ヘブンクラフトデスワーム
結局、理想の天国についての話し合いは以下のような形で決着しました。
ヒナが提案したような、白い雲の上に美しい花園があるようなクラシックスタイルの天国と、それに加えて三つか四つほど、過ごしやすい環境の天国を創って自由に行き来できるようにする。
第三迷宮のような南洋のビーチ風であったり、第一迷宮の安全地帯のような森林であったり。また、そういった自然に近い環境だけでなく、高層建築が密集した都市スタイルの天国も想定しています。
詳細については実際に創りながら詰めていくとして、このどこにでも好きに移動できて住むことができるというルールなら、大抵の需要に応えることができるのではないでしょうか。
『ここをこうして、ああして……っと。やった、できたの!』
「今度こそ本当に大丈夫だろうね、ウル君? うっかり次元の狭間で迷子になりかけるのはもう勘弁だよ」
そしてここからが肝心の工夫なのですが、天国の住人は誰でもひとつ、自由に内部構造をセッティングできる庭付き一戸建てを持ち歩くことができるのです。
もちろん迷宮達やルカやシモンやライムやガルド氏など……ちょっと例外が多すぎますが……そんな桁外れの怪力の持ち主でもなければ、普通は家を担いで持ち歩くなどできるはずがありません。
しかもそれが庭付きともなれば、仮にパワーが十分であっても形を崩さずに移動させるのは至難の業。まさか死んで天国行きになった全員に、まずジムで厳しいトレーニングを課して不可能を可能とする筋力とバランス感覚を身に付けさせるわけにもいかないでしょう。
「それじゃあ、もう一度。いや、各自百回ずつくらい出入りに不備がないか確認しておこうか。今日のところはね。本当はもっと人数を増やして何万回もやったほうが良いんだろうけど」
『ゲームのデバッグ作業ってこんな感じなのかしら? 面倒臭いけど頑張るの』
そこでウル達が考えて創り出したのが、神ならぬ只人でも行使できるようにした小権能。自分専用の異空間を創って、いつでもどこからでもアクセスできるようにする。正確には、それができる能力と権限を貸与するといったものです。
相当に凄まじいことをやっているように思われるかもしれませんが、実は現行の世界においても一部の妖精が自力で似たようなことをやっていたりします。
人間や魔物が立ち入れない安全な住処として活用したり、悪戯や遊びに使ったり、時には人間の子供を迷い込ませたり。そうしていなくなった子供は、何年何十年も経ってから当時と同じ年齢のままで帰ってきたり、人間の魔法とも違う不思議な力を扱えるようになっていたりすることも。
古くから世界各地で語られる神隠しや取り換え子といった現象の幾らかは、こうした妖精の世界に入り込んだが故のものであったのです。
手の甲に刻まれた刻印に意識を集中することで件の空間へと移動し、空間内部で同じようにすると出てくることが可能。別に刻印の場所が手の甲である必要はありませんし、同等の効果を持つ装身具などを創って身に付ける案もあったのですが、そこは特に重要ではないのでひとまず全員同じようにしています。実際に新天国の運用を始めたら自由に選択できるようにするのが良いでしょうか。
「許可を出した相手の出入り可能処理、許可を取り消した相手の侵入不可処理。すでに内部に入っている状態で侵入への同意、あるいは許可の取り消しによる自動排出。一通りは大丈夫そうだけど、何か起きた緊急時に……いや、そもそも死んでるのに何が緊急なのかっていう具体例はちょっと思いつかないんだけどさ、そういう時のマスターキーみたいのもあったほうが良くない?」
『あ、それは全然大丈夫なの。我や他の子達なら普通に開けるし。お祈りする要領で念じてくれたら声も届くの』
「それはそれでキミ達がいちいち手間を取らされて煩わしいんじゃない? そういう雑用を任せられる使い魔とか、それこそウル君達にとっての『使途』や『天使』みたいのがいたら、何かと便利なんじゃないかな」
『うーん、一理あるけど、それはそれで管理が面倒っぽい気がするのよ。それくらいなら機械的に自動化できる仕組みを創ったほうが手間は省けると思うの』
なんだか普通の会社の構造改革のような会話ですが、実際スケールが違うだけで本質は似たようなものかもしれません。
トップの女神を社長か会長とすると、ウル達姉妹はその下の副社長や理事といった重役クラス。人間でありながら特殊なポジションにいるレンリ達は、さしずめ社外の相談役や顧問弁護士というあたりでしょうか。今は重役連中が顔を突き合わせて、コストカットや事業計画についての会議の真っ最中というわけです。
「ま、こんなところじゃない?」
『うん、これ以上は実際に反応を見ながら手を入れていけば大丈夫だと思うの』
レンリやウル達としても、こうして自分達が考えた天国が完全無欠だとはまったく思っていません。一応、大きな不具合がないようチェックはしたつもりですが、実際に運用を開始したら不満や不具合は出て当然。まあ神様相手に堂々と文句を付けられる人間はそうそういないにせよ、内心でそういう気持ちが生じることはあるでしょう。
ですが、この天国の最大の長所は拡張や改善の余地を大きく残していることそのもの。そういった柔軟性を活かして少しずつ改良を重ねていけば、やがては万人にとって快適な場所となるはずです。
◆◆◆
「おや、もう夜か。思ったより長く話し込んでたみたいだね」
レンリ達が天国論に一段落つけて第三迷宮から出てくると、外はもうすっかり日が落ちていました。まだ深夜というほどではありませんが、その一歩手前。大抵の人はとっくに帰宅しているか酒場で一杯引っかけている頃合いです。
話し合いの最中にも各自が持ち込んだお菓子やら、第三迷宮に自生している果物やらで適当に小腹を埋めてはいましたが、時間を意識するとやはりしっかりした食事が欲しくなってきたようで。
「どうしようか、どこか適当な食堂にでも……おや?」
待たずに入れそうな食事処を探しながら、皆で学都の通りを適当に歩いていた時のことです。知り合いの声が聞こえたような気がして視線を上げると、夜空からシモンが降ってきました。まあ、時にはそういうこともあるでしょう。
「やあ、シモン君、こんばんは。もう仕事は上がった頃だろう? これから皆で食事に行くんだけど、どうだい。良かったらキミも一緒に」
「ありがたい申し出だが、生憎と今はそれどころでなくてな。ウル達も一緒とは都合が良い。すまぬが、皆、これからちょっと付き合ってくれぬか?」
どうやら、シモンは偶然通りかかったのではなさそうです。
何やらひどく慌てている様子。
ハッキリ言って、トラブルの匂いがプンプンします。
「まあまあ、落ち着きたまえ。同行するのは構わないけれど、まず何があってどこに行くのかを説明するのが筋というものだろう?」
「うむ、それもそうだ。俺も日本の者が無線で聞いた話の又聞きゆえ、それほど詳しい事情が分かっているわけではないのだが……まず、大陸西の大砂漠で油田が見つかってな。どうも現地の案内人と共に調査をしていた自衛隊の人間が石油が、湧きだしているのを見つけたらしいのだが」
「へえ、油田か。地球との交流が始まったら売り物になって現地の経済も潤うだろうし、それは良いことなんじゃないの?」
「それはそうなのだが、ここからが問題でな。現地の学者を雇ったり、コスモスの奴に連絡して日本からその手の専門家を呼び寄せたり、埋蔵量を調べるための機械を取り寄せたりと、大規模な調査の準備をしていたそうなのだが」
「ふぅん。そこまで進んでたってことは、見つかってからもう何日かは経ってたんだね。学都周りはともかく、他の地域で何がどう進んでるかの進捗は外村さん達に任せきりで全然確認してなかったからなぁ。で、それからどうしたんだい?」
「喰われた」
「はい?」
シモンの言葉を理解しきれなかったレンリが聞き返しましたが、その答えは変わりません。
「だから喰われた、らしい。集まった者達も、取り寄せた機械やら自動車やらも全部まとめて。辛うじて難を逃れた者によるとモン……なんとかデスワームだかの、馬鹿でかい魔物がいきなり砂漠から出てきて、何もかも全部丸呑みにして行ったとか」




