百年経ったら
死に逝く女を見下ろしていると、その紅の唇が呼気以外のものを吐き出した。
「百年、待っていて下さい」
女の身体は瑞々しく、長い髪は黒々と艶めき、まるで死ぬようには見えなかった。
けれど、もう、死ぬだろうなと思った。
最期の一時まで見送るのが、自分の定めだ。
感傷もなく、ただ義務として見下ろしていた私に、しかし女は声を掛けた。
「百年経ったら、逢いに来ますから」
私が、惜しむ、と思ったのだろうか。だから、慰めにこんなことを言うのか。
「そうか」
何気なく頷き、だが、ひとに百年は長過ぎるだろうと気付いた。
「しかし、私はあと百年も生きられるだろうか」
問い掛けた私に、女は答えず、ただ、微笑んで見せた。女の細い指が、私の手に絡む。
きゅ、とその指に力が入った。
「必ず、待っていて下さいね」
それから、ふと、その女のことを考えるようになった。
あれは、気付いていたのだろうか。
逢いに来るとは、どうやってだろうか。
なぜ、百年なのだろうか。
なぜ、あんなことを言ったのだろうか。
ひとりの人間について、これほど時間を割いたことなどないと思うほどに、女のことを考えた。
ひとの最期を見送るたびに、これは待てと言わないのかと思った。
そうしてふと、ああ、じきに百年が経つなと思う。
本当に、あれは来るのだろうか。しかし、どうやって?
女のことを考えることが、多くなった。
しかして、百年が経ったとき、女は逢いに来なかった。
ああ、やはりかと思いながらも、どこかでがっかりと、裏切られたような心地がした。
そんな風に、たかだかひとの女ひとりに揺り動かされる自分を、滑稽に感じながら。
あれはただ、慰めとして、あんなことを口にしたのだろう。
当然だ。ひとは、百年も生きられぬのだから、百年待てるわけがない。
お互いに約定を破るならば、なんと言うこともない。現世に遺して逝く恋人に希望を与えるための、優しき嘘だ。
私がひとでなかったから、女だけが約定を破ったことになったと言う、詮なき話なのだ。
そう、納得しつつもやはり、女のことを考えずにはいられなかった。
そうして、気付けば、二百年さえ過ぎていた。
「ああ、ようやく会えました」
唐突に掛けられた言葉に、しかし私はすぐ怨み言を口にした。
「百年、と言う約束だったろう」
非難がましい口調で言ったにもかかわらず、女は嬉しそうに笑った。
「なぜ、笑うんだい」
訳もわからず問い掛ければ、女は益々嬉しそうにする。
「だって、嬉しいのですもの」
女の手が、私の手を掴む。
「どうしてだい」
ああ、生きている、と思った。
「だって、誰も特別にしないあなたの、特別になれましたから」
また、一緒にいて下さいねと、私の手を握ったまま、女は言った。
「また、一緒にいて、わたしが死んだらまた、百年、待っていて下さい」
今は生きていても、すぐ、死ぬのだろうなと、思う。
「百年経ったら、また、逢いに来ますから」
次は何年、待たされるのだろうか。
待つことを疑わず、私はそう思った。
拙いお話をお読み頂きありがとうございました




