雨は上がり陽が昇る。②
〜数分後 マイハウス リビング〜
肩の荷が軽くなった。
秘密を暴露しすっきりしたからだろう。
「俺の話が長くなっちゃって用件を聞いてなかったな。話してくれるか」
「書類は見たかい?」
「…ごめん。実はまだ見てない」
「そうか。…この書類はね『金翼の若獅子』の所属登録同意書だ」
「……」
封を切り書類を見ると一枚の紙が入っていた。説明事項がずらりと記載されてるがなになに…。
「冒険者ギルド法に基づく所属取消事案にギルドメンバー専用施設の使用許可、か。…上記合意につき『金翼の若獅子』の所属を認め紀章に気高き忠義と揺るがぬ信念を誓う…」
署名欄の上一文にはそう一文が綴られている。
「…正直な話をすると悠に他の冒険者ギルドから『指名依頼』が殺到してる。指名依頼とは簡単に言うと勧誘クエストさ。この依頼は特殊クエストで受注し達成すればそのギルドへの所属が認められる」
「殺到って何かしたっけ?」
「…高ランクの依頼を難なく達成し『巌窟亭』や『オーランド総合商社』での多岐に渡る活躍…『金翼の若獅子』の第13位に位置するルウラとの代理決闘…。近年、稀に見る実力者が無所属なんだ。殺到する理由には充分過ぎると思うけど」
当たり前でしょ…と言わんばかりの顔だ。
「有能な人材確保はGMの責務だ。活躍すればギルドの評判に直に響く。依頼にも困らなくなるしな…くくく。貴公は人気者だぞ」
あんまり歓迎できない。
「それに悠が所属すればアイヴィーも所属するって思惑がある。…良い意味で有名になったからね。知ってるかい?最近じゃ『常闇の令嬢』って二つ名で呼ばれてるんだよ。影を操る可憐な美しい少女ってね」
「……」
「可憐って…ぷぷぷ。わんぱくのみすていく」
「…うるさい。二重人格の変人」
耳を赤くするアイヴィーをからかう。
「兎に角、各冒険者ギルドには返答を待たせてる状態だが期限も迫ってる。…お願いだ。『金翼の若獅子』に所属して欲しい」
「急に言われてもなぁ…」
「戸惑うのは無理もない。…僕も最初は君の力が目当てだった。…軽蔑するかも知れないが今も打算を含むのも否定しない。…けど…それが全てじゃない!」
身を乗り出して迫る。瞳に互いが映る超至近距離。
ラウラが俺の両肩を掴んだ。
「私欲と言われようと構わない。…僕は悠の支えになりたいんだ。…苦楽を供に乗り越え一緒に居たいと心から想ってる…!」
「ラ、ラウラ?」
細身の体のどこにそんな力があるのか不思議な程、力が強い。ほ、骨が軋むぅ!!
「わぉ…って距離が近すぎ。うぇいと」
「落ち着け。悠が吃驚してるぞ」
嗜めるルウラとエリザベート。アイヴィーも目を丸くして驚いてる。
…俺も焦っていた。普段から冷静で温和なラウラが顔を真っ赤にして熱弁したのだから。
「あ…ごめん」
我に返り手を離してソファーに座り直す。
…どきどきするのは何故だろう。ラウラの興奮した顔を間近で見たから…?綺麗だったなぁ…って男相手に何考えてんだ俺は!
「こ、こほん。…取り乱してすまない」
咳払いして気を取り直す。
「取り敢えず指名依頼は全部、断ってくれ。所属の件は……悪いが『金翼の若獅子』のエンブレムに誓いは立てれない。俺は自分の意思で行動したいんだ」
「そう、か」
ラウラが悲しい顔をする。
「……けど、支えてくれるって言ってくれた言葉を裏切るつもりはない。『金翼の若獅子』の地位や立場に関係なく…ラウラ・レオンハートに誓うよ。何があろうとその誠意に全力で報いる」
「…悠…」
「所属してなくても大事な仲間で…友達だろ?ラウラだけじゃない。ルウラにエリザベートもな。…それに俺を受け入れてくれた皆と家族の為なら俺はどんな難題にも屈しないし諦めないよ」
皆の沈黙が重い。…え、外した?
「…は、ははは!年甲斐もなく熱く語っちゃって恥ずかしい。ま、まぁ、そんな感じだ…」
縮こまる俺を見てエリザベートが笑った。
「くくくっ!…あははは!…悠には『金翼の若獅子』という檻は小さ過ぎるのだな」
…なにその優しい眼差し。変な感じがして仕方ない。
「ふふ!ははは。そうだね、…うん。その通りだ」
ラウラまで…。
「ひゅ〜。そーくーる!」
「あはは。悠らしい」
ルウラもアイヴィーも…。
「お、俺…そんなに変なこと言ったか?」
首を横に振る。
「…ううん。嬉しいんだ。とても…とても、ね」
ラウラが頰を紅く染め小首傾げて微笑んだ。
頭にクエスチョンマークが大量に浮かんだが喜んでくれたなら……まぁ、いいか。
「しかしだ。現段階で吾等と同格…いや契約者である事を考慮すれば上であろう者がAAAランクというのも釈然としないと思わんか?」
「そんなの戦わないと分からないだろ」
「くくく。…試しに吾と戦ってみるか?」
「勘弁してくれ」
愉快そうに笑う。
「…うん。エリザベートの言うことも一理あるね。Sランク昇格依頼の申請手続きを進めようか」
「ふぁ!?」
「名案ではないか。推薦文は吾も書こう」
なんなんじゃいこの流れは。
「ルウラも。それと忘れる前に渡しとく」
渡されたのはエリザベートに貰ったカードと同じ物だった。
「五階への通行許可証か」
「いえす。ゆーならいつでも部屋に来てくれていい。…泊まってくれてもおっけー。かもん」
何かを期待する眼差し…あ!わかった。
「部屋の掃除をさせる気だろ?ちゃんと自分でも掃除しなきゃ駄目だぞ」
「……」
膨れっ面で不満そう。
「部屋の掃除もできないの?…ぷぷ。恥ずかしい」
すかさずアイヴィーが煽る。
「へいがーる。喧嘩上等。気合い上昇。減らず口をのっくあうと。実力の差に目の前がほわいとあうと」
「…悠。ルウラがアイヴィーをいじめるから」
「二人とも仲良くしろ…って話が途中だったがSランク昇格依頼の申請ってなんだよ」
「…僕もカードを…」
「ラウラ?」
「あっ…いや…うん。昇格依頼の件はエリザベートの言う通り妥当だと思ってさ。実力は証明されてるし活躍も充分だ。GPは少し足りないと思うけど規定の審査要件は満たしてる」
「…いやいや!ベルカに来て冒険者ギルドに登録してまだ二ヶ月だぞ。時期尚早だろ」
AAAランクに上がったのだってこの間だし。
「おめでとう。冒険者ギルドSランク到達者の歴代最短記録にランクインしたね」
なにその記録。
「そもそも契約者って知られたら大変だろ。目を付けられたら…」
「心配するな。もう目は付けられてるぞ。魔力探知を使える上位陣は吾等以外に数人いる。遅かれ早かれ悠の実力は内外問わず更に知れ渡るだろう。…後々、騒ぎになる前にSランクに昇格した方が都合が良い」
既につけられてるの!?
「…それに君の実力を知れば十三等位達は牽制し合い膠着状態を保つと思う。悠はこちら側の人間だからね。危ういバランスに新たな抑止力が生まれれば下手な動きは出来ない。それは僕とルウラとエリザベートに有利に働くんだ」
「そう言われると……いや、でも…」
「さっき力になるって言ったよね?」
にこりとラウラが笑う。
「うっ」
「おやおや、前言撤回か?…吾は悲しい。そんな男とは思わなかったぞ」
「……」
「違うもん。悠は嘘つきじゃない!」
アイヴィーの純粋な擁護が止めとなった。
…どの道、言い負かされそうだし仕方ない。
「…分かった。昇格依頼を受けるから」
「ふふふ。決まりだね。明日は丁度、運営会議があるし僕達で推薦しておくよ。昇格依頼の日程が決まり次第、追って連絡するから」
「あい…」
「アイヴィーは悠なら大丈夫って信じてるから」
「あはは。そうだねー…」
「昇格依頼の内容は個人面接と実技試験だ。実技試験は現Sランクのメンバー数人との実戦形式の模擬戦闘になる。悠ならアイヴィーが言う通り問題ないよ」
「頑張ります…」
流されやすいのが俺の運命なのかなぁ。自分の発言のせいでもあるが。
まぁ、ラウラ達の助けになるなら精一杯やるさ。
「…ふふふ。今日は大変な一日だったけど悠とアイヴィーのお陰で気持ちが晴れたよ」
「大変な一日?」
「貴公達は知らないか。最近、ギルドに来てなかったし仕方あるまいよ」
「…実はねーー」
ラウラが金翼の若獅子で起きてる事を説明した。
〜10分後〜
「……マジか」
説明を聞いて呟く。
休んでる間に大きな変化が起きていた。
先ず一つは…月霜の狼のお姫さま。
月霜の狼はミトゥルー連邦加盟国『ヴァナヘイム』に本拠地を構える冒険者ギルド。
ヴァナヘイム国は独特な文化を築く軍事国家で月霜の狼は驚くことに冒険者ギルドでありながら国軍でもあるというのだ。全員が軍人兼ギルドメンバーいう特殊な組織構造の軍隊編制は世界中を見渡してもヴァナヘイムだけ。
…ラウラ曰く金翼の若獅子と同程度の所属登録者が在籍し完全実力主義のギルドって話だから驚きだ。
問題はGMであり国王…『銀狼』の二つ名で知られる『ゲンブ・ミカヅキ』の娘…トモエ・ミカヅキが金翼の若獅子に長期滞在していること。
つまり、お姫さまである。
なぜ金翼の若獅子に…?って疑問が浮かぶが金翼の若獅子のGMと国王は昔馴染みの友人で国王から直に頼まれた話らしい。
現在、ギルドにはお姫さまと他、大勢の付き人に軍人が押し寄せいざこざが勃発している。
表向きは協定を結び友好関係にあるが互いに大所帯。
諫めようにも相手は一国のお姫さまだ。下手をしたら国際問題になり兼ねない。
二つ目は白蘭竜の息吹の姉と弟。
これは以前、エリザベートから少し話は聞いていたが…先代GMの跡継ぎに選ばれた姉に不服な弟がユーリニスと結託し不穏な動きを見せてるそうだ。
姉の名前は『オルティナ・ホワイトラン』。
弟の名前は『ヨシュア・ホワイトラン』。
ラウラとエリザベートがギルドを訪問し仲裁に入ったが解決には至らず近々、両名が来訪しGMの座を賭け『決闘』をする予定らしい。
白蘭竜の息吹も有名な冒険者ギルドで既に噂は広まり事態は大事になってる。
…明日の会議の議題にも上がる二つの大きな問題、か。ラウラが深い溜め息を吐いてたが気苦労が絶えないだろう。
こーゆー権力が絡む話ってのはどの世界でも面倒なもんだな。




