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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
十五章『新世界に至る道』

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たのしい世論操作


 もしもニホンに行けたら何をしたい?


 ある日、そんな記事が『ハンプティダンプティ』紙に載りました。

 記者が街の人々にアンケートを取り、その結果を順位別に並べるというだけの他愛もない企画。アンケートに答えた街の人々も、まさか本当に日本に行けると思っていたわけではないでしょう。


 特に大きな事件がない為の穴埋め記事。

 まさか白紙のまま新聞を刷るわけにもいかないので、新聞社というのは大抵そういった毒にも薬にもならないようなスペースを埋めるためのネタを常に確保しているものです。


 その例としては、今回のような思考実験じみたアンケート。

 親方から独立して自分の工房を持った職人の回顧録。

 どこそこに幽霊が出たとか、あの商会が潰れたのは死者の怨念がどうのこうのといった、根も葉もない怪談話。


 娯楽性偏重の『ハンプティダンプティ』新聞でもなければ、もう少しくらいは良識に配慮した内容であることがほとんどですが、新聞にこの手の記事が載ること自体はそう珍しいことでもありません。


 特にここ最近の学都付近は、表向きには平穏そのもの。

 首都に本社を置く大新聞なら他地方のニュースを扱うこともできますが、学都のニュースだけに特化した地域密着型の、言い換えると人手も資金も足りない弱小新聞社にとって平和というのは困りもの。

 これといったビッグニュースがないために、穴埋め用の小ネタのストックをどんどん放出せざるを得ず、最近では紙面の大半をこのような記事ばかりが占める有り様でした。



「ニホンに行けたらかぁ」


「それなら、やっぱ勇者様の顔を直に拝みたいもんだ」



 なので、普段から『ハンプティダンプティ』紙を購読している読者にも、まるで不審を持たれることはありませんでした。この手のアンケート記事というのは、実生活において何かの役に立つということは基本的にありませんが、ヒマ潰しの種としてはなかなか人気があるのです。


 ちなみに、アンケート結果のダントツ一位は“勇者様に会ってみたい”。

 二位に“食べ歩きがしてみたい”。

 三位“現地の人と話してみたい”と続きます。


 どこにもおかしな点は見当たりません。

 仮定の行き先が勇者物語に出てくるニホンというのが風変わりといえばそうですが、もし適当な外国の名を当てはめたとしても回答に大した違いはないはずです。アンケート結果の一位が消えて、別の何かが上位に繰り上がるだけ。三日も経てば、大半の読者はそんな記事を読んだことすら忘れてしまうでしょう。



「ふっふっふ」「わたし達の」「手のひら」「の上にいるとも知らないで」「呑気なものだ」「ね」「さあさあ」「明日の記事の」「準備はオーケー?」



 そして翌日。

 この日の一面は、かつて従者として勇者の旅路に付き添ったA国の騎士へのインタビュー記事。『ハンプティダンプティ』紙が他国在住の人物を取材対象とするのは、主に必要経費の関係でかなり珍しいのですが、絶対あり得ないというほどでもありません。


 それに勇者に関する特集というのは、どこの新聞でも大変に人気があるのです。

 実際に本人と話した人間による、世間にほとんど知られていない未公開情報ともなればなおさらでしょう。

 まあ未公開情報と大袈裟に銘打っても、その内容は勇者の得意料理が何かとか、あとは雑談の際のちょっとした発言程度のものですが、それでも新情報は新情報。今号の『ハンプティダンプティ』紙は飛ぶように売れ、まさかの緊急増刷が午前のうちに決定したほどです。



「まあ」「その騎士さんは」「名前を借りただけ」「で」「本当は勇者さん本人から」「レンリちゃん達が聞いた」「らしい」「けどね。できれば」「ぼくも」「勇者さん本人に取材」「したいん」「だけどなぁ。まだ」「ダメだって」「言われちゃったもんねー」「ねー」



 妊娠中の母体への負担を鑑みて、此度の一連の計画においては基本的にリサやアリスの手は借りない方向で進めているのですが、通信機越しに軽く話す程度なら問題ありません。


 もし勇者本人へのインタビューができれば、世紀の大スクープ間違いなし。

 なので、サニーマリーとしては是非とも直接の取材を熱望しているのですが、まさか今の段階でそんな記事を世に出せるはずもありません。

 彼(なおかつ彼女)の暴走を防ぐために、レンリ達もリサの迷宮都市の住所については秘密にしていました。もし念願の取材が叶うとしても、それは現状ある課題の何もかもが無事に解決して、大っぴらに日本との交流ができるようになってからになるでしょう。



 ともあれ、そんな勇者特集号は大好評。滅多にないことですが、その日に限っては『ハンプティダンプティ』新聞が、学都の新聞各紙の中で売り上げトップになったほどの評判でした。



 そして、次の日。

 前日の売り上げで負けたことに触発された……と見せかけて、普段は政治経済のお堅い記事を中心としているライバル紙も、勇者に関連する記事を強く打ち出してきました。


 もちろん、これも仕込みのうち。

 『ハンプティダンプティ』以外の各紙に対しても、同様の交渉と協力の取り付けはすでに完了しています。お堅い経済紙がいきなり勇者特集というのはやや唐突感もありますが、他紙に対抗する形であれば幾らか違和感も少なくなるでしょう。


 ちなみに実際の記事の内容ですが、地球に日本以外のどのような国があって、それぞれどんな文化があるのか、といった具合。かつて勇者が各国各地を旅していた頃に、かの人物と面会の機会を得た著名な賢者が個人的な手記に残しておいたものを、今回記者の求めに応じて初公開した……というような設定です。


 勇者の故郷としてよく知られていたニホン以外の国々についての情報は読者にとっても新鮮で、これまた緊急増刷即決の人気ぶり。実際には面会の事実はあっても肝心の会話の内容はまるで別物でしたし、そんな秘密の手記も存在を捏造されたモノなのですが。

 書かれている地球各国の情報にしても、当時勇者である以外は普通の高校生だったリサが語ったにしては詳しすぎて不自然なのですが、そんなものは関係者が口裏を合わせて黙っていれば分かりません。それに、なにしろ神様が計画の首謀者なわけですから、いくら嘘を吐いても天罰が落ちる心配はないでしょう。



 翌日以降も、他紙の人気に対抗するかのように各紙で地球や勇者に関連する記事が続けて打ち出されました。元々、勇者に関係するコンテンツは手堅い人気があったのですが、本人ではなくその故郷の世界を主な話題としたブームは目新しいものがあったのでしょう。

 都合よく未発見・未公開だったという体の情報があちこちで出てきては公開され、毎日のように各紙に掲載されました。無論、学都やG国内だけに限らず、各国で同様の工作が進んでいます。



「ふっふっふ」「ぼくも」「わたしも」「悪よのう」



 意図的に引き起こされたブームではありますが、着実に民間レベルでの地球に対する興味と好奇が醸成されつつありました。




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― 新着の感想 ―
とりあえず、東京に行ったらこれを食べろ! ってコーナーで胃袋掴んで、ゆめ…… とりあえず注意書にスカイなツリーや東の都タワーを倒したり、よじ登るのは死罪と書いて、富士山、に行っても不死にはならない。と…
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