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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
最終章『咲き誇れ、きざはしの七花』

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かつてあった未来⑦


 もちろん、すぐに呑み込めるわけがありません。なにしろ「今日」の女神が何やら不穏なことを言い出してから、ここまでほんの数分間の出来事でしかなかったのです。


 言うまでもなく、それも計算の内だったのでしょう。

 不意討ちとして見れば、あまりに鮮やかな手口でした。


 まるで趣味の悪い冗談のような、あるいは悪い夢でも見ていたような気分になって事態を現実のモノとして受け入れられない。今にもムクリと起き上がった女神がドッキリのネタばらしを始めるのではないかと、そんな期待すらもあったのではないでしょうか。


 ようやく動けるようになったらしい画面内の迷宮役達が、おっかなびっくり倒れた女神役を揺り起こそうとする様など、うっかり朝寝坊をしてしまったらしい母親を幼子が起こそうとするかのような微笑ましささえ感じられました。



「とはいえ、そんな現実逃避なんて長く続くものでもないだろう?」


『……まあ、ね。それはもう大変だったよ』



 レンリの問いを運命剣が肯定します。

 スクリーン上でも見るからに状況が大きく動き始めました。



「うん、神様役の人が起き上がって……ああ、違うか。一人二役ってことかい?」


『ああ、今の彼女は神子さん役だね。姿は同じでも身に纏う雰囲気が違うというか、表情やちょっとした仕草で演じ分けているのだよ。なかなかの名演だろう?』



 女神がムクリと起き上がったように見えた。

 それにより画面内の空気も一旦緩みかけました。


 しかし、そんな誤解が長く続くはずもなし。

 その人物の中にはもはや彼女はいないのです。

 依代の中だけでなく、世界のどこにも。


 女神役改め神子役の女優がその旨を周囲に伝え、また本来常にあるべき神の気配が世界から消失していることを伝えると、緩みかけた空気が一気に緊張感を帯び始めました。



「ところで、あの様子からすると神子さんは神様の共犯ってわけじゃないんだね? なにしろ現世で活動するなら必ずワンセットで動くわけだろう?」


「はい、レンリ様……ワタクシも突然のことで何が何やら……」


「うん? どうしたの神様、そんな急にキャラ変なんて……あ、こっちで今喋ったのも神子さんか。うーん、実にややこしい。ていうか、私と神子さんが直接話したのって何気にこれが初じゃない?」


「あら、そういえば? これは失礼をいたしました。勝手ながら、ずっと前から親しくさせていただいているような気でいましたもので。ワタクシ、神様の当代の依代をさせていただいております神子でございます」


「おや、これはご丁寧にどうも。知ってると思うけど私はレンリ、よろしくね。で、本題に戻るけど」



 前々からややこしいことに定評のある女神と神子との関係。

 これまでレンリと女神が会話していた時には控えめな奥ゆかしさを発揮して神子は引っ込んでばかりいたのですが、それでも本人の意識はあったわけです。お互い、これが初会話だという気がしなくとも無理はないでしょう。


 まあ今はそこの部分に尺を使っている場合でないという点では両者意見が一致していたので、簡単に自己紹介を済ませてしまい、早々に本題に移ることにしました。



「じゃあ、改めて。まだ動機もイマイチ分からないからこういう表現が正しいのかも不明だけど、神子さんは神様の共犯者ってわけじゃないってことでオーケー? そもそも自前の肉体がない神様相手に自殺幇助が当てはまるのかは知らないけどさ」


「ええ、ワタクシも突然のお話で混乱しておりますわ。いつもあんなにモリモリ元気にご飯を食べていらした神様に、そんな思い詰めるような事情があったなどと……」


「うん、まあ動機については一旦後回し。今は手段のほうに注目するけど、神様って現世で活動する時は必ず神子さんの肉体を使うわけじゃない? これまで今回の件の予兆というか、不審な動きとかに心当たりは?」



 厳密には違いますが、女神と神子は二つの精神で一つの肉体を共有する二重人格者のような関係性であるわけです。一方の人格がもう一方に気付かれることなく、大掛かりな準備を要する計画を実行するのは如何にも簡単ではなさそうに思えますが。



「さっきから後ろのほうでカメラのシャッターをパシャパシャ切りまくってるサニーマリー君の逆ってわけか。これについては私もなかなかのモノだと自負してるけど、神経の図太さにかけては彼らも良い勝負かもしれないね。ところで、今やってるコレって記事にできるのかな?」


「ええと、その方については存じ上げないのですが……ワタクシが事前に女神様の企みごとを察知できなかったのか、ですね? それなのですが」



 結論から言うと、事前に察知するのは困難だったと言わざるを得ません。

 いくら同じ肉体を共有する仲とはいえ、実質的に不可能と断言できます。

 例えば神子の意識がない就寝中に勝手に身体を使われた場合は依代側の記憶に残りませんし、意識のある起床時においても神造迷宮や聖杖といったアレコレを設計・開発するための技術や知識は神子にとってチンプンカンプン。

 概念魔法を始め、そもそも現代では失われた知識を少なからず用いているのだから、神子の不見識の責任を問うのも筋違いというものでしょう。目の前で堂々と設計図を広げられていても、それがどういう意図でどのような働きをするモノなのか予想するのはまず無理です。



「ましてや新しい神様を創るって表向きの理由については、丸っきり嘘ってわけじゃないんだしね。隠された別の目的があるかもなんて疑うのは、よっぽど疑い深いひねくれ者でもなければ無理な話か」



 ……と、疑い深いひねくれ者代表であるレンリも言っています。

 そもそもマトモな信仰心を持つ人間であれば神をそういう視点で疑うという発想そのものを持ちようがないでしょうし、実はあまりマトモではない信仰者である神子も特に女神の言動に引っ掛かる部分がない限りは敬虔な一信徒として振る舞うのが常。やはり今回の企みを事前に見破るのは難しかったはずです。


 「今日」においても、ちょうど似たような会話があったのでしょう。

 神子役の証言を得て、ようやく女神が消えてしまったらしいとの認識が実感を伴って追いついてきた。式典の参加者一同の混乱ぶり、特に迷宮各位を演じる子役達の熱演には一層力が入ります。


 ようやく事態を現実のモノとして受け入れ始め、しかし、それで素直に納得できるはずもなし。涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながらも、各々のスキルでも『奇跡』でも思いつく限りの手段を何でも使って女神の蘇生を試みようと右往左往。絶望するのはまだ早いとばかりに、とにかく必死に知恵を絞って手足を動かしたわけです。


 が、しかし。



「それであっさり蘇生に成功してたのなら、こっちの今日がこんな意味の分からない状況になってるわけがないもんね。神様の復活はできなかった……だね、剣の私?」


『ああ、そうだね、私。さて、映像のほうもそろそろ終わりが近い。大人しく座ってスクリーンを眺めてるのにも飽きてきた頃合いだろうし、残りはチャッチャと駆け抜けることにしよう』



 運命剣がこの歴史に来た以上、すでに結果は確定しています。

 ありとあらゆる手を尽くして、なお女神を蘇らせるには至らなかった。


 無力感と絶望に打ちひしがれる。

 神の身でありながら本当の望みには届かない。

 本来、希望と喜びに満ち満ちているべき「今日」に端を発する新たな神々の門出とは、きっとそのようなものだったのでしょう。


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