うちの犬が英雄になりました1
今日は日曜日で、仕事は休み。朝から家の掃除と、溜まった洗濯物を片付けていた。
3年前家の近くで暴行事件があって以来、女の一人暮らしは不用心だと言われ続けて1年。捨て犬だったタロウが我が家の一員へとなったのはもう2年前のことだ。
拾った時から小さいなとは思っていたけれど、2年たってもそこまで大きくならなかった。そう、タロウはチワワだったのです。
今でも体重は3キロ無いので、超小型犬に分類されると思います。
てっきり中型犬位の大きさには育つだろうと思っていたのに、まさかの超小型犬。それもかなり人懐っこい。
この子を捨てた元飼い主、呪われるといいと思います。
掃除と洗濯が終わったので、後は買い物に行けばいいかな。冷蔵庫の中はからっぽとまではいかないけれど、肉類が全然ない。魚もない。メインとなるおかずが全くない。
まだお昼過ぎなので、近くのスーパーに買い物に出かける。ここは田舎なので、近くと言っても車で15分はかかる。スーパーで必要なものを買い、私は家へと戻った。
とりあえず3~4日は買い物に行かなくても大丈夫だろう。今日使わない肉、魚類は冷凍庫に入れていく。
よし、これで家の事はすべて終わった。ようやく終わった。これでゆっくり自分の時間が持てる。
「タロウ!おいで!」
「!」
私の呼びかけにタロウが嬉しそうに尻尾を振りながら走ってくる。
「よーしよし。いい子だねぇ!」
なんてかわいい子なんでしょう!
ご主人大好き!と全身で喜びを表してくれる。こんなかわいい子見た事がありません!
そう、お気づきかもしれませんが私はいわゆる犬バカです。うちの子が一番可愛いです。いや、よその子も可愛いよ?可愛いけれどやっぱりうちの子が最高なのです!
こんなに可愛いのだから誘拐されてしまうかもしれない。そう思ってセキュリティのしっかりしたマンションに引っ越したのは仕方がないことだと思っています。家賃が上がったけれど、後悔はしていない!
タロウをひとしきり撫でた後、ちょっと二人で休憩。タロウは私の膝の上で、ご主人遊んで!と目をキラキラさせながらこっちを見ている。ああ!なんて可愛らしいのでしょう!
動物を飼うと婚期が遅れるっていうけれど、遅れてもいい!この幸せな時間を大切にしたい。
「タロウ、お散歩に行こうか」
私の言葉にタロウの尻尾が高速回転している。そんなに嬉しいの?タロウが嬉しいと私も嬉しい。
胴輪とリードを付けて、お散歩バックに携帯を入れ、鍵を持ったら準備はオッケー。
マンションを出るまでは抱っこで移動。地面が熱くないのを確認してから、タロウを道路に降ろす。もし地面が熱くて、タロウのキュートな肉球がやけどしたら大変ですから確認は大事!
お散歩楽しいです!とうきうきと歩いているタロウを見ると、こっちまで幸せになってくる。
小さくて短い手足で一生懸命歩いているタロウ、なんて愛らしい。地面をクンクンして、鼻に草が当たってくしゃみをするタロウ、あなたは神の使いですか!抱きしめたいけれど、タロウが楽しそうにしているのを邪魔してはいけない。ぐっとこらえる私、偉い!
人や自転車、車が来たら轢かれないように立ち止まって通り過ぎるのを待つ。なのでタロウとの散歩はいつもゆっくり安全第一。
だけど、急に地面が光ったらどう対処したらいい?慌ててタロウを抱っこして、その場を離れようとしたけれど、光も一緒に付いて来る。そんな時は一体どうしたらいいの?
「きゅーん」
タロウも私の腕の中で不安そうに鳴いている。そんな切ない瞳で見つめないで!私もどうしたらいいのかわからないの、力の無いご主人を許して。
そんなことを考えていたら、急に地面がなくなった。
「いたたたた・・・」
ドシンとお尻から地面に着地した。腕の中にいるタロウを慌ててみる。私、落ちた瞬間ギュッと抱きしめていなかった?
苦しくなかった?どこも痛くない?持ち上げて全身を見る。タロウはご主人どうしたの?と可愛い瞳で私を見ている。
うん、何ともないみたい。よかった。
ホッと息を吐いて座ったまま、辺りを見回す。一体あの光はなんだったんだろう?地盤沈下?でも光る意味が分からない。
「は?」
辺りを見回して私は驚いた。
「ここどこ?」
外にいたはずなのに、今いるのは明らかに室内。天井が高い、洋風な建物の中に私とタロウはいた。
「お前は誰だ!なぜ急に現れた!」
いや、お前が誰だよ。思ったけれど口には出さなかった。だってその人物があまりにも怪しい格好をしていたから。
その人物は西洋の鎧っぽいものを着ていた。実物を見たことが無いから本当に鎧かどうかは分からない。
その鎧もところどころ凹んでいたり、欠けていたりしている。
そして手には剣っぽいものを持っている。実物を・・・以下同文。
よく見たらこの人傷だらけだ。至る所から血が流れている。足元には血だまりが。
周りを見渡してみると服装の違いなどはあるけれど、この人と同じような状態になっている人たちが何人もいた。
中には女の人もちらほらといる。わぉ、際どい所まで服が破れてますよ。周りの男の人達眼福ですね!
「誰だと聞いている!」
先ほどと同じ声。もしかして映画の撮影か何かだろうか?だとしたらタイミングの悪い所に落ちてしまった。撮り直しだろうね、申し訳ない。
「あー、すみません。犬の散歩の最中に穴に落ちてしまったみたいで。すぐに出て行きますので出口教えてもらっていいですか?」
ほら。と可愛いタロウを見せる。知らない人を見て警戒してヴゥーと唸っているタロウ、なんて頼もしい!
「なんだ、その生き物は」
お前がなんだ。こんな可愛い生き物、犬以外いるわけないでしょう!
あ、もしかしてそういう設定なのかな?だとしたら、私が落ちたところでNGなので演技続けなくていいんですよ?
「いつまで続けるんですか?っていうかカメラはどこです?ADの人とかどこにいるんですか?」
そう言いながら監督が「ダメだよそんなこといっちゃ~」とか言いながら登場するのを待つ。
あのカーテンの後ろからとか出てきそう。そう思って待っているけれど誰も出てくる気配はない。
それじゃああの衝立の後ろとか?それとも私の後ろの扉からだろうか?それとも意表をついてあの少し割れたガラス窓の外からかな?
そう思って待つけれど誰も出てこない。あれ?まだ続けるの?素人にドッキリ仕掛けても、面白くもなんともないよ?
「お前は何を言っているんだ!もういい!早く逃げろ!!」
は?逃げる?アンタこそ何言ってんの?なんで逃げなくちゃいけない訳?はぁ、もう撮影はいいから。
そう思いながらタロウを腕の中に戻す。
トス
タロウを腕の中に戻した瞬間、私の横に何か刺さった。
ゆっくりと横を見る。そこには折れた剣の先が刺さっていた。
え、なにこれ?小道具じゃないの?なんで石の床に刺さっているの?
突然のことに頭が働かない。ゆっくりと視線を前に戻す。そこには変わらず鎧のようなものを付けた人がこちらを見ている。この人が投げたの?
いや、違う。この人の後ろにもう一人、誰かいる。
今まで気づかなかったのはなぜ?
こんなにも大きくて、禍々しい存在なのに。
「ようやく我に気が付いたか。小物よ」
声を聴いた瞬間、血の気が引いた。本当にこれは声?恐怖でしかない。
思わず腕の力が抜けてしまう。その瞬間、タロウが私の腕の中から飛び出してしまった。
「タロウ!ダメ!!」
タロウは小さいのだ、あんな恐ろしい物に敵うわけがない!
恐怖で動かなかった体に鞭を打って、私はタロウの後を追いかけた。けど、体が震えてうまく動けない。
「ワン、ワンワン!」
なんだお前!ご主人をいじめるな!と言わんばかりに勇ましく吠えたてるタロウ。こんな時にそんな勇気を見せないで!
「タロウ!戻って!!」
何とか体を動かしてタロウの元へと駆けつける。
恐ろしい何かに吠えたてるタロウに手を伸ばすが、スルリとタロウは私の腕をすり抜けてその恐ろしい何かの右足首に噛みついた。
ーーーーー!!!!!!ーーーーーー
その瞬間、聞いた事の無い音が辺りに響いた。そしてその後に何か重たいものが倒れる音が辺りに響く。
聞いた事の無い音が恐ろしい何かの叫び声だと気付いたのは、タロウが私の元に走り寄って来てからだった。
ご主人、褒めて?と言わんばかりに尻尾をブンブンと振っている。そんな顔しても可愛いだけですよ!
震える手でタロウを抱き上げる。
タロウ、あなたいったい何をしたの?あの恐ろしいものはどうなったの?
ちょっと落ち着こうとタロウの頭を撫でる。何度も撫でているうちに落ち着いてきて、体の震えは治まった。
そして先ほどの事を思い出す。私の顔から血の気が引いた。
「タロウ!噛んじゃダメでしょう!」
犬の飼い主として最も恐れていることが起きてしまった。
噛んだ。人なのかどうかは謎だけれど、これはどう考えてもこちらに非がある。
どうしよう、最悪殺処分になってしまう。それだけは何としても避けたい。
怖いけれど、先ほどの怖い何かに近づく。
鎧っぽいものを付けた人物も私が声を出したことで体の硬直が解けたみたいで動き出した。
「待て、俺が見に行く」
近づこうとした私を腕で遮り、折れた剣を構えて恐ろしい何かに近づいて行く。そしてその恐ろしい何かを折れた剣でつついた。
つつかれた恐ろしい何かは動きもしない。もしかして噛まれたことでショック状態にでも陥ってしまったのだろうか?
だとしたら大変だ!命を落としてしまったらどう頑張ってもタロウの処分は免れない。
「倒し、たのか?」
ぼろぼろの長い服を着た長髪の男の人が、鎧っぽいものを身に着けている人に声を掛ける。その声に鎧っぽいものを付けている人は静かに頷いた。
「ああ、死んでいる」
その言葉にさぁっと私の顔から血の気が引いた。どうしよう、どうしよう、どうしよう!
私はその場に立ち尽くす。パニックに陥りそうになった時、周りの人たちから雄たけびが!
「「「「わぁぁぁぁあああ!!!!!!」」」
余りの声の大きさに思わずタロウの耳を塞ぐ。いや、何となく犬の方が聴力良さそうだから。
なに?なんでこの人たち喜んでいるの?
中には抱き合って喜んでいる人たちもいる。カップルかな?
私はタロウを抱えたまま、きょとんとした顔で辺りを見回す。え、なんでみんな私を怒らないの?
人、ではないと思うけれど何かを殺してしまったんでしょう?なんでそんなに喜んでいるの?
頭の中で?が飛び交う。
「ありがとうございます!あなたのおかげで魔王を倒すことが出来ました!まさか魔王の心臓が右の足首にあるだなんて思いもしませんでした!」
「本当です!どうしてわかったんですか?」
「心臓の位置がわからなくて、どこを攻撃しても甦ってしまっていたのに。あの絶望は忘れられません」
「どこのどなたかは知りませんがありがとうございます!」
なんかものすごい勢いで人が寄ってきて各々に言葉を発する。え?最初の人、なんて言ってた?
「まおう?」
「そうです!もう何千、何万という人間が犠牲になりました。それをあなたは。猛獣使いですか?それとも精霊使いですか?」
えっと。何のことだか。確認ですがここ、映画か何かのセットじゃないの?え、映画って何か?説明しづらい。聞こえなかったふりをしておこう。
「その尊い生き物様の名前を教えてください!」
「その生き物様のおかげで魔王を倒すことが出来たのですから!それでその生き物様は猛獣ですか?それとも精霊ですか?」
いきものさまってゴロが悪いな。
「えっと、この子の名前はタロウです。種類は犬です」
たくさんの人に注目されて、ちょっと嬉しそうなタロウ。瞳がキラキラと輝いています。タロウ、可愛いな!
「い、ぬ?ですか?猛獣ですか?それとも精霊?」
「犬は猛獣にはいるのかな?けど、タロウはとってもいい子なんです!普段はこんなに吠えたりしないし、まして噛みつくだなんてことありませんでした。とりあえず精霊ではないです」
精霊ってそんなおとぎ話じゃあるまいし。
「あとタロウは家族で、私は猛獣使い?精霊使い?とかではないです」
ペットっていう言葉は好きじゃないから家族です。私の愛すべき存在です!
「なんと!この生き物様・・・ではなく、タロウ様は自らの意志で魔王を討ったというのですか!」
「こんなにもお身体が小さいというのに何たる勇気!」
「素晴らしき存在だ!」
「英雄だ!タロウ様はこの世界の英雄だ!」
英雄!英雄!と、英雄コールが辺りに響き渡る。あまりの声の大きさにタロウの尻尾は止まって、耳が後ろに倒れてきている。
「あの!あまり大きな声で叫ばれると、タロウが怖がるので・・・」
浮かれている所を申し訳ないのですが、もう少し声のトーンを落としてください。
「!気が付きませんで申し訳ございませんでした!!」
「タロウ様、お気を悪くされていませんでしょうか!?」
それだけ言うと、皆ピタッと静かになった。
タロウはご機嫌な顔で尻尾を振ってます。どうやら機嫌は直ったみたいですね。
「話は変わりますけれど、ここはどこですか?そして魔王って何ですか?」
私の質問に答えてくれたのは鎧っぽいものを着た人でした。
「さっきもそんなことを言っていたな。ここはワーレント魔国。魔王がいた国だ。そして俺たちはセルシア王国、サンサイレ王国、ガイロナ王国から集められてきた。冒険者たちも何人かいるがどこから来たかは自分で聞くといい。それでお前はどこから来たんだ?」
えーと、もう一回聞いてもいいかな?なんか知らない国名聞こえた気がしたんだけれど。なんとか王国とか聞こえた気がするんだけれど。私の記憶が確かならば、そんな王国地球には無かった気がするんだけれど。
「・・・どうした?」
私の顔が引きつっていたのが分かったんだろう。鎧っぽいものをきた人がちょっと心配そうに聞いてきた。
「ここ、日本じゃない、ですよ、ね?」
「・・・・・・・・」
なんで黙って顔を逸らすの!?かわいそうな人を見る目で私を見ないで!!
認めます、認めますよ!ここは日本どころか地球じゃないって!
映画の撮影かって自分を誤魔化そうとしていたけれど、どう見てもここ地球じゃない。
理由は簡単。見ないようにしていたけれど、窓から見える空には月が4つも出ているのだから!月、そんなに必要ないよね!?
あと映画のセットと思い込もうとしたけれど、どうやっても無理があるもの!だって窓の外には羽のついた巨大トカゲが空を飛んでいるのですもの!あれが機械だなんて思えない!バサバサ羽が動いているもの!!
頭の中がパニックだ。無意識に手がタロウの頭を撫でる。嬉しそうな顔で私を見つめるタロウ。心の安定剤です。
はぁ、落ち着いてきた。
「すみません、少し混乱していたようです。ここはどういうところなんですか?」
「さっきも言ったように、ここはワーレント魔国。俺たちは魔王を倒しに集められてた勇者一行だ。魔物の数が多いから、冒険者たちにも手伝ってもらって、魔王を倒しに来たのだが・・・結果は見ても通りだ。タロウ様が現れなかったら、この世界は滅んでいた事だろう」
なんか大きな話だな。まさかの世界の存続がかかっていただなんて。
「改めて礼を言わせてくれないか?タロウ様、この世界を救って頂き、誠にありがとうございます。皆を代表し、勇者クロード・イルフテッツが感謝いたします」
そう言って鎧っぽいものを着た人が兜を取る。茶色い髪に茶色い瞳。うん、普通だ。日本人よりもちょっと顔の彫りが深いけれど、その辺にいそうな兄ちゃんだ。勇者とかいうからイケメンかと思った。←失礼
「ご丁寧にどうも。タロウ、ありがとうって」
そう言ってタロウを勇者の方に向ける。この人誰?と首を傾げた後、私の方を振り向くタロウ。あなたは天使ですか!そうだよね、知らない人だもんね!
よしよしと頭を撫でてあげると、満足そうな顔で私の顔を舐めてくる。くすぐったいからやめてください。
「お話の途中にすみません、いいですか?」
そう言って話に割り込んできた人がいる。この人も茶色い頭に茶色い瞳。イケメンではない。
「私はガイロナ王国第4王子、セイリス・ログ・ガイロナと言います。タロウ様には感謝してもしきれません」
「それはどうも」
この人は王子様か。明るい茶髪に黒い瞳。普通だな。王子というからてっきりイケメンかと思ったがものすごく普通だ。この世界にイケメンはいないのか。←やっぱり失礼
「王子、あまり近づきませんよう」
そう言ったのはぼろぼろの長い服を着た長髪の男だ。お、この人はちょっとイケメンだ。金髪で紫の瞳。
身長は高いがちょっと痩せすぎている。そのせいか冷たそうな印象だ。
「そう、警戒するな。魔王を倒してくれた英雄様のご家族だ。失礼だぞ」
そうだそうだ、失礼だ。イケメンだけれど第一印象は最悪だ。わかりやすく不機嫌な雰囲気を醸し出していると、王子にそう言われてしぶしぶ申し訳ございませんと謝ってきた。
「ッチ。魔王の心臓の場所さえ解っていたならこんな奴に頭を下げなくても済んだものを」
聴こえてるんですけど。顔を背けて小声で言ったつもりなんだろうけれど丸聞こえだったんですけれど!
「ロイエン!」
王子に怒られて不貞腐れた顔で一礼した後、少し後ろの方へと下がった。睨みつけてきているようだけれど無視だ、無視。
ロイエンと言われた人から顔を背けていると、自称勇者が苦笑いしながら私に謝る。あ、王子様がロイエンの腕を引っ張ってどっかに行った。うん、ロイエンは偉い人に怒られるといいよ。はっはっは、ざまーみろ!
「俺の仲間が失礼なことを。どうか許してやってくれませんか。あいつ何度も魔王に攻撃をしていたんだがその度に魔王の傷はふさがってしまって。英雄様のひと噛みで倒されてたのがよっぽど悔しかったんだと
思います。あいつ自分の魔法に絶対の自信を持っていたから」
そんなん知らんがな。私に関係ないし、命の恩人ならなおさらあの態度は頂けない。ちゃんと躾しなおした方がいいですよ。
「それであなたの名前は?」
自称勇者は私の名前を聞いてきた。そう言えばタロウの名前は聞かれたけれど、自分の名前を聞かれていなかったことを思い出す。
「私?私の名前は斉藤佳奈」
「サイトウカナ?変わった名前ですね」
「ああ、斉藤だけでいいわ」
「サイトウ、様ですか?」
私は気軽に名前を呼ばせるような女じゃないので、苗字でお願いします。仲良くなった人にしか名前を呼ばれたくないタイプです。
「様はいらないわ。タロウにも様はいらない。あ、今更なんだけれど勇者様と王子様にこの口調はまずかったかしら?」
本当に今更だ。年下だったからうっかりため口で喋っちゃったけれど、勇者様や王子様なら丁寧語で喋らないとまずかった?
「いや、俺は気にませんが王子にその口調はちょっと」
笑いながら教えてくれた。ふむ、やっぱりまずかったようだ。聞いといてよかった。今なら無かったことにできるだろう。
「教えてくれてありがとう。あなたもさっきの口調でいいわよ。クロードさん、でよかったかしら?」
自称勇者改めクロードにお礼を言う。そして言いなれていないだろうから口調も戻してもらう。
「クロードと。よかった、言いなれてなかったから助かった」
そう言って笑う。うん、どこにでもいる茶髪の兄ちゃんだ。とても親しみが持てる。
私とクロードが和やかに話をしていると、先ほどの際どい所まで見えていたお姉さんがこちらにやってきた。近くで見てみるとセクシー美女だった。お姉さん、ナイスなボディーの持ち主ですね。
「タロウ様、サイトウ様お話し中申し訳ございません。クロード、あなたも怪我をしているでしょう?こっちに来て」
そう言えば血だまりがあったような?クロードの足元を見てみる。うん、まだ血止まってないね。というかそれだけ出血していてよく倒れないね。さすが勇者だね!
「サイトウ、すまないが少し待っていてもらえるか?すぐに治してもらうから」
すぐ治る?いや、病院に行かないと無理でしょう。あれだけ血が出ていたのなら輸血が必要だと思う。
そう思ってみていると、セクシー美女がクロードを床に座らせて、後ろに周り膝立ちになる。そして背中に手をかざした。
「癒しの光よ」
そう言うとかざしている手が光り始めた。その光がクロードを包み込む。全身から光を放つクロード。ちょっと面白い。暫く光った後、徐々に光は消えて行った。
もしかしてこれは魔法というものだろうか。初めて見た。美女がやるから神々しさは倍増だ。
ロイエンも美形だったから、この世界は美形しか魔法が使えないのかもしれない。
「ありがとう、助かった」
「どういたしまして。それじゃあ私は違う人の所に行ってくるわ」
美女はそう言って違う人の所へと行ってしまった。あとでサイトウ様を紹介してねとウインク付きだ。私が男だったら惚れている。彼女にだったら名前で呼ばれてもいい。
美女の去って行った方を見ていると、いつの間にか王子様が戻って来ていた。傍らにはちょっと青ざめた表情のロイエンがいる。王子様よ、何をした。
「サイトウ様、よろしければ私の国に来てはくれませんか?そこで英雄、タロウ様を国の者たちに紹介したいのです」
タロウを皆に紹介したいとな?テレビに似たものがあるのだろうか?
「もともと魔王を倒したらお披露目としてパレードを開くことになっていたのです。そこにぜひタロウ様にも参加していただきたいのです」
ふむ、タロウの可愛さをみんなに披露したいという事ですか?うむ、よろしい!存分にタロウの可愛さを広めてくれるといいですよ!
私が頷くと王子様はにっこりと笑ってよかったと私の右手を取って握ってきた。ちょっと離してください、なれなれしいですよ。
抱っこしていたタロウが小さい声でヴゥーと唸った。タロウの唸り声が聞こえたのか王子様は私の手を離した。タロウはきっと私の感情を読み取ったのだろう。なんてお利口なタロウ!
王子様からはちょっと距離を取る。セクハラ、ダメ、絶対!
王子様はちょっと困った顔をしながら笑ってそろそろ帰りましょうかと言い出した。
そんなにすぐ帰れるものなのだろうか?残党狩りとかしなくていいの?
そう思いながらクロードの方を見ると、もう敵は全部倒したからと教えてくれた。魔王にたどり着く前に倒したそうですよ。
冒険者たちが最後にもう一度倒し忘れはいないか見回りしてから国に戻ってくるらしい。そのための冒険者だそうです。
「それでは帰りましょう。サイトウ様、こちらへ」
そう言って王子はロイエンの方へと私たちを呼ぶ。冒険者っぽい人達を除いた人たちがわらわらと集まってきた。そしてロイエンはゆっくりと片手を上げる。
「ガイロナ王国、王城広間へ。転移」
そう言うとロイエンの手が光りだした。眩しくて目を瞑る。そして目を開けるとそこは知らない所だった。
おお、魔法だ!一瞬で場所が変わった!
硬い石で作られていた床が赤いフワフワの絨毯へと変わっている!
思わず絨毯を踏みしめていると視線を感じた。顔を上げるとロイエンが馬鹿にした顔でこちらを見ている。
イラっとした。
「ようこそ、ガイロナ王国へ。さあ、お疲れでしょうから今日はお休みください。客室へご案内いたしましょう」
王子様が私の方へやって来てそう言った。あれ?王様とかに報告とかしなくていいの?そう思いながら広間から廊下へと続いているであろう扉から出ると、割れんばかりの拍手が。
「ありがとうございます!サイトウ様、タロウ様!」
「よく魔王を倒してくださいました!」
「サイトウ様とタロウ様に感謝を!!」
ビックリした!心臓が止まるかと思いましたよ!タロウも驚いてちょっと震えている。隣にいたクロードの服を引っ張ってこれはどういうことか尋ねる。
「ああ、魔法で中継されていたからな」
何でも各国の王様お抱えの魔法使いたちが、それぞれの国で中継していたとの事。なんと、魔王との闘い生中継でしたか!
「俺たちが倒されていたら、各国の王達だけでも避難させないといけなかったからな」
なるほど、王家の血を絶やさないようにするためですね。王家専属の魔法使い、騎士達が命がけで守るのだそうです。国民は各々で逃げるんだって。人間は数が多いからそう簡単には全滅しないというのが理由です。
因みにクロードたちが負けていたら花火を上げて合図し、国民一斉に逃げ出す手はずになっていたとの事。バラバラに逃げて生存率を上げるんだって。何はともあれ、魔王が倒されてよかったですね!
クロードにもう少し静かにしてもらえるように伝えると、いろんな人たちに伝わってじわじわと静かになっていった。タロウの震えも無くなった。
「サイトウ様、こちらへ」
そう言って王子様はさり気なく私の手を持って歩き出す。もしこの手を振り払ったら、ここに居る人間敵に回すこと間違いないね。仕方ない、部屋まで我慢するか。
流石王城、広いですね。5分位歩いたのに、まだ部屋に着かないよ。さっきの部屋に戻れって言われても自力で戻れる自信は無い。なんかクネクネと曲がるから方向感覚がなくなるなぁ。
なんてことを思ったいたらようやく部屋へたどり着いた。なんか立派な扉だな。ぽけーっと扉を見ていると横からクスクスと笑い声が聞こえた。あ、王子様の存在忘れてた。田舎者丸出しだったね!
食事は部屋まで運ばせます、何かあったら遠慮なく申し付けてください。そう王子様が付け加える。
立派な扉を開けてもらうと中は私の住んでいる部屋の3倍はあろうかという広さ。部屋の隅にある花瓶は壊したら私が一生働いても返せない金額であろうというのが手に取るようにわかる。
金持ちの国のホテルにあるロイヤルでスウィートな部屋のさらに上、マスターベッドルームというものじゃ?
しれっと一緒に部屋に入ってきた王子様に、ここは動物オッケーなのか尋ねる。英雄様を泊めるのにここ以外は考えられないと言われました。
もしタロウが粗相したらこの絨毯買取になるのだろうか?うん、一生かかっても払えない。それならゲージのようなものは無いか尋ねると、何に使うのかと逆に聞かれた。万が一タロウが失敗して汚したらいけないので、タロウをゲージの中に入れておきますと伝えると、汚しても構いませんと言われた。もちろんベッドも使ってくださいって。英雄凄いな!
「サイトウ様のお部屋は隣になります」
「は?」
一緒の部屋じゃないの?というかタロウを一人にできません!そのことを伝えると、しぶしぶながら一緒の部屋でいることを許可された。こんな広い部屋に一人にされたらタロウが不安になるってわからないのかね!
王子様、ニコニコしながら隣にいるけれどいつになったら出て行ってくれるんだろう。早く2人でくつろぎたいのに。
じろりと王子様の方を見るとなんですかと言った顔でこちらを見てくる。察してはくれなかった。いや、もしかしてわかっててここに居るのだろうか?だとしたらとんだ曲者王子様だ。
「食事は2人だけでお願いします」
「はい、わかりました。食べれないものなど無いですか?」
「タロウのは味付けしない肉、魚類は骨を外してください」
「わかりました」
私は何でも大丈夫ですと付け加える。どんなものが出てくるかわからないから大雑把な説明のみ行う。実物を見て、ダメそうなものは私がよければいいだろう。
王子様を部屋から追い出して、食事が運ばれてくるのを待つ。暫く待っていると、まずは大きめのテーブル普通サイズの椅子一脚、座面高めの椅子が一脚運ばれてきた。なんでテーブル?と思っていると、その上にどこの宮廷料理だと言わんばかりの品物が運ばれ並べられていく。
隙間なく並べられた料理たち。思わず涎が垂れそうになりました。あ、タロウはすでに垂れてる!