嗚呼、懐かしきアイツとかコイツとか③
第一迷宮『樹界庭園』の奥地。
この迷宮そのものであるウルか、彼女に連れて来られた友人知人くらいしか来られそうもない場所で、頭のネジが飛んだバトルマニア達が思う存分に遊びの時間を満喫しておりました。
頭頂部が上空の雲を貫くサイズになった巨人が巧みな拳法の技を振るい、灼熱の業火そのものと化した歌姫が周囲一帯を消し炭に。
小柄なエルフは彼ら彼女らを一撃で遥か視界の外まで殴り飛ばし、場所を提供するのみならず当然自らも参加していた迷宮は長く伸ばした髪の毛の先を無数の竜頭に変えて極太ビームめいたドラゴンブレスを何千何万と吐きまくる。
もちろん、それ以外の連中だって暴れ方の規模は似たようなモノ。
いくら大陸サイズの第一迷宮とはいえ、ウル自身がここまで強くなる前ならば戦闘の余波に耐えきれずに砕け散っていたことでしょう。数多の戦いと修行を経てウルが強くなるにつれ、この神造迷宮もまたその強度を大きく上げているのです。今はまだまだウォーミングアップ程度ですが、この分なら全員が本気で戦っても十分に耐えきることができるはずです。
さて、そんな怪獣大決戦は一旦放っておくとして。
「わたくし達、揃って同じ夢を見ているのでしょうか?」
「ええ、どうもそのようですわ」
「ずいぶんリアルな夢ですわね」
「それにしては現実味がなさすぎますけど」
そんな世界の終りのような光景を遠くから眺めていたレンリの友人のお嬢様軍団は、はしたなくもポカンと口を開けて呆けたようになっていました。
リーダー格である金髪縦ロールのアンナリーゼ。
ダークブラウンのロングヘアがベアトリス。
セミロングのホワイトブロンドがクレア。
セミロングのピンクブロンドがドリス。
A国の大貴族のご令嬢である彼女達がどうしてここにいるのかというと、そう複雑な事情ではありません。式典直前になってようやく趣味に一区切りつけたレンリに誘われて、言われるがままにホイホイとここまで付いてきてしまったというワケです。
「お姉様、先生は大丈夫でしょうか……?」
「ああ、マギーさんね。私も最初はちょっと無謀なんじゃって思ったけど、ほら、楽しそうに笑ってるし大丈夫そうだね。人間の可能性ってすごいなぁ」
ちなみに連れてきた時にはもう一人、お嬢様達の武術の師匠にして監督役であるマギー女史、本当の名前をマーガレットというらしい元傭兵の老婆も一緒だったのですが、彼女は説明の途中で一人だけ抜けて眼前の怪獣大決戦に混ざりに行ってしまいました。ライム達と趣味を同じくする彼女だけに、眼前に山のようなご馳走を並べられてお預けを喰わされるのは我慢がならなかったのでしょう。
いくら歴戦の古強者とはいえ、流石に神話級の戦いは荷が重いのではないかとレンリも内心心配していたのですが、遥か格上の連中を相手に何度も挑みかかっては吹っ飛ばされているうちに見るみる動きが良くなってきました。
面識のなかった面々とも非言語式のコミュニケーションで語り合う中で即座に打ち解け、今は愛用のハルバードを元気に振り回しています。あの調子ならば恐らく心配は要らなさそうです。
――と、少し話が逸れましたが。
「というワケで、キミらも知ってるウル君達は実は新しい神様で、あと何日かしたら学都が日本と繋がる予定だから。これまで黙っててごめんね?」
レンリとしても、親しい友人達に大きな隠し事を続けなければならないことが、ずっと心のどこかに引っ掛かっていたのかもしれません。呆気に取られたお嬢様達の耳にどこまで話が聞こえていたかは不明瞭ですが、こうして綺麗さっぱり白状できたおかげで今はスッキリした顔つきになっています。
「あ、あのぅ……お姉様?」
「ああ、心配しなくてもキミ達に秘密を明かす許可は事前に貰ってるから私の心配は無用だよ。無線機っていう遠くの人と話せる便利な道具があってね。まず神様でしょ。それから日本の外務官の人とか、私が直接話したわけじゃないけどこの国の国王陛下とか、あと魔王さんやリサさんにも」
「そういえば勇者リサ様とも面識がおありだと仰っていましたわね。わたくしも是非お会いしてサインを……って、そうではなく!」
後で問題にならぬようにか、レンリは抜け目なく方々の許可を取っていたようですが、そもそもの疑問は何故このタイミングで秘密を明かしたのか。
心の底からレンリを慕うアンナリーゼ嬢らにしてみれば、大事な秘密を明かされたこと自体に信頼と親愛を感じられて嬉しくもあるのですが、あのレンリが単なる友愛や秘密を抱え続ける罪悪感に耐えかねて口を開いたとも考えにくい。付き合いの長さだけならルグやルカより上だけあって、彼女達もレンリの性格はよくよく把握しているのです。
加えて言うなら、ついさっき聞かされたばかりの情報の洪水に伴う疑問も山ほどあるのですが、まずはその部分の疑問が解消されねばどうにも気持ち悪さが残ります。
「いや、大した理由があるわけじゃあないのさ。ほら、アン。たしか今キミって、ご実家が学都でやってる商会の代表みたいな立場だったろう?」
「え、ええ? 実務的な部分はほとんど人に任せているので、わたくし達はたまに出向いて帳簿のチェックをしたり上得意の取引先にご挨拶をする程度ですが。半ば名義を貸しているだけみたいなお飾り支店長ですわね」
「なになに、そう謙遜することはないさ。それに普段はお飾りだとしても、支店の商会長というからには予算を差配する権限とかだって無いこともないんだろう?」
いったいレンリは何を企んでいるのやら。
彼女をよく知るアンナリーゼ達にも、未だ本題が見えてきません。
「言ってみれば簡単な話さ。これから日本や地球の他の国との交流が始まるとなれば、例の界港がある学都には大勢のヒトやモノの出入りが発生するわけだろう?」
「それは……まあ、そうでしょうけれど?」
「土地や物件の値段だって急激に上がるだろうね。領主の伯爵さんのほうでも、更に新・新市街を造るとか計画は立ててるらしいけど、それが形になって状況が落ち着くまで時間もかかるだろうし」
「はあ、その、つまりどういうことですの?」
「式典直前の今のうちに値上がりしそうな不動産や物資を買い込んで、ちょっと経ってから売れば大儲けって寸法さ! なに、お礼はいらないよ。いやぁ、最近忙しくてアン達に構ってあげられてなかったからね。私からのちょっとした埋め合わせってやつさ!」
レンリの言う通り、あと数日後に学都周辺の地価・物価全般が大きく値上がりするであろうことは、一連の計画の関係者間でも予測されていることでした。
無論、市民生活への影響が出過ぎないよう色々と手を打ってはいるのですが、値上がりそのものは避けようもありません。今のうちに物件を買って、しばらく経ってから売り捌けば、まさにレンリの言うような大儲けもできるでしょう。
一時的にせよ、多忙のせいで友人付き合いを疎かにしてしまった。
これは言わばレンリ流の埋め合わせというわけです。
極秘の内部情報を元に取引を行い、それにより利益を得る。
いわゆる、インサイダー取引ではありますが。
「ふふふ、安心したまえ。なにしろ、この世界にインサイダー取引を禁じる類の法律はまだないからね。ていうか、今回の件に一枚噛んでる人達は大なり小なり似たようなことやってるし。もちろん私も」
レンリの言う通り、そうした行為が後で問題になる可能性はまずないでしょう。
なにしろ各国の王族や協力者達も、すでに似たような真似をやっているのです。法律や常識が少なからず異なる日本から出向してきた人々は、本国で問題になる可能性を考えてかあえて手を出さずにいましたが、彼らとしてもこちらの世界の面々を止める理由はありません。
計画そのものが露見しては台無しなので、万が一にも世間の話題とならないような不自然でない規模での取引ではありますが、なにしろ関わっている人数が人数。すでに相当数の物件が計画関係者によって押さえられていたりするのです。
今後、学都以外の国や地域で新たな界港の建設計画が立ち上がった際にも、また似たようなことは何度も起きることでしょう。
「な、なるほど。お姉様のお心遣いに感謝いたします……」
とはいえ、アンナリーゼ嬢達としてはいまいちピンと来ない話です。
諸々の秘密や世界間の交流に伴う計画には、ただでさえ受け入れがたい部分が多すぎるのですけれど、それをまだ地に足のついた現実の話として落とし込めていないとでも申しましょうか。
それ以前に、彼女達は別に躍起になってお金儲けがしたいわけではないのです。
無論、仮にも責任者として運営している商会が赤字続きでは実家に対する面子も立ちませんし、最悪連れ戻されてしまわぬようそれなりに励んではきましたが、それも全てはレンリの近くにいる為。
レンリが大きな仕事を終えて落ち着いたというのなら、これから先はまた一緒に過ごせる時間も増えるでしょうし、あえて何をするまでもなく願いが叶ってしまうのでは……なんて、考えていたのですが。
「お金があれば貴重な資料とか名剣なんかも買えるし、そうそう学都に新しい家も欲しいんだよね」
「お家、ですの?」
「うん。今の叔父様の家も住み心地が良くて気に入ってるんだけどさ、あれこれ資料とか集めてたら流石に狭くなってきちゃって。本の重みで床が抜けたら流石に悪いからね。大きな書庫や研究室のある別邸が近所にあると色々都合が良さそうだなって」
「うふふ、お姉様らしいですわね」
このあたりまではアンナリーゼ嬢らも上品な微笑みを浮かべながら、冷静に受け答えをしていました。直後にその態度が一変することになりましたが。
「生活のメインは今の部屋のままでも、どうせ住むのなら不便はしたくないからね。どうせウル君達が入り浸るだろうから部屋の数を多めに作って、それから広いお風呂に大きなキッチンに……って風に欲張るとそれなりの値段になっちゃうからさ。流石に私個人の財布から出すのには厳しいから、ここらで一つ大きく稼いでおきたかったり」
「あらあら、お姉様ってば欲張りさんなんですから」
「ていうかさ、折角だからキミ達も一緒に住む?」
「……お姉様、今なんと?」
「だから、アン達も良かったら一緒に住まない? ほら、友達に会うのに今みたいにいちいち出かけるのも面倒でしょ。いやまあ私だって週のうち半分いるかどうかだろうし、そっちにも住む家がもうあるし。毎日、四六時中一緒ってわけにはいかないだろうけどさ。気の合う仲間がいつでも自由に来れる秘密基地みたいで面白そうじゃないかなって」
レンリには何ひとつ他意はなかったのでしょう。
そして自分の発言がどういった反応を招くか、まったく理解していなかったのでしょう。レンリと令嬢達は互いに好意を持ってはいますが、その意味合いは悲しいほどにすれ違っているのです。
まさにカモがネギを背負って、そればかりか調味料やコンロ持参でやって来て、自分から鍋に飛び込むが如し。アンナリーゼ達にとっては、千載一遇の好機と言えました。
「まあ、そっちにも都合があるだろうし、キミ達は私と違って実家から使用人とかも連れてきてるだろう? あまり羽目を外しすぎて郷里のご家族に報告されたりするのも不味いだろうし、こっちも別に無理にとは――――」
「はいはいはいっ! わたくしはすごく良いと思います!」
「はい、是非とも一緒に住まわせて下さいまし!」
「こ、これはお姉様と……ワンチャンあるのではなくって?」
「ええ、大いにワンチャンありましてよ。ゴクリ……」
まあ実際には彼女達だけでなく、迷宮達やルグやルカやシモンやライムなどいつもの面々もちょくちょく顔を出す賑やかな秘密基地になるでしょうし、思惑通りに行くかと言うと難しそうではあるのですが。
しかし、レンリとの同棲というまたとない好機を前にしたお嬢様達には、そういった部分にまで想像が及んでいないようです。
「え、建築費用半分持ってくれるの? いやぁ、埋め合わせをするつもりだったのに何か悪いね」
「うふふ、当然ですわ。わたくし達の愛の巣ですもの。万全を期して素晴らしいお家にしなくてはなりません」
幸い、お金儲けのアテは今さっきできたばかり。
彼女達個人のポケットマネーに加えて名義上の責任者となっている商会の資金力も合わせれば、豪邸の二つや三つはポンとなお買って余りある利益を生み出せることでしょう。
式典当日までの時間的にギリギリですし、理由を伏せなければならないハードルはありますが、鉄道で手紙を送って実家の資産を頼ることができれば、利益は更にケタ一つ分くらい跳ね上がるかもしれません。
「というワケで皆さん。早速、街に戻ってジャンジャンバリバリ稼ぎますわよ! お姉様、本日はこれにて失礼いたします」
令嬢達はレンリに丁重な挨拶を述べると、大急ぎで街へと取って返すのでした。
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≪おまけ≫
作中で食べまくってるせいか、初期と比べてスタイルの変化が結構あったり




