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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
十五章『新世界に至る道』

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『外側』


 世界獣を追って、いざ世界の『外側』へ。

 よくよく考えれば無謀とも言える試みだったのですが、成果の出ない待ち伏せに皆うんざりしていたのでしょう。シモンが斬り開いた穴の中へと、迷宮達は意気揚々と飛び込んで行きました。



『ここが世界の外側なのね。なんて言うか、とっても……抽象的? なの』



 ですが、威勢が良かったのはそこまで。

 物質が物質として存在しない、無数の概念情報で満ち満ちた空間は、今のウル達をしてなお一筋縄ではいかない場所でした。なにしろ自分達がその場にいることは分かるのに、その自分達の形すら影も形も見当たらない。もし将来的に人間の人格を完全にプログラムのゼロとイチの組み合わせで再現できるようになったら、その電脳空間にいる当人の自己認識はこんな感覚かもしれません。


 言語を介した如何なる例えでも正確な表現は困難、いえハッキリ不可能なのですが、それでも強いて例えるとすれば極彩色の光の粒が充満した宇宙空間。上も下も右も左も定かではなく、コンマ一秒ごとに視界を埋める色が切り替わる。

 仮に常人がこの空間に触れたなら、きっと莫大な情報量を処理しきれずに、たちまち正気を喪失してしまうことでしょう。正直、自信満々で乗り込んできたウル達ですら頭がくらくらしてくるほどです。



「ううむ、なんとも名状しがたい所だな。だが、この存在しているだけで負荷のかかる感じは、魂を鍛えるトレーニングに使えるかもしれぬ」


『ふふ、いちいち指摘するのも野暮かもしれませんが、まあ一応。シモンさん、なんでいるんですか? なんで無事なんですか?』


「なんでも何も、ゴゴ達が戻るには誰かが帰り道を開く必要があるだろう? 俺は最初からそのつもりだったのだが。無事な理由は……鍛えているから?」


『そうですか、鍛えてるなら仕方ありませんね。まあ現実的には、シモンさんの形のないモノを認識できる力で、本来存在しないはずの脳機能の代用をしてるってあたりでしょうか』


「後でライムに教えてやったら、あいつも来たがるかもしれんなぁ」



 ちょっとした行き違いで何故か一名多くなっていましたが、来てしまったものは仕方がありません。酸素が存在しているのかも定かではない環境ですが、きっと空気の概念を取り込んで肺の概念を動かしているとか大体そんな感じで生命維持しているのでしょう。



『ちょっと! いつまでもお喋りしてないで、早く用事を片付けて帰りましょう!』



 未知の空間に興味を持つのは仕方のないことですが、あまり長居をしたい場所ではありません。ヒナの言葉で目的を思い出した皆は、それぞれ周囲を見渡して――目も耳もないのに見渡すというのも奇妙な感覚でしたが――要した時間が一秒か一時間かも不明ですが、それらしき概念情報を発見しました。



『ちょっぴり慣れてきたのです。ほら、ここのコレ……と言っても分からないですけど、今のモモ達みたいになったサンドワームの概念があるのです。詳細を読み取るのは難しいですけど前から順番に――砂、砂、喰う、餌、鉄、砂、怖い、追跡、逃亡、穴――みたいなイメージが伝わってくる、ような気がするのですよ』


『くすくす。きっと探していた虫さんに違いありませんわね』


『同意。推定。察するに、件のワームがこの空間に逃げ込む直前の記憶かな。言語を介さない原始的な思考だけに解読には苦労するけれど、恐らく「餌」は犠牲になった人間。「鉄」は一緒に呑み込んだ車や調査機材かな。「怖い」以降は我々に追われて逃げ込むまでと推測するよ』


『あい!』



 と、まとめて第四から第七までの妹達。

 彼女達もこの場所に不慣れなりに色々と思考を巡らせていました。

 状況的にもモモやヨミの推理でほぼほぼ正解でしょう。



「ううむ、俺は皆ほど上手く見極めができぬようだ。まあ、それについてはいずれ修行で克服するとして、喰われた者達の様子は分かるか?」


『うーん、多分だけど皆死んでるっぽいの……えっと、全員ほとんど即死だったみたいなのよ。何が起こったかも分からなかったと思うの』


「そうか。とはいえ、ネムの手を借りれば蘇生の見込みはあるわけだ。下手に生きてここに来ることを考えたら、かえって死んでいて幸運だったかもしれぬな。俺が言うのもなんだが」


『本当にシモンさんが言うのもなんなのよ?』



 残念ながら生存者はいないようですが、魂がどこかに飛んで行ってしまう前ならリカバリーの余地はあります。即死して死亡時の記憶があまり残っていないのならば、心的外傷などの心配も比較的少ないはず。ちょっとドライに割り切りすぎな感もありますが、最悪のケースを考えれば上々の結果と見るべきでしょう。



「さて、では待っている皆を早く安心させてやらねばならぬし、これ以上長居せずに退散するとするか。ところで、今は手も足もないのだが俺はきちんと技を使えるのだろうか?」


『シモンさん、我それはちょっとどうかと思うのよ!?』



 そんな懸念も出てきましたが、この点については問題なし。

 元々、その気になれば気迫とイメージだけで概念斬りが可能なシモンにとって、手や足がないことは問題にならなかったようです。無事に『外側』から世界の中へと通じる道を開くことができました。



「おお、そういえばあの場所では時間の流れが異なるとも言われていたな。帰った頃には百年が過ぎていた、みたいなことがなければよいのだが」


「いや、それについては大丈夫さ。なにしろキミ達が行ってから帰ってくるまで、まだ三十秒ほどしか経っていないからね」



 シモンの声に応えたのはレンリでした。

 どうも彼女達の視点からすると、シモン達は穴に飛び込んだ直後にもう戻ってきたようなのです。『外側』の時間の流れが不安定さが、今回は幸運にも都合の良い方向に働いたということでしょう。



「よし、それではこれ以上消化が進まぬうちに魔物の腹を開いて、喰われた者達や機械の回収を――――」



 あとは犠牲者を復活させて、自動車や機械類もついでに元通りにすれば万事解決。シモンや迷宮達がそう考えてしまったのも無理のないことですが……。



「ああ、ごめん。それ、ちょっと待ってもらえるかい?」


「む? レンリよ、それはどういう……いや、いい。分かった」



 レンリが指差した方向を見て、シモンは言葉にしかけた質問を引っ込めました。

 被害者の蘇生を遅らせてでも優先しなければならない状況とは……。



「……いったい何百匹いるのだ? 正直、あれだけいると気色が悪いな。しかもアレ、俺の目の錯覚でなければ何匹か空間喰い破ってないか?」


「うんうん、やっぱり見間違いじゃないよね」



 元々は待ち伏せのために砂漠に掘った深い穴。

 それがまるで生け簀か虫かごであるかのように、何百何千という数のサンドワームが穴の中にひしめいていました。しかも、その全部かどうかは分かりませんが、最低でもそのうちの数十匹は、先程探し出してきた個体と同じように空間を喰い破っているように見受けられます。



「世界獣って滅多に出ない激レアって話だったはずなんだけどね。何これ? 排出率アップキャンペーン中?」



 一匹や二匹ならまだしも、これだけの世界獣が一斉に湧き出すとなると、まず偶然とは思えません。何者かの作為が働いているのか、それとも自然な進化の結果として生物種単位でこのような能力を獲得するに至ったのか。現時点では、そこまで確認のしようもありませんが。

 空間を喰い破った穴にしても、数が少ないうちは放っておいても自然に塞がるため大した悪影響はないのですが、巨大な怪生物が何十何百と穴を開け続けていたら流石に世界に対する何らかの悪影響が出そうです。シモンやウル達が出かけてから帰るまでの数十秒で、いったい何がどうなればこうなってしまうのか。



「はいはい、それじゃあチャチャっと片付けてくれたまえ。なぁに、しょせんはいつもみたいな世界の危機さ。皆、もうすっかり慣れたものだろう?」



 あまり慣れたくはありませんが、果たしてこれが通算何度目の世界の危機だかも分かりません。今更大して取り乱す者もなく、シモンや迷宮達は最短最速で眼前の怪物達に襲いかかりました。



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― 新着の感想 ―
シモン〉身体は筋肉で出来ている。心はチョイ硝子、血潮はプロテイン、きっと無限のムキムキで出来ていた。 シモン、バキとか言う物に近く濃い存在になりそうだよ(笑)
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