人探しはライムにおまかせ
学都から遥か南方。
大陸から少し離れた海底には人魚達が暮らす王国があります。
陸上での活動に不便があるため彼らが地上に上がることは多くありませんが、だからといって二本足で歩くヒト種との交流がないわけではありません。
海中では貴重な木材や、錆止めを施した金属製品。そういったモノと海産物やサンゴや真珠などを交換することは、沿岸国の商人や漁師との間でずっと昔から日常的に行われているのです。
「なになに、なんの騒ぎ?」
「いや、それが耳長の二本足が城クジラを倒したとか……」
「はぁっ、嘘でしょ!?」
この日、平和な人魚王国には珍しく、ちょっとした騒動が起きていました。
海の中でも呼吸ができる彼らですら、水圧の関係で易々とは近付けない深海。そこに生息している城クジラという規格外の魔物が、余所者によって討伐されたというのです。
しかも人魚ではなく、二本足で歩く地上人の手によって。
もちろん人魚の中にも戦いを生業とする者はおりますが、これまで少なくとも記録に残っている数百年もの間、誰一人として城クジラに敵う者はいなかったのです。
名前通りの巨体に鉄よりも硬い皮膚。
それでいて泳ぐ速さは並の人魚の十倍以上。
このサイズの物体がそんな速さで水中を移動すれば、海流への影響がどうなるかは考えるまでもないでしょう。向こうに敵意があろうがなかろうが関係なく、海中を猛スピードで泳ぐ城クジラに轢かれて人魚が命を落とす事故が毎年数件は起きていたものです。
無論、過去幾度となく彼奴が縄張りとする深海域に討伐隊が出向いたものの、誰一人として帰ってはきませんでした。今では王国の首脳陣もすっかり能動的な対処を諦め、一種の災害として考えていたのです、が。
「マ、マジで城クジラだ!」
「ほ、本当に死んでるんだよね? いきなり動き出したりしない!?」
「そりゃお前、あんな風に胴体が滅茶苦茶に捻じ切られた上に、頭にデカい穴が開いてんだぞ。いくらバケモンったって、あれで生きてられる生き物がいるかよ」
城クジラの死骸は人魚の都から目と鼻の先にある広場……という表現は地上人の感覚ではピンと来ないかもしれませんが、凹凸の少ない海底に無造作に置かれていました。目撃者によると、件の地上人が泳ぎながら担ぎ上げていたのを無造作に置いていったのだとか。
伝説的かつ災害的な怪物が仕留められたというニュースは、都の内外を問わず急速に広まりつつあるようで、多くの人魚が仕事や家事を放り出して見物に来ていました。
「いやぁ、地上にはすごいヒトがいるもんだな」
「それで、その英雄は今どこに?」
「ああ、なんでも女王様に招かれて王宮にいるって話だぞ」
怪物の亡骸を目の当たりにして信じがたい噂が真実だと判明したら、当然、次に気になるのはこの偉業を成し遂げた英雄のこと。地上人が人魚の王国を訪れること自体は、決して多くはないものの過去に例がないこともありません。いずれも高度な水魔法や風魔法を使いこなす達人で、並々ならぬ才知に溢れた者達でした。
地上人にとってはただ来るだけでも難しいはずなのに、人魚ですら成し得ない怪物退治を成功させるとは、果たしてどれほど知勇に優れた人物なのか。彼らが興味を持つのも当然のことでしょう。
そんな噂になっている張本人。
耳長の二本足ことライムはと言いますと。
「いや、申し訳ない。残念ながら、貴女の探し人は我が国にはおらぬようだ」
「そう」
自分のしたことが騒動の原因になっているなど露知らず、人魚の女王様に探し人のことを尋ねたものの空振りに終わり、いつもの無表情のままガッカリしておりました。
◆◆◆
シモンに頼まれたからには、僅かな探し漏れがあってもいけません。
ライムによる捜索は、下は深海から上は大気圏ギリギリの高高度、南極から北極まで余すところなく行われました。
人探しの素人からすると一見効率が悪いように見えるかもしれませんし、まあ実際悪いのでしょうけれど、ライムにそのような常識を期待するほうが間違っていると言われれば頷くほかはありません。
「むぅ」
途中、深海を泳いでいたら大きなクジラが突っ込んできたので殴って仕留めた肉を近所の住民にお裾分けしたり、峻険な山岳地帯で狂暴な野生の鷲獅子に襲われたので返り討ちにしようとして……なんとなく知り合いの鷲獅子に悪い気がしたので半殺しに留めたり、ドラゴンの巣穴の中で金銀財宝を見つけたものの急いでいたのでそのまま置いてきたり、宇宙空間スレスレの高空でいきなり襲ってきた銀色の円盤状の乗り物を撃墜したり。
まあ色々とやってはいたのですが、目当てのガルド氏に関する収穫はゼロ。
すぐに見つかるだろうと楽観的に考えていたライムの胸中にも、次第に焦りが見え始めました。このままではシモンの期待に応えられないかもしれません。
「困った」
ごく普通に人の多い街で聞き込みをして回るという手もありますが、決して口が上手いほうではないライムにとってはそれも一苦労。人を困らせる魔物や悪い神様と戦うほうがよっぽど気楽というものです。
しかし、そうやって悩んでいるヒマはなし。
こうしている間にもライムは走って砂漠を横断し、猛スピードで走る鉄道を追い抜き、海の上を走って大洋を走破しています。もちろん感覚を研ぎ澄まして周辺一帯の気配を探ることも忘れていません。
そうして惑星を何周した頃だったでしょうか。
もうライムも数えてはいませんでしたが、間違いなく周回数は二桁の大台に乗っていたはずです。流石のライムもずっと休憩なしで走っていたせいか、ちょっぴり疲れが出てきました。
「疲れた時は……甘い物」
こんな時は甘い物に限ります。
ライムはちょっとだけ休憩を入れることにしました。
たまたま近くに以前行ったことのある街、A国の王都があったので、これ幸いと立ち寄ることに。友人であるレンリやルカの故郷ですし、うろ覚えではありますが、以前に皆で観光した際にオススメのお店について聞いた覚えもありました。
「ここ」
そうして訪れたのは『勇者直伝』と看板に書かれたアイスクリーム屋。
まだ春前の肌寒い季節ではありますが、それでもなかなか繁盛しているようで店先には数人の順番待ちができていました。店主と思しき三十代くらいの女性と十代前半くらいの少女が、手際よく注文に応えていっています。
さて、果たして何を頼んだものでしょう。
ここは手堅くバニラやチョコやストロベリーに行くべきか。
それとも思い切って変わり種に挑戦すべきでしょうか。
店頭の品書きを見る限りでは、期間限定品として醤油フレーバーやドリアン味のアイスなんてモノまで置いているようです。ライムにはどういう味か想像もできませんでしたが。
「迷う」
あまりにも長く真剣に悩んでいたせいでしょうか。
この時ばかりはライムも張っていた気を緩め、珍しく油断が生じた様子。
だから、不覚にもすぐ背後に顔見知りがいたことに気付きませんでした。
「よっ、誰かと思ったらライムの嬢ちゃんじゃねえか。嬢ちゃんもアイス食いに来たのかい?」
「あ」
こうして、ライムは見事ガルド氏を探し当てることに成功したのでありました。




