上手にできるかな? マスコミを利用してプロパガンダを広めよう
ハンプティダンプティ新聞社のモットーは、面白さとインパクト最優先。
他紙ではメインとなる政治経済のような真面目で退屈な記事は申し訳程度にしか載らず、代わりとばかりに愉快で笑えるトラブルやユニークな取材記事ばかりが紙面を飾るといった具合です。
良識派の紳士淑女の皆様には眉をひそめられる内容も多々あれど、そうした独自の娯楽路線に舵を切っているおかげか根強いファンも少なくありません。
学都で購読可能な新聞に限れば、なんと業界三位という驚きのシェア率を誇っているほどです。もっとも、現在の学都で新聞を発行している会社は三つしかないのですけれど。
「やあやあ、お久し」「ぶりだね、レンリちゃん達。それから」「初めましての人達は」「初めまして。私と」「僕が」「敏腕記者の」「サニーマリーさ」
ハンプティダンプティ新聞社を訪ねたレンリ達を出迎えたのは、以前に取材を受けたことで縁ができた双子記者のサニーマリー。
グレーのおかっぱ髪に、エルフほど長くはないけど尖った耳。
しかし、その特徴はなんといっても、この奇妙な喋り方でしょう。
双子妖精という希少な妖精種である彼あるいは彼女は、いえ彼であり彼女でもあるサニーマリーは、二つの身体で一つの精神を共有するという珍妙極まる性質を有しているのです。
片方が取材で見聞きしている情報をもう片方が同時に記事として書けるため、新聞記者という仕事はまさに天職……だったら良かったのですけれど。妖精にありがちな自由奔放な気質と好奇心の強さが相まって、結局は二人同時に取材に出たりするものだから、せっかくのメリットを十全に活かせているとは言い難いものがありました。
「それで今日は」「ネタの持ち込み」「だったっけ。ううん、国の」「お仕事のお手伝い」「だったかしら? まあ、楽しければ何だって」「大歓迎だよ」
ここまで来ておいてなんですが、この調子で喋る双子を見ていたらレンリ達もちょっぴり不安になってきました。なにせ、相手はその場その場の楽しさが最優先の双子妖精。他世界との交流を進めるための根回しなんて事情を知られたら、せっかく慎重に進めてきた計画が台無しになるようなトラブルに繋がりかねません。
実際、サニーマリーだけに任せていたらそうなったのでしょうけれど。
「こりゃ、お客が話し始める前にベラベラ喋るんじゃないと言っとろうが!」
「ぎゃふんっ」「あいたたた……」「もう社長ってば」「そんな風に怒る」「から、ストレスで頭が」「涼しくなるんだよ」
新聞社の玄関先で喋り倒していたサニーマリー達の頭に、建物の奥から出てきた禿頭に白髭の男性が両手で左右同時にゲンコツを落としました。どうやら、この初老の人物がハンプティダンプティ新聞社の社長であるようです。
「さあさあ、よくぞいらっしゃったお客人! まだ詳しいことは聞いとりゃせんが、伯爵の旦那の肝いりとあっちゃあ大した特ダネに違いない。玄関先じゃあ誰に聞かれるかも分からんし、ひとまず奥の応接室までおいでなさい」
「応接室? そんなの」「ウチにあったっけ? あ、もしかして」「社長室の隣」「かな?」「使わない資料とかを」「適当に放り込んでる倉庫」「のこと。きっとそうだね。よく」「私達が」「サボってお昼寝してるお部屋だね」
社長氏はそこで再度ゲンコツを落とすと、何事もなかったかのように案内を再開しました。どうやら、この会社ではサニーマリーが余計なお喋りをしてはゲンコツを喰らうまでが、よくある日常の光景なのでしょう。
そうして通された応接室、恐らく普段は資料倉庫として使っている部屋は、まるで昨日今日で慌てて掃除をしたかのように少しばかり埃っぽくなっていました。きっと部屋の中に詰め込んであったモノをよそに移して椅子を並べ、最低限の体裁だけを整えたものと思われます。あえて誰も指摘はしませんが。
「やあやあ、狭苦しいところで申し訳ない! ほれ、お前ら、突っ立っとらんでお客に出す茶と菓子でも持ってこい」
「うん、合点承知さ。何を隠そう」「僕は」「お茶を淹れる名人なんだ。適当に」「お湯を沸かして」「適当にお茶っ葉を放り込むしか」「できないけどね。ところで、ウチの会社に」「買い」「置きのお茶菓子なんて」「気の利いたモノがあったっけ?」「あ、もしかしてアレ」「じゃない? 社長が」「コソコソ」「隠してたのを私が見かけて」「オヤツにもらった」「箱入りクッキー! あれ」「美味しかったねー」「ねー」
またもやゲンコツが落とされました。
残念ながらお茶菓子は出てきそうにありませんが、それについては忘れてそろそろ本題に移るべきでしょう。このままサニーマリーの調子に合わせていたら、いつまで経っても仕事の話ができません。
「これからお話することには、既存の常識から大きく外れたことも少なからず含まれますが、疑問については都度答えさせていただきますので」
代表して社長に話すのは日本国外務省の外村氏。
これまで似たような説明を何十回も繰り返してきただけあってか、話し方にも慣れと余裕が感じられます。これまでの貴族や学者にしたように、日本から持ち込んだ機械類などを証拠として見せながら、他の世界との接触が間近にまで迫っていることを伝えました。
「わあ、すごいすごい!」「大スクープだ!」「早速」「あることないこと」「記事にしな」「きゃ……ぐえっ!?」「んもうっ」「社長ってば」「なんで止めるのさ」
話の途中から大興奮のサニーマリーでしたが、早速記事にしようと走り出したところで、二人揃って襟首を掴んで止められました。社長氏には二人の行動が完全に予想できたのでしょう。
「ははぁ、こりゃあ、あれですかい? ウチみたいな新聞を利用して世論をコントロールしようと?」
「その通り。流石は社長さん、話が早いね」
社長の問いに今度はレンリが答えました。
目的はマスメディアを利用した世論のコントロール。
まだ新聞の登場から日が浅いこの世界では地球と比べて「実例」不足ではありますが、マスコミ関係者ならばその威力は十分に想像できるものでした。
ペンは剣よりも強し。
もし方向性を誤れば、一つの記事が何千何万もの人間を死なせかねない。
社長氏はその危険性を察する聡明さを持ち合わせていたようです。
「ふむ、しかし言っちゃあなんだが、なんでウチみたいな小さい会社に? 新聞なら他にデカいところがいくつもあるだろう?」
「無論、他社についてもこれからアプローチをかけていくつもりだとも。ただ、そこのサニーマリー君とは以前に縁があったものでね。これからマスコミを利用していくに当たって、まずは多少なりとも気心の知れた相手がいる会社を相手に感触を測りたかったってところかな」
首尾よく協力を得られれば、それで良し。
残念ながら拒否されても、それはそれで仕方ない。
なにしろ、コトは既存の常識を大きく逸脱した世界的事業。
先程、新聞社の面々にしたように、明確な物証でもなければ大抵は根も葉もないホラ話だと思われてそれでおしまい。仮にここまで聞いた後で手を引いて、その上で知ってしまった秘密を記事にしても、さしたる意味はありません。
ましてや普段からのハンプティダンプティ紙の傾向を考えれば、まともに信じる者はまずいないでしょう。流石のレンリでも社長に直接言うのは憚られたようですが、最初に接触を図るマスコミにハンプティダンプティ新聞社を選んだのには、そういう理由もありました。
「もちろん、協力してくれたら相応のお礼はするつもりさ。例えば、このカメラなんかは写真に限らず動画も撮れるやつなんだけど」
「わあ、何これ何これ!」「すごいね、写真みたい」「だけど」「僕が動いているよ!」「協力したら、本当に」「これを貰えるの? ねえねえ」「社長。私、あれ欲しい」「きっと」「すごい記事が」「できると思うんだ」
社長氏は頭の左右からまくし立ててきたサニーマリー達にゲンコツをプレゼントして静かにさせると、しばし黙考。続く説明によるとデジカメ以外にも数か月分の売上に相当する金銭や優先取材権など様々なメリットを得られるようですし、一個人としても大いに興味をそそられる話です。
どんな話題をどのタイミングで載せるのか、そういった部分にお上からの強制を受けるのは正直面白くないにせよ、それについても未来永劫縛られるわけではなく一時的なモノに過ぎません。
リスクを恐れてこの話から手を引いたとて、恐らく同業他社は十中八九受けてくるはず。ならば、おのずと答えは決まっていました。
「いいだろう、その話引き受けさせてもらおうか」
「やったぁ!」「さっすが、社長。これで」「あのニホンのカメラは」「私のモノ」「ってことで」「いいんだよね。あれ? でも」「結局受けるなら」「なんで僕」「殴られたのさ」「社長ってば、酷いなぁ」
もはや誰もが予想できてはいましたが、またもやゲンコツ。
ですが、痛みに呻いていたのも束の間。
サニーマリーは大ハシャギで、デジカメを手に応接室で踊り始めました。ここでまたもや追加のゲンコツが飛んできたのは言うまでもありません。
「具体的な記事の内容や掲載スケジュールの相談については、また後日」
「当面はそこで転がってるサニーマリー君を、指定した宿の部屋まで連絡役として遣いに出してもらうようにするのがいいかな。ところで、キミ達大丈夫? 殴られすぎて、また死んでない?」
と、まあずいぶんと騒がしい一幕ではありましたが、これでいよいよマスコミを利用したプロパガンダの準備が整ったというわけです。




