敵前じゃんけん戦闘考察フリートーク全部入り
音速の千倍以上で迫る鋼鉄の壁。
それが上下左右あらゆる方向から絶え間なく襲ってくる。
百腕巨神の拳撃とはそういったものでした。
「ははっ、これは凄まじいな」
鍛錬に鍛錬を重ねて今や並大抵の神では及ばぬ領域に至ったシモンでさえも、この連撃は容易に避け切れるものではありません。彼我のサイズ差があまりに大きすぎるゆえ、位置関係の都合から一度に百腕のすべてが狙ってくるわけではないものの、それでも毎秒最低でも百以上もの攻防を強いられることとなりました。
辛うじて回避した拳を足場に跳躍。
いちいち地上に降りる余裕はありません。
敵は不死身の優位を活かすためか、あるいは単に多腕の肉体に不慣れなせいか、自身の筋骨が折れようが千切れようがお構いなしに攻撃を繰り出してきます。
「おお、これは避けられんな。まさか自身の肩から先を引き千切って、鈍器として振り回すとは」
間合いの外まで大きく退避しても油断は禁物。
奇想天外な工夫でリーチを二倍近くにまで伸ばしてきました。
このままマトモに受ければ、シモンはバットに打たれたホームランボールのように遥か宇宙の彼方まで弾き飛ばされてしまうでしょう。
「流星剣!」
『うんうん。別に必須ってわけじゃないんだけどね、やっぱりここぞって場面で名前呼ばれるとテンション上がるわ』
が、巨神の攻撃はシモンを僅かに動かすことも叶いません。
愛剣、流星剣の効力によって必殺の威力は完全にゼロに。そのエネルギーは瞬時に膨大な魔力へと変換されて、持ち主であるシモンの強化へと用いられます。
「うむ、大した威力だ! ふっ」
高密度の魔力が稲妻のように体表でスパークを発生させた状態で、シモンは一気に反撃に出ました。自身に向かってきていた拳をギリギリ躱しざまに小指と薬指を切断。続いて近くに位置していた腕の手首や肘を八本まで連続で切断。
なにしろ自分で自分の腕を引き千切って平然としている相手だけに、これだけでは痛打を与えたうちにも入りません。先程バット代わりにした腕もすでに半ばまで生えつつあるほど。せいぜい再生完了までの五秒かそこらの隙を稼げた程度でしょうか。
「さて、都合の良い弱点でもあればよいのだが」
相手の腕を足場に縦横無尽に宙を駆けるシモンが目指したのは、百腕巨神の胴体部に埋まるように存在する無数の頭のうちの一つ。
本来、これだけ腕が多ければ自らの腕が大きな死角を作って敵を見失ってしまうところでしょうが、そうなっていないのは胴部の各所に存在する目がシモンを捕捉し続けているからに他なりません。
「普通に潰してもすぐ回復してしまうのだろうが、これならどうかな?」
巨神の肩近くに生える頭の目前にまで接近したシモンは、巨大な眼球……ではなく、そのすぐ上の額を二度三度と斬りつけました。もちろん傷そのものはすぐに塞がってしまいますが、一時とはいえ流れ出た血は重力にしたがって下方の眼球へと流れ込みます。
ボクシングなど打撃系の格闘技では、ある種のテクニックとしても純然たるアクシデントとしても珍しくない、額のカットにより流れた血で目が塞がる視覚阻害。眼球そのものにダメージはないため、自慢の再生能力では対処できないのでは……というのが、シモンの仮説および戦術でした。
もしこの方法による視覚封じが有効なようならば、他の頭部にある目も同じように封じて回り、百腕の死角をどんどんと封じていくのが良いだろう、と。
刹那、そんな思考に意識が寄ったせいで反応が遅れてしまったのかもしれません。
「むっ、これは避けられんな。流星――」
回避動作の入りが僅かに遅れたシモンは即座に受けを選択。
先程と同じように流星剣で確実に受けたまでは良かったものの、
「……はて、普通に痛いな?」
何故かステラの機能は不発。刀身越しに思い切りブン殴られたシモンは、凄まじい速度で飛ばされて地面に深々とメリ込むことになりました。
◆◆◆
「シモン。一分」
「おお、もうそんなに経っていたか?」
まあ、当たり前のように無事なのですが。
『ダメージ』を斬ったシモンに怪我は残っていませんし、流星剣は元より破壊されても再生するのが特長。ですが特徴に関して言うならば、先程の打撃力の無効化と吸収が叶わず不発に終わったのはどういった理由によるものか。
『ごめん、よく分かんないけど何か無理だったわ!』
「なに、気にすることはない。人間、時には調子が悪いこともあるだろう」
『ありがと。人間じゃないけどね』
ステラが何かを失敗した、ということはあり得ません。
そもそも流星剣の機能そのものは、剣に彼女の人格が芽生える以前からあったもの。刀身の再生を応用した形状変化については失敗する可能性もあるかもしれませんが、最初から備わっていた無効化機能が不発というのは考えにくい。にも関わらず実際起きているということは、そこには他に何かしらの理由があるはずで……。
「じゃんけん、ぽん!」
『じゃんけん、ぽん!』
みたいな話を、シモンはライムや迷宮達と攻撃を避けつつじゃんけんをしながらしていました。一人が前に出れば自然とその一人に攻撃が集中しますが、皆で固まっていると、どうしてもまとめて狙われてしまうようです。幸い、注意が分散するせいか避けやすくもあるのですが。
「ぽん。負け……あ、そういえば私もさっき殴られた」
「ライムがアレと一緒に地面から出てきた時のことだな。敵の攻撃から『自由』であるはずが当たったとなると、やはり何かしら敵の能力が関係していると考えるべきかじゃんけんぽん……む、残念。今度は俺も一回休みか」
考えられるとすれば、相手の能力なり武具の特性なりを無効化する異能。
あるいは、そういった要素の一切を無視して必中を狙える能力。
なんらかの武術か魔法かまでは現段階では不明ですが、割とありがちなのはこのあたりでしょうか。敵の元となったのが未知の異世界の神々だけあって、シモン達の経験の引き出しには存在しない、まだ見ぬ戦闘技術の存在だって否定はできません。
『あいこで、しょ! あ、今度は我の勝ちみたい。それじゃあ行ってくるわね』
「うむ。正体は分からぬが、もしかするとヒナが液体に変化していても打撃を通してくるかもしれぬ。気を付けるのだぞ」
『うん、なるべく当たらないようにするわね』
雑談中にも進んでいた第二次じゃんけん大会の勝者はヒナ。
本来、自身を液体にすれば物理的な攻撃はほぼほぼ無力化できるはずですが、シモン達の考察が芯を喰っているのなら能力の過信は禁物です。
『とりあえず、さっきのシモンさんの続きから行ってみようかしら?』
まあ用心は大事にせよ積極的に攻めないことには勝ちもなし。
ヒナは、周囲の地面に流れ落ちた巨神の血と、元から『悪神666同盟』世界にあった池や川や海など、ざっくり付近千キロメートル以内に存在する液体を支配すると、それを百腕巨神の全身にある頭部、その眼球目がけて射出しました。




