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執事は腹話術で主人を助ける2

作者: はると
掲載日:2018/04/04

皺のない真っ白なシャツはいつまでも寝ていたい気分を吹き飛ばしてくれる。

寝癖のつかない長い前髪を横に流して上着を羽織れば自然と背筋が伸びる。

私室を出てジルスの部屋へと向かっていると、見知った栗色の髪の神官が前から歩いてきた。

カナリア姫を補佐する神官だ。

童顔でありながら長身で鍛えられた身真体。

真綿のようなふわふわした栗色の髪と、柔和な笑顔が会う女性達を魅了している。


「おはようサクラ。丁度良かった、これを姫に渡しておいてくれないかな」

「おはようございます。畏まりました」


そう言って受け取ろうとするが、相手が書類から手を離そうとしない。

にっこりと笑顔を作って首を傾げると、リオルも同じように笑顔で首を傾ける。

暫しの沈黙の後、私はそっと視線を逸らす。

キラキラと眩しい視覚効果から目を逸らすと、聴覚効果付きの甘い低音ボイスが耳を擽る。


「僕の胸に飛び込んできても良いんだよ?」

「神官と執事が抱き合っていたら大問題ですよ」

「服を着ていなかったら大丈夫?地位や職業を全て脱ぎ捨てて…」

「全然大丈夫じゃありません!」

「面白いなあ、サクラは。なんで落ちて来ないんだろう」

「私にはお側に居たいお方がおりますので」


セクハラ神官の手に堕ちるのは危険過ぎる。

目の前の人物はあくまで観賞用だ。


「ではそのお方へこちらの書類をお渡し下さい」

「畏まりました」


ようやく書類から手を離し、彼は余裕の笑顔で横を通り抜ける。

その時真っ白な神官服の襟元に赤い口紅が気が付いたけれど、敢えて何も言わない。

見た目も中身も強面な神官長に絞られてしまえばいい。

朝から若干の神経をすり減らしてしまった私は、早足に癒しの主の元へ歩いた。



渡された書類には明日会わなければいけない貴族の名前と、打ち合わせ程度の会話が書かれている。

私にも分かりやすく書かれた書類を用意してくれているのは、ジルスの事情を知っているリオルだ。


「『マルホッタ様に神のご加護がありますように』こんな感じで良いですか?』

「いいんじゃないか。それより加護の前にあの顎をどうにかするべきだな。会うたびに横に大きくなっている気がする」

「健康を気遣ってあげているジルス様。素敵です」

「皮肉だからな。それより風邪は治ったのか?」

「あ、はい。風邪と言っても喉の調子が悪かっただけですが、ご迷惑お掛けしました」


三日前から喉の調子が悪かった私。

日常会話は問題がないものの、喉の痛みの悪化を防ぐためにも昨日一昨日と祈りの儀式である「唄」を休ませてもらっていた。

「唄」には歌詞がある訳ではないけれど、腹話術で歌うことはなかなかの技術がいる。


「少なくとも俺は迷惑していない。サクラの歌が聞けないのは残念だけどな」


そんなお世辞に喉がつまるような感動に震えていると、ジルスが心配そうに見てきた。

大丈夫。

喉を押さえながらもそんなジェスチャーをすると、ああいつものかと呆れたように溜め息をつかれた。


「失礼しました。ところで最近のカナリア姫の動向は?」

「なしだ。まったく、いつになったら帰ってくるんだ」


いつまで誤魔化せるとも分からない状況に胃をキリキリさせている主人を少しでも癒してあげようと紅茶を入れようと準備を始める。

棚から取り出した白いカップは、香りや色を楽しむために浅く作られたジルスのお気に入りだ。


「…あー。サクラ、紅茶は大丈夫だ」

「そうですか?身体の緊張を解すハーブティの入れ方を教わったんですが残念です」

「…今日は暑いからな。レモン水が飲みたい」

「はい」


仕方ないので準備していた茶葉を棚へと戻す。


「あ、レモン水に塩を入れてみますか?塩は夏バテにいいらしいです」

「大丈夫だ。普通でいい。普通でいいんだ 」

「そうですか」


何故か必死なジルスに首を傾げながらも、普通のレモン水を渡す。

それを一気に飲み干したジルスは、どこかほっとしたようは面持ちだ。


「そういえばレモンは疲労効果があるらしいですね。お疲れのようですし、一枚、二枚とは言わずに二、三個入れてみては…」

「大丈夫だから!俺は大丈夫だから!」

「…そうですか」


何故そこまで遠慮するんだろう。

その日の夕方。

何となくテンションが上がらず仕事をしていた私に、ジルスから紅茶の催促があった。

嬉々として茶葉の準備をする私の背後で、苦虫を潰した表情のジルスと苦笑するリオルがいたことを私は知らない。





「今日も一段とお美しいですな、カナリア姫様」


白い豚ことマルホッタ伯爵は、二重三重となった顎を揺らしながら笑う。

話しかけられたカナリア姫ことジルスは、マルホッタ伯爵にただ微笑みを浮かべる。

しまった面倒なことになったという笑みだ。


「私が何不自由なく暮らしていけるのはカナリア姫のご加護のお陰でございます」

「…それはなりよりでございます」


なんと言っていいか分からない私は、とりあえず当たり障りなく返答する。

ジルスも私の返答に合わせて口を動かす。

それにしても面倒なことになった。

午前中の仕事が終わり、後はのんびりする予定で庭園へと来た途端マルホッタに出くわしのだ。


「今貴女とお会いできたのはまさに運命。再び清らかな鳥のさえずりを聞かせてはくれないでしょうか」


必要以上に距離を詰めてこようとするマルホッタ。

周囲には人気がない。

人を呼ぶ間ジルスを一人にするわけにはいかず、意を決して二人の間に入る。

向かいあった瞬間怯んだような表情を見せたが、私が丁寧にお辞儀をすると馬鹿にしたように鼻で笑う。


「何だお前は」

「私は姫の執事、サクラでございます」

「はん!そんなこと知っている!護衛でもないくせに、いつもいつも腰巾着のように着いて回っているからな!」


何となく感じ取ってはいたが、彼は私のことがお気に召さないらしい。

まあ、私もだけど。

思いの外縦にも大きいマルホッタは、私を見下ろしながら低いうなり声をだす。


「誰の許可を得て私と姫の会話を邪魔をする!」

「マルホッタ様は誰の許可を得てカナリア姫と会話なさっているのですか?」

「な!?」


あ、しまった。

つい口に出してしまった言葉に白豚の顔が真っ赤に染まり、わなわなと口許を震わせ始める。

思わず仰け反る私にマルホッタが一歩踏み出した瞬間、金色の髪が目の前の赤豚を遮った。

振り返ったジルスの蒼い瞳を見て一瞬で冷静になる。


「…マルホッタ様。この庭園は関係者以外立ち入り禁止ですわ」

「あ、ああ。カナリア姫。これは大変失礼した。貴女のことを考えていたら迷いこんでしまったようで…」

「あら、大変。今すぐ人を呼んで案内させましょう」

「い、いいや結構!姫のお手を煩わせるわけにはいきません!それでは失礼致します!」


迷子になったと言いながら出口へと一目散に駆けていくマルホッタを呆れた目で見ていると、ジルスの怒りのオーラに背筋が伸びる。

視線を逸らして一歩下がった私に、ジルスは大きく溜め息をついた。


「サクラ」

「申し訳ありません。つい本音と言うか、ポロッと言ってしまいました」

「…俺はサクラなしでは生きていられない。ここで俺は声を持たないから」


さらりと心臓に悪いことを言うジルスは、髪が絡まるのを気にすることなく掻き回す。

反射的に櫛を取り出そうとした腕は、ジルスの強い視線に行き場をなくす。


「俺はサクラを危険な目に合わせることはしたくない。頼むからあんな危険人物の真正面に立とうと思わないでくれ」


少し羞恥の含んだ頬の色は破壊力抜群だ。

だがしかし、ここで身悶えようものなら暫く口を利いてもらえない。

耐える私にジルスは視線を泳がせながら口を開く。


「もう少しで妹が戻ってくるはずだ。ここを出れば俺も普通の男になれる。だから…」

「カナリア姫!」

「…リオルか?」


珍しく慌てた様子のリオルが神官服の裾をはためかせている。


「どうした?」

「こちらを」


息を切らしたリオルの手には封の切られていない封筒がある。


「私宛ではありますが」

「あいつか」


みなまで聞かずにびりびりと封を切ったジルス。

手紙に目を通している間、私とリオルは無言のまま目を見合わせていた。

読み進むにつれてぷるぷると震えるジルスの手に、良いことが書かれていないことだけは分かる。

この数秒後、獣の咆哮をあげようとするジルスを二人がかりで押し止めることになった。


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