三人は狼を模した顔を覆う半面の兜を装備していた。


会話の内容を察するに月霜の狼の所属登録者(ギルドメンバー)だな。


「ユウ…」


険しかったモミジの表情が若干、和らぐ。


「おぉ!良いタイミングで来おったぞい。ユウや…聞いてくれ。こいつらが無茶苦茶言うんじゃ」


「姫さんの武器を他の受注済みの依頼を放棄してやれって言いやがる…」


「そんなこたぁオレらにゃ無理だ!誓いを破っちまったら鍛治師じゃねぇ!」


「…GMの不在をいい事に好き勝手に脅してきやがるしな。モミジ嬢の話も聞きやしねぇ」


ドワーフの皆が口々に告げる。


「……」


俺は向き直り三人を見た。


「…貴様は何者だ」


田舎者…って答えてもこの雰囲気じゃ誰も笑ってくれないしやめとこ。


「俺は黒永悠。冒険者ギルドと職人ギルド『巌窟亭』を兼業してる者だ。…詳しい事情は知らないがさっきからあんた達は物騒な発言が多いな」


「クロナガ…ユウ…ふん。貴様が()()冒険者か。成る程な。生意気な面をしてる」


「……」


「貴様も冒険者ギルドに登録しているなら我等の立場は理解してるだろう…退け。そこの馬鹿な女を二度と刃向えんよう教育してやる」


「断る」


「なに?」


「立場なんて知るか。…大切な俺の仲間を侮辱したって事実だけが全てだ。まして危害を加えるつもりなら絶対に退かない」


「…あ…」


モミジが目を潤ませた。


「…良い度胸だ」


男が胸倉を掴もうと伸ばした手を掴む。


「!」


「……」


少し力を込め握ると男の骨が軋んだ。


「がぁっ…!?」


万力のようにゆっくりと締める。


「ぐっ…ぎぃ…は、離せぇ!」


男は痛みに耐えかね膝から崩れ落ちた。


「隊長!」


「…き、貴様」


二人が武器を取り出す。


「動くな」


少しだけ感情を込め魔力を滾らせた。魔圧で威嚇し二人は蛇に睨まれた蛙の如く動かない。


……このままだと折っちまう。


手を離すと同時に飛び退がる隊長と呼ばれた男。


「は、はぁ…はぁ…はぁ…!…お、お前は…?」


「力の差は分かったよな?次は折るぞ」


…どうにもこのままじゃ丸く収まらないな。


報告されラウラに迷惑を掛けたくないし……こいつらの目的は依頼だっけ。


「…なぁ隊長。互いに遺恨を残しても嫌だしあんた達も納得しないだろう?そのお姫さまの依頼は俺が受けてやるよ」


「は、はぁ!?ちょっ」


慌てるモミジ。


「だから約束しろ。もう『巌窟亭』に迷惑を掛けないって…破ったら骨を折る程度じゃ済まさないぞ」


「……」


「分かったか?」


隊長は立ち上がって俺を睨む。


「…期日は今日から数え三日後。受け渡しの場所には貴様も来い。詳細はそのギルドガールの女から聞け。…精々、後悔するがいい。目的は遂行した。行くぞ」


隊長は二人を引き連れ巌窟亭から出て行った。


…やれやれ。困った連中だ。あんなのが金翼の若獅子に大勢居ると思うと辟易するぜ。


ラウラが言ってた意味がよぉーく理解できた。


そりゃ揉めるよなぁ。


「…お前、オレや…皆を庇って…あんな依頼なんて受けることねぇーのに…」


「…そうじゃぞ。金槌を振るに値せんわい」


「ああ。ちげぇねぇ」


モミジやローマンさんを筆頭に皆、憤慨していた。


「まぁ…最近、依頼を受けてなかったし手が空いてましたから。…それに仲間が困ってるんだ。見過ごす方が俺には耐えられない」


「……なんでヒュームなんだよオメェさんはよぉ!惚れ惚れする男っぷりじゃ」


「顔にキスしてやりたくなるわい」


や、やめろぉ!!


「それより冒険者ギルドが迷惑を掛け申し訳ない。…すみません」


頭を下げる。


「頭ぁ上げてくれや。お前さんが謝ることじゃねぇわな。冒険者や職人…いや、人種も関係なく接してくれるユウが好きだ」


「おうよぉ。オレらの希望の星じゃもんな」


「さっきはスカっとしたしのぉ。ガハハハハ!」


つられて皆が大声で笑う。気持ちの良い人達だ。


「…つーか騒ぎは肩付いたんだ。仕事しろ仕事!納期に間に合わなかったら承知しねぇぞ」


「へいへい。そんじゃ仕事に戻ろうじゃねぇか」


モミジの一声に職人が鍛冶場に戻っていく中、ローマンさんが近寄り耳元で囁く。


「…モミジ嬢を宜しく頼むわい。気丈に振る舞っちゃいるが今回の件は堪えてるはずじゃ。儂らに弱音は絶対、吐かねぇーし。依頼内容を聞きながら慰めてやってくれや」


「了解です」


確かに元気がない。…当然か。


「…ユウ。ちょっと外で話そうぜ」


モミジと一緒に外に出た。



〜10分後 巌窟亭 中庭〜



中庭で事情を聞いた。


「なるほど。そんな経緯だったのか」


「ああ」


話の流れはこうだ。


月霜の狼のお姫さまの父親…つまり『銀狼』の武器を鍛えたのは巌窟亭のGMである『ファーマン・ロンドルド』って人らしい。


ベルカに来て自分も同じく武器を鍛えて貰おうと従者に依頼発注を頼んだが生憎と不在。


そもそもファーマンに依頼を発注しても放浪癖の彼はいつ戻ってくるかすら分からない。


従者がそれを姫に説明したが納得いかず最優先で鍛えろとご立腹。他の職人も手が空いてなく再度、説明したらああなった……ってわけだ。


…有名なGMギルドマスターってのはギルドに居ないのが常識なのか?金翼の若獅子もそうだし。


「…だからよぉ…結局、姫さんの嫌がらせなんだ。創作依頼の内容も『巌窟亭』に居る一流の武器職人でも手をこまねくもんでさ。オレが最初は鍛えてやろうとも思ってたけど……アイツらの物言いに頭にきて怒鳴っちまった」


「そっか」


「自分でも分かってんだよ。要領良く立ち回ればこんな結果にならなかったんじゃねーかって…。ユウやみんなに迷惑をかけちまったし」


「……」


「…けどな、ガキの頃に教わったファーマンのジジイの教えは曲げられねぇ。…『鍛えし鋼に応えるは心。…自分が鍛えた物には職人の心が宿る。中途半端に投げ出せば精巧な美しい鋼も曇り鈍に変わる』ってな。…鍛えた品は自分の分身なんだ」


「鍛えし鋼に応えるは心。…名言だ」


「今時、流行らねぇ古臭い考え方だけどな」


小さく呟きモミジが俺を見る。


「…なぁユウ。オレが謝るから依頼は受けんな。お前にも冒険者ギルドでの立場があんだろ?…それに自分で蒔いたタネだしよ。相手は一国の王族だ。責任は取っからさ…」


…弱々しく笑う姿が悲しい。少し黙った後、告げる。


「俺は頼りないか?」


「…んだよ急に。そんなん思ってねぇよ」


「なら頼れよ」


思いの他、強い口調で言ってしまった。


「……」


「『巌窟亭』の問題は俺の問題でもある。…大体なぁ勝手に依頼を受けたのは俺だろ。モミジが謝る必要も…いや違うな。誰も謝る必要なんてない」


「…でも」


「でもじゃない。相手が王族だろうが『巌窟亭』のルールに従って貰うって言ってたじゃないか。正々堂々、文句無しの品を鍛えて目に物を見せてやるよ」


「……」


「…まだ19歳の女の子なんだ。一人で背負うな。約束する。必ず俺が何とかするよ。…だからそんな辛い顔で笑うな」


「ユウ…」


一筋の涙が頬を伝う。初めて見るモミジの涙。


「偉そうに言ってごめんな。…俺も意外と喧嘩っ早いからさ。売り言葉に買い言葉でぷ!?」


「……ばかやろー…そんなん…言…うの…ぐす。卑怯だぞ…」


力いっぱい抱き締められる。


身長が高いもんだから顔に胸が…!!


「い、息が」


「…もう少し…もう少しだけ…このままでいさせて」


「……」


中庭から見える鍛冶場の煙突。煙が空へ溶けていく。


金属を叩く高い音がやけに静かに耳に残る。


そっと手を回しあやすように背中を撫でた。



〜15分後 巌窟亭 受付カウンター前〜



落ちつきを取り戻したモミジと依頼内容を確認するため受付カウンターに戻ってきた。


「これが『月霜の狼』のトモエ姫さまの依頼書だ。…あー……思い出したら腹が立ってきたぜ。ユウがやり返してくれてっし今回は許してやっけどよ」


右拳を左手の掌に突き合せ音が鳴る。


調子が戻ったか。やっぱモミジはこうでなきゃ。


「どれどれ…」


高級な手触りの立派な依頼書を見る。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

創作依頼:威厳に相応しき大業物

依頼者:ヴァナヘイム国 トモエ姫

成功報酬金:望むままに。

依頼期間:三日

内容:私の気高き血統と名に劣らぬ刀を鍛えて下さる?意に沿う品ならば報酬金は言い値を支払うわぁ。

首都ベルカで一番の職人ギルドなら簡単でしょう。楽しみにしているわ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「け、気高き血統と名に劣らぬ刀ぁ?」


依頼内容が抽象的過ぎる。


せめて頑丈とか鋭利とか…もっと言葉を選べよ!


「…な?ふざけてんだろ。しかも三日だぜ。…職人総出で取り掛かって間に合うか微妙な期日を指定しやがってよ」


「うーん。こうなりゃ前向きに考えるよ。…鍛治師の自由な発想にお任せするって解釈で捉えとく。自分で曖昧な注文してんだし文句を言ってもそれで通すさ」


「……オレが言うのもなんだけどよぉー。王族相手に気後れしねーのか?」


「同じ人だ。種族や人種は違えど上も下もない」


天は人の上に人を作らず。また人の下に人を作らず。


「…かっこいいじゃん」


モミジが頰を薄く染めた。


「よせやい。褒め言葉は言われ慣れてないし本気にするぞ」


「本心だっつーの」


「何か言ったか?」


「チッ…なんでもねーよ。鈍感」


自分では察しが良い方だと思うんだけどな〜。


「家に帰って仕事に取り掛かるよ。期限は三日しかないが逆にやる気は漲ってきたし!」


困難だからこそやり甲斐があるってもんだ。


「おう!…オレも腹ぁ括ったぜ。ユウと一緒なら心配ねぇ。受取場所は百合木の月17日の午前10時…『金翼の若獅子』の四階来賓室だ。9時30分に広場で待ってっから」


「了解」


…とは言え明日ラウラに一応、事情を説明しに行こう。昇格依頼の話も聞きたい。


今日から工房に缶詰めだ。…キューと卵の為に依頼もこなしたかったが先にこっちを片付けなきゃな。


「あ、帰る前に製作品を納品したいんだが」


「わかったぜ」


「先に持ってきた鉱石を…っと!」


麻袋に詰めた大量の鉱石を腰袋から出す。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

鉱石

・鉄鉱石×40

・銅鉱石×40

・銀鉱石×40

・金鉱石×40

・鋼石×30

・玉鋼×30

・魔鉱石×30

・鉛重鉱石×10

・白鉄鉱石×10

・竜鉄鉱石×1

・竜鋼石×1

・黒鉄鉱石×1

・純銀鉱石×1

・純金鉱石×1

・翡鉱石×1

・純硫黄石×1

・雹鉱石×1

・龍鉱石×1

・重魔鉱石×1

・重竜鉱石×1

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「いつも悪ぃ…って多っ!?…しかも『地域性継承素材(ヘレディタリー)』の希少鉱石ばっかじゃねぇか。…流石、危険区域に行って来ただけはあるな。アホみたいな量だし」


麻袋から鉱石を手に取り驚愕する。


「竜の巣と龍峰で採掘したらいっぱい手に入ってな」


「…冒険者ギルドに依頼は当分、出さなくて良くなっちまった。鍛治・細工・装飾…加工すればかなり質の良い品ができる。鍛治師にしてみりゃ宝の山だぜ。…ありがとな」


鋼の探究心と鍛治師の宝箱の組み合わせって素敵。


「こっちは納品の品だ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

武器

・黒竜の剣+3

・黒竜の槍+3

・黒竜の戦斧+3

・黒竜の魔導杖+3

・畝る火

・命を奪う刺突剣

防具

・白竜の兜+3

・白竜の鎧+3

・白竜の籠手+3

・白竜の足かせ+3

装飾品

・火竜の腕輪

・水竜の首輪

・雹のピアス

・金の首飾り

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


モミジが品定めを始める。


〜10分後〜


「…職人として力量が高けぇってのはわかってたがよ…熟練の鍛治師でも中々、こう上手くは鍛えれねぇぞ。鍛治技術の上達速度が早すぎだろ。……ディテールと金属層も並大抵の造り込みじゃねぇ。文句の付けようがない」


やったぜ!


「良かった。そろそろ帰るよ」


「…あ、ちょっと待て。帰る前にこっちこい」


カウンターから身を乗り出す。


「ん?」


両手を俺の顔に添え目を閉じ囁いた。


「鍛治神『ヘパイカトス』よ。この者の槌にあなたの天佑を。苦境と困難の路を光で照らし…『ミケルダの誓いと願い』に応えてくれ」


近すぎてちょっとドキドキする…。


「きゅ、急にどうした?」


「ただのおまじないだ。鍛治が上手くいきますよーにってな」


「…そっか。ありがとう。大船に乗ったつもりで待っててくれ。必ず期待に応えるからさ」


「おう!」


はにかむ笑顔が眩しい。


巌窟亭を後にして家に向かう。さぁ…頑張るぞ!




〜 20分後 巌窟亭 受付カウンター 〜




「モミジ嬢よ〜。品が出来たぞ…っておい。いい顔してんじゃねぇか」


ローマンがモミジを見て笑う。


「普通だろ」


品を受け取り検品しながら素っ気なく言う。


「…普通ねぇ。人の女に恋した鍛治神『ヘパイカトス』と鍛治神を愛した乙女『ミケルダ』。……ミケルダの祈請ってのは女が愛する男の為に祈るもんじゃなかったか?ワシの記憶違いじゃったかのぉ〜」


手が止まり真っ赤な顔でローマンを睨む。


「お、お、おま、おまえ!!み、見てやがっ!?」


「初々しいモミジ嬢を…あだだだだだだっ!?」


「だ、だまれ!…ケチャップみてぇーにすんぞコラぁ!?」


頭を鷲掴み怒鳴る。


ローマンの悲鳴が巌窟亭に響き渡ったのだった。



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