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Salome  作者: はぐれイヌワシ
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枯れぬ花、枯れぬ泉


藪の向こうには、あばら家がぽつんとありました。

『とりあえず、ここでお待ち下さい』

家の奥の寝台へ、そっと私を横たえると、何処ぞへ消えました。


何一つ華美な物は御座いませんでしたが、身ぎれいにはしているようでした。


何か変わった物はないかと、寝台の周辺を見回してみようとした所で、男は着替えを持って来ました。

『おや、どうされました。血は時を増すごとに悪臭を発します、私の時もそうでした。脱いだ物はこちらで処分いたしますから、疾くお召し替え下さいませ』


私は男の方に向き直り、

『どうして、この様に至れり尽くせりなのかしら?お前の首を欲したのは、私なのよ?』


『―――ええ、其れが解らない私だとでもお思いでしたか?』


『じゃあ、あのまま見捨てて、私が野垂れ死にする所を眺めていればよかったんじゃないの?私が逆の立場であったら、そんなお前の姿をみて高笑いしてやるのに』


『私は貴女を救った心算はない。寧ろ、考え付く中でも最悪の報復をとった心算なのですが』



最悪の報復?

私は、私が『枯れぬ花』となった事がどう報復なのか、この時は全く解らなかったのです。


『貴女も、皇女として生まれ、名族に嫁ぎ、その謀で一時は栄華を極めました。最早、見るべきものは見たとでもお思いでしょう』


『とんでもないわ。まだまだ私は生きて、この身にこの世の楽しみを全て受け止める気よ。だから、独りでも都に戻ろうとしたんじゃないの』


『さあ、確かに貴女は枯れぬ花となった。しかし、これ以上若返る事も無い。確かに貴女はこれからも生を謳歌し、男達を惑わし続けるだろう。しかし、一向にそれ以上老いる事も無い貴女を、衆生はどの様な眼で見るでしょうかねぇ』


『化け物みたいだって?そんな物、名を変え家を変えればどうにでもなるわ。人々が入れ替わっても、この世は終わらない―――例え、呉が滅びようとも、ね』


男は、溜息をつき。


『呉が滅びようとも、か。はぁ…参った。貴女がそれでいいならそれでいいのでしょうが。とにかく、貴女が枯れぬ花になったという事は、だ。永遠に枯れ得ぬ水を、その身から絶えず溢れ出させている、という事でもあるのですよ。並のものならば、限られたその水が尽きぬ間に、じりじりと減らしながらいかようにでも生きる事が出来る。しかし、貴女は違う。何しろ全てのものが求めるその水が溢れ出しているのだ。皆、争うようにして貴女の水を求めるでしょう。そう、全てが』


私はいよいよ勝ち誇り。

『やはり、お前の報復は的外れのようね!ああ、お前は一度ならず二度までもこの私に敗北を喫したのよ!!私はこれからもこの世を楽しみ続けるだろう!!されど、お前は最早人と呼べるかどうか解らぬ身で、時たま世を騒がすぐらいしか出来ぬ!さあ諸葛元遜、敗北を認めなさい。この私こそが、勝者であるとお言い―――』


『いえ、それは時期尚早ですな。人の話を最後まで聞くのが論戦のコツですがね』



『まだ何か言いたいの?』


『貴女は、身から湧き溢れるその水を、抑える事は出来ない。また、その水に惹かれて訪れるものを、拒む事も出来ない。これから貴女の元に集うのは、水を求めるものばかりだ』


『水を求めるものは、絶えないのでしょう?』


『ええ、ですから、貴女はその見返りを受け取る事も出来ないのだ。水を与える代わりに、貴女に残されるものはかれらの―――闇。そして、かれらは、水を丁寧に掬ってゆくとは限りませぬ。逃げ場もなく、共に在る全てのものから、尽きる事の無い水を身から貪られ、代わりに貴女の躰にはかれらの闇が蓄積していくのです』


『闇を溜め込むと、何か悪影響でもあるわけ?』


『大ありだ。只人が他者の闇を溜め込むだけなら、自らの持ち合わせの水と共に、躰から流してしまえる。だが、闇もまた枯れぬ水にすがり、離れようとはしない。そうすると、闇は貴女の魂魄を食荒らし、死ぬ事の出来ぬその身を日々腐していく。全てを食い尽くされる頃には―――其処に貴女は存在しないだろう』


『それは、結局死と同意義ではなくて?』


『いいや…貴女自身の意思は亡くても、闇に化身した貴女が、世に更なる暗黒を振りまいてゆく、其れだけだ。そうなったら、私も貴女を解き放ちに参りましょう。その先はありませんがね。最も、そうなってしまうまえに貴女は苦痛に耐えかねて、自らの腹を破り、闇に塗れた臓腑を洗い流し、首や手足を切り離して、その血を日々濯ぐようになるでしょう』


『いいわ、必要なら何度でもこの身を血に汚す覚悟は出来ている。女は男よりもずっと血を見て生きているのよ?―――でも、確かに時が経つと血はこんなにも生臭いのね』


そういうと、私は男に歩み寄りました。


『ねえ、この衣、お前がこの帯を解いて脱がせてくれないかしら?―――まずは、お前の闇をこの身に取り込んでみたいのよ』



男は、冷ややかな目線を私の顔と胸元に、交互に向けた後に。

『それは出来ませんな―――仮にも寡婦の肌を見る訳にもいかない』


『ふん、今更その唇から綺麗事でも吐く気?私を嵌めたのはそっちでしょうに』


痺れを切らし、私は、彼の目の前で自らの血を纏った衣を脱ぎ捨て。


『ほら、見る訳にはいかなくとも目には入るでしょ?―――死人が、枯れぬ水を飲んだら、どうなるのかしらね。もしやすると、死人と言うのは、水が一滴も残されていない、闇の固まりなのかしら?ならばそれでも構わないわ。お前を、丸ごと私の躰に―――』


『お言葉ですが、私は孫綝の様に『貴女の躰が衰えたから拒んでいる』のではありませぬ。確かに貴女はお美しい、しかし、私は貴女の肌に触れるなど到底出来ませんな。私の夢は貴女一人の為に全て霧散していったのだ。孫峻よりも更に惨い報復を現世で―――貴女によって命を縮められた人全てに、残されていた時間と同じだけ受けて貰いたい』


そう言って、男は去ろうとします。


『待って!私は過去も、未来も、悔いたりはしない!誓うわ!どの様な行く末が待っていようと、私は自らの決断を悔いる様な女ではないわ!!何時か私が冥府に堕とした者共の分まで、一かけらの後悔もなく生き切ったら――― その時こそが、私がお前を手中にする時よ』


男は、一度きり振り返りました。


『いいでしょう。その賭け、乗りましたよ。貴女がその生を一時たりとも悔いる事無く完遂したら―――私は奴僕の様に、貴女に自らの全てを委ねましょう。しかし、一瞬でも後悔したら―――私は貴女の終焉の後までも、貴女に触れる事はありませんよ』


私が最も見慣れた、自信に満ちた笑みを浮かべました。

その額には――― 戦場で負うた筈の、矢傷の痕も残っていませんでした。


(いっその事、一線越えちまおーぜ)とも思いましたが、さらに高い年齢制限が必要になりそうな上に、

一線越えちまったら報復の意味がないと判断いたしました(すっとぼけ)。


『有能で、性格最悪で、プライド高い同士』でどうしてこうした。


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