招待状
拝啓
彩橋一星殿
ネクロパ嬢
貴下ますますご清栄のことと存じます。
時局いよいよ帝国臣民皆総力を結集すべき状況になってまいりました。
いかがお過ごしでしょうか。
さて、わたくしは西方帝国に住まう淫魔でありますが、あなた方の話に触れ感銘を受けました。つきましては我が邸宅に招きたく思います。
戦時下の国に招くという事で多少の難点はございますが、一度私どもの国に訪れていただきたく思います。
同じ淫魔と云えども世界が違えば生態も変わり、風習も変わる。その違いを楽しんでいただけたら幸いです。
敬具
帝国貴族 Wilhelmina von Passchendaele
追伸
切符は同封した通り帝都中央発第901列車にご乗車いただければ26時間で着きます。
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こんな手紙がいつの間にかテーブルの上に置いてあった。封筒に切手もなく、ただただそこに『在った』。それは確固たる存在感を放ち、読めとばかりにその価値主張していた。だから一星がそれを手に取るのは必然であり必定であった。そしてその中で気になる複数の文言を以ってネクロパに相談するのは当然のことでもある。
差出人が淫魔であるところを捕らえて彼は問う。
「知り合い?」
「いえ、そもそも西方帝国って言うのもどこのことだかわかりませんし」
そんな国はそもそもこの世界にありはしない。Österreich、すなわち東方の帝国を名乗る国家は存在するが。
更に彼らの目を引いたのはまるでそれが存在していることを知られる標桿の役割を果たす部分だった。『あなた方の話に触れ』
「これってもしかして。君がたまに行くサモナーって言うターミナルを経由しての手紙じゃないかな?」
ターミナルとは本来意義において終着駅のことを示す言葉である。そして日本国以外において多くは頭端式となっている。頭端式とは列車の先頭がまっちょくにいけば建物などで遮られている形のことで、日本において最初に開業したときの旧新橋停車場跡はそういった形式である。確かにあの空間は多数の世界からつながる道が集まっているどんづまり形式の駅をほうふつとさせた。まさに結節点である。
「たしかに。この不可解ないくつかの文面は、そう考えるべき、ですね」
「で、ぼくらを名指ししてるけど。どうする?」
その声は新しいおもちゃを手に入れた少年がそれで初めて遊ぶ時のような、期待にあふれた声であった。別のたとえを言うならば、初めて蒸気機関車に乗りに行った時の少年のようともいえる。
「そんな、期待に目を輝かせて聞きますか? それ、答えを『はい』か『イエス』に固定したようなものですよ」
「だって、異世界の。ある意味では本物のサキュバスかもしれないじゃないか。そんな人からお誘いを受けたんだ。男子としては断る理由がないからね」
「はいはい。色気も魅力も、魔力もないサキュバスですよ。どうせわたしは。吸われてひからびればいいのに」
あきれたような声を、じとっとした視線と共に投げかける。しかし一星はそれを意に介さないかのようにふるまう。
「なにを言うんだ。ヴァンシーをむりやりにでも泣かせるつもりかい? 君は」
そう言って急に真顔になって見せるが、声はおどけた調子のままだ。それにたいしてあきれをさらに強くにじませて答える。
「変に紳士見せるのやめてくれませんか?」
「変に、とは心外だなぁ。ぼくはいつだって紳士じゃないか」
「あまり話し込むとややこしいことになります。さっさと支度をしてしまいましょう」
「つれないなぁ。わかった、そうしようか」