キーワードは『未来』
運命剣の言葉を受けた皆が視線を向けた先で。
たしかに胸を貫かれていたはずの女神が、まるで朝の寝床でそうするように「むくり」とその身を起こしました。白い衣装には一点の血の染みもなく、また破れている様子もありません。
『う、ううん……むにゃむにゃ、あと五分……』
「こらこら、この状況で二度寝を決め込むんじゃあないよ。起きた起きた! ヒナ君、ちょっと冷たい水でも生成して頭から浴びせてやって」
『うーん、いいのかしら?』
本当に眠っていただけかの如き反応です。
人間のほうのレンリが言うようにこの状況で二度寝に突入されても困るので、指示を受けたヒナが小さな水の球をおでこの辺りにぶつけてみました。
『きゃっ、冷たい!? あら? ええと……おはようございます? あのぅ、皆さん。つかぬことを伺いますが、わたくしは何でこんな所でお昼寝を?』
幸い、目覚ましの効果はあったようで即座の二度寝は避けられました。
とはいえ刺されて以降のことは把握していないのか、壇上で寝転がっていたらしき己の状態にしきりに首を傾げるばかり。
『そのあたりの説明は剣のほうの私が引き受けよう。やあやあ、さっきは突然すまなかったね。ネム君が治したから大丈夫だとは思うけど、どこか痛かったり気持ち悪かったりはしない?』
『あ、はい。お気遣いありがとうございます。特にどこか痛かったりはしないです。ところで、この声の方はどなたなので――』
『あ、そうそう。これも確認なんだけど、今の貴女は神様でオーケー? ほら、見た目だけだと周りからはどっちか分からないからさ』
『なるほど、それもそうですね。ええ、今のわたくしは神様のほうのわたくしです。こうして言葉にすると、なんだか変な感じがしますねぇ』
『ふむふむ。じゃあ、これも念の為聞くけど、貴女に身体を貸してる神子さんのほうは大丈夫? 肉体については心配してないけど、精神や魂についてはこれも見た目じゃ分からないからね』
『それもそうでしたね。ちょっとお待ちを……ええと、ここまでのお話は……ふむふむ、なるほど……はい、大丈夫だそうです。頻繁に入れ替わると混乱しそうなので代わりにお伝えしますが、彼女からもお気遣いへの感謝をお伝えくださいと』
『なぁに、気にしない気にしない。お礼を言われるほどのことじゃないよ。ヒトとして当然のことさ!』
そもそも自分が刺さったせいなので本当にお礼を言われる筋合いではないですし、ヒトではなく剣なのですが、いちいちそういった部分に反応していては、またもや本筋が進まないまま際限なく話題の脱線を繰り返すのが目に見えています。
周囲で大人しく話を聞いている皆もそれが分かっているのか、運命剣に対してツッコミを入れたい気持ちをどうにか我慢して沈黙を保ちました。
『それで結局、先程からわたくしと話しているこの声の主はどなたなのでしょう? なんとなくレンリさんに似てる風ではありますけど、ちょっと違う感じもしますし、何よりレンリさんは今は口を閉じていましたし』
『あれ、知らない? 腹話術だと口を動かさずに声を出すテクニックがあるんだよ。アレ、初めて生で見たらビックリするよね。普段との声音の違いも、そういう特殊な発声法を使っているとすれば説明が付くだろう?』
「説明が付くからといって真実だとは限らないけどね。こらこら、勝手にヒトに変なキャラ付けをするんじゃあないよ。神様も信じちゃダメだからね」
『ええと、つまり、レンリさんとは別の方ということでいいんですよね?』
「それもまた説明がややこしいんだけど、暫定的に別人だと考えてくれたまえ。ていうか、他はもう全員知ってるネタでもう一度引っ張るのは正直どうかと思うよ」
このあたりで未だ壇上の展開を見守っている招待客や警備のほうから、クスクスと忍び笑いが漏れ始めました。なにしろ、つい先程に前代未聞の女神相手の殺神未遂事件が起こったと思ったら、その神様はまったくの無傷で無事でしたし、繰り広げられている会話も緊張感を欠いたふざけたモノ。
全神経を張り詰めた緊張状態など、そう長く持続するものではありません。
緊迫感を維持するのも限界になってきて、漫才か何かを観ている気分になってきても不思議はなし。誰かが責任を問われるとしても、それはついつい笑ってしまった人々ではなく、壇上で延々喋り続けている怪しげな剣とそのコピー元にあると考えるべきでしょう。
「ちょっとちょっと、人間の私は悪くないってば! むしろ私は巻き込まれただけの被害者だし。なんなら慰謝料を請求したいくらいだよ」
『ふっふっふ。だけど、この時代の法廷には剣を被告として裁くことはできないだろう? つまりは無罪。いやぁ、未来だとそのあたり色々と議論があったんだけどさぁ、本人の記憶と人格をコピーしたクローンに財産の継承を認めるかとか、それに相続税が発生するのかとか。あとは限りなく生身の人間に近い思考力と人格を有するAIや、ステラ君みたいな高知能型ゴーレムに人権を認めるかなんてのも』
「へえ、面白そう。現代では思考実験の領域だけど、将来的にはそういうのが現実的な社会問題になってくるんだ」
『議論の結論がどうなったかに関しては未来の禁則事項とやらに抵触しそうですけど、なんだかロマンを感じるお話ですねぇ』
『おや、ゴゴ君も乗ってきたね。そういう方向に興味あるなら、次は話せる範囲でそういうトークいってみようか?』
そんなこんなで愉快な未来トークはまたしても別のテーマで、とはいきませんでした。それが幸か不幸かは……誰にとっての幸か不幸かはさておいて。
『……未来?』
さっきの説明の際には気絶していて一人だけ聞こえていなかった女神にも、ようやくそのワードが届きました。あまりにも余計な回り道が多すぎた点は、この際置いておくとして。
『あのぅ、もしかしてなんですけど……いえ、流石にあり得ないとは思うんですけど、どなたか未来からいらっしゃった方がいたり、とか?』
『うん、もしかしなくても未来からいらっしゃったのがこの私だよ。ああ、悪いんだけど誰か神様が見やすいように運んでくれる?』
「ああ、これでいいか?」
これまで引き抜かれたまま床に転がっていた運命剣ですが、位置的に近かったルグが慎重に手に持って女神やゲスト達に見えやすいよう床に突き立て……ようとしたら、床板をすり抜けたようになって刺して固定できなかったので、仕方なく手で持ったまま掲げる形を取りました。本人も、いえ、本剣も言っていた通りに武器としての破壊力はまるでないのでしょう。
『というわけで、改めまして。未来の世界から来た剣になったレンリだよ。他の皆には貴女が寝てるうちに自己紹介を済ませておいたわけだけど、まっ、なんにせよ末永くよろしくね』
これも先程とほとんど変わらぬ内容です。
一応、この自己紹介そのものが何らかの意図を秘めた真っ赤な嘘という可能性は残っているのですが、この場にいる面々の心情的にはもう信じる方向でほぼほぼ意見が固まりつつあるのではないでしょうか。
女神の反応も他の皆と同じく戸惑い、疑い、驚き……までは一緒ですが、そこから先が大きく違いました。
『そ、そんなっ……未来だなんて、そんなの反則じゃないですか!?』
『おっ、これだけで私の目的まで薄々察したみたいだね』
どうやら女神には運命剣の目的に察しが付いている様子。
これは他の皆の時には見られなかった反応です。
『そう、この私は貴女が何をしたのか、これから何をするつもりなのか知っている――――そうはさせない。その為に私は来たんだ』




