理想の天国プレゼン大会
理想の天国。
善き人生に対する最高のご褒美。
果たして、それはどのようなものでしょうか。
「ふむ、私の場合ならそうだね、まず美味しいもの食べ放題は欠かせないよね。あっ、でもさっきの話だと死んだら食欲が減退するとか言ってたっけ。それはつまらなさそうだから、私の分はそういう肉体由来の欲は据え置きでよろしく」
『よろしく、と言われましても……』
レンリのリクエストにゴゴは困った顔をしていますが、これはこれで貴重な意見には違いありません。願望の充足に伴う満足度合いは、それを求める欲望の大きさに比例する……かもしれない。
欲が消えることでトラブルの類が減るのは良いとしても、満足感までセットで減らしてしまうのは如何なものか。そのあたりをどうにか上手く解決する方法はないものでしょうか。
『ふっふっふ、我達だって何も考えてこなかったわけじゃないのよ?』
「おや、ウル君。何やら自信あり気じゃあないか。私のリクエストに応えられる名案でもあるのかな」
『うん、皆との多数決でボツになったやつだけど、お姉さんにちょうど良いのがあるの』
「没ネタを平然と持ってくる面の皮の厚さ、なんだか親近感が湧いてくるね」
一応、アイデアがないこともありません。
ウルの発案は以下のようなものでした。
『まず、死んだ後の魂を集める神器を用意するの』
「わざわざ新しく創るのかい。例の『根性ボール』の亜種みたいな感じかな?」
『うん、だいぶ近いの。こっちは善い魂だけを集めるやつだけど。それでね、集めた魂が神器の中に入ってきたら……』
「うんうん、入ってきたら?」
『すっごくリアルな幻覚を見せて、その人の好きな世界にずっと住んでいられるようにしてあげるの』
「幻覚かぁ……うーん、ちょっとだけアリ寄りのナシで」
『えぇ~……』
限りなく本物に近い幻覚の世界で、ただひたすら本人にとって都合の良い夢に浸り続ける。これなら確かにローコストで多種多様な需要に応えることもできますが、どうしても一抹の虚しさがありそうです。
露悪的な見方をすると、まるで薬物中毒者がトリップしているかのような。このウルの案が他の姉妹達に却下されたのも、そのあたりの心情的な理由が大きいのでしょう。
『まあ、姉さんのアイデアも完全にナシではないと思いますよ。当事者にきちんと事前説明をして同意を得られたなら、とか。途中で心変わりをしたなら自由に出られるとか、そういう条件付きなら採用もアリかと』
ゴゴの言うように、幻覚案にも見どころがないわけではありません。
例として挙げるには極端かもしれませんが、生まれついて他者を殺傷することに快楽や幸福を覚える嗜好の人物がいたとしましょう。もちろん、その欲望を現実のものとすれば犯罪者として地獄行きでしょうが、もしも生涯その欲を表に出すことなく隠し通したなら立派に天国行きの資格アリ。世間にはとてもお見せできないエログロ系の欲望なども同様です。
そういう善良なる変態的人物に、今度こそ秘めた欲望を存分に解放させることができ、なおかつ他者に一切の迷惑をかけることもない発散の場として幻覚の世界を提供する余地は検討してもいいのかもしれません。生きている間さえ我慢すれば思う存分楽しめると分かれば、現世における犯罪発生率の低下にも繋がるでしょう。
「あ、あの……幻っていうことは、好きな人と一緒にいるように感じてても……本物の好きな人とは……別々、なんだよね?」
『うーん、ルカお姉さんに痛いところを突かれたの。たしかに本人の認識的には姿が見えてても、その相手の人の魂が実際にそこにあるわけじゃないの』
「そっかぁ……それは、嫌かな……」
幻覚はあくまで幻覚。
一人一人が別々の夢の世界に引きこもっているわけで、本物の好きな相手とはずっと離れ離れになってしまうわけです。自分の主観さえ満たされていれば幻でも構わないという人も中にはいるでしょうが、ルカのように拒否反応を示す人も少なくないはずです。
「ふむふむ。総合的にはウル君の幻覚案は、一考の余地はあるものの全員に適用すべきものではないって感じかな。ていうか、そもそもアレだよね。私もちょっと前に電子で読んだけどさ、ウル君、これって某忍者漫画で読んだアイデアをそのままパク……」
『パクりじゃないの! オマージュあるいはインスパイアないしはパロディなのよ!』
「パロディとは別物じゃない? まあ他人に強引に押し付けるならウル君のラスボス化ルート一直線だったけど、さっきゴゴ君が言ってたみたいな選択制とかなら無くもないって感じかな」
ひとまず、幻覚案についての検討は一段落。
次に手を挙げたのは……。
『くすくすくす』
「おや、ネム君かい。キミはどんな天国を?」
意外と言うべきか、こういう話し合いの場では控えめな印象のあるネムが手を挙げました。迷宮達の中でもある意味一番読めない彼女は、果たしてどんな天国をプレゼンしてくれるのか……というのが、そもそも誤り。
『ええと、誤解させてしまい申し訳ありません。我にはウルお姉様のような、斬新な天国のアイデアがあるわけではないのですけれども』
「ふむ? というと、誰かに質問でもあるのかい?」
『いえ、そういうわけでもないのですが』
ネムは自分なりに考えたベストの天国を発表するつもりではない様子。
かといって、誰かへの質問などのために手を挙げたわけでもなし。
レンリ達も意図が読めずに不思議そうに見ていましたが……。
『あっ……ネム、もしかして前に言ってたの冗談じゃなくて本気だったの?』
『ええ、本気ですわ』
『まあ、ネムらしいといえばらしいわよね。我はちょっと……実現可能かどうかは置いておくとしても、ちょっとやりすぎな気がするけど』
ウルやヒナは、ネムが何を言おうとしているのか一足早く察したようです。
どうやら以前に彼女達だけで話し合いの場を設けた際にネムが発表して、しかしその内容があまりに常軌を逸していた、もとい常識を外れていたせいで彼女なりの冗談だと思われていたようなのです。けれども、レンリ達もきっとその誤解を責める気にはなれないことでしょう。
『ええとですね、我は天国や地獄って別に要らないと思うんです』
「それはつまり、現状の神様が用意した『根性ボール』システムを良しとして、特に改良や変化を必要とはしない……みたいな感じかい?」
『いえ、そういうわけでもなくてですね』
女神が敷いた現行の世界の運営システムは、すでに長い実績があるわけです。ならば、わざわざリスクを負ってまで手を入れるのではなく現状維持に努めるべきでは、と。そんな風な意味かとレンリは受け取ったのですが、どうやらそれも違うようで。
一体ネムは何を言いたいのか。
それはまさに、彼女らしく恐ろしくも凄まじい内容でした。
『そもそもですね、人間の皆様が死ぬから天国や地獄という行き先が必要なわけですわよね?』
「うん、それは、まあ、そうだね」
『そこで我は閃いたのです。死、って別に要らないんじゃないでしょうかって。人間の皆様を全員死なないようにして、ずっと地上で平和に暮らせば良いのではないかと』
「ああ、いわゆる不老不死的な? それを全人類に?」
『ええ、まさにその通り。誰も死ななければ、親しい方々とお別れして悲しい想いをすることもありませんもの。そうだ、今すでに死んでいる方々にも新しい身体を差し上げましょう。どうでしょう、我ながら素敵なアイデアだと思うのですけれど? くすくすくす』
全人類の不老不死化。
加えて、すでに亡くなっている死者の蘇生。
怪我や病気や老いの恐怖とも完全に無縁の世界。
たしかに、それが叶うのならば天国も地獄も無用の長物でしょう。
死後の世界など必要なく、現世こそが天国と言えるかもしれません。
そもそも、いくら神とはいえそんな真似が実現可能なのかどうか。不老不死になったらなったで別種の問題が発生しないかなど、懸念点も少なからずありますが。
「流石の私も、死を要るか要らないかで考えたことはなかったなぁ……」
呆気に取られるレンリ達を前にネムはニコニコと微笑んでいました。




