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百年経ったら

作者: 調彩雨
掲載日:2018/06/01

 

 

 

 死に逝く女を見下ろしていると、そのくれないの唇が呼気以外のものを吐き出した。


「百年、待っていて下さい」


 女の身体は瑞々しく、長い髪は黒々と艶めき、まるで死ぬようには見えなかった。

 けれど、もう、死ぬだろうなと思った。


 最期の一時まで見送るのが、自分の定めだ。

 感傷もなく、ただ義務として見下ろしていた私に、しかし女は声を掛けた。


「百年経ったら、逢いに来ますから」


 私が、惜しむ、と思ったのだろうか。だから、慰めにこんなことを言うのか。


「そうか」


 何気なく頷き、だが、ひとに百年は長過ぎるだろうと気付いた。


「しかし、私はあと百年も生きられるだろうか」


 問い掛けた私に、女は答えず、ただ、微笑んで見せた。女の細い指が、私の手に絡む。

 きゅ、とその指に力が入った。


「必ず、待っていて下さいね」




 それから、ふと、その女のことを考えるようになった。


 あれは、気付いていたのだろうか。

 逢いに来るとは、どうやってだろうか。

 なぜ、百年なのだろうか。

 なぜ、あんなことを言ったのだろうか。


 ひとりの人間について、これほど時間を割いたことなどないと思うほどに、女のことを考えた。

 ひとの最期を見送るたびに、これは待てと言わないのかと思った。


 そうしてふと、ああ、じきに百年が経つなと思う。


 本当に、あれは来るのだろうか。しかし、どうやって?


 女のことを考えることが、多くなった。


 しかして、百年が経ったとき、女は逢いに来なかった。


 ああ、やはりかと思いながらも、どこかでがっかりと、裏切られたような心地がした。

 そんな風に、たかだかひとの女ひとりに揺り動かされる自分を、滑稽に感じながら。


 あれはただ、慰めとして、あんなことを口にしたのだろう。

 当然だ。ひとは、百年も生きられぬのだから、百年待てるわけがない。

 お互いに約定を破るならば、なんと言うこともない。現世に遺して逝く恋人に希望を与えるための、優しき嘘だ。


 私がひとでなかったから、女だけが約定を破ったことになったと言う、詮なき話なのだ。


 そう、納得しつつもやはり、女のことを考えずにはいられなかった。




 そうして、気付けば、二百年さえ過ぎていた。


「ああ、ようやく会えました」


 唐突に掛けられた言葉に、しかし私はすぐ怨み言を口にした。


「百年、と言う約束だったろう」


 非難がましい口調で言ったにもかかわらず、女は嬉しそうに笑った。


「なぜ、笑うんだい」


 訳もわからず問い掛ければ、女は益々嬉しそうにする。


「だって、嬉しいのですもの」


 女の手が、私の手を掴む。


「どうしてだい」


 ああ、生きている、と思った。


「だって、誰も特別にしないあなたの、特別になれましたから」


 また、一緒にいて下さいねと、私の手を握ったまま、女は言った。


「また、一緒にいて、わたしが死んだらまた、百年、待っていて下さい」


 今は生きていても、すぐ、死ぬのだろうなと、思う。


「百年経ったら、また、逢いに来ますから」


 次は何年、待たされるのだろうか。


 待つことを疑わず、私はそう思った。

 

 

 

拙いお話をお読み頂きありがとうございました

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