イノベーティブ&クラシカル
全人類の不老不死化。
もし世界から「死」がなくなれば天国も地獄も無用の長物。
まさにネムらしい固定観念に囚われなさすぎる発想です。
『困ったことに、可能か不可能かで言えば多分できちゃうのですよね。ほら、昨日の地獄見学の時に使ってもらったボディがあるじゃないですか? アレでそのまま普通に現世で暮らしてもらう感じで』
これが実現不可能ならば単なる机上の空論として片付けることもできたのですが、モモの言うようにその気になれば出来てしまうのが問題をややこしくしています。
昨日の地獄訪問の折に皆の魂を移し替えて動かした仮の肉体。
痛みや苦しみを感じることもなく、時間経過で老いたり衰える心配もなく、また少々の破損なら数分とかからずに修復される。修復が追いつかないくらい大きな破損をしたり、脱出不能のクレバスに落ちるとか魔法的な手段で封印されることがあっても、その時はまた魂を新しい身体に移せば良いだけの話です。
『発想。再現。正直に言ってしまうと、あの仮ボディは我々の生態をモデルにしているからね。正確にはそのダウングレード版といったところかな。運動機能やら各自の固有能力やらにかかるコストを削って量産に対応した感じ』
ヨミからも補足が入りましたが、いくらでも新しい「自分」を出して記憶や経験を引き継げる迷宮達自身の模倣。仕組みの構築がスムーズに進んだのも当然かもしれません。
『あぃ?』
『うんうん、でも地獄の見学以外にも使うとなると、もっと改良は必要そうなの。具体的には、舌の痛覚がないのにカレーを食べてもつまらなさそうなのよ』
アイはよく分かりませんが、ウルの言うことには一理あります。
仮の肉体の常時使用に伴って想定される不満点の改善・改良。
そのあたりを細かく詰めていくとなると大勢のモニターを募っての検証は必要でしょうし、機能面に凝れば凝るほどに一体あたりのコストは跳ね上がります。
『待って待って! いつの間にか、どう実現するかの方向で話が進んじゃってるわよ。死後の世界を全廃するっていうのは流石にナシだと思うけど』
『ですよねぇ。ちょっと話題が極論に走り過ぎているような気はします。我々がその気になれば不老不死化を実現できる可能性があるというのも、現状では人間の皆さんには伏せておいたほうがよろしいかと』
ヒナやゴゴは、そもそもこの話題に否定的なようです。
いくら肉体が不死になっても精神面が伴っていなければ、いずれどこかで破綻して狂気や絶望に陥る人も出るでしょうし、現行の社会システムそのものにも大幅な手入れが必要でしょう。
人間の生命が有限であるうちは、組織や業界の上に立つ者が老いて自然と若い世代に交代していくものですが、これがいつまでも若いままでは社会が硬直して健全な世代交代が阻害されてしまいます。
あらゆる部分に任期制を設けて義務付けるにしても、すでに社会の高いポジションにいる人が素直に後進に席を譲るとは限りません。形の上では引退しても、後任を傀儡として実質的な権力者として君臨し続けるなどの裏技に出る者だっているかもしれない。いえ、まず間違いなく出てくるはずです。
「いくら不死身になっても、よっぽどメンタルが図太くなければ耐えられないってのはあるかもね。まあ、それも私達がそう想像したってだけだし、実際やってみたら案外うまく順応しちゃうのかもしれないけど」
「だからって、駄目元で試してみようって風にはいかないだろ」
「うん……長生きは、したいけど……それは、ちょっと」
人間代表の三人、レンリとルグとルカの反応はこんな具合。
まだ十代中盤という年齢ゆえに老いの恐怖をリアルに感じたことがないせいかもしれませんが、いきなり不老不死になるというのは気が引けてしまうようです。
「全人類を、というのは極端すぎるしハードルも高いけど、一部の人間だけというなら考えようによってはアリかもね。たくさん善行を積んだとか生前に大きな業績を残したとか。それで普段は天国にいるけど一度だけ、いや、年に一日……でも、まだ少ないか。年に何日か何十日か、具体的な日数については後で詰めるとしても、たまに仮の肉体を使って現世に顔を出せるようにするとかはどうだい?」
『お姉さんのアイデアだって漫画ネタのパクりじゃないの!? あんまり我のこと言えないのよ!』
「ふふふ、ウル君や。世の中にはこんな便利な言葉があるのだよ。『ヨソはヨソ、ウチはウチ』ってね。ちなみに他の人が羨ましい時は都合良く忘れるのがポイントさ」
『こ、この女……っ!?』
元ネタについてはさておいて、「死」そのものを無くすというネムの原案と比べると、レンリの出した折衷案はだいぶ穏当なものに思えてきます。即これを採用とはいかないにせよ、迷宮達にとっても大いに参考にはなったのではないでしょうか
『次、いいかしら? 我はやっぱり昔ながらのクラシックでオーソドックスな天国も、そう捨てたものじゃないと思うのよね』
前の話題が一段落したと見てか、今度はヒナが手を挙げました。
「ヒナ君、一応確認だけどクラシックでオーソドックスな天国というと?」
『雲の上にあって、綺麗なお花が咲いてて、透き通った川が流れてて……あと、いつでもほどよく暖かくて過ごしやすい、みたいな?』
「あ~……まあ、分かるけど。子供向けの絵本の挿絵とかで見るようなやつだよね」
ヒナならずとも、天国と言われてそのような光景をイメージする人は少なくないでしょう。人によっては、ここにレンリがリクエストしたようなご馳走食べ放題や、望み通りに尽くしてくれる好みの美男美女がセットで付いてくるかもしれませんが。
いわば、最大公約数的な天国のイメージ。
ただし問題があるとすれば……。
「いや、それも悪くはないんだけどさ……つまんなくない?」
『え』
『あっ、我もそれちょっと思ったの。平和なのは良いけど、綺麗な景色を眺めてお昼寝するだけじゃ三日もしないで飽きそうっていうか』
『え』
『モモはヒナの天国好きなのですよ? 毎日何もせずにゴロゴロ怠けて過ごすのサイコーなのです』
『え』
レンリ、ウル、モモの反応に対するヒナの『え』三連発。
モモは肯定側でしたが、その理由がより深い精神ダメージを与えたようです。
『どうやら、我が間違ってたみたいね。クラシック案は撤回させてちょうだい……』
「いやいや、別に間違ってるとは言わないさ。ただちょっと、現世の本が新刊の発売日に入荷するようにして欲しいだけで。あと歴史上の既刊本が全部揃ってる図書館ね。神様ならそれくらいできるんじゃない?」
『そうそう、別に悪くはないのよ? ただちょっと、Wi-Fiの電波が遅延なしで届くようにして欲しいだけなの。あとは服屋さんとオシャレなカフェと、ゲームセンターも欲しいなって。それからそれから――――』
どうやら多くの娯楽が身近にある現代人にとって、クラシックな天国は少々退屈すぎるようです。二、三日くらい旅行で行くならともかく、永住が前提となるともはや拷問。早々に飽きてしまうのが想像に難くありません。
レンリやウルの言うように、現世の最新の娯楽を絶えず供給できるようにすれば見込みがないこともありませんが、それでは現世と何が違うのか。これはこれで天国の存在意義が問われてしまうというものです。
『そうだ、良いこと思いついたの! クラフト要素を取り入れて、天国に来た人が自分にとって一番快適な空間を作れるようにするのはどうかしら? 一人に一つ世界を創ってあげるのは流石に無理だけど、ちょっと広めのお家くらいならできそうだし。ヒナの言ってたオールドタイプの天国は、手を加える前の初期設定状態ってことにして』
「そうだね。世の中にはヒナ君の考えたみたいな古臭い天国が趣味って人もいるかもしれないし。選択肢の幅が広いのは良いことだとも」
『もうっ、そこまでして採用してくれなくてもいいわよ!』
価値観の多様化が急速に進む昨今。
死後の世界においても、その影響は無視できません。
果たして、理想の天国とはどういうものか?
考えれば考えるほどに、袋小路に迷い込んでいく感さえありました。
◆◆◆◆◆◆
≪おまけ≫




