前夜祭⑤
ほんのお遊びのようなゲームでしたが、そんなモノでも意外に効果があったようです。共通の話題を得た両世界からの参加者は自然と距離を縮め、会場のあちこちで自己紹介や世間話をしています。
「ほう、こちらの世界のワインもなかなか。我が国のモノと飲み比べなどするのも面白そうだ」
「おや、貴国でもワインを? それは是非とも味わってみたいですな」
「ええ、是非試してみてください。そうだ、いっそワインだけと言わず、両世界の美味い酒と肴を片っ端から持ち寄って国の予算で飲み会……ではなく、有望な輸出入品目の調査のため試飲会など開いてみてもいいかもしれません」
「ははは、それは楽しそう……ではなく、大変に興味深い催しですな。ええ、なにしろ異世界の国が相手の大商いともなれば責任持って扱う品目のチェックをせねば。ちょうど我が国の財務大臣が私の叔父なのですが、これが大の酒好きなものでして、見返りに地球の珍しい銘酒など何本か贈れば喜んで予算をアレしてくれるかと」
勢い余って仲良くなりすぎている面々もいましたが、まあ仲が悪いよりはずっと良いはずです。もし将来的に国家予算から私的な飲み会の費用を捻出したことが問題になったとしても、きっとその時の彼らが上手いこと誤魔化してくれるでしょう。
他の場所でも、話の細部は違えど大体似たようなもの。
今夜の参加者達は事前の調査で入手・作成した資料を元に、双方の世界の様々な国の概要についての予習を済ませてはきたのですが、それでもやはり相手国の人間と実際に話さねば分からないことは多々あります。
ちょっとした世間話が相手国との将来的な関係性を大きく左右するかもしれず、その責任の重さを自覚するがゆえに先程は及び腰になっていたわけですが、案ずるより産むが易し。この様子なら彼ら彼女らも国許に良い報告ができるのではないでしょうか。
「もぐもぐもぐ」
一方、余興のゲームで惨敗したレンリはというと、あえて語るまでもないでしょう。他の多くの参加者と違って外交上の責任とか交易に有用な情報集めとか、そういった面倒事とは元より無関係。並んでいるご馳走の味見をしながら適当に会場内をうろついていました。
卓上の料理を常人には視認不可能なスピードで空っぽにするのを「味見」と称するのが適切かどうかには議論の余地がありそうですが、本人的にはこれでも加減しているつもりです。運動や戦闘となると鈍臭いくせに、早食いとなれば世界最速かもしれません。
とはいえ、一人で食べ歩いているばかりというのもつまらない。誰か適当なお喋り相手でもいないものかと、食事をしつつ周りを見渡しながら歩いていたのですが……。
「おや、あそこにいるのはシモン君にライムさん……っと、隣にいるのは王様のお兄さんか。うっかり話しかけたら面倒くさそうだし、他に誰かいないかな?」
友人知人の姿自体はチラホラ見かけるのですが、見つけた時点ですでにあちこちのお偉いさんと一緒となると、普段の調子でお喋りに興じるわけにもいきません。どうしてもとなればレンリもお嬢様らしく猫被りをしてソツのない対応をすることもできますが、そんな風では気疲れするばかりで大して面白くもないでしょう。
というわけで、真っ先に見かけたシモンとライムは候補から除外。
アイ以外の迷宮達はまだ先程の場所でゲームの仕切りを続けています。
最初に一緒だったルグとルカのところに戻ろうかと思ったら、その二人に加えてアイとユーシャの娘二人を加えた一家団欒の真っ最中。非常に複雑な家庭環境ではありますが、流石のレンリも家族で仲良くやっているところに水を差すのはちょっぴり気が引けました。
「あとは、うちの祖父様は……ナシとして」
他にはドワーフ皇帝の随行員扱いでレンリの祖父が来ていましたが、彼はその皇帝相手に呑み比べの真っ最中。お偉いさん向けの対応に加えて酔っ払いの対応までするとなれば、とても楽しむどころではないでしょう。
ついでに言えば、レンリと話が合いそうな知り合いの学者達もその呑み比べに参加していたようで、酔いつぶれて付近の床に転がっています。
「ううん、なんだかつまんないな。いっそ、もう会場を抜け出してアン達と街巡りでもしようかな。いや、でも約束とかしてないし、訪ねたのに留守だったらそれこそ最悪……おや?」
一人寂しく会場内をうろうろしていたレンリの目の前で、次なる獲物として狙いを定めていたローストチキンが「パッ」と消えました。まるで空間転移の魔法のようですが、ちょっと料理を確保するためだけにそんなに高度な魔法を使うような変人など……まあ、それなりにいそうではありますが、少なくとも今回はそうではありません。
魔法による現象ではなく、あくまで純粋なる早食いによる結果。
ライフル弾が飛んでくるのを見てからでも悠々避けられるアリスとリサをして、かつて「目にも留まらぬ」とまで言わしめた、恐るべき早食いの業によるもの。不必要に目立つのを避けるためか、いつもの真っ白い神官服ではありませんが、普通のパーティードレスを着ていてもトレードマークの白い髪を見れば一目瞭然。
『あら、レンリさん。ごきげんよう』
「やあ、神様」
女神がいました。




