おねがい人類代表
問題の中心人物達がいる控え室は意外にも和やかな雰囲気に……なんで和やかなのかは当人達にもイマイチ釈然としないのですが、ともあれ緊張感とは程遠くなっていました。
状況への疑問は多々あれど、少なくとも今すぐに誰かしらの生き死にが左右されかねないような修羅場よりは遥かにマシであるはず。素直に頷きがたいのも無理はありませんが、ここはもうそういうモノとして呑み込むしかありません。現在進行形で悪質な詐欺に引っ掛かっているかのような感覚があろうとも。
「まさか、考えたこともなかった。我が神があのような……」
「本当に神が終わりを望まれているなら、私達はその意に従うべきなのか……?」
ですが、レンリ達の控え室とはまた別の部屋。
あちこちから訪れた来賓達が引っ込んでいる一室においては、まだまだシリアスめの空気が保たれており、真っ当な信仰心を持った真面目に社会人をやっている人々が難しい顔をしながら苦悩しておりました。
当初は未曾有のテロ事件かとも思われたものの、どうやら各国の重鎮を無差別に殺傷することが目的の「普通」の事件ではないらしい。とりあえず自分達の身の安全が保証されたらしいのは悪い材料ではありませんが、とても喜ぶ気分にはなれません。
この世界には素晴らしい未来が待っている。
ただし、自分達が信じている女神の存在と引き換えのような形で。
まだ詳細は不明ながらも、あの胡散臭い剣の言うことが真実だとすれば、忠実なる神の信徒を自認する身としてはどうすべきか。彼ら自身、これまで一度たりとも考えたことすらなかったのでしょう。
「先程は場の流れであの少女らに話の舵取りを任せる格好になってしまったが、まあ、その責は問うまい。情けなくも大の大人が揃いも揃って混乱の極みにあったわけであるし」
「うむ、それについての異論はない。だが、我々大人が子供に任せ切りというのも情けない話だ。以降は相応の地位を持つ誰かしらの中から弁が立つ者を立てて、代わりに話の仕切りを任せるというのはどうだろう?」
もう少し冷静なグループの中では、このような意見交換もされていました。
結局は誤解だったわけですが、いきなり命を狙われたと感じたら平静を失って普段の思考力の半分も発揮できなくなって当然。レンリ達が迷わず動けたのも、これまで幾多の事件に巻き込まれてトラブル慣れしていたからこそという面はあるでしょう。人生、どこでどんな経験が役に立つか分からないものです。
しかし他の人々も僅かなりとも当初の混乱から立ち直った以上、良識ある大人としては年若い少年少女ばかりに責任を押し付けるのはよろしくないのでは……なんて、常識的な意見が出るのも自然なこと。幸いと言っていいかはさておき、この場には世界各国の王族や貴族、高位の聖職者、魔界からの来賓や地球から派遣されてきた外交官までいるのです。
お歴々の中には政治や外交の場で弁舌を振るうことをこそ本分とする者も少なくありませんし、いっそ休憩明けからは選手交代を申し出るのはどうだろう、と言うは易し。
「ここは貴公が自慢の弁舌を振るわれては?」
「いえ、その、私如きでは神様を相手にするなどとてもとても……」
「人間相手なら如何様にも言い包める自信はあるが、御神を前にしたらまともに立っていられるかどうか。今更ながら、あの少女の胆力はどうなっているのだ?」
人間相手の交渉事ならともかく、神様が相手となると自らの信心が邪魔をして普通に話すことすら難しい。良識と常識を持ち合わせているからこそ、とても役に立てそうにはありません。
それに自らの交渉が失敗した結果として、万が一この世界から女神が失われるようなことがあれば、その責任の重さは計り知れません。一族郎党が地位と名誉と財産に加えて首を差し出してなお、とても釣りあいが取れるとは思えない。そう考えれば彼らが二の足を踏むのも無理はないことでしょう。
また神相手のプレッシャーは然程でなくとも、魔界や地球出身の面々としてはこの世界の未来を左右するような重大事に際して、この世界の人々を差し置いて自分達が前に出るというのもおかしな話。また失敗の際の責任という意味では、他の世界が関わる分だけかえってややこしい事態になりかねません。
「ほ、ほら、あの少女達は幼神様方とずいぶん気心が知れた様子であったでしょう? 神々の友というのであれば、それは各国の王族を差し置いてでも前に立つ資格はあるのでは?」
「そうかな……そうかも。言われてみれば、確かにかなり親しげであったような」
「少なくとも口がよく回るのは先程までで実証済みであるわけですし、ここは引き続き彼女達に任せるのが最善ではないかと愚考する次第でありまして」
なので、結局はこのあたりに落ち着きそうです。
人の身でありながら神々と対等の友人であるならば、それはある意味で歴史上のどんな偉大な大王や皇帝よりも上の立場だと解釈できないこともギリギリ辛うじてなくはないかもしれない。であるならば、この世界の人間の中で最上位に位置すると言い張れなくもない彼女達が、人類代表として神の前に立つのは自然なことである、と。
これが相当に強引な理屈だとは彼らも理解しているのです。
理解してはいるのですが、考えれば考えるほどに、そんな屁理屈でレンリやその友人達を人類代表に仕立て上げて世界の命運を託すのが最善手に思えてなりません。少なくとも有効な代案が出てくるまでは、その方針で行くほかないでしょう。
「ううむ、不安だ……」
こうしてレンリと愉快な仲間達は、本人達も知らないうちに勝手に人類代表にされてしまったのでありましたとさ。




