飛翔
ちょうど、共同住宅にいたルカ達が操られた集団に襲撃された頃。
『クルルル……』
「ん、どうかしたー?」
運良く巻き込まれずに済んだレイルは、街の北にある森で鷲獅子にブラシがけをしていました。アルバトロス一家の末っ子である彼はロノと特に仲が良く、普段から頻繁に世話をしにきているのです。
森の深いところまで入れば肉食獣や魔物もいますが、徒歩で行ける範囲には精々小動物や昆虫くらい。街の人間も薬草やキノコなどを目当てによく訪れていますし、子供の足でも遠すぎるということはありません。
とはいえ、流石に鷲獅子ほどの強力な魔物が目撃されれば大騒ぎになってしまうので、多少の工夫は必要です。普段は森のもっと奥深い位置にある洞穴に隠れていて、家族の誰かが合図の口笛を吹いたらロノのほうから姿を現す取り決めになっていました。言葉こそ喋れませんが、ロノはちゃんと言い付けを守る良い子なのです。
ですが、この日はいつもと様子が違いました。
『クゥゥ……』
「ふむふむ……なんかイヤな感じがする?」
『キュゥン』
野生の勘によるものでしょうか。
普段はブラシがけをしてやると気持ち良さそうにするのに、今日はずっと学都の方向に視線を向けて、何やら不安そうな鳴き声を漏らしていました。常人であればその微妙なニュアンスを聞き分けることは難しかったでしょうが、ロノが卵の頃から面倒を見ているレイルには造作もありません。
「どうしよっかなー?」
ここでレイルはちょっと迷いました。
街の様子を確かめるのは簡単です。ロノに乗って学都を上空から眺めるだけなら、あまり危険もないでしょう。
でも、そうすると折角ロノを隠し続けていたのが高確率で街の人間にバレてしまいます。以前の列車強盗が鷲獅子に乗って逃走したという話は、あれからしばらく新聞に載っていました。
逆に、そんな目立つ移動手段があれ以来目撃されていないのだから、もうこの付近にはいないのだろう、と思われていた面もあります(もっとも、それに関してはラックが自首してしまったので偽装の意味は薄いのですが)。
『クルル……ッ』
「分かった分かった。それじゃ、上から様子を見るだけなー?」
『キュゥゥン!』
しかし、結局はロノの説得(?)に折れる形で確認しに行くことに決めました。
レイルはブラシやタオルをリュックサックにしまうと、身を低く伏せたロノの背によじ登りました。毛を掴んでよじ登るのですが、五歳児にはなかなか大変です。
それでもどうにか背に跨るとロノは大きな翼をはためかせました。馬車ほどもある巨体が瞬く間に森の木々よりも高く浮かび上がり、そして一陣の風となって学都の方角へと飛んで行きました。
そして、飛び立ってから三分後。
「あれ、なんか家潰れてる? まあ、かなりボロかったからなー」
倒壊した自宅の上空で旋回しながら、レイルはそんな呑気な感想を呟いていました。
実際には老朽化や手抜き工事だけが原因ではなく(一因ではあります)、ルカが壁をぶち抜いた衝撃と大人数の重量を建物が支えきれなかった結果ですが、この時点ではそんなことが分かるはずもありません。
「リン姉とあの兄ちゃん大丈夫かな?」
ルカの名前がないのは、建物の倒壊に巻き込まれた程度では怪我をするはずがないのを知っているからで、別に他意はありません。
「埋まってるなら掘り出して……ん、どしたー?」
『キュゥ、クォゥ!』
「姉ちゃん達の匂いがあっちからする?」
ロノが前脚で示したのは共同住宅から東へ向かった先、聖杖の方角。かなりの距離がありますが、鷲獅子の鋭敏な嗅覚がルカやリンの匂いを察知したようです。
そして改めて上空から観察すれば、街のあちらこちらで悲鳴や怒号が響き、何かしらの異常事態が起こっているのは明白。
「んー……? じゃ、なんかヤバそうだったら姉ちゃんたち拾って逃げる感じで」
『キュゥンッ!』
そこからの一人と一匹の行動は迅速でした。
障害物のない上空を一直線に駆け、広場が視認できる距離まで移動。大勢の武器を持った集団に囲まれて今にも一斉投擲を受けそうになっている姉二人とその他数名を発見すると、そこから更にロノの翼が千切れんばかりに加速し……、
「姉ちゃんたち、だいじょぶー?」
投げられた武器が彼女たちに当たるまでの一瞬で間に割り込み、見事に姉二人とオマケ数名を絶体絶命のピンチから救ってのけたのです。
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オマケ(※本編の内容には関係ありません)
暑中お見舞い申し上げます




