ザ・ムービー
そんなこんなで休憩明け。
なんだかんだで食べ物をお腹に入れたのが効果的だったのか、話の中心に近いであろう面々は先程までより幾分の落ち着きを取り戻している様子です。
「ふっ、それも私の計算通りさ」
『そうそう、空気を読まずに提案した我々に感謝したまえ。あっはっは』
一本と一人のレンリ達が恩着せがましく言っていますが、今注目すべきはそんな戯言ではなく休憩前とは様変わりしている演壇についてでしょう。時間的にも手間がかかった改修をする余裕などありませんでしたが、大きな台の上には両端の細い支柱と、その間にピンと張られた布幕がその存在を主張していました。
「ひとまず部下に言って頼まれた通りにしてみたが、これで問題ないだろうか。何やら映画館のスクリーンのようだが」
『うん、上等上等。騎士団の人達もありがとうね。それと、スクリーンみたいって指摘も大正解』
シモン自身は女神の監視のため現場を離れていましたが、彼が不在の間にも騎士団の人員が運命剣からの注文通りに準備をしていました。それがこの即席スクリーンというわけです。
大きな布自体は元々演壇の後ろに、迷宮達やユーシャが待機する場所を確保すべく用意してありましたし、さして難しい仕事ではなかったようです。どちらかというと、このスクリーンを見やすいように椅子を並び替えるほうが大変だったくらいでしょう。
『どうせ聞かれると思うから先回りして言っておくとね、この私には映写機のように記録した映像を照射・再生する機能もあるのだよ』
「へえ、いよいよ剣らしくなくなってきたね。我ながら」
『いやいや、これが意外と馬鹿にできないんだよ。今回は視認性を上げるために布を張ってもらったけど。その気になれば、ほら!』
「おっ、何もない空中に立体的な映像が。なるほど、出せる映像の種類や場所を任意に変更できるのなら、幻影を出して敵を攪乱するみたいな使い方もできるってわけかい?」
『そうそう。自由な発想というのは意外性と表裏一体みたいなとこあるし? 何事も先入観を持って決めつけるものじゃあないぞ……と、若い私に自戒を送っておくとするよ』
一人称と二人称との境界が曖昧な会話はともかくとして、運命剣が騎士団をこき使って用意した布の用途は今まさに言った通り。このスクリーンに何らかの映像を映し出して、説明なり説得なりをするつもりなのでしょう。
そうこうしている間にも式典の出席者達も着席したようです。
ちなみにレンリや女神や迷宮その他仲間一同は、一番前かつ一番目立つ最前列。
注目を浴びるのが苦手なルカは、あちこちの偉そうな人達を差し置いて最前列に座ることに密かに恐縮していたりもするのですが、かといって今から席替えを要求する度胸もないのか、いつも以上に背を丸めて縮こまっていました。もっとも、ひとたび上映が始まってしまえば誰も彼女に注目することはないでしょうが。
『ふふふ、こうなってくるとポップコーンとコーラが欲しくなってくるね』
「私も年始の旅行で飲んだけど美味しいよね、アレ。大っぴらに地球との交流が始まったら是非とも輸入して欲しい。箱単位で個人輸入とかしようかな」
『あ、そっか。この時代だとまだこの世界でコーラは売ってないんだったか。それじゃ、残念だけど今回は何もなしでの鑑賞といこう』
「はいはい。それで結局何を上映するんだい?」
レンリの質問に対し、彼女の膝の上に置かれた運命剣は行動で答えました。具体的には壇上の布幕に向けて何らかの光線を照射した結果、何らかの映像が映し出されました。
「ふむふむ、何か文章が……うん? 『この映像は当時の関係者の証言を元に制作されたドキュメンタリー映像です。実際の人物、出来事との違いがある点をご了承ください』? 何だいコレ?」
『何って、見たまんまだよ。映像そのものは未来の映画会社やテレビ屋さんの協力で作ったやつなんだけど、流石に当時そのままってわけにはいかないからね。今のテロップに関しては、作った映像を当時の記録そのものであるかのように言うのは、彼らの放送倫理が許さなかったのだろうね。実に見上げたプロ意識だと思うよ』
「聞きたかったのはそこじゃないんだけどね。で、そのドキュメンタリー作品とやらは史実の何をどう再現したやつなんだい?」
今度のレンリの質問への答えは、ちょうどスクリーン上に映し出されました。
布幕へ表示されていたのは、この世界の年月日を表す数字。
それが何年の何月何日のものかというと……。
『いつかと問われれば、今日この日と答えよう。ただし、この歴史のそれとは違うけど』
運命剣が言っている「今日」とはつまり、今現在のレンリ達が認識しているのとは別の「今日」。式典の最中に妙ちくりんな剣が飛んできて女神に刺さったりしていない、穏便にして円満に式が進行し、新たな神々や勇者のお披露目がきちんと行われ、そして女神が消えてしまった歴史における「今日」ということ。
かつてあった別の未来のお話です。




