ベルカ孤児院に行こう!
〜百合木の月14日 第30区画 転移石碑前〜
翌日の午前9時。待ち合わせ場所に到着した。
まだレイミーさんは来てないな。
ベンチに座って待とう。
第30区画は都心から離れた長閑な住宅街だ。老人や子供連れの夫人が多いな。
〜数分後〜
「どうも。お待たせしました」
ダークグレーのスーツを着たレイミーさんが登場。
「いえいえ」
「一緒に視察に行く社員も間も無く到着します。もう少し待ちましょう」
隣に座る美人女社長は相変わらず仏頂面。
「……」
「……」
…会話がない。沈黙が重いんですけどぉ。
なにか話題は…話題……そうだ!
「また錬成品と宝石の買取をお願いできますか?」
「分かりました。悠さんの錬成品は大変、売行きが良いので大歓迎よ。宝石も高値で売れましたし」
「そりゃ良かった」
「…それにしてもよく原石をまた発見しましたね。滅多に採掘されない希少鉱物なのに」
鋼の探求心の万歳!
「運が良いみたいです」
「その通りかと。…来ましたね」
馬と牛のハーフみたいな不思議な動物が立派な荷馬車を引き此方に向かって来た。
「『モータン馬車』で移動しますので」
「了解です」
こいつはモータンっていうのか…。馬車に乗りベルカ孤児院へ向かった。
〜20分後 ベルカ孤児院〜
小さな丘の上に建つ石造りの教会に辿り着いた。
敷地がとても広い。…しかし、建物は老朽化が進み亀裂した箇所や剥げた塗装が目立つ。
数人のシスターと子供達が広場で遊んでいる。
馬車から降りるとナタリアさんが出迎えた。
「今日はわざわざお越し下さり有り難うございます」
恭しくこちらに向け頭を下げる。
闘技場以来の再会だ。
「こちらこそご対応頂き感謝します」
「お久しぶりです。ナタリアさんも皆もお元気そうで」
「…悠さんのお陰です。代理決闘での奮闘は言うまでも無いですが孤児院へ多額の寄付も頂きまして…本当に…本当に…幾ら感謝しても足りません」
深々と頭を下げ感謝の意を述べる。
「気にしないで下さい。勝手にした事ですから」
「いいえ。孤児院を代表して改めて礼を言わせて下さい。有り難うございます。…貴方に女神の加護と祝福があらんことを…」
加護は既に二つも受けてんだよなぁ。…祝福を受けたら死んじゃうから勘弁して。
「一先ず悠さんの用事は済みましたね。当社の畜産部門の職員と一緒に土地の視察に付いて来て欲しいのですが宜しいですか?」
「はい。開墾予定の地でしたよね。分かりました」
「悠さんはどうされます?」
「俺は…」
子供達が遊んで欲しそうにこちらを見ている。
「…あー…此処で待つよ」
「丁度、良かった。ナタリアさん。子供達を悠さんに見て頂いては?他のシスターの方々にも今後の予定と概要を説明したいので。時間は然程掛かりません」
「でも、悪いのでは…」
「大丈夫ですよ。子供は好きですし」
少し悩んだ後、ナタリアさんは答えた。
「…ではお言葉に甘えお願いします。…みんなも悠お兄さんを困らせちゃ駄目よ。直ぐ戻ってくるからね」
「「「はーい!」」」
元気よく返事をした。
俺と子供達を残し皆、出ていく。
「……さて」
「へびのおいちゃん!へびだして!」
「あのうにょうにょしてるのみたーい!」
「おれも!おれも!」
この無邪気な面子とどう遊んでやろうか。
「ははは。そんなに蛇が見たいか?」
「「「みたーい!」」」
「……ナタリアさんや他のシスターの人に内緒にしてくれるなら凄いの見せてやるぞ」
「「「うん!」」」
よーし!おいちゃん張り切っちゃうぞぉー。
〜40分後 ベルカ孤児院〜
「ーーーお。戻ってきたぞ」
「「「おかえりなさーい!」」」
子供達が帰ってきたナタリアさんに駆け寄る。
「はい。ただいま……ってどうしたの?そんなに嬉しそうな顔をして」
「へびのおいちゃんとあそんだの〜。リルねー…すっごいたのしかったよ〜!」
「ぼくもぼくも!」
「すごかったよなー」
喜ぶ顔を見てナタリアさんも顔を綻ばせる。
「ふふふ。どんな遊びをしたの?」
今度は子供達が顔を突き合わせて声を揃えて言った。
「「「ひみつぅ〜!」」」
「まぁ」
「…ははは。俺とみんなの秘密だもんな」
秘密の理由……。
それは神樂蛇で召喚した白蛇と遊ばせたからだ。
大人達が見たらモンスターと勘違いするだろうし契約者と説明する訳にも行かない。
実際はいい子なんだけどね。
敵には容赦の無いシロ・ハク・ランの三匹も俺の指示を聞き入れよく面倒を見てくれた。子供との触れ合いに目を細めちょっと楽しそうだったし。
それに孤児院に来て一つ自分の弱点を再確認する事が…いや、体験することもできた。隣接する礼拝堂に足を踏み入れたら酷い痛みに襲われたのだ。
…恐らく聖奪の極みの効果。
祝福の範囲・聖属性についてはどう分類されているか不明だが教会は駄目みたいだ。
「こちらも滞りなく視察を終えました。後日、書類をお届けしますね」
「はい。お願い致しますわ。…悠さんもまたいらして下さい。私も子供たちも貴方なら大歓迎よ」
「ええ。…それと皆さんで良かったら食べて下さい」
腰袋から雲山レクチエのパイと祟られ野菜の激旨ピザを入れたバスケットを取り出し渡す。
「美味しそうな匂い…」
「お口に合うか分かりませんが」
「うまそー…なたりあ!リルお腹すいた!」
「ぼくもたべたーい」
バスケットを覗き込むリルとカイン。
「こら。お客さんの前ですよ。…重ね重ねありがとう。皆でご馳走になります」
「おいちゃんありがと!」
「また遊びにきてね〜」
「やくそくだぜ」
孤児院の皆に見送られ馬車に乗る。
…次はアイヴィーとキューも連れて来よう。
〜10分後 道中〜
「懐かれてましたね」
「ええ。まぁ」
レイミーさんが窓の外を見ながら呟く。
「…あの子達は皆、親に捨てられたりモンスターに家族を殺された辛い過去を持ってる。今、ああして笑ってる事が奇跡な程…」
「……」
「それでも運が良い方でしょう。大抵はスラム街でストリートチルドレンになるか…悪徳商人に攫われ非合法に人身売買で売られる事もあるもの。…ナタリアさんは元々、ルルイエ皇国のさる領家…つまり貴族の娘なんですよ」
「貴族?」
「ええ。詳しい経緯は教えてくれませんでしたが」
「…人には思い掛けない歴史がありますからね」
「それは悠さんにも当て嵌まるんじゃないかしら?」
「あはは。俺は別に…」
レイミーさんの追求を躱すように笑う。
「…そういう事にしておきます。話は変わりますが…近々、『オーランド総合商社』から悠さんに依頼を頼むかも知れません。発注したら受注の方を宜しくお願いしますね」
「依頼?…闘技場で戦うのは嫌ですよ」
はっきり最初に言っとかないと。
「違います。依頼の詳細はまだ伏せさせて頂くわ。事実確認が全部、済み次第ってとこですから」
「わかりました」
「話が早くて助かります」
レイミーさんが唇の端を上げ眉間に皺を寄せる。
…歯でも痛いのかな。
一瞬でまた元の無表情に戻った。
「……成る程。その反応を見るにまだ練習が必要みたいね」
「練習?」
「何でもないわ」
……変なレイミーさん。
暫くして第30区画の転移石碑前に到着し第5区画へ移動した。




