未来のラブ
『ほら、復讐者のイメージって何かと暗くなりがちでしょ? 偏見かもだけど、薄暗い部屋でブツブツ呟きながら陰鬱な空気に酔ってる感じというかさ。そんなのやっててつまんないし、私としては明るく楽しい健全な復讐の在り方を提唱したいというかね』
休憩中にも運命剣のトークは止まりません。
現在は先程までの屋外の式典会場を離れて、界港内の控え室に皆で引っ込んでいるわけですが、塞ぐ口がないのを良いことにノンストップで喋り続けています。
ちなみに、同じく式典の出席者であった各国の代表や、地球からのゲスト達もそれぞれ別の部屋に引っ込んでいる様子。良識および常識を備えた大人である彼ら彼女らにとっては、それこそ風邪を引いた時に見る夢のような意味不明の状況に違いありません。
言葉少なに意見を言い合ったりはしているようですが、とても建設的な議論ができているとは言い難いようです。
誰かさん達が無闇やたらによく回る口で再三に渡って釘を刺していたのが効いているのか、感情任せに喚いたり怒鳴ったりといったことがないのがまだしもの救いですが、いっそ昼間から大酒でもカッ喰らって、もう何もかも全部忘れて眠ってしまいたいというのが正直なところではないでしょうか。
「おーい、適当に色々買ってきたぞ」
「やあやあ、ご苦労ルー君ありがとう。褒めてつかわす」
『ええと、ドーナッツに焼きそばに、それから肉串か。うんうん、こういうので良いんだよ、こういうので。流石はルー君。私の好みを押さえたチョイスだね』
「はいはい、そりゃどうも。レンが二人いることを早くも受け入れつつあるのが我ながら恐ろしいな……」
流石は、これまで数々の意味不明なトラブルや理不尽に巻き込まれ続けて鍛えられた順応力。ルグ自身も正直どうかと思わなくもないのですが、この状況でその点に異を唱えたところでかえって虚しくなるばかりでしょう。
『おっ、この肉串のタレの味は駅前のあの店か。今の時代だとまだ屋台だったんだっけ?』
「ふむ、その言い方から察するに、将来的には屋台ではなくちゃんとしたお店を構えるようになるのかな。しかも少なからず歴史を重ねることになるらしい。もし将来的にチェーン展開して株式上場するようなら、投資先の候補にさせてもらおうか。ていうか、食べ方そんな感じなんだ?」
『ああ、魔法的な念動力で近くにある軽いモノを持ち上げるくらいはできるからね。そうして動かした肉串をこうして刀身に触れさせれば……』
「パッと消えたね、串以外。察するにお肉部分だけを概念に昇華して、それをエネルギー源として取り込んでいる感じかな」
『まあ近いかな。具体的な原理は……ちぃっ、やはり言おうとしても無理みたいだ。ただ、こっちの行動を観察してそちらが想像する分には自由だからね。あと推測の方向が近いのか遠いのかを言うだけならセーフみたい』
「だいぶ発想の傾向が掴めてきたね。いつの時代でも自由な研究を規制する側の発想はあまり変わらないと見える。ふっふっふ、上手いこと遠未来の知識を手に入れたら、まず何をしようか迷うなぁ」
当たり前のように剣が飲食をしていますが、もはや誰一人としてツッコミを入れることすらありません。レンリ同士で仲良く禁則事項のハッキングなどしています。
物語などで別時代やパラレルワールドの同一人物同士が顔を合わせたら、同族嫌悪から敵対的な関係に発展するパターンもありますが、どうやら彼女達には当てはまらないようです。代わりに、時空の流れが滅茶苦茶になるリスクが現在進行形で飛躍的に増大しつつありますが。
「おっと、私達だけでいただくというのも何だか気が引ける。ほらほら、諸君も食べたまえ。神様も珍しく食欲がないみたいじゃないか。風邪?」
『風邪なわけがないでしょう。あの流れからよく平然と焼きそばをオススメできますね……まあ、せっかくなのでいただきますが』
『ほらほら、ウル君達もお腹が空いてると思考が悪いほうに向きがちだからね。いやまあキミらには空腹とかないんだろうけど、なんかこう気分的に』
『この女、剣になっても頭おかしいのよ……それじゃ、ドーナッツもらうの。あ、美味しいの』
流石にレンリ達ほどガッつく気分にはなれないようですが、女神や迷宮達まで勧められた食べ物をパクパクモグモグと。状況に対する疑問は多々あれど、過度に気を張っていても神経が削られて疲れるばかり。適度に緊張の糸を緩めてメンタル面のコンディションを回復しておくべしというレンリ達の言にも一理あります。
なんだか悪質な詐欺か洗脳にでも引っ掛かっているような気分ではあるのですが、一応正論ではあるはず。レンリ以外の誰しもが釈然としないモノを感じながらも有効な反論を思いつくこともできず、流されるように焼きそばをズルズルと啜っていました。
『もう少し休憩時間は残ってるけど、他のお偉いさん達が別室にいる状況で重要な部分に先に触れるのはあんまり良くないよね。どうする、ヒマ潰しに恋バナでもする? 例によって未来の具体的な出来事についてはあんまり言えないんだけどね。そうだ。あえて主語を省いて、この中の誰かが何人くらい子供を産んだかとかは言えそうかな? 誰とは言わないけどサッカーチームができるくらいの子沢山になるとは思わなかったよ、誰とは言わないけど』
「へえ、現状の人間関係から推察する限りだと、ルカ君かライムさんのどっちかかな?」
「え、ええ……そ、そんなに……!?」
「……がんばる」
これについては世界の行く末を左右するものではなさそうですが、運命剣が未来から来たのなら当然そのあたりの記憶もあるわけです。具体的にこの場の誰がそうなるかまでは明言できないようですが。
「そういえば、将来的に大人のレディになるというなら迷宮の皆も候補に含まれるのか。ユーシャ君や神子さんもいるし、いや、未来の技術であれば男性も候補に含まれる可能性が……?」
『ははは、これだけで流石に絞り切るのは難しいか。まあ、そもそもの話をすると流石にサッカーチームは嘘なんだけど』
「くっ、うっかり嘘バレを前提に考えてしまった!? 」
『あと、私。想像しにくいのは分かるけど、さりげなく自分を可能性から除外するのは公正な思考とは言えないよ。ほら、今はイメージできないかもしれないけど、将来的には一にも二にも彼氏や旦那様のことしか考えられない頭カラッポの色ボケ女になる可能性だってゼロとは言えないだろう?』
「いやいや、それは流石にないでしょ……ないよね?」
『ははは、残念ながらそこまで個を特定しての疑問には答えられないらしい。まあ若いうちから自分の可能性を狭めるのはオススメしないからね、あえて謎は謎のままということにしておこう』
いったい何が本当で何が嘘なのやら。
一本だけ未来を知っている運命剣は、自分自身を含めて未来ある若人達を心底楽しそうにからかっておりました。




