首が欲しい
※聖書のエピソードが、戯曲やオペラと混じっています。更にエピ中の固有名詞は中国語仕様。
昔、大秦国の猶大という地に、希律という公がいました。
希律は兄から公位とその妻・希羅底を奪い、為に荒野に住まう邪教の徒・約翰に非難されたので牢にぶち込んだまではいいのですが、悪い事に約翰は民の支持を得ていたので殺すに殺せなかったのです。
希律はまた、希羅底の連れ子の娘・莎楽美にただならぬ興味を抱いておいででした。
そして彼の生誕の祝いの席で『望むものは何であろうと褒美に与えるから舞を披露せよ』と要求したのです。
莎楽美はその要求といやらしい視線から逃れるように約翰なる男を見物しに牢へ出かけたのです。
牢番以外は罪人との接触は禁じられていたのですが、莎楽美は宮中の近衛長を籠絡して約翰と対面を果たします。
莎楽美は、とても荒野を彷徨っていたとは思えぬ約翰の美貌に一目で心を奪われました。
しかし、約翰は不浄な女と非難している希羅底の腹から産まれた莎楽美には、呪いの様な言葉しか向けませんでした。
莎楽美は、『いつかその唇を得てやる』と約翰に宣言し、その言葉を聞いた近衛長は自害します。
亡骸に目もくれずに莎楽美は希律の元に戻り、その要求を聞き入れます。
七枚の紗を纏い現れた莎楽美は、舞の中で一枚ずつ紗を脱いでいき、最後には一糸纏わぬ姿を希律の前に現し、彼の欲望を満足させました。
希律は『何を望むか』と問い、莎楽美は――――
―――― 『銀の盆に乗せてある約翰の首』を望んだのです!
勿論希律はその思いがけない、処女に相応しくない願いを退けようと、自ら褒美を提案します。
最も美しい孔雀、国で一番大きな宝石、国の宝である法衣や聖壇の垂れ幕、果ては
『この猶大の半分でも呉れてやるから、約翰の首だけは止めてくれ!』
と、悲痛に叫びました。
しかし、莎楽美はあくまで約翰の首を欲し、譲ろうとしません。
一度約した手前、後には引けなくなった希律は、遂に約翰の斬首を命じたのです。
空気が死に絶えた様な沈黙の後、処刑人が約翰の首を、銀の盆に乗せて戻りました。
漸く望みのものを手に入れた莎楽美は、喜ぶ希羅底と恐れる希律を尻目にその首に愛と憎しみの言葉を吐き、遂にはその唇を奪ったのでした。
***
私は武衛将軍の邸へ男の形をして密かに出向き、面会を頼みました。
彼は私が誰であるかも気付きもせず、部屋に通しました。
『孫子遠。忘れたとは言わせまい、私が誰であるか』
その声を聞くや否や、彼は顔色を変えました。
『今私はお前の眼前に男の形をして立っているが、私の全てをその眼にしてみたいか』
彼は数瞬の後に、僅かに頷きました。
『私だけではない。この国の全てと、後宮の女達を手にしたいか』
今度はやや長く悩みましたが、やがて首を下に下げました。
『ならば私の望む物を手に入れて来い。さすれば今挙げた全てはお前の手中、更に異国の七つの紗の踊りも披露しようぞ』
今度は、では望みとは何か、と向こうから食いついてくる有様でした。
『踊りに使う紗か、それを造る蜀の絹か』
『違う』
『その身を飾る金の冠か、異国の宝珠か』
『いいえ』
『では』
『私が望むのは一つ――――諸葛元遜の首、それだけ』
一瞬、彼が息を呑んだのが解りました。
『お前にとっても決して悪い話ではない、そうだろう?』
『ああ、受けようとは思う、しかし―――』
『奴の悪知恵は計り知れない、とでも言いたいの?どうせ、自分一人じゃこっちが逆賊扱いで返り討ちになるとでも思っているんでしょう?ならば、場の性質を変えればいい』
『場の性質?』
『あの男はもう玉座にいる幼子など眼中にない。でもね、その幼子が一度詔を出せばあの男はもう逆賊よ。――― 後は流石に解るでしょ?』
なんで3世紀なのにオスカー・ワイルドの戯曲みたいな話が届くのかは、大陸間伝言ゲームこわいって事で。
はい、逆サロメ(巨爆)
諸葛恪の暗殺には、孫魯班が噛んでいてほしい。