この者達には指一本触れさせぬ!
◆今回のあらすじ
もう、コイツが主人公でいいんじゃないかな?
「俺がいる限り、この者達には指一本触れさせぬ!」
かつてない程の怒気と共に言い放ったシモン。聞く者の肌がビリビリと震えるような、凄まじいまでの気迫が込められていました。
……が、それに対する敵方の返答はなし。
いえ、ある意味では言葉以上に雄弁に意思を示しました。
どこかに潜んでいる術者が新しく命令を下したのでしょう。
正気を失った人々が剣や鉈を振り上げシモンに向けて全力疾走。更には、操られた御者の駆る馬車がその後方から敵味方の区別なく轢き潰そうと迫ります。
馬車は道幅一杯に何台も並走しており、回避は不可能。
いえ、シモン一人でなら跳び越すなりして対処はできても、背後にいるレンリ達は轢かれてしまいます。衝撃に耐えうるロノやルカでも全員を守るのは無理でしょう。
足止め役の捨て駒と、本命の馬車突撃の二段構え。
合理性を重んじるというよりも、殊更に好きこのんで卑劣な手段を用いるようなやり口は、シモンの覚悟を嘲笑うかのようでした。
普通に考えれば、数秒の後には無残な死体を晒して、それで終わり。
覚悟一つで目の前の現実的な脅威を退けられるはずがありません。
だから、黒幕の失敗はただ一点。
この騎士団長が「普通」や「常識」の範疇に収まる器だと見誤ったこと。
「――――落ちろ」
シモンが小さく呟いた直後、全てが「上に」落ちました。
ヒトも、馬も、物も、怪我人の流した血液や零れた飲み物などの液体までも。
周囲一帯の有象無象が、前触れなく浮き上がったのです。
「うわっ!」
『な、なんかフワフワするの!?』
「な……なに……!?」
守られる立場のレンリ達も、体験したことのない浮遊感に戸惑いを隠せないでいます。見れば広場のあちこちでも、巻き込まれた一般人が同じように混乱していました。
一方、自我を奪われている傀儡はパニックこそ起こしてはいませんが、それでも行動は封じられていました。文字通り、物理的に地に足が着いていない状態ではいくら足を動かしても一歩たりとも進めません。宙に浮いた状態でくるくると回るばかりです。
浮かんでいる高さは精々が数十cmから一m程度のもの。
たとえ急に術が解除されたとしても墜落死の危険はありません。屋内にいる者が天井にぶつからぬよう加減したのでしょう。
ですが、ほんの数cmであろうとも、寄る辺となる大地から離れた人間は……否、飛ぶ術を持たないあらゆる動物は、完全に無力となるのです。
◆◆◆
シモンが己の奥義と位置付ける三種の技法。
一つは超高速移動や大跳躍を可能とする重力反転術。
自身の質量をゼロにすることで、肉体性能の限界を超えた超高速移動や大跳躍を可能とするというもので、戦闘時に肉体強化と併用しての常時使用を前提とした技。
攻撃時に瞬間的に重さを増すことで、打撃や斬撃の威力を何十倍にも向上させるという使い方もありますし、魔法の効果対象を自分自身の肉体のみに絞っているので燃費も悪くありません。
そして、もう一つ。
二つめの奥義が、術の効果範囲を拡大することによって実現する重力結界術。
狙った相手だけに魔法を当てられないなら、最初からあえて狙わない。
大雑把に自分ごと効果範囲に巻き込んでしまえばいいという逆転の発想の賜物です。
範囲が広い分、消費魔力が跳ね上がるという欠点もありますが、この結界内で長期戦に持ち込める使い手などそう滅多にいるものではありません。
結界とは名ばかりで、実際は周囲一帯に対し自分ごと魔法で攻撃を加える自爆技というのが正確なのですが、その効果は極めて絶大。
効果範囲内に高重力の負荷をかければ、普段から慣れているシモン以外はまともに動くことすらできません。常人であれば三倍を超えたあたりで立つことすら難しくなるでしょう。鍛え抜かれた戦士や優れた強化魔法の使い手であれば動くことは出来るかもしれませんが、まともに戦うことはまず不可能。
人間の動作というのは、歩行一つとっても全身の複雑な連動によって成り立っています。
武術の技というのは、それも高度で強力なものになるほど精妙な身体感覚のバランスが要求されます。ですが、この結界術によって急激に重さが変動すれば、普段の身体感覚を維持することは困難。
付け加えるなら、重力による負荷は常に一定ではなくシモンが任意のタイミングで変動させることができますし、上向きの重力によって突然身体を浮かせ強制的に隙を作るといった戦術も可能。攻撃魔法や投擲物などの遠距離攻撃の狙いを狂わせる防御術としての側面もあります。
点や線ではない面に向けての制圧攻撃なので、一旦発動したらほぼ回避不能。闘争も逃走も封じられますし、戦闘においてあらゆる局面で絶大なアドバンテージを取ることができるでしょう。
……もっとも、術式そのものに介入して強制解除したり、無形の魔法を剣で斬ったり、ランダムに変動する加重にノータイムで対応してくるような非常識極まる存在には通用しませんが。
まあ、そんなことが出来る者はそうそういません。
シモンの知り合いの中でも精々三人くらいです。
◆◆◆
終わってみれば戦闘にすらなりませんでした。
「すまぬ。後で必ず助ける」
シモンは足場を失ってもがいている傀儡に近寄ると、正確な掌打で確実に意識を刈り取っていきました。傷や後遺症が残らぬよう慎重に。
無論、相手はその最中も攻撃してこようと武器を振るうのですが、地の支えがない状態では狙いも威力もロクに出ません。
視界内にいた五十余名を無力化するまで二分程度。
シモン自身も宙に浮かんでいる状態なのですが、彼は周囲の物体を蹴った反動で移動する体術を習得しており、ほとんど普段と変わらないような機敏さを発揮していました。
「ふぅ……これで全員か」
ようやく結界が解除され、宙に浮いていた人々はそっと地に下ろされました。綿毛が舞うようなゆったりした降下ですし、怪我をした者はいないでしょう。
広場に面した喫茶店のテーブルを見れば、浮かび上がる前と同じ位置にカップが割れずに降りてきていました。中身のお茶すら零れていません。
「「「………」」」
再び地面を踏みしめた人々は、誰一人として動きません。
否、動けませんでした。
先程までの暴動染みた騒ぎによるパニックや恐怖など、最早頭の片隅にもありません。
彼らは今しがた目にした信じがたい絶技に心を奪われているのです。馬車を引く馬たちでさえ、呆けたようにシモンを見つめていました。
何か、言葉にできない尊いものを見たような、それこそ神の奇跡の目撃者となったような、静かな感動が人々の心を満たしていたのです。
しかし、ただ一人を除いて。
「ははははは! 凄い、凄いな、アンタ!」
ぱち、ぱち、ぱち、と。
心底愉快そうな哄笑とけたたましい拍手が広場に響きました。
「いや、本当に驚いた。尊敬するよ! まさか『指一本触れさせない』ってのが、そのガキ共だけじゃなく人形共のことも言ってるとは思わなかったぜ。おかげで操れやしねぇ」
いったい、いつからそこにいたのか?
その声の主。片目を眼帯で覆った男は、ほんの目と鼻の先の距離にあるカフェのテラス席に座っていました。テーブルの上には茶菓子に紅茶まで載っています。手にした紫色の本をめくる姿だけ見れば、優雅に読書を楽しんでいるかのようです。
「ははははは! ……欲しいなぁ、アンタ」
「貴様が……!」
その男は、この期に及んでも余裕を崩すことなく、まるで街角で偶然見かけた親友にそうするかのように悠々と語りかけてきました。
てなワケで、シモンの奥義その1とその2はこんな感じです。
◆その1は単純なバフ効果。
体重を軽くしてすごく速く動ける&攻撃時に重くして威力を上乗せ。
実際の戦闘時には術のオンオフ、重さのプラスマイナスを瞬時に切り替えて使用します。
◆その2は強制デバフ空間。
急に重くしたり軽くしたり。
自分にも影響はあるけど普段から慣れてるので耐えられるという脳筋結界。
奥義その1との併用は(まだ)できません。
折角なので何か格好いい名前でも付けようかとも思いましたが、いまいちピンと来るのが浮かばなかったのと、現在はまだどちらも未完成の奥義なので技名は一旦保留で。




