その剣の銘は
正午直前。
各世界の各国各地から訪れた面々は事前に目を通していた座席表に従い、式典の開始を今か今かと待っていました。つい先日まではガランとしていた界港も、三ケタに達する人数が詰めかけると少々窮屈な印象です。
当然と言えば当然ですが、演壇に近い前列には各国の王達が。
その少し後ろには地球側から派遣されてきた外交官の中の責任者。そして、その後ろに爵位を持つ貴族や外交団の中でも次席以下の立場の者達……といった具合に続きます。
ただ座るだけの面々は気楽なものですが、座席表の作成に当たったG国の役人は相当に神経を擦り減らしたものです。なにしろ、「あの歴史的な場面で我が国の代表があっちの国よりも後ろに回された」など、後からネチネチ文句を言ってくる国がいないとも限りません。
王族や貴族が幅を利かせるこの世界のみならず、二十一世紀の地球においても相手の顔を立てるとか面子を保つ・潰すといった価値観はまだまだ強く根付いているのです。なんなら個人としては心底下らないと思っていても、所属する国や組織のためにそうした論理を振り回して権利を主張せねばならない場面もあるわけです。
「で、私達は最後列か。遠すぎて顔が見えないってほどじゃないから、別にいいんだけどさ」
だからして、身分的にも立場的にも招待客の中でもドンケツ付近なレンリとルグとルカの三人は揃って最後列の座席に座っていました。
ちなみにライムは未婚ではありますが既にG国の王族枠との判断からか、全体の真ん中より少し前くらい。警備に当たっているシモンは着席せずに、騎士団の仲間や他国の護衛担当と共に演壇の脇あたりに控えています。
「あっちからもこっちの顔は問題なく見えるだろうし、ウル君達が壇上に出てきたあたりで変顔して笑わせたりしたら面白そうじゃない?」
「いや、お前マジでやめとけよ? 本当に洒落にならないから」
「う、うん……失敗したら、可哀想だし……」
これで神々が本番中に笑い転げて式典どころではなくなったら、それはもう本当に洒落になりません。十重二十重の安全対策を講じてきた騎士団も、まさか変顔で登壇者を爆笑させるなどという特殊なテロは想定の範囲外。もし実行して狙い通りにいってしまったら、レンリの名前が悪質なテロリストとして世界史の教本に載ってしまいます。
「ははは、軽い冗談さ。おっと、そろそろ始まるみたいだ」
本当に冗談のつもりだったのか怪しいものはありますが、ヒソヒソ声でお喋りをしていたらいつの間にか開始時刻になっていた様子。同じく小声で会話をしていた他の出席者も、一斉に口を閉じて壇上に視線を向けました。
壇上中央に現れたのは神子に憑依した女神一人。
どうやら演壇裏に張ってある幕の裏で待機していたようです。恐らく、迷宮達やユーシャは同じ場所でまだ出番待ちをしているのでしょう。
『面を上げなさい』
今日ここに集まった面々の多くは、女神と神子の関係性について知っています。特に信心深い者達は彼女が姿を現すと同時に慌てて顔を伏せて直接見ないようにしていましたが、当の信仰対象からこう言われて改めて視線を向け直していました。
『我が子らよ。そして異界の客人よ。よくぞ集まってくれました。今日はめでたき日。どうか、これから起きることの一切を見逃さぬよう』
プライベートでは小心かつ卑屈な面が目立ちますが、流石に外面を取り繕うことに関してはキャリア百万年の大ベテラン。神らしい威厳に満ち満ちた堂々たる振る舞いを見せています。
『この世界は、本日をもって新たなる形へと生まれ変わります。七柱の神々が統べる理想の世界へと。もっとも、真なる理想郷の完成にはまだまだ時間を要するでしょうが、今日はその記念すべき第一歩といったところでしょうか』
単なる言葉の綾でしょうか。
「おや?」
今しがたの発言にはレンリのみならず少なくない面々が違和感を覚えた様子。女神に加えて新たな七柱の神々が加わるのなら、世界にあるべき神の数は八柱であるはず。
まさか足し算を間違えたなんてことはないでしょう。単に言い間違えたのか、それともこれまでのような実務部分は迷宮達に任せて、女神自身は晴れて楽隠居の立場に収まるつもりでカウント外としたのか。
色々な解釈はできますが、いずれにせよ確証はありません。
些細な疑問を抱いた人々も、すぐに言葉の続きに意識を向け直しました。
『さて、それでは――――え?』
残念ながら、それを聞くことは叶いませんでしたが。
◆◆◆
剣が。
刀身から柄までの全てが一体となった真っ白い剣が、女神の左胸に深々と突き刺さっていました。壇上にいるのは依然として女神のみ。他の誰かが近寄って刺したとか、どこかから高速で飛来したわけでもなく。
ただ、そこに在った。
そうとしか言いようがありません。
『え? これは、ちが……』
痛みや恐怖を感じている風ではありません。ただただ、ひどく驚いたような表情を浮かべた女神は、そのまま仰向けに倒れてピクリとも動かなくなりました。
その一部始終を見ていた者達の思考が状況に追いつくまで、果たして何秒を要したでしょうか。恐らく時間としては十秒も経っていないでしょう。
「馬鹿な、誰が!? どこから!?」
真っ先に動き出したのはシモン。彼は全速力で倒れた女神に駆け寄ると、自分の身を盾としながら周囲に視線を巡らせました。
「聞こえるかいっ、ネム君!」
『はいっ、聞こえていますレンリ様! すぐに!』
次に動いたのはレンリ。
彼女は恐らく近くで出番を待っていたであろうネムに向けて、出せる限りの大声で呼びかけました。幸い、その声は届いたようでネムと姉妹達も一斉に女神の近くへと駆け寄りました。
たとえ胸を剣で刺されて心臓が破壊されていようが、そんなものはネムの『復元』にかかれば掠り傷と変わりません。女神も、依代となっている神子も、簡単に元通りにできるはずです。それが普通の剣による傷ならば。
「そ、そんな馬鹿な! 神が、神様が刺された!?」
「警備は何をしていた!」
「敵襲か!? どこの誰がこんな大それた真似を?」
このあたりで、ようやく他の人々も動き出しました。もう式典は滅茶苦茶ですが、そんな悠長なことを言っていられる場面ではありません。
神の身を案じて壇上に駆け寄ろうとする者。
どこから飛んでくるかも分からない次の攻撃に怯える者。
何をすればいいか分からず、ただオロオロと狼狽える者。
このままではパニック状態に陥った人々の暴走で、二次的三次的な被害が出かねません。
「シモン君、ひとまず騎士団のほうでお偉いさん達の避難誘導を!」
最後列にいたレンリ達も、混乱する人々の合間を縫って壇上まで上がってきました。すでにライムや迷宮達やユーシャもシモンと並び周囲の警戒に当たっているようです。
しかし、彼ら彼女らの優れた感覚をもってしても、白い剣がどこからどのようにして投じられたのかは一切不明。それも無理のないことですが。
『はは、ははは』
突如として響く笑い声。
『いや、懐かしいね。この時はまだ二十歳にもならない頃だっけ? うんうん、みんな若いなぁ。嗚呼、我が美しき青春の日々よ……なんてね』
声の出どころは先程の白い剣。
真っ先に駆け寄ったシモンは出血が増すことを警戒してあえて引き抜くことを避けましたが、それもネムが治療を試みた時点で引き抜かれ、今は無造作に転がっていました。
その剣は周囲の混乱も意に介さず言葉を続けます。
『おや、どうしたんだい? 喋る剣なんてキミ達には見慣れたものだろう? ああ、お客さんの避難誘導は無用だよ。むしろ一緒に話を聞いてもらったほうがいいだろうからね』
実際、喋る剣というだけならゴゴやステラのような前例もあるわけです。
しかし、この場の皆がそれを知っている前提で語る白い剣の正体が何者なのか。まるで想像もできない……というわけではありません。発声の原理の違いゆえか声質こそやや異なりますが、皆、この口調から連想される人物には心当たりがありました。
『まあ、隠す意図があるわけでもなし。本題に入る前に自己紹介といこうじゃないか。私の銘は、そうだね……運命剣、とでも言おうか。ちょっと大仰すぎて自称するのは気恥ずかしいものがあるけれど、用途を考えたらそれが一番しっくり来るのでね』
運命を斬る剣。
故に運命剣。
『運命剣レンリ』
皆、すでに予感していたのでしょう。
それが嘘偽りだという考えはまるで浮かびませんでした。
先程の凶行についてはともかく、そちらについては彼女なら本当にやりかねない。如何なる手段を用いてそうなったのかはさっぱり分かりませんが、もしそれが可能であるならば喜んでなってしまうだろう、と。当のレンリ本人も含めて、そこの部分についてはむしろ腑に落ちる感覚があったほど。
『あまりにも剣が好きすぎて、とうとう剣そのものになってしまった私だよ』
以上で十五章は終わりです。
最終章については四月中には始めたいと思いますので、今しばしお待ちください。
それまではまた迷宮レストランの更新をぼちぼちと。




